某国の皇子、冒険者となる

第7章 命の代償

2. 母の願い

ニケに伝えなければならないことがある。

「ニケ……イリスのこと、なんて言ったらいいのか……」
「ああ……うん……」
ニケの薄い水色の大きな目――イリスと同じ色の瞳が、こちらをじぃっと見つめている。

「信じてもらえないかもしれないけど……塔に閉じ込められてから、夢の中でイリスと会ってたんだ」
「信じるよ。かあさまは、ふしぎな力を持っていたから……それで？」
「ニケに伝えたいことがたくさんあるけど、できなくて悔しがってた。イリスは、ニケに冒険者として生きてほしいんだって……」

「ふふっ……懐かしいなぁ…」
「え？」
「小さい頃から、かあさまは僕に冒険者のおはなしをいつもしてくださっていたんだ」
「そうなんだ……」
欄干にもたれて遠くの海を見つめるニケの胸中には、今もイリスがいるのだろう……

「なんだかすごく、変な気分なんだ……ついさっき、かあさまが目覚められたんだよ、ノア。僕を庇ってくださった。今もまだ、夢を見ているみたい……ううん――何もかも、夢だったらいいのに。朝になって目が覚めたら、今夜の出来事は何もかも悪い夢だったって気づいて、すぐに忘れてしまうんだ。そして、かあさまの部屋へ行って、眠っているかあさまにお話してあげるんだ。こんなおかしな夢を見たんだよって……」

「ニケ……」

「ごめんなさい――ノア……何もかも、僕のせいなのに……僕のせいでラウルス殿に取り返しのつかない怪我を負わせてしまった……僕は自分のことを憐れんでいい立場じゃないのに……ごめんね、僕はなんて自分勝手なんだろう……」

「謝らないで……ニケは悪くないから」

「え……？」

「悪いのは戦争を始めた兄上だよ……」

なんのために、戦争なんてするんだろう……

炎、戦、勝利――なんて……
『戦』が入っている家訓なんて嫌だ……悪役じゃないか……

「兄上と再会したら、問いただしてやるんだ」

「ノア……」

「そのためにも、ラウルスの怪我を治さないと。彼にもしものことがあったら、兄上を許せないよ……」
「……僕も、ラウルス殿の怪我をなんとしても治したい。僕が生きているのはすべて彼のおかげだし」
「うん……がんばろう、ニケ。きみとなら、なんだかやれそうな気がしてきた！」
「ノア……ありがとう」