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第三十巻
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【第三十巻 1ノ4】
私は岡田茂吉研究所の信者になり『神さま』のことを学びました。
その内容で知り得たことに基づき私なりに考察し、『日月神示』の記述と照らし合わせた内容にしています。
勿論、出口王仁三郎の神さまの教えにも基づています。
天之御中主神
国常立尊
(罪の裁き主)
最後の審判の為、
霊で現界に現れる。
予め『神典日月神示』で二人に神霊として
憑依し自動書記させ、和紙等に書記させ
有神論者に知らせている。
大本開祖 出口なお(直)
神典研究家 岡本天明
画家
大本・聖師 出口王仁三郎
中矢伸一
1961年生まれ。
フリーライター、「日本弥栄の会」代表。
岡田 光興
1957年生まれ。
日本の東洋・西洋神秘学研究家、
実践言霊道宗家継承者、歌人。
未来潮流研究会主宰。
蔵屋日唱
1954年生まれ。
小説家、歌人。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
閻魔大王
(霊界)
艮の金神
(御引退)
伊都能売大神
罪の許し主。(現界)
兄の花姫尊
(霊) 富士山
伊都能売金龍
(霊) 琵琶湖
観世音菩薩
(体) 主神の化身仏
インドにて仏法開示。
釈迦も教えを聞いていた。
【第三十巻 2ノ4】
この章では大本・開祖の出口なおが高級神霊である国常立尊に神憑りされ自動書記をした内容のお筆先の一番冒頭に書記された内容と神さま、観世音菩薩、若き日の釈尊についてご説明します。
「三千世界一度に開く梅の花、艮の金神の世になりたぞよ。梅で開いて松で治める神国になりたぞよ。日本は神国。この世は神がかまわなゆけぬ世であるぞよ」
と、いうことが書いてあるのです。「三千世界一度に開く梅の花」と言って、梅と言うのは非常になっているのです。それで艮の金神さまは、霊界で閻魔大王となり、現界では観世音菩薩となるのです。観世音菩薩は兄の花姫になるのですが、兄さん花は神の世界のお働きで、伊都能売の神になるのです。兄の花姫というのは兄の花と言って2月頃、開花する梅になるのです。梅が先に咲くから兄の花になるわけです。それから木の花咲爺姫というのは桜の花になるのです。これは仏さまのお働きになるのです。そしてら木の花咲爺姫は観音さまになるのです。日本の象徴の富士山のら木の花咲爺姫は頂点の一番真ん中に祭られています。頂上の上り口の右側にありますが、久須志神社としてあります。これは九頭龍権現と言って、木の花咲爺姫の守護神にはなります。龍で守護しているのです。ら木の花咲爺姫は桜であって、仏さまのお働き、兄の花姫は神さまのお働きになるのです。
観世音菩薩の御本尊は、伊都能売神です。
元来仏身なる物の根本についてわからねばならないことがあります。
単に仏といっても実は二通りの意味があって、本来の仏身と神の化身との両方ある。そして本来仏とは約二千六百年以前、釈迦の時から生まれたものであって、その頃までは、今日の印度は、当時月氏国とも言われたので、印度に於いては余程以前から彼の波羅門教が隆盛を極めていて、この波羅門教なるものは、教義のようなものは、さらさらなく只肉体的難行苦行によって宇宙の真理を掴もうとしたのです。
その当時、日本古来の神々は印度へ渡航し、化身仏となられた
訳です。
その化身仏の総領が伊都能売神であって、当時日本に於ける最高の地位におられました。処がその頃高天原を追放されていて出雲などで八岐大蛇を退治した天照大御神の弟の素盞嗚尊を中心とする朝鮮の神々が渡来され、伊都能売神の地位を狙って要望しました。しかし伊都能売神は容易に応諾されない為威圧や迫害等から進んで、ついには、生命にまでも及んできたので、急遽御位を捨てられて、変身し素盞嗚尊たち朝鮮系の神々の眼を外らし、密かに日本を離れて支那を通り印度に落ち延びられたのです。そうして観自在菩薩の御名によって、当時印度の南方海岸にある補陀落という名の、余り高くない山の上に安住されたのです。新たに聖なるや館を建てられたのです。このことは、悲華経の中に記述があります。私はこの話しは史実であると確信しています。
曰く「観自在菩薩は補陀落山上柔らかき草地の上に、二十八部衆議を隨え、金剛宝座に結跏趺坐(注釈1)して説教された云々」
とあります。当時まだ、財前童子という御名であった若き釈尊は、この説教を聴聞して、その卓抜せる教えに感激し心機一転してそれまでの 悉達太子(注釈2)という皇太子の御位を放棄し、一大決意の下に、当時紊れていた俗界を離脱し直ちに檀特の山深く別け入り、菩提樹の下石上に安座し 一意専心(注釈3)悟道に入るべく、修行三昧の日々を送られました。この修行の期間については諸説ありますが、私はある書籍により7年と判断しました。
(注釈1)
結跏趺坐は、仏教とヨーガにある瞑想する際の座法。結加趺坐と書く場合もある。禅宗でこの語がよく使われます。
《結跏趺坐した男性(ご参考)》
(注釈2)
悉達太子は、釈尊の出家前の名。悉達はサンスクリットのシッダールタの音写で、悉多、悉達多とも。釈迦族の王子だったので、「太子」と称します。
(注釈3)
一意専心とは、他のことに心を奪われず、ひたすら一つの物事に集中することを意味する四字熟語です。仕事や学業で目標達成を目指す際によく使われます。
【第三十巻 3ノ4】
ここでは大本・開祖の出口なおが高級神霊である国常立尊に神憑りされ自動書記した内容のお筆先の一番冒頭に書記された内容と神さま、観世音菩薩、若き日の釈尊についてご説明します。
「三千世界一度に開く梅の花、艮の金神の世になりたぞよ。梅で開いて松で治める神国になりたぞよ。日本は神国。この世は神がかまわなゆけぬ世であるぞよ」
と、いうことが書いてあるのです。「三千世界一度に開く梅の花」と言って、梅と言うのは非常になっているのです。それで艮の金神さまは、霊界で閻魔大王となり、現界では観世音菩薩となるのです。観世音菩薩は兄の花姫になるのですが、兄さん花は神の世界のお働きで、伊都能売の神になるのです。兄の花姫というのは兄の花と言って2月頃、開花する梅になるのです。梅が先に咲くから兄の花になるわけです。それから木の花咲爺姫というのは桜の花になるのです。これは仏さまのお働きになるのです。そしてら木の花咲爺姫は観音さまになるのです。日本の象徴の富士山のら木の花咲爺姫は頂点の一番真ん中に祭られています。頂上の上り口の右側にありますが、久須志神社としてあります。これは九頭龍権現と言って、木の花咲爺姫の守護神にはなります。龍で守護しているのです。ら木の花咲爺姫は桜であって、仏さまのお働き、兄の花姫は神さまのお働きになるのです。
観世音菩薩の御本尊は、伊都能売神です。
元来仏身なる物の根本についてわからねばならないことがあります。
単に仏といっても実は二通りの意味があって、本来の仏身と神の化身との両方ある。そして本来仏とは約二千六百年以前、釈迦の時から生まれたものであって、その頃までは、今日の印度は、当時月氏国とも言われたので、印度に於いては余程以前から彼の波羅門教が隆盛を極めていて、この波羅門教なるものは、教義のようなものは、さらさらなく只肉体的難行苦行によって宇宙の真理を掴もうとしたのです。
その当時、日本古来の神々は印度へ渡航し、化身仏となられた
訳です。
その化身仏の総領が伊都能売神であって、当時日本に於ける最高の地位におられました。処がその頃高天原を追放されていて出雲などで八岐大蛇を退治した天照大御神の弟の素盞嗚尊を中心とする朝鮮の神々が渡来され、伊都能売神の地位を狙って要望しました。しかし伊都能売神は容易に応諾されない為威圧や迫害等から進んで、ついには、生命にまでも及んできたので、急遽御位を捨てられて、変身し素盞嗚尊たち朝鮮系の神々の眼を外らし、密かに日本を離れて支那を通り印度に落ち延びられたのです。そうして観自在菩薩の御名によって、当時印度の南方海岸にある補陀落という名の、余り高くない山の上に安住されたのです。新たに聖なるや館を建てられたのです。このことは、悲華経の中に記述があります。私はこの話しは史実であると確信しています。
曰く「観自在菩薩は補陀落山上柔らかき草地の上に、二十八部衆議を隨え、金剛宝座に結跏趺坐(注釈1)して説教された云々」
とあります。当時まだ、財前童子という御名であった若き釈尊は、この説教を聴聞して、その卓抜せる教えに感激し心機一転してそれまでの 悉達太子(注釈2)という皇太子の御位を放棄し、一大決意の下に、当時紊れていた俗界を離脱し直ちに檀特の山深く別け入り、菩提樹の下石上に安座し 一意専心(注釈3)悟道に入るべく、修行三昧の日々を送られました。この修行の期間については諸説ありますが、私はある書籍により7年と判断しました。
(注釈1)
結跏趺坐は、仏教とヨーガにある瞑想する際の座法。結加趺坐と書く場合もある。禅宗でこの語がよく使われます。
《結跏趺坐した男性(ご参考)》
(注釈2)
悉達太子は、釈尊の出家前の名。悉達はサンスクリットのシッダールタの音写で、悉多、悉達多とも。釈迦族の王子だったので、「太子」と称します。
(注釈3)
一意専心とは、他のことに心を奪われず、ひたすら一つの物事に集中することを意味する四字熟語です。仕事や学業で目標達成を目指す際によく使われます。
【第三十巻 4ノ4】
ここでは仏教伝来と現在の状況について、ご説明します。
印度《インド》仏教は、紀元前5世紀に釈迦によって印度で始まり、初期仏教から部派仏教、大乗仏教、密教へと発展しましたが、13世紀初頭にイスラーム勢力による迫害やヒンドゥー教との抗争により衰退し、印度国内ではほぼ消滅しました。しかし、その教えはアジア諸国に伝播し、現在も世界中で信仰されています。
印度仏教の歴史的変遷についてご説明します。
印度仏教は、約100年間の開教から教団分裂を経て、以下のように発展しました。
原始仏教は釈迦が一番最初に説法した教えです。当時の印度はカースト制度という身分差別、男尊女卑の社会でした。特に女性に対する差別は凄まじかったのです。女性たちは「子供を産むための畑である」として、男性の性のおもたちゃにされたのです。女性たちが釈迦の教えを聞き、どんなに修行しても男性社会では認められなかったのです。しかも釈迦の本当の教えは男女平等であるにも関わらず、カースト制度により、教えが捻じ曲げられたのです。
セイロン島のスリランカへは釈迦の本当の教えが伝わっています。これを原始仏教と言います。
初期仏教は釈迦の教えを直接伝える「言行録」が中心でしたが先程、申し上げた通り釈迦の原始仏教とは少し違います。
部派仏教は紀元前3世紀頃に成立し、出家者の悟りを重視しました。
大乗仏教は紀元前1世紀頃に興隆し、在家者を含むより多くの人々の救済を目指しました。
密教は7世紀頃に成立しました。中国の唐の都・長安で密教の第七祖である青龍寺の恵果和尚により遣唐使として中国に派遣された空海に2カ月すべてを伝授したのです。空海は中国語やサンスクリット語に長けていたのです。そうして2年後に日本に帰国したのです。空海が日本で密教を広めたのです。
さて、印度仏教が衰退しました。その主な理由について、ご説明します。
イスラーム勢力による破壊と迫害が起こりました。11世紀以降のイスラーム教の本格的な浸透により、寺院が破壊されるなどの排撃を受けたのです。
ヒンドゥー教との競合と吸収がありした。4世紀以降、ヒンドゥー教が民衆に支持され、仏教はヒンドゥー教に吸収される形で影響力を失いました。これは釈迦の本当の教えではありません。釈迦は平等社会を目指し、特に男女平等を説き教えたのです。
民衆の支持喪失しました。国の保護を受ける一方で、民衆の支持を失ったことも衰退の一因とされています。
その本当の理由は先程、申し上げた通りです。
次に現代における仏教の状況について、ご説明します。
現在、インド国内の仏教徒は人口のわずか0.7%と少数派ですが、20世紀に入ってからは、カースト制度の最下層に位置する人々(不可触民)が差別からの解放を求めて仏教に改宗する動きが見られ、再び信徒の数が増えつつあります。
仏教の伝播について、ご説明します。
インドで衰退した仏教ですが、その教えはインド国外に広く伝わりました。
北伝仏教は大乗仏教が中央アジア、チベット、ネパール、中国、日本に伝わりました。
南伝仏教は上座部仏教(旧称:小乗仏教)がスリランカ、タイ、ミャンマーなどに伝わりました。
日本へ仏教が伝来したのは、6世紀半ばの欽明天皇の時代です。日本では「仏陀」、「釈迦」とする場合もある仏教の開祖「ゴータマ・シッダールタ」が約2,500年前に印度で誕生し、中国、朝鮮半島を経て日本へと伝来しました。日本へ伝わったのは、当時の朝鮮半島にあった国・百済からです。
繰り返しになりますが釈迦の一番最初の教えは原始仏教といいます。実は当時、印度はヒンズー教と波羅門教でした。
私は岡田茂吉研究所の信者になり『神さま』のことを学びました。
その内容で知り得たことに基づき私なりに考察し、『日月神示』の記述と照らし合わせた内容にしています。
勿論、出口王仁三郎の神さまの教えにも基づています。
天之御中主神
国常立尊
(罪の裁き主)
最後の審判の為、
霊で現界に現れる。
予め『神典日月神示』で二人に神霊として
憑依し自動書記させ、和紙等に書記させ
有神論者に知らせている。
大本開祖 出口なお(直)
神典研究家 岡本天明
画家
大本・聖師 出口王仁三郎
中矢伸一
1961年生まれ。
フリーライター、「日本弥栄の会」代表。
岡田 光興
1957年生まれ。
日本の東洋・西洋神秘学研究家、
実践言霊道宗家継承者、歌人。
未来潮流研究会主宰。
蔵屋日唱
1954年生まれ。
小説家、歌人。
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閻魔大王
(霊界)
艮の金神
(御引退)
伊都能売大神
罪の許し主。(現界)
兄の花姫尊
(霊) 富士山
伊都能売金龍
(霊) 琵琶湖
観世音菩薩
(体) 主神の化身仏
インドにて仏法開示。
釈迦も教えを聞いていた。
【第三十巻 2ノ4】
この章では大本・開祖の出口なおが高級神霊である国常立尊に神憑りされ自動書記をした内容のお筆先の一番冒頭に書記された内容と神さま、観世音菩薩、若き日の釈尊についてご説明します。
「三千世界一度に開く梅の花、艮の金神の世になりたぞよ。梅で開いて松で治める神国になりたぞよ。日本は神国。この世は神がかまわなゆけぬ世であるぞよ」
と、いうことが書いてあるのです。「三千世界一度に開く梅の花」と言って、梅と言うのは非常になっているのです。それで艮の金神さまは、霊界で閻魔大王となり、現界では観世音菩薩となるのです。観世音菩薩は兄の花姫になるのですが、兄さん花は神の世界のお働きで、伊都能売の神になるのです。兄の花姫というのは兄の花と言って2月頃、開花する梅になるのです。梅が先に咲くから兄の花になるわけです。それから木の花咲爺姫というのは桜の花になるのです。これは仏さまのお働きになるのです。そしてら木の花咲爺姫は観音さまになるのです。日本の象徴の富士山のら木の花咲爺姫は頂点の一番真ん中に祭られています。頂上の上り口の右側にありますが、久須志神社としてあります。これは九頭龍権現と言って、木の花咲爺姫の守護神にはなります。龍で守護しているのです。ら木の花咲爺姫は桜であって、仏さまのお働き、兄の花姫は神さまのお働きになるのです。
観世音菩薩の御本尊は、伊都能売神です。
元来仏身なる物の根本についてわからねばならないことがあります。
単に仏といっても実は二通りの意味があって、本来の仏身と神の化身との両方ある。そして本来仏とは約二千六百年以前、釈迦の時から生まれたものであって、その頃までは、今日の印度は、当時月氏国とも言われたので、印度に於いては余程以前から彼の波羅門教が隆盛を極めていて、この波羅門教なるものは、教義のようなものは、さらさらなく只肉体的難行苦行によって宇宙の真理を掴もうとしたのです。
その当時、日本古来の神々は印度へ渡航し、化身仏となられた
訳です。
その化身仏の総領が伊都能売神であって、当時日本に於ける最高の地位におられました。処がその頃高天原を追放されていて出雲などで八岐大蛇を退治した天照大御神の弟の素盞嗚尊を中心とする朝鮮の神々が渡来され、伊都能売神の地位を狙って要望しました。しかし伊都能売神は容易に応諾されない為威圧や迫害等から進んで、ついには、生命にまでも及んできたので、急遽御位を捨てられて、変身し素盞嗚尊たち朝鮮系の神々の眼を外らし、密かに日本を離れて支那を通り印度に落ち延びられたのです。そうして観自在菩薩の御名によって、当時印度の南方海岸にある補陀落という名の、余り高くない山の上に安住されたのです。新たに聖なるや館を建てられたのです。このことは、悲華経の中に記述があります。私はこの話しは史実であると確信しています。
曰く「観自在菩薩は補陀落山上柔らかき草地の上に、二十八部衆議を隨え、金剛宝座に結跏趺坐(注釈1)して説教された云々」
とあります。当時まだ、財前童子という御名であった若き釈尊は、この説教を聴聞して、その卓抜せる教えに感激し心機一転してそれまでの 悉達太子(注釈2)という皇太子の御位を放棄し、一大決意の下に、当時紊れていた俗界を離脱し直ちに檀特の山深く別け入り、菩提樹の下石上に安座し 一意専心(注釈3)悟道に入るべく、修行三昧の日々を送られました。この修行の期間については諸説ありますが、私はある書籍により7年と判断しました。
(注釈1)
結跏趺坐は、仏教とヨーガにある瞑想する際の座法。結加趺坐と書く場合もある。禅宗でこの語がよく使われます。
《結跏趺坐した男性(ご参考)》
(注釈2)
悉達太子は、釈尊の出家前の名。悉達はサンスクリットのシッダールタの音写で、悉多、悉達多とも。釈迦族の王子だったので、「太子」と称します。
(注釈3)
一意専心とは、他のことに心を奪われず、ひたすら一つの物事に集中することを意味する四字熟語です。仕事や学業で目標達成を目指す際によく使われます。
【第三十巻 3ノ4】
ここでは大本・開祖の出口なおが高級神霊である国常立尊に神憑りされ自動書記した内容のお筆先の一番冒頭に書記された内容と神さま、観世音菩薩、若き日の釈尊についてご説明します。
「三千世界一度に開く梅の花、艮の金神の世になりたぞよ。梅で開いて松で治める神国になりたぞよ。日本は神国。この世は神がかまわなゆけぬ世であるぞよ」
と、いうことが書いてあるのです。「三千世界一度に開く梅の花」と言って、梅と言うのは非常になっているのです。それで艮の金神さまは、霊界で閻魔大王となり、現界では観世音菩薩となるのです。観世音菩薩は兄の花姫になるのですが、兄さん花は神の世界のお働きで、伊都能売の神になるのです。兄の花姫というのは兄の花と言って2月頃、開花する梅になるのです。梅が先に咲くから兄の花になるわけです。それから木の花咲爺姫というのは桜の花になるのです。これは仏さまのお働きになるのです。そしてら木の花咲爺姫は観音さまになるのです。日本の象徴の富士山のら木の花咲爺姫は頂点の一番真ん中に祭られています。頂上の上り口の右側にありますが、久須志神社としてあります。これは九頭龍権現と言って、木の花咲爺姫の守護神にはなります。龍で守護しているのです。ら木の花咲爺姫は桜であって、仏さまのお働き、兄の花姫は神さまのお働きになるのです。
観世音菩薩の御本尊は、伊都能売神です。
元来仏身なる物の根本についてわからねばならないことがあります。
単に仏といっても実は二通りの意味があって、本来の仏身と神の化身との両方ある。そして本来仏とは約二千六百年以前、釈迦の時から生まれたものであって、その頃までは、今日の印度は、当時月氏国とも言われたので、印度に於いては余程以前から彼の波羅門教が隆盛を極めていて、この波羅門教なるものは、教義のようなものは、さらさらなく只肉体的難行苦行によって宇宙の真理を掴もうとしたのです。
その当時、日本古来の神々は印度へ渡航し、化身仏となられた
訳です。
その化身仏の総領が伊都能売神であって、当時日本に於ける最高の地位におられました。処がその頃高天原を追放されていて出雲などで八岐大蛇を退治した天照大御神の弟の素盞嗚尊を中心とする朝鮮の神々が渡来され、伊都能売神の地位を狙って要望しました。しかし伊都能売神は容易に応諾されない為威圧や迫害等から進んで、ついには、生命にまでも及んできたので、急遽御位を捨てられて、変身し素盞嗚尊たち朝鮮系の神々の眼を外らし、密かに日本を離れて支那を通り印度に落ち延びられたのです。そうして観自在菩薩の御名によって、当時印度の南方海岸にある補陀落という名の、余り高くない山の上に安住されたのです。新たに聖なるや館を建てられたのです。このことは、悲華経の中に記述があります。私はこの話しは史実であると確信しています。
曰く「観自在菩薩は補陀落山上柔らかき草地の上に、二十八部衆議を隨え、金剛宝座に結跏趺坐(注釈1)して説教された云々」
とあります。当時まだ、財前童子という御名であった若き釈尊は、この説教を聴聞して、その卓抜せる教えに感激し心機一転してそれまでの 悉達太子(注釈2)という皇太子の御位を放棄し、一大決意の下に、当時紊れていた俗界を離脱し直ちに檀特の山深く別け入り、菩提樹の下石上に安座し 一意専心(注釈3)悟道に入るべく、修行三昧の日々を送られました。この修行の期間については諸説ありますが、私はある書籍により7年と判断しました。
(注釈1)
結跏趺坐は、仏教とヨーガにある瞑想する際の座法。結加趺坐と書く場合もある。禅宗でこの語がよく使われます。
《結跏趺坐した男性(ご参考)》
(注釈2)
悉達太子は、釈尊の出家前の名。悉達はサンスクリットのシッダールタの音写で、悉多、悉達多とも。釈迦族の王子だったので、「太子」と称します。
(注釈3)
一意専心とは、他のことに心を奪われず、ひたすら一つの物事に集中することを意味する四字熟語です。仕事や学業で目標達成を目指す際によく使われます。
【第三十巻 4ノ4】
ここでは仏教伝来と現在の状況について、ご説明します。
印度《インド》仏教は、紀元前5世紀に釈迦によって印度で始まり、初期仏教から部派仏教、大乗仏教、密教へと発展しましたが、13世紀初頭にイスラーム勢力による迫害やヒンドゥー教との抗争により衰退し、印度国内ではほぼ消滅しました。しかし、その教えはアジア諸国に伝播し、現在も世界中で信仰されています。
印度仏教の歴史的変遷についてご説明します。
印度仏教は、約100年間の開教から教団分裂を経て、以下のように発展しました。
原始仏教は釈迦が一番最初に説法した教えです。当時の印度はカースト制度という身分差別、男尊女卑の社会でした。特に女性に対する差別は凄まじかったのです。女性たちは「子供を産むための畑である」として、男性の性のおもたちゃにされたのです。女性たちが釈迦の教えを聞き、どんなに修行しても男性社会では認められなかったのです。しかも釈迦の本当の教えは男女平等であるにも関わらず、カースト制度により、教えが捻じ曲げられたのです。
セイロン島のスリランカへは釈迦の本当の教えが伝わっています。これを原始仏教と言います。
初期仏教は釈迦の教えを直接伝える「言行録」が中心でしたが先程、申し上げた通り釈迦の原始仏教とは少し違います。
部派仏教は紀元前3世紀頃に成立し、出家者の悟りを重視しました。
大乗仏教は紀元前1世紀頃に興隆し、在家者を含むより多くの人々の救済を目指しました。
密教は7世紀頃に成立しました。中国の唐の都・長安で密教の第七祖である青龍寺の恵果和尚により遣唐使として中国に派遣された空海に2カ月すべてを伝授したのです。空海は中国語やサンスクリット語に長けていたのです。そうして2年後に日本に帰国したのです。空海が日本で密教を広めたのです。
さて、印度仏教が衰退しました。その主な理由について、ご説明します。
イスラーム勢力による破壊と迫害が起こりました。11世紀以降のイスラーム教の本格的な浸透により、寺院が破壊されるなどの排撃を受けたのです。
ヒンドゥー教との競合と吸収がありした。4世紀以降、ヒンドゥー教が民衆に支持され、仏教はヒンドゥー教に吸収される形で影響力を失いました。これは釈迦の本当の教えではありません。釈迦は平等社会を目指し、特に男女平等を説き教えたのです。
民衆の支持喪失しました。国の保護を受ける一方で、民衆の支持を失ったことも衰退の一因とされています。
その本当の理由は先程、申し上げた通りです。
次に現代における仏教の状況について、ご説明します。
現在、インド国内の仏教徒は人口のわずか0.7%と少数派ですが、20世紀に入ってからは、カースト制度の最下層に位置する人々(不可触民)が差別からの解放を求めて仏教に改宗する動きが見られ、再び信徒の数が増えつつあります。
仏教の伝播について、ご説明します。
インドで衰退した仏教ですが、その教えはインド国外に広く伝わりました。
北伝仏教は大乗仏教が中央アジア、チベット、ネパール、中国、日本に伝わりました。
南伝仏教は上座部仏教(旧称:小乗仏教)がスリランカ、タイ、ミャンマーなどに伝わりました。
日本へ仏教が伝来したのは、6世紀半ばの欽明天皇の時代です。日本では「仏陀」、「釈迦」とする場合もある仏教の開祖「ゴータマ・シッダールタ」が約2,500年前に印度で誕生し、中国、朝鮮半島を経て日本へと伝来しました。日本へ伝わったのは、当時の朝鮮半島にあった国・百済からです。
繰り返しになりますが釈迦の一番最初の教えは原始仏教といいます。実は当時、印度はヒンズー教と波羅門教でした。
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これは、勝者の物語ではない。
生き延びた者たちの記録である。
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
【アラウコの叫び 】第1巻/16世紀の南米史
ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎日07:20投稿】 1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。
マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、
スペイン勢力内部での覇権争い、
そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。
※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、
フィクションも混在しています。
また動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。
HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。
公式HP:アラウコの叫び
youtubeチャンネル名:ヘロヘロデス
insta:herohero_agency
tiktok:herohero_agency
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