死に戻り毒妃の、二度目の仮婚 【オメガバース】

飛鳥えん

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血の水盤

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「血の水盤……?」
 何とも物騒な名前だ。ヨアンを見ると、ヨアンも知らないのか、眉を顰めて首を横に振られた。
(ヨアン様も知らない、<水の祈り>とは別の儀式があるのか……?)
<水の祈り>は、字面だけ見れば神聖だが、実際は得体の知れない化け物に閉じた空間で襲われる奇怪な儀式だった。『血の水盤』なんて、その呼び名からして碌なものではない気がする。
 それを証明するかのように、司祭は固唾を呑み、すぐさま首を横に振った。
「とんでもない! あれは、それこそ迷信以外の何物でもない! それに、あれはとっくに廃れた儀式で、信ぴょう性などっ……」
「おや? そうなのですか? ですが聞くところによると、王家の中にもここ数十年のうち『血の水盤』で儀式を行った者がいると噂を聞いたのですが」
「そんな記録はどこにもない!」
グラス卿はちら、と司祭を見てから「それは失礼。私の記憶違いかもしれませんね」とあっさり引いた。
「司祭殿は乗り気ではないようだ。普段、神殿から締め出されている我々貴族がこの機に神聖な儀式に立ち会えると思ったのだがね。残念だ……皆さんはどうです? ご意見がある方は?」
 グラス卿が両手を軽く広げて広間に散っている貴族を見回すと、何人かが面倒事に巻き込まれるのはご免とばかりに目を逸らした。
(それはそうだ……彼らには私に味方する理由がない)
 シュメルヒが俯いた時、「あの……」という遠慮がちな声が耳に届いた。ゆっくり目線を上げると、おずおずと手を上げた男性が目に映った。
 覚えがあった。彼は王宮で知り合った人脈のひとりで、「家督を息子に譲ったら土いじりをして過ごしたい」とよく言っていた。
「私はオスロで生まれ育ったが、正直精霊の存在を身近に感じたことがないし、姿形も知らないから畏怖も敬愛も抱きようがないのです。……ですから、殿下が儀式を失敗したと言われてもぴんと来ないというか……」
 司祭がじろりと彼を睨むと、男性は途端に首を竦めて「も、申し訳ない」と謝った。
 グラスが鷹揚にハハハっ、と笑い「いやいや、忌憚のない意見が聞けて良かった。続けたまえ」と促した。
 男性はホッとしたように、「ええ、ですので私が申し上げたかったのは……今、殿下をお支えしている妃殿下を追い出すなんてオスロのためにならないんじゃないかと思ったのです」
 言い切ると、男性はシュメルヒを見た。視線がかち合い、男性が気弱そうな笑みを浮かべる。シュメルヒな信じられないものを見たように瞬きもできずにいた。
「この中には妃殿下の為人ひととなりを知る者もあるでしょう。嘘のない実直なお方です。何より、殿下を大事に思われている。我々オスロの貴族が仕えているのは<水の精霊>ではなくオスロ王家なのですから、……これでは順番が逆ではありませんか。精霊の加護があろうとなかろうと、お支えするのが本来の家臣の義務では? 今それを一番されていらっしゃるのは、他ならぬ妃殿下だと思います」
グラス卿は「なるほど」と頷くと、さらに促すように周りを見回した。
すると、波に飛沫が生まれるかのように、ぽつぽつと声が上がり、前に歩み出る者が出始めた。

「彼の言う通りだ。そもそも、なぜ我ら貴族が<水の精霊>の儀式に関してこれほど無知なのだ? いくら神殿が信仰を、我らが政治を担う分担体制とはいえ、秘密主義も大概にしてもらいたい」
「……分権ができていないのではないかしら? だって、儀式の如何によって、神殿は外交に口を出しているわけでしょう? これは越権行為とも取れますわ」
「そもそも婚姻破棄なんてそんな一大事を、神殿の一存で決められるのはどう考えても横暴だろう」
「妃殿下を追い返すなんてやり過ぎよ。あんなに殿下と仲睦まじくていらっしゃるのにお可哀想だわ」
「……暢気な。殿下の先ほどの威圧を見ただろう。もし妃殿下のことで恨みを買えば、即位してから報復を食らうかもしれん。ここは妃殿下に味方して殿下に恩を売った方がいい」
「せせこましいな。私は最初から妃殿下の味方だ。息子の持病によく効く薬を処方してもらったんだからな。妻と私は妃殿下につくぞ」
「貴方こそ狡いわ。それならわたくしだって、妃殿下とは茶会で仲良くさせていただいているし……」

 
 グラス卿は広がるさざ波を面白そうに眺めた後、膝をついたままのシュメルヒ達に歩み寄り、手を差し出した。
「さあ、お二人ともお立ち下さい。雲行きが変わりました。妃殿下、貴方がヨアン様のお籠りの間、王宮で人脈を広げていたことが功を奏しましたね」
「あれは……いれ、あれはそんな大それたものでは」
「いえいえ、貴方がしてこられたのは立派な身内外交というやつですよ。さすがの私も、孤立無援の妃殿下を庇いきれません。まあ、中には打算で味方する連中もいますがね」
 ヨアンがスッと目つきを細めて、「お前は違うのか?」と訊いた。グラス卿はにやっと笑った。
「もちろん打算はあります。今後とも妻と私を取り立ててください。もちろん、殿下が即位した暁にはね」

 助け起こそうとしたグラス卿とシュメルヒの間に割って入り、ヨアンが肩を抱いて立ち上がらせた。
 グラス卿はにやにややとそれを眺め、再び周りを見渡しよく通る声で言った。

「さて、皆の意見も無視できない。ここは決を採りましょう。貴族会では多数決による採択は一般的だ。司祭も異論はございませんね?」
 司祭はぐっと眉根を寄せたが、何も言わなかった。グラス卿はにっこり笑うと、
「『血の水盤』に問い、妃殿下が精霊の祝福を賜った場合、こたびのことは不問に処すことに賛同する者は挙手を!」
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