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神殿が隠すもの
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多数決の採択の結果、ヨアンとシュメルヒは新たな別の儀式——「血の水盤」で加護の有無を明らかにすることになった。
儀式にはそれなりの準備を要するのかと思いきや、今から、その場所へと向かうという。
シュメルヒだけでなくヨアンも展開の速さにいささか驚きながら、ふたりはグラス卿と連れ立ち、先導する司祭の後に従った。むろん、広間に居た貴族立ちも、ぞろぞろと付き従うものだから、予定にない大所帯の行進に、城で働く使用人たちは慌てて壁際に寄り、一行を目で追ってはひそひそと囁き合った。
グラス卿は歩きながら小声で話しかけてきた。
「貴方の追放を阻止するための決が取れたら一番良かったが、それでは神殿に泥を塗ることになる。対立を深めて恨みを買えば国が乱れますからね、ここは辛抱してください。なに、ああは言ったが『血の水盤』なんて名前が仰々しいだけのただの形式ばったものに過ぎません。さっと済ませて、この件はなあなあにしましょう。そのうち、神殿の勢いをそぐ機会は巡ってくるでしょうし」
「それが狙いか」
「殿下の前でこういうのもあれなんですがね。オスロ王家は昔から妙な儀式を色々繰り返しては廃れさせたり後世に残したり、そりゃもう……他の国と違って……異様ですよ。知る者は少ないですが、私のように付き合いが古い家柄の貴族の間では有名な話です。なんでそうなったのか知りませんが、神殿とのかかわりが強くなって権力を持ち出したのもそのせいですね」
(グラス卿は神殿を良く思っていないのか……?)
グラス卿はシュメルヒの視線に気付き付け足した。
「信仰が悪いとはいいません。ですがオスロ国民だって<水の精霊>を心の拠り所にしているかと言えばそうではないでしょう? 妃殿下、イレニアでは豊穣の女神を信仰していらっしゃいますが、民は女神についてどれくらい親しみを感じていますか?」
シュメルヒは祖国を思い浮かべた。
「毎年、豊穣を祈る大祭と、年の暮れは感謝の大祭を各町や村が行います。大きな町では盛大に、小さな村では簡素に……いずれも彼らの生活の一部です。祈りのための唱え言葉もあるし、女神を讃える詩や音楽、物語や劇もありますから、子供でも知っていますね」
「それが、生活に根差した信仰の姿でしょうね。でもオスロでは、……どうです? ヨアン殿下」
「言われてみれば、そういうのはないな。そもそも、どんな姿か、名前もみだりに口にしてはいけないと教えられた。『いる』とは教えられたが、それ以上のことは何も知らない……確かに変だ。今まで疑問に思ったこともなかったけど」
そう言ってシュメルヒの方を見た。
「……さっき、妃を奪われそうになって初めて疑問に思った。なんで神殿に大事なものを奪われなくてはならないのかって。だって、そんなのおかしいだろ? 僕は次期国王なのに」
ヨアンの黒目は澄んでいて、傲慢に聞こえる言葉も本心からのものだと分かった。シュメルヒは答えず目を伏せた。いずれはヨアンの元を去ることになると、ヨアンも理解しているはずなのに、どう答えるのが正解だのだろう。
「隠そうとしているのかもしれませんね」と言ったのはグラス卿だ。
「なんのためにだ」
「さあ……そこまでは分かりかねますが。けどまあ、どうにも異様であやしい。私はですね、殿下。というか私たち貴族の派閥は、神殿の権力を削ぎたいのです。率直に言えば、神殿が王家と強く結びつきすぎている状況を良く思っていない。ですから、神殿と交わらないシュメルヒ殿下がヨアン殿下の寵愛を受けておられるのは大変都合がよろしい、というわけです」
シュメルヒが息を呑むと、ヨアンもムッと顔を顰めた。
「妃を道具みたいに言うな。それに僕も、お前を信用してるわけじゃない。今回はお前の策に乗るが、自分を利用しようとしてる奴を簡単に信じるほど馬鹿じゃない」
グラス卿はむしろ嬉しそうな顔をした。
「ぜひともそうあって欲しいものです。甘言に耳を貸して、身を持ち崩さないでくださいよ。まあ、妃殿下が傍にいれば大丈夫かな。貴方は、ご自分でも気付いてないかもしれないが、政治の立ち回りが上手い」
「私は……」
買い被りだ。頭の回転も速くないし、気の利いたことも言えない。愛嬌があるわけでも、孤高で凛としていられるほど強くあるわけでもない。いつも臆病に、人と交わるのを避けてきただけだ。
「イレニアでは活かせなかった才能でしょう。存分にヨアン様のために発揮してください。それが今後のあなたのためにもなる」
グラス卿は扉の前に立つと、片手でグイと内側に押した。扉が開かれると、外の世界の風が頬を撫でた。
そこは小さな奥庭だった。
芝が敷かれ、申し訳程度の花が植えられているが、これといって手入れがされているようにも見えない。
廃れた箱庭だ。その中央には、古びた大きな噴水台がある。
噴水台の前には司祭が立ち、ヨアン達を待っていた。
「さあどうぞ。なに、簡単です。お籠りよりずっと楽ですよ。なにせ一瞬で済むんですから」
グラス卿はそう請け負うと、大げさな仕草で二人を前を送り出した。
儀式にはそれなりの準備を要するのかと思いきや、今から、その場所へと向かうという。
シュメルヒだけでなくヨアンも展開の速さにいささか驚きながら、ふたりはグラス卿と連れ立ち、先導する司祭の後に従った。むろん、広間に居た貴族立ちも、ぞろぞろと付き従うものだから、予定にない大所帯の行進に、城で働く使用人たちは慌てて壁際に寄り、一行を目で追ってはひそひそと囁き合った。
グラス卿は歩きながら小声で話しかけてきた。
「貴方の追放を阻止するための決が取れたら一番良かったが、それでは神殿に泥を塗ることになる。対立を深めて恨みを買えば国が乱れますからね、ここは辛抱してください。なに、ああは言ったが『血の水盤』なんて名前が仰々しいだけのただの形式ばったものに過ぎません。さっと済ませて、この件はなあなあにしましょう。そのうち、神殿の勢いをそぐ機会は巡ってくるでしょうし」
「それが狙いか」
「殿下の前でこういうのもあれなんですがね。オスロ王家は昔から妙な儀式を色々繰り返しては廃れさせたり後世に残したり、そりゃもう……他の国と違って……異様ですよ。知る者は少ないですが、私のように付き合いが古い家柄の貴族の間では有名な話です。なんでそうなったのか知りませんが、神殿とのかかわりが強くなって権力を持ち出したのもそのせいですね」
(グラス卿は神殿を良く思っていないのか……?)
グラス卿はシュメルヒの視線に気付き付け足した。
「信仰が悪いとはいいません。ですがオスロ国民だって<水の精霊>を心の拠り所にしているかと言えばそうではないでしょう? 妃殿下、イレニアでは豊穣の女神を信仰していらっしゃいますが、民は女神についてどれくらい親しみを感じていますか?」
シュメルヒは祖国を思い浮かべた。
「毎年、豊穣を祈る大祭と、年の暮れは感謝の大祭を各町や村が行います。大きな町では盛大に、小さな村では簡素に……いずれも彼らの生活の一部です。祈りのための唱え言葉もあるし、女神を讃える詩や音楽、物語や劇もありますから、子供でも知っていますね」
「それが、生活に根差した信仰の姿でしょうね。でもオスロでは、……どうです? ヨアン殿下」
「言われてみれば、そういうのはないな。そもそも、どんな姿か、名前もみだりに口にしてはいけないと教えられた。『いる』とは教えられたが、それ以上のことは何も知らない……確かに変だ。今まで疑問に思ったこともなかったけど」
そう言ってシュメルヒの方を見た。
「……さっき、妃を奪われそうになって初めて疑問に思った。なんで神殿に大事なものを奪われなくてはならないのかって。だって、そんなのおかしいだろ? 僕は次期国王なのに」
ヨアンの黒目は澄んでいて、傲慢に聞こえる言葉も本心からのものだと分かった。シュメルヒは答えず目を伏せた。いずれはヨアンの元を去ることになると、ヨアンも理解しているはずなのに、どう答えるのが正解だのだろう。
「隠そうとしているのかもしれませんね」と言ったのはグラス卿だ。
「なんのためにだ」
「さあ……そこまでは分かりかねますが。けどまあ、どうにも異様であやしい。私はですね、殿下。というか私たち貴族の派閥は、神殿の権力を削ぎたいのです。率直に言えば、神殿が王家と強く結びつきすぎている状況を良く思っていない。ですから、神殿と交わらないシュメルヒ殿下がヨアン殿下の寵愛を受けておられるのは大変都合がよろしい、というわけです」
シュメルヒが息を呑むと、ヨアンもムッと顔を顰めた。
「妃を道具みたいに言うな。それに僕も、お前を信用してるわけじゃない。今回はお前の策に乗るが、自分を利用しようとしてる奴を簡単に信じるほど馬鹿じゃない」
グラス卿はむしろ嬉しそうな顔をした。
「ぜひともそうあって欲しいものです。甘言に耳を貸して、身を持ち崩さないでくださいよ。まあ、妃殿下が傍にいれば大丈夫かな。貴方は、ご自分でも気付いてないかもしれないが、政治の立ち回りが上手い」
「私は……」
買い被りだ。頭の回転も速くないし、気の利いたことも言えない。愛嬌があるわけでも、孤高で凛としていられるほど強くあるわけでもない。いつも臆病に、人と交わるのを避けてきただけだ。
「イレニアでは活かせなかった才能でしょう。存分にヨアン様のために発揮してください。それが今後のあなたのためにもなる」
グラス卿は扉の前に立つと、片手でグイと内側に押した。扉が開かれると、外の世界の風が頬を撫でた。
そこは小さな奥庭だった。
芝が敷かれ、申し訳程度の花が植えられているが、これといって手入れがされているようにも見えない。
廃れた箱庭だ。その中央には、古びた大きな噴水台がある。
噴水台の前には司祭が立ち、ヨアン達を待っていた。
「さあどうぞ。なに、簡単です。お籠りよりずっと楽ですよ。なにせ一瞬で済むんですから」
グラス卿はそう請け負うと、大げさな仕草で二人を前を送り出した。
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