死に戻り毒妃の、二度目の仮婚 【オメガバース】

飛鳥えん

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精霊の姿かたち

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 それは何の変哲もない、噴水の台座にしか見えなかった。
 オスロに来てからはあまりに至る所で見慣れたものだったので、通常のものとの違いが分からない。
 強いていうなら、よく目にするものより大きい。なみなみと水が満たされている。台座の位置はやや低めだ。縁に腰かけて水に手を浸すのにちょうど良い高さだった。
 台座部分の縁に小さな窪みが二か所あるのが見えた。ちょうど手の平くらいの大きさで、そこだけ欠けていた。それ以外は蔦草が彫られていたりと精緻なのに、修復もされていないので目立っていた。それ以外は……いたって普通の噴水台だ。
「これが『血の水盤』? 何も変わったところはないようですが」
「ああ、王宮のどこにでもある噴水だ。ちょっと大きいかもな」
 ヨアンと二人水面を覗き込む。水は濁りなく澄んでいて、底面には緑の苔がある。
 司祭が合図をすると、神官のひとりが手に剣を捧げながら近づいてきた。
「あの剣……ヨアン様が地下で持っていた剣では」
「うん、同じだ」
 司祭は受け取った剣を両手で捧げ持ち、ヨアンに渡した。
「殿下。これでご自身の血を水の中に。少量で構いません。妃殿下も同じように」
ヨアンは訝しんだ。それだけ?という顔で剣と司祭を見比べる。司祭は慇懃な表情を崩さない。
「水が青く澄み渡れば、精霊の加護がありとされてきました」
「加護がない場合はどうなるんだ?」
「それは……私の口からは申し上げられません」
なんだ、それは。また例の秘密主義とやらか。ヨアンも同じことを持ったようで、不満を浮かべている。
「そんな曖昧な見定め方なのか。それにオスロの生まれでない妃にも精霊は加護を与えるのか?」
「ですから、とうの昔に廃れた儀式だと申し上げたはずです」
 そちらから言い出したのだから文句を言うな、と言いたげであった。
(そうだ。これはそういう茶番なのだ…‥‥神殿に泥を塗らないために、お互いが譲歩し合った形を取り繕うための) 
 立ち会う貴族達も厳粛な面持ちではあるものの、どこか先ほどより気が抜けた空気が漂っている。イルミナ、エセル王妃、グラス卿、キリアス……そのほか見慣れた顔も何人かいた。
 イルミナが足早に寄ってきた。
「司祭。本当にこの方法を執る必要があるかしら。他にも簡易的な儀式はあるし、それに血を流すなんて……妃殿下もいらっしゃるのだし」
 司祭はイルミナ、次いでグラス卿の顔を交互に見やった。ヨアンがため息を吐いた。
「叔母上、今はどんな方法だろうと皆が納得すれば構いません。僕はとにかく、妃を追い出すなんて馬鹿げた妄言を撤回できるなら打てる手を早く打ちたいだけです。叔母上だって、妃を追い返すなんて反対でしょう」
「ええ、それは……でも」
「大丈夫です。すぐに済ませますから」
 ヨアンは言うが早いか、何の前触れもなしに刃先を手の平に当て真横に引いた。じわりと血が滲み、ヨアンの眉根が寄る。そのまま手を水面にかざすと、ぽたぽたと赤い雫が水面に落ち、跡を引いて水に溶けていった。
 水面に変化はなかった。青く澄み渡るでもなく、かといって別の不穏な変化があるわけでもない。
「何事もない……ということは、加護ありということでいいんだな」
 司祭は無言で頷いた。
「ヨアン様、剣をお貸しください」
シュメルヒが手を差し出すと、ヨアンが嫌そうな顔をした。
「ヨアン様? あの、剣を」
「痛いぞ? 平気か?」
 後ろでグラス卿がぷっと噴き出した。
「これは失礼、いやあ、殿下のご寵愛は甚だしくていらっしゃるなあ」
 面白がっているとしか思えない。ヨアンは彼を無視した。
「小指の先にしたらいい。ほら、こうやって刃の一番先で突くだけで血の玉が浮くだろ。そこまで痛くないはずだ」
地下ではヨアンにあの剣で手の平を切られたのだが……と思ったが黙っていた。
シュメルヒは言われた通り刃の先を押し当てた。ぷつっと赤い血の玉が浮く。この一滴でも体内に摂取すれば猛毒だ。
「では……」
 ヨアンと同じように水面に手をかざす。ぽたりと垂れた丸い血滴は、そのまま透明な水に溶けていく。分かりきった事とはいえ、ほっと息を吐いた。
ヨアンも、口ではああ言いながらも同じく安堵した顔だった。
「これで妃も精霊の加護が……」
言いかけた時、ちゃぷん、と水音がした。何かが水の中に落ちたのかと思って、皆の目がそちらに向く。
シュメルヒがかざした手を引っ込めようとした瞬間、『それ』は水面から白い腕を突き出し、シュメルヒの腕を掴んだ。
「っ、——ッ!?」
「妃⁉」
物凄い力で引っ張られたシュメルヒのもう片方の腕をヨアンが掴み、必死に引き戻した。
「ヨアン様!」
「なんだ、あれは……」
ヨアンの視線は噴水……正確には噴水の上に釘付けになっていた。
視線を追って、そちらを見る。視界に飛び込んできたものを、シュメルヒは『知っていた』。

 まず目に飛び込んできたのは、濡れた青白い上半身。何も身に着けていない裸体を濡れた長い髪が張り付いて覆っている。髪は青みを帯びていて、滴る水は顔の輪郭を辿り平らな胸に落ち、臍の辺りにまで伝った。実際は臍などなく、腰骨の辺りから蛇の鱗にも似た細かな鱗が見える。
 見えたのはそこまでだった。『それ』は両手を台座の縁について、ぐっと身を乗り出して伸びあがっていた。ちょうど手の平の大きさに欠けていた二か所の窪み……そこへぴたりと置かれた手には水掻きと鋭い爪が生え、何もかもがヒトのそれではなかった。
 そして、顔——。
 濡れた波打つ髪に隠れた奥で、ぎろりと動いた目玉は青い。
その顔立ちは見ようによっては整って見えたが、よく見ればのっぺりしていて、人外がヒトの姿を真似てもよく見れば違和感を感じるように、五感に訴えかける不気味さがあった。
(あの時の、池の中にいたバケモノ……! なぜこんなところに⁉)
シュメルヒが呆然と見つめていると、『それ』はぎょろりとシュメルヒを見て、ニタリと唇の端を吊り上げて『嗤った』
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