死に戻り毒妃の、二度目の仮婚 【オメガバース】

飛鳥えん

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国王

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オスロ国王は御年六十になる。ヨアンも、夭折したフェルディオ皇子も遅くにできた子供だ。それよりも前に側室たちの間には早くに子どもが生まれていた。彼らも事故や流行病で亡くなり、残された唯一の息子であるヨアンは国王にとって唯一の気がかりであり希望でもあった。

 前世では、一年近く前に没しているはずの人であった。今世では完全に回復したわけではないが、緩やかな小康状態を保っている。



「いらっしゃい、ヨアン。貴方もね、シュメルヒ」

寝室にはエセル王妃もいた。枕元から立ち上がりヨアンのために場所を空ける。

「母上、いらしていたのですね」

「ええ、陛下も今日はお加減が良いの。シュメルヒのくれたお薬を今朝がた飲んだおかげよ」

にこ、と目配せされシュメルヒは曖昧な笑みを浮かべた。ここ数年の交流を通じて、エセル王妃とはいつしかお互いに気安い関係が成り立っていた。最初の対面を思えば、信じられないことだ。



(王妃様の言う通り、お顔にも赤みが差していらっしゃる)

 寝台に横たわる国王を見てそう思った。白髪の混じる黒髪、灰色の目を開いてヨアンに微笑む王は、ゆっくりと腕を持ち上げてヨアンの肩を抱いた。

 正確には、王が疲れないよう、ヨアンが自分から上半身を倒して抱き合うような姿勢だ。

「父上、本当に顔色が良い。妃の薬は良く効くでしょう?」

「ああ、飲んでおるよ……だがなあ、あの薬」

 王は皴のある顔を顰めて、悪戯っぽくシュメルヒを見やった。

「ちと、苦いぞ」

 シュメルヒは慌てて頭を下げた。

「申し訳ございません、お味にまで気が回らずっ」

 ヨアンと国王が目を見合わせて笑い合った。

「妃、気にするな。良薬口に苦しというでしょう、父上。私の妃が父上のために日夜研究して調合してくれた薬ですから、苦くてもちゃんと飲んでくださいね」

 ヨアンは父親の前で息子の顔をしている。国王も、晩年にできた子供に対する愛情が篭った目でヨアンを見上げていた。

「きっとよくなります。体調が回復されているから、母上も喜んでいますよ」

「……エセルの部屋は相変わらず足の踏み場もなしか?」

「私が言っても聞きません。いっそ妃から叱ってもらった方がいいかもしれませんね」

 くくっとヨアンが笑う。

「聞こえてましてよ、ふたりとも」

王妃が言うと、国王はやれやれと言わんばかりに目を天蓋にやった。



 ヨアンの父、オランド国王はヨアンが生まれてから徐々に身体を衰弱させ、今は寝たきりの状態であった。昨年の秋から状態が悪化し、肌を刺すような痛みに呻き、慢性的な不眠と頭痛でさらに身体が弱ってしまった。

 

 相談を持ち掛けてきたのはエセル王妃だった。

「貴方の作ったお薬は痛み止めになるのよね……あの人に、飲ませてやってくれないかしら」

 はじめ、彼女がどの薬のことを指しているのか判断できなかった。

 ヨアンが立ててくれたシュメルヒ専用の温室は調合のための器具も完備されている。

 いずれオスロに蔓延するであろう流行病の時までに何かできればと、薬と毒の研究は続けていた。結局、あの時ヨアンに飲ませることはなかった『アコ二ツム』の株も厳重に保管されている。

「痛みを緩和するための薬でしたら、もちろんお作り致します。ですが、宮廷医のほうが適任かもしれません」

「そうね……でも、ヨアンのこともあるし。それにあなたにお願いしたいのは、もっと強いお薬だから」

 宮廷医はかつてヨアンに『氷風呂』という荒療治を強要していた。しかもヨアンの言うことを信じず詐病だと決めつけた。彼らはいつ成長したヨアンに報復されるかとビクビク怯えながら暮らしている。

 ヨアンは国王になったら、家柄に関係なく優秀な医者を新しく迎えるつもりだと言っていたから、いずれは恐れた通りになるだろう。

「強い薬というのは、まさか」

「ええ、貴方が以前……ちょうど四年前かしら、ヨアンが<水の祈り>でお籠りをするとなった時だから。言っていたでしょう? この国には無い、とても効果の強い鎮静剤があると」

「ございますが……原材料が毒草だということもご存知ですか」

「ええ、ヨアンから聞いていてよ。……お願い。気休めに与えられる薬では耐え忍べない。少しでもお楽にしてあげたいの」

 エセル王妃の目尻に涙が滲んでいる。シュメルヒは突っぱねることができなかった。調合のための時間をもらい、何度も温室で完成品を王妃に渡していた。



「午后のお薬を飲んでくださいな、陛下」

「おお、そうか……不味いんだがなぁ」

「お口直しの甘味も用意してますわ。お飲みになって」

「う、ううむ……仕方ないな」

 エセル王妃と国王のやり取りはまるで母子のようだ。実際は、国王が壮年の頃嫁いできた王妃は若々しく、傍目には父娘にも見えそうだった。二人の間の子が遅かったのは、エセル王妃が嫁いだ時まだ若すぎたせいで国王も妻として扱わなかったという噂だった。

 小鉢に入った琥珀色の液体を苦い顔で飲み干すと、国王はエセル王妃に「少しの間ヨアンと……いや、ふたりと話したい」と言った。

 エセル王妃はすぐに意図を汲んで、寝室から使用人たちを下がらせ、自分も外に出た。



 三人だけになった部屋で、国王はヨアンの手を叩いた。

「神殿の連中とは、どうだ。うまくやっているか」

「ええ、それなりに。城下でまた病の兆しがあるようで、信心が足りないからだと祭祀のための費用を要求して来ますが、宰相とキリアスが上手くあしらっています」

「そうか……儂の父親の代から神殿の言いなりだったのが拙かった。理由を話しておこうと思って今日呼んだのだ。もう時間が無いからな」

「父上」と、ヨアンが目を瞠った。

「お前たち二人は精霊の祝福を受けたと聞いた。その時、精霊は何か言っていなかったか。何か盗られたと、儂らを恨んでおっただろう」

 ヨアンはシュメルヒを見た。シュメルヒが頷くと、ヨアンは声を潜めて返答した。

「父上の仰る通りです。……なにをご存知なのですか? 教えてください」



「儂にも正確なことは分からんのだ。ただ王家には口伝で、かつて王族が私欲のために精霊を捕らえ、逃げられぬよう封じ、その加護を受けた水を国中に巡らせることで、実り豊かな大地を得たという。妙だと思ったことはないか? カラ山脈を隔てた隣国のイレニアは寒冷で作物が育ちにくい。何故地理の上でそれほど離れてもいないオスロは、こうも温暖で実り豊かなのかと……答えは水だ」



 死に戻った時、シュメルヒがまずしたのは、オスロに関する言語や風土、地理について勉強することだった。確かに、それはどの本にも答えが書かれていなかった。当たり前に何百年も『そう』だったからだ。



「<水の祈り>の時、バケモノがお前を襲って来ただろう、ヨアン」

ヨアンは頷いた。

「父上も同じご経験を?」

「そうだ。だが王はそのことを、お籠り前の世継ぎに知らせてはいけない。口外を固く禁じられている」

「あれは一体何なのですか? あんな化け物から生まれる石を祭壇に捧げて、何の意味があるというのです」

「あれは、呪いだ」

「の、ろい?」



「封じられた精霊が王家に送って寄越す呪いが、バケモノの姿をなしているのだと、私は父から聞いた。バケモノは夜ごとに大きく凶暴になっただろう? 精霊は封じられたことを恨んでいるが、もともとは人間に試練を与えて乗り越えたら褒美を与える気まぐれな水の神だ。だから月が一巡するまで耐えて生き残れば、その王の代は清らかな水を大地に巡らせてくれる」

「もしも失敗したら……」

「不慮の事故や病で死んだということにして葬る」

「まさか、側室がお産みになった子供が死んだのは……!」

「誤解だ。あれは本当に事故や病だったのだ」

「私の時、外壁が崩れて流れ込んだ地下水で溺れかけたのです。祭壇も剣も水に沈んでしまって……妃が助けに来てくれなかったら今頃は死んでいました。あれも試練なのですか? 」

「……なんだと?」

 国王は絶句した。

「そんな試練は聞いたことがない」

 ヨアンは答えが出ないもどかしさを感じた。地下神殿にはあれ以来入ることを許されていない。証拠は何もかも水に流されてしまった。

「とにかく、そうやって何代にもわたり精霊の恩恵を乞うてきたのだ。まさかお前が、精霊そのものから祝福を受けるとはな……昔封じた精霊は<番>とともに川や海を渡り、各地で姿を見せていたそうだ。先祖は最初、身体の小さな番を捕らえようとしたが、大きな方の番が庇って結局自分が捕えられてしまったそうだ。儂が言うのも難だが……人外とはいえ惨いことをした」

 人外……シュメルヒは自分と同じ顔をした精霊を思い浮かべた。確かに人外と言うにふさわしいかもしれない。

 シュメルヒは一歩前に出ると、国王に尋ねた。

「陛下。その封じられた方の番は、今どこにいるのでしょう。解き放ってやることは、できないのでしょうか」

 精霊は自分の力で時を戻して、シュメルヒを過去に戻した。

 理由は、自分が奪われた<セノキミ>……背の君を取り戻すため。それができなければ、シュメルヒが望まぬ未来を辿ることになるとも宣告された。

 望まぬ未来——つまり、前世での処刑。

 今のシュメルヒには「処刑」より怖いものがある。だがあの運命に流れてしまったら、ヨアンも失脚してしまうのだ。ヨアンを巻き添えには絶対にしない。彼だけは守り抜いてみせる。それが今世の生きる意味だ。

「残念だが、儂もそれを知らんのだ。知っている者がいるとしたら、神殿以外にはないだろうな。精霊を封じたのは流れ者のまじない師で、精霊を封じたことで、神殿の初代祭祀となったそうだ。以来、その家系が代々神殿長の座についている」

 世襲制だったのか、という驚きがあった。初代まじない師の血を引いていなければ、どんなに秀でていても根回しをしようとも神殿の長にはなれないのだ。副司祭のギヨムが王妃の側についている理由が分かった気がした。

「ヨアン、お前は新しい時代の王だ。精霊の祝福を受けたが、それなしでもやっていける賢さがある。お前のような跡継ぎがいてくれてよかった」

 国王はのろのろと腕を伸ばし、骨ばった手でヨアンの頭を撫でた。

「父上……」

「そうだな、あとは、お前の子を腕に抱ければ何も思い残すことはないんだが」

 シュメルヒの身体が強張り、思わずサッと目を逸らしてしまった。

 それを見たヨアンが一瞬寂し気な顔をする。国王はそのことに気付かず、ただシュメルヒが恥じらっただけだと思ったようだった。

シュメルヒが仮妃だということは国王も承知のはず。それでも、そう言ってくれることに、シュメルヒに対する気遣いが滲んでいる気がした。

「いや、すまない。こういうのは天の御心だったな。しかしお前と妃の子なら、さぞ良い子が産まれるだろうに……会えぬのは残念だ」

「父上、弱気なことを仰らないでください。妃の薬のおかげでお元気になられているのですから」

 国王はふふ、と小さく笑った。

「お前と王妃が長い間上手くいっていない時に何もしてやれなかった。すまなかったな、ヨアン。……寂しくないか」

 国王の意識が混濁している。

 ヨアンに、まるで小さな子どもを見るような眼差しを向けている。ヨアンもそれに気付いた。

「寂しかったです。でも今は大丈夫ですよ。隣に妃がいますから。シュメルヒがいてくれれば、私は二度と孤独にはなりません」



 ヨアンは言い終えると、硬い表情のシュメルヒを振り返って微笑んだ。
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