死に戻り毒妃の、二度目の仮婚 【オメガバース】

飛鳥えん

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贅沢の戒め

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「先生は<革命>について、どうお考えですか」
突然そう問われて、ガシム教授ははて、と首を傾げた。

週末、請われて王宮に出向いたガシムは、応接室に誂えられた演台で、書物を開き解釈を説明していた。

この日のシュメルヒは何故か熱心に耳を傾け、しかも内容について合間合間に質問もしてきたので、ガシム教授は内心大いに驚き、喜んでいた。
さっきの質問も、ちょうど授業がひと段落して、帰り支度をしている最中だった。

王と領主との関係や近代政治について講義していたのだから、質問自体は突飛なものではない。
だが他ならぬシュメルヒからの質問とあって、つい嬉しくなってしまい、頭の中で考えをこねくり回す。
ガシムは昔から一方的な講義よりも討論の方が好きだった。相手が若者であっても、見下すようなことはしない。
むしろ若さとは、凝り固まった価値観に風穴を開けてくれると思っている。

「そうですなぁ……殿下の前で言っていいものか迷うところですが、全体を通して見れば<成熟>の結果と言えましょうかな」
「成熟……」
シュメルヒは言葉を繰り返した。
「それまで不満はあれど、行動という意思表示の術を持たなかった集合体が、自らの意思を表明し、要求をする……政治的思想や自治観念の成熟、つまりそれ自体に良し悪しを断じるのは難しいことです。起こした行動には結果がつきものですが、革命は結果の前の<行為>に過ぎませんからな。その結果は時が経ち、様々な観点から判断せねば、良し悪しを計るのは難しいことです」
「でも、王家からしたら革命が起こるのは由々しきことでしょう。先生の言葉を借りるなら、<成熟>した相手から不満を持たれたり、恨まれてしまわないためには、どうしたら良いのでしょうか……」

ガシムは思わず演台の上に置いた本から顔を上げ、麗しい少年の顔を見つめた。

<毒持ち>であるシュメルヒは皇位継承権をはじめから持たない。
オメガである彼の妹が婿を取り女王となるか、はたまた従弟が養子となり王位を継ぐか……。

いずれにせよ、シュメルヒは国内で有力貴族のアルファに降嫁するだろうと、もっぱら噂されている。
その相手が、以前からよく授業を放り出して優先しているという侯爵子息なのも、何となく耳に入ってきていた。
だからこそ意外だった。
シュメルヒが我がごとのように、王家と民との関係を憂うような問いかけをするなど。

ガシムの不思議そうな視線を受けて、シュメルヒは少し慌てたように付け加えた。
「いえ、たまたま小説でそういう話があったので気になったのです。それに、私は国王にはならないけど、いずれ臣下として国に仕えるし、自分の領地を治める役目もあるでしょう? 小説の中の出来事のように、恨まれて……処刑などと怖い目に合わないためには、どうしたらいいのかと思っただけです」

ガシムは納得とともに頷いた。
そういうことなら、シュメルヒの質問の意図も分かる気がした。

「民の反感を避ける、という意味では、国王陛下の統治をご覧になるのが一番でしょうな」

よくある模範解答なのはガシムも承知している。
イレニア国王、つまりシュメルヒの父親は国民から慕われ、臣下からの支持も厚い。
先代の基盤を受け継いだからこそだが、本人の努力や資質も大きいだろう。
交易によって食料自給率の高い自国の強みを活かし、商人たちの関税を優遇し産業取引を活発にした。

一方、臣下に対しては、いささか過ぎるくらいの潔癖で、領民に対する税の横領にはどんなに古い付き合いの貴族であっても厳罰を課した。

一部の貴族からの反感も買ったが、それさえ国民にとって王家への尊崇を強める結果となった。
だから、『国王陛下の統治をご覧になるのが一番』というのも、あながちただの社交辞令ではないのだ。

そんなガシム教授の答えに、シュメルヒは顔にこそ出さなかったが、内心がっかりしていた。
父親の統治が誉めそやされるのは、確かに誇らしい。

けれど――。
それでは、オスロでの身の振り方が分からない……。

(私は何に気を付ければ、今世で民衆から恨まれずに済むのだろう……?)

贅沢をやめる……当たり前だ。
自分から望んで贅沢をしたつもりはないが、ヨアンから下賜されたたくさんの贈り物、きっとあれが良くなかったのだろう。
他には……他には、何を気を付けて、改めたらいいのだろうか……。

「それではイレニア以外の国であれば、何に気を付けるべきでしょうか」
「他国が気になるのですかな?」
「ええ。たとえば、オスロ、とか」
「オスロ? ああ、隣国ですからな。カラ山脈を隔てているせいで、どうにも隣という感じがしませんが」
ガシム教授は首を捻り、しかし唐突な話の脱線もまた、彼を面白がらせたようだった。
「そうですなぁ……オスロは気候が温暖で作物が実りやすい。軍事力に優れ、国民も真面目です。ただ……」
「ただ?」
「ちと、頼みの軍事に力を入れ過ぎているところがありますな。それを是正しようとなさったのが今のオスロ国王ですが。マゼル運河の建設にかなり国の予算を割いているので、国民の税負担が増えて環境整備の資金が滞っていると小耳に挟んことがございます。……ご存じでしょうか、オスロは気候が温暖な分、イレニアより疫病が多いのです」
話が急に逸れた気がしたが、とりあえず頷いておいた。
「それは聞いたことがある。たしか、病の<菌>は寒冷なほど広まりにくいと」
実際は聞いたことがある程度ではない。
シュメルヒは、当時『それ』を王宮の中から見ていた。

ガシム教授が頷いた。
「イレニアは冬季、人が皆家に篭りますから、人へ移るような病も流行る前に終息しますが、オスロはそうはいきません。一度蔓延すれば、村や町を焼いて対処するしかないとか。ですから何かあった時にすぐに病人を搬送したり物資を補給するための<道>や<橋>などは、国民の生命線なのです」
ガシム教授の言わんとするところが分かってきた。
「つまり、国民が本当に必要としているものが見えていないと、恨まれる、ということか?」
「極端な話、そうなりますかな。ただし、オスロ国王とて国の行く末を考えて国庫を投じているのですから、全部が間違いとも言い切れません。それが難しいところですな」
「……王族が贅沢をしたりするのは」
ガシム教授は笑った。
しかしシュメルヒの思い悩むような表情を見て、すぐに笑いを取り去った。
「王家が恵まれた暮らしをするのは、ある意味では当然のことです。それだけの重責を担っているのですからな。シュメルヒ殿下は自分の国の王様がみすぼらしい姿をしていたら、どう思われますか? 不安に思いませんか? 我が国は王でさえそれに見合った暮らしができない程困窮しているのかと思うでしょう?」

それは確かにそうだ。
良い暮らしをしているのだから、その分国民のために責務を果たしていて当然、ということか……。
「問題は責務を果たさず、贅のみを享受して民を苦しめることですな」

びくりと体が震えた。
教授はシュメルヒの動揺に気づかず続けた。

「しかし、それだけで恨まれて処刑されるなど、よっぽどのことですよ。ハハ、こう言ってはなんですが、着る物、食べる物、住まい……なんでも国王お一人で決めてしまえるわけではないですからな。案外ご不自由も多かろうと存じます。それをかいくぐって国庫を散財するとなると……」
ガシム教授は言葉を切って、悪戯っぽく目を細めた。
「相当な知恵者か、手に負えぬ暴君でございましょう。前者なら端からそんな馬鹿な真似はせんでしょうし、後者ならいずれ殿下の仰る<革命>で倒れましょうぞ。いずれにしても、殿下が心配するようなことはイレニアで起こりますまい。ご安心召されい」

ハハ、と笑いながら授業で使った教本や文房具を鞄に片付けていく。
ガシム教授にとってはただの雑談に過ぎないのだろう。
常になく真面目な態度のシュメルヒに機嫌を良くして、本人が深刻な顔で頬を引き攣らせているのに気付いていない。

(手に負えぬ暴君……)

自分が知恵者なはずがない。この数日、自分の何が悪かったのかずっと考えて知恵熱が出たくらいなのだから。となると、自然と、後者……暴君となる。

(私が、暴君……? そんな馬鹿な、いや、でも……)

「……肝に命じます」
「なんですと?」
膝の上で拳を握った。
そうだ。肝に命じておかなくては。

もし運命が同じ道を辿っているなら……今度こそ、『手に負えぬ暴君』とならないように。
今世では絶対に贅沢に溺れまい。ヨアンが与えてくれる贅沢品も全部断ろう。そして慎ましく、質素に、民衆の反感を買わないこと、出しゃばらないこと……これらを徹底しなくては。
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