死に戻り毒妃の、二度目の仮婚 【オメガバース】

飛鳥えん

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初夜騒動1

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―結局。
晩餐会が開けるような状況ではなくなったため、キリアスの悩みである『シュメルヒ妃殿下お食事同席問題』は先送りとなった。

そしてもう一つ、先送りされた事案があった。

「<初夜>ですね!これはもう、大事な儀式ですからね。張り切っていきましょう、シュメルヒ様」
「お願いですから、耳元で大きな声を出さないでくれませんか……うるさいです」
「申し訳ありません、静かにします!」
「うるさいです……」

時刻はまだ、日の昇りきらない早朝である。

シュメルヒは早起きを習慣にしている。
貴族は夜に晩餐会やパーティーで社交に精を出すので、みな朝が遅い。しかしシュメルヒにはそういった習慣がなかったので、夜は枕辺で読書しながら早めに就寝、朝は早くに目覚めて、侍女が置いていった軽食をゆっくり食べる。
勿論食事も、朝の湯浴みも、着替えも全て一人で済ませる。
イレニアにおける朝とは、とても静かなものだったのだ。

まさか起きぬけに遠慮なく大きな声で話しかけてくる侍従がいるなんて、思ってもみなかった。

(前世では<彼>はいなかったのに。襲撃事件にしてもそうだ。なぜ私の知っている筋書きが微妙に狂ってるんだ?)

「ハビエル。元気なのはいいですが、着替えるので離れてください」
「またそんなこと言って。駄目ですって。俺が用意しますから、湯浴みして、髪を梳いてから朝食にしましょうね。あと俺のことはハビとお呼びください」
語尾を跳ね上げて話すのが彼の癖らしい。口調は雑なのに不思議と粗野に感じないのは、発音が美しいからだ。
上流階級の教育を受けている者の発音だとすぐに分かった。

「ほら、おみ足をどうぞ」

言われて渋々、素足を寝台から降ろす。
ほかほかと湯気を立てる盥を床に置いて、ハビエルは丁寧に足を洗ってくれる。
最初、何のためらいもなく素手で触るから、驚いて固まってしまった。
拒否したが、ハビエルは大人しく引く性格ではなかった。
彼は<毒持ち>についての古い文献をどこかから持ち出してきて、この程度の接触は害にならないと力説し、結局、さっきみたいに大声で喚かれてシュメルヒの方が根負けした。

(慣れる気がしない……)

そんな真似をされたことがなかったシュメルヒは、こういう時どんな顔をして世話をされていれば良いか分からない。

(嬉しそうな顔をしたら、気持ち悪いだろうし、かといって仏頂面も……申し訳ない。どうしたら……)

「シュメルヒ様って、オスロの言葉がとってもお上手ですよね」

膝をついてシュメルヒの足を丁寧に洗いながら、ハビエルが言った。
くすぐったい。にやけないよう意識してしかめ面をする。

「そんなこと……普通でしょう」
なにせ前世ではろくにオスロの言語を会得しないまま嫁いだ。
大陸公用語さえ話せたら問題ないと教師たちに言われていたからだ。
だがいざオスロに来てみたら、公式行事以外の内輪の会話はオスロ語のみだった。

どうせ期限付きの仮妃だからと言語学習を怠ったのも、前世でオスロに馴染めなかった理由の一つだ。
だからガシム教授の伝手を頼って、オスロの言語教師を付けてもらい一から猛勉強した。
周囲はそんなシュメルヒの必死な様子に首を傾げていたが。

今では読み書きも、公用語と同じ程度には習得している。

「お上手ですよ。でもなんでオスロ語話してる時って、丁寧口調なんですか? 俺にまで敬語だし」
「貴方の口調が雑過ぎ、ちょっと待ってください……あなた、公用語を?」
「はい! 俺、こう見えて10歳までは学院に通ってたので。ライカ語も簡単な会話程度ならできますよ」

(10歳まで学院に在籍して、2か国語を?……秀才じゃないか)

「もういいです。下げてください」
「え、怒ってます?というか拗ねてます? 大丈夫ですよ、シュメルヒ様も十分凄いです。えっとほら、ヨアン殿下も公用語はまだ勉強中らしいですし。いっぱいお喋りして仲良くなれるといいですね」
「それは……難しいかもしれませんね」
苦い記憶が蘇り肩を落とすと、ハビエルがオロオロし出す。声が大きくてうるさいが、根は優しい青年のようだ。
シュメルヒの素肌に触れるような世話にも臆さない、強い心臓の持ち主でもある。

大聖堂での襲撃事件の後、傷の手当てをされて療養生活に入ったシュメルヒの元に侍従として寄越されたのが、ハビエルだった。
明るい茶色の髪と同じ色のくりくりとした目が人懐っこい、二十二歳の青年だった。

寝台に上半身を起こしたシュメルヒに引き合わされると、ハビエルは人懐こい笑顔を浮かべた。
初対面でそんな顔を向けられたのはジュールの時以来だ。

天真爛漫なようでいて端々に目の効くハビエルが、シュメルヒの専属侍従として仕えるようになって、生活は一変した。
今も、気落ちしたシュメルヒを見て、やいのやいの言ってくる

「なんでそんなこと言うんですかぁ。頑張りましょうよ。仮面夫婦とはいえ四年間も一緒にいるんだから、仲良いに越したことないですよ。襲撃事件のこと気にしてるんなら……あれはシュメルヒ様のせいじゃありません。俺が保証します!」

仮面夫婦。
合っているが、当人を前にして言う神経はいかがなものか……。

「あなたの保障は別にいりませんが」
「警備がザルだったせいですよ。つまり警備体制を指示した奴のせい。誰だか知りませんけど。シュメルヒ様は身を挺してヨアン殿下を庇ったんですよ? 賊も捕まえたし」
「……正確には殺めてしまいました」
「おかげでヨアン様は助かったじゃありませんか」

シュメルヒの一日の会話量は、ハビエルのおかげで一気に増えた。

さすがに湯浴みの時は、離れた位置で待機してもらっている。
洗髪も自分でする。発汗する浴室では、絶対に肌に触れないこと……こればかりはシュメルヒも譲れない一線だった。
それでも、湯浴みしながら誰かと会話する……いや、湯浴みでなくても、一日の内でこんなに誰かと話しているなんて、過去の自分が知ったらさぞ驚くだろう。

「ヨアン様はどんなにおぞましく思ったことでしょう……怖がらせるつもりはなかったのに、あんなことになって、……あの場で婚姻破棄されなかっただけでも感謝しなくては」
「シュメルヒ様は悪くないですよ。さっきから俺の話聞いてます?」
「ナーシャにも祖国にも顔向けできません……きっと国王陛下の耳にも入っているでしょうし。私はともかく、ヨアン様のイレニアに対する心象が悪くなっていたらと思うと……」
「シュメルヒ様って、実はすごい根暗ですね」
「性格は生まれつきです。いまさら変えられません……」
「だからこそ、ですよ!初夜の儀式でヨアン様をシュメルヒ様にめろめろにして差し上げれば、全部解決じゃないですか」

ハビエルは一人で興奮しているのか、鼻息が荒い。

(めろめろ……とは? オスロ特有の言い回しか何かか?)

それにハビエルはどうやら誤解しているようだ。

「あなたは勘違いしているようですが、初夜の儀式というのは」
「大丈夫です。シュメルヒ様は俺が知っている人間の中でいっちばん、綺麗です。色気はないけど。あと、普段冷静で賢こぶってるのに、実は落ち込みやすいのも見ていて面白いですし」
「それは、どうも……」
「俺、応援してますから。ヨアン様に好かれたら、きっとここでのお暮らしももっと快適になりますよ。贅沢三昧!」
「それは……本当にやめてください」

ぼんやり虚空を見つめる。
色気がない、賢ぶって……。

「もしかして、今のは悪口ですか?」

ハビエルは愛嬌のある顔に満面の笑みを浮かべてみせた。
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