死に戻り毒妃の、二度目の仮婚 【オメガバース】

飛鳥えん

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たとえ嫌われていても

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「これは。ヨアン様ではありませんか」
たった今気づきました、という振りをする。

「……その、妃の声が聞こえたから近くまで来てみたんだ」
「そうだったのですね」
ずっと読書に没頭していたから、声なんてしなかったはずだが。

陽光の下で見るヨアンはいつにも増して顔色が悪い。目は、まるで視界に入れたくないとでも言うように、シュメルヒから逸らされている。

と、ヨアンが一輪の赤い花をぞんざいに差し出した。ずっと握りこまれていたせいで、茎がしんなりと萎れてしまっている。
よく見れば花びらも何枚か欠けていて、咲き誇る他の花々に比べて何だか元気がない。
「私にくださるのですか?」
「うん」

(……花をもらうのは初めてだ)

はやる気持ちで手を伸ばしかけ、すぐに止めた。このままでヨアンの手にも触れてしまう。

ハビエルが気を利かせて、恭しくヨアンから花を受け取ってシュメルヒに差し出す。
手袋をした手で受け取った。

すかさずアンヌが明るい声で、
「良かったですねヨアン様、受け取っていただけて。ご自身で選ばれましたものね、きっと妃殿下に似合うと思って」

「……花弁の落ちた萎れかけの花が、シュメルヒ様に似合いだと?」
ハビエルの冷たい声に、ギク、とアンヌが強張った。
吃驚したのはシュメルヒだ。
「ハビエル!」
鋭く叱りつけると、ハビエルは無言で頭を垂れた。
「……失礼いたしました」

普段のハビエルからは想像もつかない発言に、開いた口が塞がらない。確かに遠慮なしの時もあるが、基本的に身分を弁えて従者としての一線を保っているのが常の彼なのに。まだ心臓がどきどきしている。

落ち着くためにも、改めて目の前のアンヌに視線を戻した。

(ヨアン様とは、上手くやっているようだな)
アンヌはお仕着せの灰色のメイド服ではなく、他の侍女たち……つまり貴族の令嬢たちと同じようにドレスを着て、髪も綺麗に結ってバレッタでまとめている。
どことなく、仕草にも落ち着きがある。
ヨアンの元乳母の夫人から、相当厳しく躾けられたのかもしれない。

ヨアンに向ける眼差しには、主人に対する礼節と、姉のような気安さが同居しているように見える。

「ありがとうございます、ヨアン様。大事にいたします」
「……うん」
萎れているから、部屋に戻ったらまず水を張った皿に浸して……大事に枕元に飾ろう。毎朝毎晩眺めるのだ。枯れてしまったら……押し花にでもしようか。はじめてシュメルヒのためだけに摘んでくれた大事な花だ。捨てるなんて勿体なくて出来ない。

シュメルヒがじっと花を見つめる。それを見たヨアンも、意外そうな表情を浮かべた。
「……」
「……」


「シュメルヒ様。よろしければ殿下の分もお茶のご用意をいたしましょうか」
沈黙を気遣ってハビエルが提案すると、ヨアンはあからさまに嫌そうな顔をした。眉をしかめて、もう帰りたそうに靴の先が来た道の方に向いている。

シュメルヒは戸惑うように首をかしげてハビエルを振り返った。
「ヨアン様のご迷惑では……」

アンヌは無礼を承知の上で、慌てて割り込んだ。
なにしろシュメルヒとの仲を取り持ち、表面上はつつがなく良好な関係を築くように仕向けろ、という上からのお達しだ。
今朝も嫌がるヨアンを宥めすかしてシュメルヒに渡す花を選ばせようとしたのに、ヨアンときたら、当てつけなのか適当なのか、けばけばしい赤色の、しかも萎れかけた一本を無造作に手折った。
これなら、最初から庭師に言って綺麗な花束を適当に見繕った方がましだった。

「迷惑なんてとんでもない!ね、ヨアン様」
「アンヌうるさい。僕より先にお前が答えるな」
「もう、またそんな事言って……」

シュメルヒは少し迷ってから、遠慮がちに反対側を指し示した。

「……そうですか。でしたら、どうぞこちらへ。ヨアン様」
シュメルヒが目配せすると、察したハビエルはすぐに目の前のカップや皿を片付け始めた。ヨアンのために新しく紅茶を淹れ、焼き菓子も一緒に添える。

シュメルヒの前に何もなくなったのを見て、アンヌだけでなく、不機嫌そうなヨアンも怪訝な顔をした。
「どうして妃は一緒に食べない?お腹が痛いのか?」
「<毒持ち>が他人と同席する時の決まりですから」
ヨアンが首を捻る。
意味が伝わらなかったと気付いて、シュメルヒは改めて説明した。
「殿下もご覧になったと思いますが、私の体内に流れている血は猛毒です。傍に毒のある生き物がいるのに、食べ物や飲み物を口に入れるのはお嫌でしょう?」
目を瞠ったヨアンには気付かず、手元に目を落として続ける。
「手袋も、同じ理由でございます。気を付けてはいますが、何かのはずみで肌に触れてしまわないように身に着けております」
淡々と説明する。
シュメルヒにとって生まれてからずっとそうしてきた、当たり前のことにすぎない。
今さら気にしなかったが、何故かヨアンはきまり悪そうに目を泳がせた。
「……別に、一緒に食べるくらい構わないけど」
「……? いえ、ご遠慮します。殿下に気を遣っていただくには及びません」
「僕がそう言ってるんだから、言う通りにしたらいいじゃないか」
突然怒り出したヨアンに、シュメルヒは目をぱちりと瞬かせた。
なにがヨアンの気に障ったのか、全く見当もつかない。

アンヌが慌てて小声を挟んだ。
「あの、ヨアン様、ご一緒に食事する機会はきっとまたありますから、ね。そうだ、妃殿下に聞きたいことがあったんですよね?」
アンヌが宥めるようにヨアンの肩を撫でると、ヨアンはむすっとした顔のまま俯いた。
事前にアンヌからシュメルヒとの会話を用意しておくように言われていた。

本当は早くこの場を去りたいのだが、一応『謝罪をして、仲良くお茶をしました』という事実を形だけでも作っておかなくてはならない。

しばらくして、「……何を読んでたの?」とヨアンが尋ねた。
アンヌは焦った。事前に決めておいた台詞と違ったからだ。予定では、怪我の具合を訊ねて、大聖堂で庇ってくれた礼を述べるはずだった。

シュメルヒは革の背表紙をヨアンに向けて見せた。
「オスロ国の歴史書です」
「本……僕は嫌いだ。いつも家庭教師が山のように宿題を出してくる」

シュメルヒはかつての自分を思い出してしまい、思わずくすりと笑みが零れた。

すると、ヨアンの顔が赤くなった。
馬鹿にしたつもりはなかったが、もしやまた気分を害してしまったかと思い、シュメルヒはすぐに笑顔を引っ込める。
「私も昔は嫌いでした。小さな文字を目で追っていると終いには苛々してしまって」
「僕もだ」
「そういう時はまず目次を眺めて簡単そうな章から開いてみるのです。コツは全部理解しようと思わないこと。読み終わったら、今度は一個前の章を読んでみるのです。声に出すと頭に入りやすくなりますよ」
ヨアンが小馬鹿にするように鼻を鳴らした。
背後のハビエルがぴき、と青筋を立てたが、シュメルヒは知る由もない。
「いつもそうやってるのか? それでも嫌な時は?」
「私の所へ教科書を持ってきてください」
「は?……なんのために?」
「私も勉強は苦手なのです。なので、殿下と机を並べて一緒に授業を受けることに致します」

一緒に勉強いたしましょう。

そう言うと、ヨアンはぽかんとした。

自分に出来ないのに、他人にやれというのも無責任な話だ。
前世の自分だって勉強嫌いでガシム教授の手を焼かせた。
今世では必死に勉強したが、それは生々しい処刑の記憶があったからだ。学びの楽しさに気付いたのは、教授のおかげもあっての副産物に過ぎない。

理由はもう一つあった。
ナーシャはまだ12歳だが、年頃になれば聡明で知的な淑女になると断言できる。

(妹が将来嫁ぐ相手が無知蒙昧なのは困る。せめて知的水準は同じ程度にあげておくに越したことはない)


そんな風に思われているとは露ほども知らず、ヨアンはシュメルヒの手袋に覆われた細い指先を見つめていた。
顔を上げるときらきらした長い髪、雪像のように整ったかんばせ、薄い唇、そしてあの凍った湖面のような瞳が目に飛び込んでくる。

手袋の近くにはさっきの赤い花が置かれていた。
どれでも同じだと、適当にむしって来た花だ。名前も知らない。薔薇か何かだろう。
そんな、みすぼらしくて見劣りがする花を、嬉しそうに胸に押し抱くとは思っていなかったから意外だった。

(あんなに嬉しそうにするなら、もう少しくらい真剣に選んでやってもよかったな)

清らかな雪の色彩を纏ったシュメルヒに、濃い赤色の花はちぐはぐで、見るからに似合っていなかった。


「僕も頑張って本を読もうかな」
とりあえず、適当にそれらしい答えを返した。これくらい会話をしておけば、『仲直りした』体裁は取り繕えるだろう。しばらくは妃と会わないでも、キリアスや叔母上たちにとやかく言われなくて済むはずだ。

大聖堂でヨアンを守るために負った怪我も、こうしてみると元気そうだ。きっと浅い傷だったんだろう。キリアスもアンヌも、いちいち大げさなのだ。シュメルヒは<毒持ち>なんだから、普通の人間より強いに決まってる。ヨアンより年上だし、心配することなんてない。

「ご立派です。殿下はいずれ国王におなりですから、知識を蓄えるのは良いことです」
ご立派、という声が耳の奥にこだました。
「……誰も僕に王になって欲しいなんて望んでないけどね」
会話を続ける気なんて無かったのに、なぜか気付くと口から言葉が零れていた。



シュメルヒはヨアンを見つめた。鬱屈と諦観が澱んだような暗い目をしている。

シュメルヒは記憶を紐解いた。
オスロ国王とエセル妃の間には息子が二人いた。
他にも側室との間に子供が3人いたが、全員赤子の時に病や事故で亡くなっている。

そしてヨアンの兄フェルディオ皇子も、ヨアンが3歳、フェルディオが7歳の時に病死した……と、前世で伝え聞いていた。
もし生きていたら、ナーシャと婚約したのは兄のフェルディオの方だったはずだ。

「殿下のせいではございません。お兄様のことは残念でしたが……天命には逆らえませんかから」
「兄上のことを知ってたんだな」
ヨアンは小さく笑った。自虐的な笑い方だった。

「妃はなんにも知らないんだな。兄上は僕の病気が移ったせいで死んだんだ。麻疹にかかって僕は部屋から出ないよう言われてたけど、その日は夜にどうしても兄上に会いたくて、使用人部屋を内緒で通って、兄上の部屋に行った。兄上は最初駄目だと言ったのに、僕が帰らないから仕方なく折れて中に入れてくれた。……次の日倒れて、何日も熱が下がらなくて死んだ」

淀みなく説明していくヨアンを見つめながら、なんと声を掛けたらいいか分からなかった。

<それも天命です。ヨアン様のせいではありません>?
それとも、<きっとお兄様も殿下が助かったことを喜んでいますよ>?

どれもふさわしくない気がした。
それでヨアンの心が慰められるとは到底思えない。

「……ヨアン様が生きていてくださってよかったです」
結局、口から出てきたのはそんな陳腐な言葉だった。
ヨアンの緑色の目がシュメルヒを捉えた。探るような目つきに、知らず緊張を飲み込む。

「僕が生きてたって妃には関係ないだろ。どうせ、すぐこの国からいなくなるんだから」
「それは、そう、なのですが……」

なんて深い目なんだろう。子供の目と思えない。心の奥が覗かれて、嘘が暴かれてしまいそうだ。

「……私が<毒持ち>だと分かった時、周りはこのまま死なすか、生かすか母に問うたそうです。母は自分で決められず、結局父が生かすように命じました。ですからずっと、自分が生きているのは何かの間違いだと思って日々を過ごしてまいりました。でも今は、そんな私にも大事な役目があると思い、せめてそれを成し遂げたいと思っているのです」

ヨアンだけでなく、アンヌとハビエルも、突然の吐露に驚いたように聞き入っている。

「兄上の話と関係あるのか? 大事な役目ってなんだよ」
「それは……」
ヨアンの問いに、少し口ごもる。

四年後、ヨアンとナーシャが無事に成婚し、仲睦まじく支え合う国王と妃になって欲しい。
そのためには、シュメルヒ自身が決してオスロ国民から反感を買ったり、贅沢に溺れたりしてはならない。
なるべく質素に、分を弁えて、目立たないよう生きるのだ。

どこまでヨアンに話してよいのだろう。
自分達が期限付きの仮の婚姻であることは、ヨアンも承知している。
けれども、本人を前にして面と向かって口にするのは何となく憚られた。たとえヨアンが、シュメルヒを何とも思っていなくても。せめて表面上だけでも穏やかな関係を築きたかった。

ヨアンの目は嘘を見抜く人間の目である気がする。
周囲が言うような、我儘で癇癪持ちの皇子……本当にそうだろうか。
結局、慎重に言葉を選ぶことにした。

「ヨアン様が戴冠式を迎えられるまで、お傍にいることをお許しいただきたく思います」
「……僕は妃の事、好きじゃない」

わずかに軋んだ胸の奥に、蓋をする。これは勘違いだ。ただ言葉に反応してしまっただけのこと。

ヨアンは妹の夫になる御方だ。
もとより、それ以上の感情は持っていない。
たとえ嫌われたとしても、オスロにいる間は、ヨアンの役に立つのがシュメルヒの役目だ。

でなければ、こうして生き直している意味がなくなってしまう。

「かまいません。たとえどう思われても、私はヨアン様の<味方>です。それでもお嫌でしたら……都合の良い駒とでも思ってくだされば、それでいいのです」

いずれ無事にナーシャとヨアンが<番>になったら、安心して帰国できる。
その先は一生、ヨアンと会うこともないだろう。
たった四年間の夫婦関係だ。ヨアンからの好意が無くても、シュメルヒの為すべきことは変わらない。

シュメルヒの決意が籠った眼差しの強さに、ヨアンは目を丸くした。



(前回、更新順番を間違えてしまいました。申し訳ございません!)
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