死に戻り毒妃の、二度目の仮婚 【オメガバース】

飛鳥えん

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<毒持ち>の番契約

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「水の祈り」の審理はまだ続いているというのに、シュメルヒの心は全く別のことに占められ、浮ついていた。長椅子に座ったかと思うと、立ち上がって書き物机に移動、かと思えばインクを付けたペンを放って部屋の中をうろうろ、そわそわ、落ち着かない。
「……やっぱり沐浴をして来ます」
「ちょ、待ってくださいシュメルヒ様! 何度目ですか、朝と午后にしましたよね? もう十分ですから……落ち着いてください。あの、一応聞きますけど、一緒に眠るだけですよね?」
「他に何が?」
「挙動不審がここまで来ると、何かあるのではないかと」
「何かって、なにが」
 会話の埒が明かない。ハビエルがもの言いたげな視線を寄越すので、シュメルヒにも彼の言わんとしていることがやっと分かった。同時に、とんでもない誤解に青ざめる。
「なにを考えているのですか、あなたは! ヨアン様はまだ十四歳なのですよ? 第一……第一、私は誰かとそのようになれないと知っているでしょう」
 ハビエルとこんな話をしたくなかった。誰とも、そうした話題は避けてきたし、これからだってヨアンとの間にこの手の話題の影さえ忍ばせたくない。
 せっかくヨアンとの距離が縮まったというのに、もし「そんな恐ろしいこと」が耳に入りでもしたら、また最初の頃の——シュメルヒを忌避するヨアンに戻ってしまうかもしれない。
 ヨアンの掌の感触……唇の感触が蘇り、シュメルヒは唇を噛んだ。
(それだけは嫌だ……)
 一度でもヨアンとの触れ合いを知らなければ、優しくされなければ、あるいは意地悪されなければ……きっとこんな風に想わないでいられたのに。
 ハビエルが言いにくそうに、
「<番契約>の儀式は項を噛む必要がありますよね……? シュメルヒ様もイレニアでは婚約者がいらしたということは、その、『安全に』契約をする方法があるということですよね?」
「ああ……そうですね、あなたの立場なら知っておきたいでしょうね」
 今までシュメルヒには専属侍従というものがいなかった。世話係は大抵当番制で、すぐに移り変わるのが常だったから、シュメルヒ自身の生活や、将来に関することを把握しておいてもらう必要がなかったのだ。
 ハビエルは、シュメルヒの事情を知ろうとしてくれている……ハビエル本人は触れて良い話題かどうか悩んでいるようだったが、関心を持たれたことが嬉しかった。
「噛む前に、噛んでも安全かどうか見極めなくてはなりません」
それをしておかないと、いざ肌に歯を立て、鮮血を摂取した瞬間に、身体の中から爛れて血も肉も腐ってしまう。大聖堂の奇襲者は随分苦しんだが、体内にシュメルヒの血を摂取したら、もっと悲惨な末路だったろう。苦しみは尋常でなく、しかも長引いたはずだ。
「酒樽に……とても大きな酒樽を用意して、そこへ真水を縁まで満たすのです。そうしておいて、指先を針で突いて、一滴だけ——慎重に一滴だけ血の雫を落とします。あとはワインを試飲するように、下についたコックを捻ってグラスに注いで飲むんです。……どうですか? 分かりましたか?」
「……つまり、事前に何百倍も希釈した状態で文字通り試飲するんですね」
「<毒持ち>のオメガが心を許し契約を受け入れていれば、何事も起こりません。そのままうなじを噛み、番契約を成します」
「……何かある場合は?」
「望まぬ契約だった場合は、<毒血>の効果が現れますが、症状は微々たるものですよ。数少ない記録を見る限りは、意識が朦朧とするくらいだそうです」
 それでも、後遺症が残る場合や、心臓が弱かったり持病がある者は万が一が起こり得る。だから、事前の安全確保と言いつつ、この「試し」行為自体がアルファにとっては厄介な関門だろう。特に政略結婚でオメガに差し出されたアルファにとってははた迷惑以外の何物でもない。たとえアルファの身を守るための予防策だとしても——。
「王家に<毒持ち>が生まれると、大抵は幼い頃に婚約者があてがわれるのはこのためです。相手も必死なのです。番契約を済ませれば毒の効果を受けないとはいえ、そうなるまでには気に入られておかなくてはなりませんから……かわいそうなことです」
 ジュールの顔がよぎる。イレニアに嫁ぐ前に婚約解消できて、改めて良かったと思った。彼をシュメルヒから解放できただけでも、今世は良い方向に向かえた気がする。
 しみじみと思っていると、ハビエルが、
「それって、<毒持ち>の御方もそうなんじゃないですかねぇ」と呟くから驚いた。
「——え?」
「<毒持ち>の御方も、きっと自分の血で求婚者を傷付けたくなんてないと思います。そりゃ、心の中ではそんなに好きじゃない相手だとしても、ですよ? きっと、なんとかして本心から好きになろうとして、苦心して……それでも実際に毒の効果が表れてしまったら……きっと辛かったでしょう。おかわいそうです」
「……珍しいことを言いますね」
 その視点は持ち合わせていなかった。そもそも、相思相愛である事例など過去の記録を漁っても、ほとんど無かった。シュメルヒは己の体質を知ってから必死に過去の文献を探したから、確かだ。
「……ヨアン殿下なら、グラスを飲み干しても何ともないんじゃないでしょうか」
 シュメルヒは一瞬、頭の奥で何か熱いものが爆ぜたような気がした。カッ、と顔が熱くなり、思わず鋭い声で「ハビ!」と叱りつける。
「私がヨアン様に抱いているのはそのような感情ではありませんし、そもそもナーシャの夫となるヨアン様と番契約するなどありえません。世迷言はやめてください」
 怒ってしまった後、すぐに気まずくなってハビエルから視線を逸らした。ハビエルはそんなシュメルヒに向かって即座に頭を下げた。
「申し訳ありません、出過ぎたことを言いました」
「いえ……怒鳴ってすみません。ですが誰の耳に入るか分かりませんから、気を付けてください」

 すこしばかり気まずい空気が漂い、居心地の悪さを感じている内に夜のとばりが下りた。
 夜着を纏った上に長いガウンを羽織り、ヨアンの部屋に向かう途中、ふと思った。

 そうだ。ハビエルに言っていないことがもう一つあった。
(私には発情期がない……オメガ特有の香気も、ない。だからアルファのヨアン様とどうかなってしまうことなんて、この先も絶対にありえない……何も心配いらない)

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