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第三章 王弟殿下の別荘(という設定)
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一 最強の使用人たち
アルカディア公爵領の朝は、王都のそれとは比較にならないほど清冽な沈黙に満ちていた。
窓から差し込む陽光は、微細な塵さえも宝石の欠片のように輝かせ、白いレースのカーテンを透過して寝室全体を柔らかな乳白色の光で満たしている。シーツの隙間から入り込む空気は驚くほど澄んでいて、肺の奥まで洗われるような感覚に、私は深い安らぎを覚えた。
前世の社畜時代、私は常に慢性的な睡眠不足と戦っていた。深夜二時に帰宅し、数時間の仮眠の後にアラームの爆音で叩き起こされる毎日。あの頃の私にとって、眠りとは「生命を維持するための最低限のシャットダウン」でしかなかったが、ここでの目覚めは、細胞の一つ一つが春の芽吹きのように息を吹き返す至福の瞬間だった。
「……さて、いつまでもこの天国のようなベッドに甘えているわけにはいかないわね」
私は大きく背伸びをして、シーツの柔らかな感触を名残惜しみながらも跳ね起きた。用意された清潔な仕事着に袖を通し、伯爵令嬢時代から大切に持っていた、母の形見でもある白いエプロンの紐をきゅっと締める。
私はただの居候ではない。レオンハルト様が主君である王弟殿下から預かったこの広大な別荘を守る、管理人なのだ。
レオンハルト様は「君がそこにいてくれるだけで十分だ」と言ってくださるが、社畜根性が染み付いた私に「何もしない」という選択肢は存在しない。むしろ、薄給(だと思い込んでいる)で激務に耐える彼を支えるために、この屋敷を完璧に整え、最高の癒やしを提供することこそが私の使命である。
「よし、今日から管理人としてのお仕事、全力で頑張らなきゃ!」
意気揚々と部屋を出た私は、まずは家中の窓を開けて空気を入れ替えようと廊下を歩き出した。高い天井に足音が響く大理石の廊下は、朝日を浴びて鏡のように輝いている。
だが、エントランスへと辿り着いた瞬間、私は自分の目を疑った。
そこには、一分の隙もない整然とした動作で並ぶ、男女の集団が私を待ち構えていたのだ。
男性は仕立ての良い執事服を、女性は凛としたメイド服を纏っている。驚くべきことに、彼ら全員から、並の近衛騎士さえも圧倒するような、ただ者ではない鋭い気配が漂っていた。
「……えっ? ど、どちら様でしょうか?」
私が呆気に取られていると、集団の先頭に立っていた初老の紳士が、優雅に、そして完璧な角度で一礼した。銀髪を整え、背筋を真っ直ぐに伸ばしたその姿には、年季の入った品格と、底知れない知性が宿っている。
「エリーゼ様、おはようございます。本日よりこのアルカディア別荘の清掃、調理、および庭園管理を担当いたします、王弟殿下直属のスタッフでございます」
ギルバートと名乗ったその紳士は、落ち着いた低音で告げた。その瞳には一抹の隙もなく、まるで私の動きをすべて予見しているかのようだ。
「ス、スタッフ……? ギルバートさん、あの、管理人は私一人だと伺っていたのですが……」
「左様でございます。管理人としての全権はエリーゼ様にございます。しかしながら、王弟殿下のご厚意により、『管理人お一人では、この広大な屋敷と敷地を維持するのは物理的に不可能である』との判断が下されました。私たちはあくまで補助員、いわば福利厚生の一環として派遣された手足に過ぎません。どうぞお気になさらず、私たちに何なりと指示をいただければ幸いです」
ギルバートの言葉を聞き、私は再びソルヴェリア王国の、そして王弟殿下の圧倒的なホワイト企業っぷりに打ち震えた。
福利厚生で、これほど有能そうな専門スタッフが何人も付くなんて。前世のブラック企業の社長がこれを聞いたら、卒倒して泡を吹くのではないかしら。
「なんて手厚いサポートなの……。分かりました。不慣れな管理人ですが、皆さんと協力して、この素敵な別荘を守っていきたいと思います」
私が笑顔でそう言うと、スタッフ一同――実はレオンハルト様の配下である最強の暗部部隊――の肩が、一瞬だけ微かに揺れた。彼らは「なんて純粋で、光り輝くようなお方なのだ」という畏敬の念を抱きながら、再び深々と頭を下げた。
「では、早速お仕事を始めましょう。まずは窓を……」
私が雑巾を手に取ろうとした、その刹那だった。
シュッ、という、空気を切り裂く微かな音が連続して響いた。
私の視界が、一瞬だけブレたような錯覚を覚える。驚いて目を瞬かせた時には、廊下に並ぶ十数枚の大きな窓ガラスが、まるで新品の鏡のようにピカピカに磨き上げられていた。
太陽の光が乱反射し、あまりの眩しさに私は目を細める。
そこには、先ほどまで私の周りにいたはずの若手のスタッフたちが、何事もなかったかのように元の位置で直立不動で並んでいた。彼らの手にある清掃道具は、先ほどよりも僅かに湿っているようだが、彼ら自身の息は一つも乱れていない。
「(……今、何が起きたの? 窓拭きの速度が、残影すら見えないほど速かった気がするんだけれど)」
前世の社畜時代、私は効率化の名の下に数々の理不尽な業務改善を強要されてきた。マニュアルの徹底、無駄な動線の排除、一分一秒を削るための努力。だが、目の前の光景は「効率」という概念を遥かに超越していた。
これはもはや、清掃ではなく戦闘技術の転用ではないだろうか。あるいは、時空を操る魔法でも使ったのか。
だが、ギルバートは涼しい顔で「殿下から派遣されたスタッフは、選りすぐりの精鋭でございます」とだけ告げた。
「さすが、王弟殿下の直属……。王都の騎士団も凄かったけれど、サポートスタッフの教育も徹底されているのね」
私は、彼らが実はレオンハルト様の配下であり、その神速の動きが暗殺術の応用であることなど、夢にも思わなかった。
彼らにとって、この屋敷に汚れを一つ残すことは、守るべき奥様への不敬であり、戦場での死に等しい屈辱なのだろう。
スタッフの一人が、私の手から雑巾を恭しく受け取りながら囁いた。
「エリーゼ様、どうかお気になさらず。私たちは『奥様』が快適に過ごされるための……いえ、管理人様が管理業務に集中されるための、単なる道具でございますから」
その言葉に含まれた、異常なまでの忠誠心と「奥様」という言い間違いに、私は僅かな違和感を覚えた。けれど、それ以上に「なんて素晴らしい職場環境かしら」という感動が勝ってしまった。
「皆さんが優秀すぎて、私の仕事がなくなっちゃうわね。でも、分かりました。私は全体の統括……つまり、皆さんの健康管理や、レオンハルト様への報告をメインに頑張りますわ!」
私が拳を握って宣言すると、ギルバートは満足そうに目を細めた。
「左様でございます。それが我々、そして何よりレオンハルト様の願いでございます」
私は、この屋敷に潜む異常なまでのスペックの高さに圧倒されつつも、殿下の手厚すぎる福利厚生に、改めて感謝の祈りを捧げるのであった。
屋敷の裏手から、薪を割る鋭い音が響いてくる。どうやらレオンハルト様も、既に行動を開始しているようだ。
私はスタッフたちに見守られながら、騎士様の朝食を準備するために、最新鋭の設備が整ったキッチンへと向かった。
二 騎士様の薪割り
アルカディア別荘での二日目の朝は、昨日にも増して眩い生命の輝きに満ちていた。
窓から差し込む朝日は、透き通るような紺碧の空を映し出し、白いレースのカーテンを透過して、室内を乳白色の光で満たしている。シーツから這い出した肌を撫でる空気は、王都のそれとは比較にならないほど純度が高く、肺の奥まで洗われるような清涼感がある。
私は、最強の使用人たちによって完璧に掌握された屋内から逃れるようにして、屋敷の裏手へと足を向けた。
ギルバートさん率いるスタッフたちの動きは、もはや効率化という言葉では説明がつかない。私が窓に手を伸ばそうとすれば、視界がブレた瞬間に汚れが消え、洗濯物を手に取ろうとすれば、既に乾燥まで終わって畳まれている。
前世の社畜時代に、これほど有能なアシスタントが一人でもいれば、私の過労死は防げたかもしれないなどと、不毛な仮定を立ててしまうほどだ。
「よし、せめて外仕事だけでも、私がお手伝いしなくちゃ」
管理人としての矜持を胸に、私は母の形見である白いエプロンの紐をきゅっと結び直した。
石畳を抜けた先にある薪割り場は、アルカディアの原生林が落とす深い緑の影に抱かれていた。微細な魔力の粒子が陽光を受けてキラキラと舞い踊り、周囲には切り出されたばかりの木々の、清々しくも力強い香りが漂っている。
そこには、既に一仕事を終えた様子のレオンハルト様がいた。
彼は上着を脱ぎ、白いシャツ一枚という軽装の騎士服姿で、朝の光の中に立っていた。背中越しでも分かる無駄のないしなやかな肢体は、薄い布地を押し上げるようにしてその逞しさを主張している。
月光を反射するような銀色の髪が夜風ならぬ朝風に揺れ、深紅の瞳が、手元にある巨大な丸太を静かに射貫いていた。
「レオンハルト様、おはようございます。薪割りでしょうか? 私もお手伝いしますわ」
声をかけると、彼は僅かに肩を揺らし、ゆっくりとこちらを振り向いた。
朝日に照らされたその素顔は、王都の社交界を彩るどんな美形貴族も霞むほどに鮮烈で、彫刻のように整っている。私を見つけた瞬間、その厳格な騎士としての面持ちが、冬の太陽のような柔らかな熱を帯びたものへと変わった。
「エリーゼ、おはよう。……いや、これは力仕事だ。俺がやる。君はそこで見ていてくれるだけでいい」
レオンハルト様の声は、朝の静寂に溶け込むほどに穏やかで、甘い。彼は私の元まで歩み寄ると、当然のような動作で私の手を取り、その指先にそっと唇を寄せた。
「っ……、でも、管理人ですから。騎士様にばかり苦労をかけるわけにはいきません」
指先に触れる感触に顔を赤らめながらも食い下がると、彼は愛おしそうに私の頬を撫で、再び作業場へと戻った。
「苦労などではない。君を暖めるための火を熾す、そのための準備だ。……見ていてくれ」
彼は傍らに置かれていた、大人の胴回りはあろうかという巨大な樫の丸太を、片手で軽々と薪割り台の上にセットした。
通常、薪割りと言えば、全身のバネを使って重い斧を振り下ろす、過酷な重労働のはずだ。前世のドラマなどで見た、泥にまみれて汗を流す光景を想像し、私は「頑張れ、私の推し騎士様!」と心の中で拳を握った。
だが、レオンハルト様が手に取ったのは、斧ではなかった。
彼が腰の鞘から抜き放ったのは、昨日もその腰に帯びていた、一振りの長剣だった。
月光を閉じ込めたかのような白銀の刀身。それは王家に伝わる伝説の魔剣であり、龍の鱗さえも紙のように切り裂く、国宝級の至宝である。しかし、世間知らずの、そして彼の有能さを「仕事のデキる公務員」としてのみ捉えている私には、それが「非常によく手入れされた、業務用の立派な刃物」にしか見えなかった。
レオンハルト様が剣を構える。
次の瞬間、空気が一変した。
穏やかだったはずの周囲の魔力が、彼の放つ鋭い殺気――いえ、集中力によって、一瞬にして凝縮される。
一閃。
空気を切り裂く鋭い音が響いたかと思うと、彼の腕が残像となってブレた。
ガガガガッ! という、連続した小気味よい音が響き渡る。
目を見開いた私の前で、巨大な丸太は、まるであらかじめそう決まっていたかのように、瞬時にして均等な八等分の薪へと姿を変えていた。
切り口は鉋をかけたように滑らかで、寸分の狂いもない。斧で叩き割ったような荒々しさはなく、そこには一種の芸術品のような美しさが宿っていた。
「……すごい! さすがレオンハルト様! 騎士様の剣技というのは、薪割りにもこれほど完璧に応用できるものなのですね!」
私は思わず、両手でパチパチと拍手をした。
これほどの神速、そして精密な魔力制御を「薪割り」という日常業務に注ぎ込む贅沢さに、私は気づかない。ただただ、私の推しが、私の想像を超えたハイスペックな仕事人であることに感動していた。
「(前世の工場のカッターでも、これほど正確には切れないわ。やっぱり近衛騎士団の福利厚生……じゃなくて、教育水準は異常に高いのね)」
私が目を輝かせて称賛すると、レオンハルト様は剣を鮮やかな所作で鞘に収め、少しだけ照れたように視線を逸らした。
「……君に、暖かいスープを飲ませてやりたいからな。乾燥した薪があれば、火もすぐに安定する」
彼は薪を拾い上げながら、言葉少なに付け加えた。
その横顔には、かつて王宮の隅で、名前すら持たない「背景」として立ち続けていた孤独な騎士の面影はなかった。誰かのために力を使い、その誰かに真っ直ぐな称賛を受ける。その当たり前で、けれど彼が切望していた幸せが、今の彼の瞳に穏やかな光を灯している。
「ありがとうございます。では、私はその、騎士様が精魂込めて用意してくださった薪を使って、世界一美味しい朝ごはんを作りますわ!」
私は意気揚々とキッチンへ向かって駆け出した。
背後でレオンハルト様が、自分の右手の感触を確かめるように握り込み、「……剣の使い道としては、これが最上かもしれないな」と、かつての冷酷な影の宰相とは思えないような、柔らかな笑みを浮かべていたことにも、私はまだ気づかなかった。
アルカディアの原生林を渡る風が、彼の満足げな吐息を運び去っていく。
私は、最強の騎士様が用意してくれた薪と、王弟殿下が提供してくれた最高級のキッチンを使い、彼への愛と感謝を込めた朝食作りに、腕を鳴らすのであった。
これこそが、私が夢に見た、そして彼に約束した「養う」ための第一歩。
すれ違いと勘違いの末に辿り着いた、甘く、そしてどこか規格外な新婚生活の朝は、まだ始まったばかりだった。
三 理想の夕食
アルカディアの地を黄金色に染めていた陽光が、ゆっくりと湖の対岸にある山嶺の向こうへと沈んでいく。
空の色は鮮やかな橙から、紫がかった深い群青へと溶け込み始め、一番星が遠慮がちにその輝きを放ち出していた。湖畔に佇む別荘の窓からは、魔導ランプの柔らかな灯りが漏れ出し、波紋一つない鏡のような水面に揺らめく光の筋を落としている。
王都の夜は、常に魔導灯の人工的な光と、絶えることのない人々の喧騒に満ちていた。けれど、ここにあるのは、風が木々を揺らす囁きと、時折遠くで鳴く鳥の声、そして屋敷の中から聞こえてくる暖炉の火が爆ぜる音だけだった。
私は、最強の使用人たちによって完璧に整えられたキッチンに立ち、夕食の仕上げに取り掛かっていた。
この屋敷のキッチンは、王弟殿下の別荘という名に恥じず、最新鋭の魔導調理器が揃っている。けれど、私が選んだのは、レオンハルト様が今朝、あの伝説の魔剣で鮮やかに切り分けてくれた薪を使った、旧式の暖炉付きオーブンだった。
「(やっぱり、騎士様が私のために用意してくれた薪なんですもの。これを使って料理をすることに意味があるわ)」
そんな私のこだわりを、執事長のギルバートさんをはじめとするスタッフの方々は、深い感動を湛えた瞳で見守っていた。
私が野菜を切ろうとすれば、既に皮を剥き、寸分の狂いもない大きさに切り分けられた食材がボウルに用意されている。私が鍋の様子を見ようとすれば、最適なタイミングで火加減を調整する魔法が(恐らく影で)発動している。
彼ら――レオンハルト様の配下である最強の暗部部隊――にとって、私の調理を完璧にサポートすることは、もはや国家の存亡を懸けた極秘任務と同義であるらしい。
「エリーゼ様、野菜の火の通り具合は完璧でございます。このポトフからは、王宮のシェフでも決して出せない、魂を揺さぶるような慈愛の香りが漂っておりますな」
ギルバートさんが、大真面目な顔でそんな過分な称賛を口にする。
「まあ、大袈裟ですわ。地元の新鮮な野菜と、騎士様が割ってくれた薪の火力が素晴らしいだけです。……でも、美味しくできていると嬉しいわね」
私は、じっくりと煮込まれたポトフの味を確かめた。
アルカディアの肥沃な大地で育った根菜は、口の中でとろけるほど柔らかく、滋味深いスープが染み出している。そこには、私自身も気づいていない「聖女」としての浄化と活性の魔力が、無意識のうちに注ぎ込まれていた。一口飲めば、どんな過酷な戦場での疲労も一瞬で癒えるであろう、至高の薬膳とも呼べる一品。
そして、傍らには、レオンハルト様と最初に出会った夜に差し入れたものと同じ、素朴なレシピのクッキーが焼き上がっていた。
ダイニングルームに移動すると、既にテーブルの上には清潔なリネンのクロスが敷かれ、磨き上げられた銀のカトラリーが並んでいた。
大きな窓の外には、月光を反射して白銀に輝く湖が広がっている。暖炉の火が赤々と燃え、室内を心地よい温もりと、薪が焼ける香ばしい匂いで満たしていた。
「待たせたな、エリーゼ」
重厚な扉が開き、レオンハルト様が姿を現した。
彼は騎士団の制服を脱ぎ、ゆったりとした濃紺の部屋着を纏っていた。朝の凛々しい武装姿も素敵だったけれど、今の彼は、鋭い殺気を一切消し去り、どこか隙のある、一人の青年としての表情を見せている。
銀色の髪が、暖炉の光を受けて琥珀色に煌めき、私を捉える深紅の瞳には、愛おしさが隠しきれない熱を持って宿っていた。
「お疲れ様です、レオンハルト様。ちょうど準備ができたところですわ」
私は彼を席へと案内し、丁寧に盛り付けたポトフを運んだ。
レオンハルト様は椅子に深く腰掛け、食卓に並んだ質素な料理を、まるで失われた秘宝を見つめるような、真剣で切実な眼差しで見つめた。
「……君が、作ってくれたのか」
「はい。ギルバートさんたちにも手伝っていただきましたけれど、味付けは私が行いました。騎士様が今朝用意してくださった薪を使って、じっくり煮込んだんですよ」
レオンハルト様はゆっくりとスプーンを手に取り、スープを一口、口に運んだ。
その瞬間、彼の端正な眉が僅かに震えた。
「……美味しい」
その言葉は、昨日の夜会で、冷たい回廊の隅で聞いた時と同じ、深く染み渡るような響きを伴っていた。
彼はそのまま、何かに取り憑かれたかのように、一口、また一口と料理を口に運んでいく。王宮での豪華な、けれど毒見のために冷め切り、権謀術数の味がする晩餐とは、あまりにも対極にある温度。
「(……そんなに勢いよく食べてくださるなんて。やっぱり、今まで本当にまともな食事を摂らせてもらえていなかったのね)」
私の勝手な妄想は、加速していく。
前世の社畜時代、私は疲れ果てて帰宅した後、冷えたコンビニ弁当をたった一人で胃に流し込んでいた。その味は、空腹を満たすためだけの単なる記号でしかなく、心まで満たしてくれることは決してなかった。
孤独に、誰にも評価されず、ただ生きるために食べる。
騎士A様もまた、この広大な王宮の中で、私と同じように孤独な食事を続けてきたのではないだろうか。
「騎士様、ゆっくり召し上がってください。おかわりはたくさんありますから」
私が優しく声をかけると、レオンハルト様はふと手を止めた。
彼は顔を上げ、暖炉の火に照らされた私の顔をじっと見つめた。その瞳には、一介の騎士が抱くにはあまりにも重く、深すぎる情熱の残滓が、隠しきれずに漏れ出している。
「エリーゼ……。俺は、これほどの温もりを、今まで一度も知らなかった」
「……え?」
「王都での暮らしは、常に誰かの悪意を警戒し、己を殺して立ち続ける場所だった。……だが、今、君とこうして向き合って、君が作ってくれたものを食べていると、自分が一人の人間として、ここに存在しているのだと実感できる」
彼はスプーンを置くと、テーブル越しに私の手を、吸い込まれるような力強さで包み込んだ。
篭手を外した彼の掌は驚くほど大きく、そして熱い。その指先には、剣を握り続けたことでできた硬い凧があり、それが私の肌を擦る。その確かな感触が、私たちの今が偽りでないことを証明していた。
「……君の作る料理には、温度がある。……俺がずっと、凍てつく心の中で求めていた、本当の帰る場所の味がするんだ」
レオンハルト様の言葉に、私は胸の奥が締め付けられるような感覚を覚えた。
私のしたことなんて、ただ野菜を煮込んで、彼に差し出しただけだ。けれど、この孤独な騎士様にとっては、それが世界中のどんな宝物よりも価値のあるものだったのだ。
「私こそ、レオンハルト様。貴方が『美味しい』と言って食べてくれるから、私は私の居場所を見つけることができました。……王都では、私もただの『商品』でしかありませんでしたから。でも、ここでは、私は貴方を支える管理人で、貴方の奥様……いえ、パートナーなんです」
思わず口から出た言葉に、自分でも顔が熱くなる。
レオンハルト様は、私の手を握る力をより一層強めた。その視線は、もはや「推し」を労う私を優しく見守る男のものではなく、生涯をかけて独占し、決して逃がさないと誓った支配者のそれに近かった。
「……ああ。君を、二度と離さない。このアルカディアの地を、そして俺の人生のすべてを賭けて、君を一生養い、守り抜くと誓おう」
その誓いのような言葉に、私はただ、幸せな笑みを返すことしかできなかった。
彼は私の手を持ち上げると、指先に慈しむような長い口づけを落とした。その熱い感触が、私の心臓を激しく跳ねさせる。
「(……なんて素敵な、騎士道精神に溢れた誓いなのかしら。騎士様って、本当に不器用だけれど誠実なのね)」
私は、彼が今この瞬間に、私のためにソルヴェリア王国そのものを改造し、逆らう者すべてを灰にする決意を固めているとは、夢にも思わずに。
デザートに出したクッキーを、彼は最後の一つまで、愛おしそうに噛みしめて食べてくれた。
「クッキーも、あの時の味だ。……あの日、君からこれを受け取った瞬間から、俺の運命は決まっていたのかもしれない」
レオンハルト様が、ふっと目を細めて懐かしむように呟いた。
窓の外では、月が天頂へと昇り、湖面に一条の光の道を作っている。
暖炉の火が穏やかに爆ぜる音だけが響くダイニングルームで、私たちはどちらからともなく、長い時間、繋いだ手を離さずに、新しい生活の静かな夜を楽しんだ。
前世の社畜時代には想像もできなかった、労働の後に待つ、心からの安らぎと温かな食事。
私は、自分が救いたいと願った騎士様が、実は私を最強の鳥籠へと閉じ込めようとしているラスボスであることに気づかぬまま、幸せな眠りへと誘われていく。
庭の隅で、伝説の魔獣ポチが、新しい主人の浄化された魔力の残り香を感じて、心地よさそうに耳を震わせていることにも、私はまだ気づいていなかったのである。
四 極上の寝室
食後の穏やかな余韻に浸りながら、私は案内された主寝室へと向かった。
昨夜は王都からの逃避行による極限の疲労と、ようやく辿り着いた安堵感から、部屋の設えを詳しく観察する余裕もなく深い眠りに落ちてしまったが、改めてその扉を開くと、そこには「管理人」が使うにはあまりにも不相応な、極上の空間が広がっていた。
高い天井には、王家の紋章を思わせる緻密なレリーフが施され、中央からは魔力を帯びた水晶が淡い琥珀色の光を放つシャンデリアが吊るされている。壁には、アルカディアの四季を表現したと思われる壮麗なタペストリーが掛けられ、床には足を踏み入れるのを躊躇うほど毛足の長い、最高級の絹の絨毯が敷き詰められていた。
窓際には、夜風を遮る重厚なベルベットのカーテンが揺れ、その隙間からは月光を反射して白銀に輝く湖と、夜の静寂に沈むアルカディアの原生林が望める。
そして何より、部屋の中央で圧倒的な存在感を放っているのは、天蓋付きのキングサイズベッドだった。王族の挙式用に特別に誂えられたと言われても何ら不思議ではないそのベッドは、幾重にも重なった最高級の羽毛布団と、滑らかな光沢を放つシルクのシーツで整えられ、見るからに極上の眠りを約束していた。
「(……やっぱり、何度見ても落ち着かないわ。私はあくまで管理人として、空いている部屋を一時的に借りている身なのに)」
私は、部屋の隅に置かれたアンティークな鏡台の前に座り、蜂蜜色の髪をゆっくりと解いた。
かつての伯爵令嬢としての生活も、それなりに裕福ではあったはずだ。けれど、浪費家の父と継母によって家計は常に火の車であり、私の部屋にある家具はどれも古び、流行遅れのリメイクドレスを自作しなければならないほど困窮していた。
ましてや、前世の社畜OL時代の生活を思い返せば、この部屋はまさに別世界の産物だった。東京の片隅にある、防音も不十分な一階の狭い1Kアパート。明日の出勤に怯えながら、コンビニの弁当を片付け、冷え切った布団に潜り込む毎日。あの頃の私にとって、睡眠とは単なる「生命を維持するための最低限のシャットダウン」に過ぎなかったのだ。
そんな私が、今、伝説の騎士様に守られ、誰もが羨むような極上の聖域で夜を迎えようとしている。
胸の奥が、期待と不安が混ざり合った不思議な熱を帯びてくるのを感じた。
「エリーゼ、何か不満か? 枕の高さや、シーツの材質が合わないのであれば、すぐに替えさせるが」
不意に扉が開き、背後から聞き慣れた心地よい低音が響いた。
振り返ると、そこには部屋着に着替えたレオンハルト様が立っていた。朝の凛々しい甲冑姿とは異なり、ゆったりとした濃紺の衣に包まれた彼は、より一層その逞しい肢体を際立たせ、隠しきれない独占欲を含んだ視線で私をじっと見つめている。
「いいえ、そんな! むしろ豪華すぎて、私のような若輩者が使ってはバチが当たらないか心配なだけです。レオンハルト様、本当にここを私が使ってもよろしいのでしょうか? 管理人の部屋は、もっと質素な場所で構わないのですが……」
私の不安を打ち消すように、レオンハルト様はゆっくりと歩み寄り、私の隣に腰を下ろした。
彼から漂う、清潔な石鹸の香りと、仄かに混じる男性的で熱い気配。至近距離から伝わってくるその温度に、私の心臓が爆発しそうなほど激しく跳ねる。
「ここは主の個人的な部屋だが、主は『管理人にこそ、最高の安らぎを与えるべきだ』と言っている。……エリーゼ、君がこの屋敷の真の主人のように寛いでくれることが、俺の、そして主の何よりの願いなのだ」
その言葉は、まるで私をこの場所から永遠に逃がさないための、甘く重い鎖のようにも聞こえた。
彼は大きな手で私の頬を包み込み、慈しむような長い口づけを私の額に落とした。その唇の熱が、私の思考を白く塗り潰していく。
「おやすみ、エリーゼ。……明日も、君の隣で目覚める幸せを、俺に与えてくれ」
そう言い残して彼が去った後、私はようやく、柔らかすぎるシーツの中にその身体を沈めた。
吸い込まれるような感覚と共に、全身の緊張がゆっくりと解けていく。前世の孤独な夜も、今世の絶望的な実家での夜も、今のこの温もりを知るための長いプロローグだったのかもしれない。
「(幸せすぎて、少し怖いけれど……。でも、私が頑張って騎士様を養って、最高の公務員ライフ……じゃなくて、管理人ライフを支えてあげなきゃ!)」
私はそんな謙虚な、そして致命的な勘違いを抱いたまま、抗いがたい睡魔に身を委ねた。
窓の外、夜の静寂に沈む庭園の隅で、どす黒い穢れに覆われた「一匹の獣」が、屋敷から漏れ出る清浄な魔力の光に縋るように、苦しげな息を吐いていることにも、私はまだ気づいていなかったのである。
アルカディア公爵領の朝は、王都のそれとは比較にならないほど清冽な沈黙に満ちていた。
窓から差し込む陽光は、微細な塵さえも宝石の欠片のように輝かせ、白いレースのカーテンを透過して寝室全体を柔らかな乳白色の光で満たしている。シーツの隙間から入り込む空気は驚くほど澄んでいて、肺の奥まで洗われるような感覚に、私は深い安らぎを覚えた。
前世の社畜時代、私は常に慢性的な睡眠不足と戦っていた。深夜二時に帰宅し、数時間の仮眠の後にアラームの爆音で叩き起こされる毎日。あの頃の私にとって、眠りとは「生命を維持するための最低限のシャットダウン」でしかなかったが、ここでの目覚めは、細胞の一つ一つが春の芽吹きのように息を吹き返す至福の瞬間だった。
「……さて、いつまでもこの天国のようなベッドに甘えているわけにはいかないわね」
私は大きく背伸びをして、シーツの柔らかな感触を名残惜しみながらも跳ね起きた。用意された清潔な仕事着に袖を通し、伯爵令嬢時代から大切に持っていた、母の形見でもある白いエプロンの紐をきゅっと締める。
私はただの居候ではない。レオンハルト様が主君である王弟殿下から預かったこの広大な別荘を守る、管理人なのだ。
レオンハルト様は「君がそこにいてくれるだけで十分だ」と言ってくださるが、社畜根性が染み付いた私に「何もしない」という選択肢は存在しない。むしろ、薄給(だと思い込んでいる)で激務に耐える彼を支えるために、この屋敷を完璧に整え、最高の癒やしを提供することこそが私の使命である。
「よし、今日から管理人としてのお仕事、全力で頑張らなきゃ!」
意気揚々と部屋を出た私は、まずは家中の窓を開けて空気を入れ替えようと廊下を歩き出した。高い天井に足音が響く大理石の廊下は、朝日を浴びて鏡のように輝いている。
だが、エントランスへと辿り着いた瞬間、私は自分の目を疑った。
そこには、一分の隙もない整然とした動作で並ぶ、男女の集団が私を待ち構えていたのだ。
男性は仕立ての良い執事服を、女性は凛としたメイド服を纏っている。驚くべきことに、彼ら全員から、並の近衛騎士さえも圧倒するような、ただ者ではない鋭い気配が漂っていた。
「……えっ? ど、どちら様でしょうか?」
私が呆気に取られていると、集団の先頭に立っていた初老の紳士が、優雅に、そして完璧な角度で一礼した。銀髪を整え、背筋を真っ直ぐに伸ばしたその姿には、年季の入った品格と、底知れない知性が宿っている。
「エリーゼ様、おはようございます。本日よりこのアルカディア別荘の清掃、調理、および庭園管理を担当いたします、王弟殿下直属のスタッフでございます」
ギルバートと名乗ったその紳士は、落ち着いた低音で告げた。その瞳には一抹の隙もなく、まるで私の動きをすべて予見しているかのようだ。
「ス、スタッフ……? ギルバートさん、あの、管理人は私一人だと伺っていたのですが……」
「左様でございます。管理人としての全権はエリーゼ様にございます。しかしながら、王弟殿下のご厚意により、『管理人お一人では、この広大な屋敷と敷地を維持するのは物理的に不可能である』との判断が下されました。私たちはあくまで補助員、いわば福利厚生の一環として派遣された手足に過ぎません。どうぞお気になさらず、私たちに何なりと指示をいただければ幸いです」
ギルバートの言葉を聞き、私は再びソルヴェリア王国の、そして王弟殿下の圧倒的なホワイト企業っぷりに打ち震えた。
福利厚生で、これほど有能そうな専門スタッフが何人も付くなんて。前世のブラック企業の社長がこれを聞いたら、卒倒して泡を吹くのではないかしら。
「なんて手厚いサポートなの……。分かりました。不慣れな管理人ですが、皆さんと協力して、この素敵な別荘を守っていきたいと思います」
私が笑顔でそう言うと、スタッフ一同――実はレオンハルト様の配下である最強の暗部部隊――の肩が、一瞬だけ微かに揺れた。彼らは「なんて純粋で、光り輝くようなお方なのだ」という畏敬の念を抱きながら、再び深々と頭を下げた。
「では、早速お仕事を始めましょう。まずは窓を……」
私が雑巾を手に取ろうとした、その刹那だった。
シュッ、という、空気を切り裂く微かな音が連続して響いた。
私の視界が、一瞬だけブレたような錯覚を覚える。驚いて目を瞬かせた時には、廊下に並ぶ十数枚の大きな窓ガラスが、まるで新品の鏡のようにピカピカに磨き上げられていた。
太陽の光が乱反射し、あまりの眩しさに私は目を細める。
そこには、先ほどまで私の周りにいたはずの若手のスタッフたちが、何事もなかったかのように元の位置で直立不動で並んでいた。彼らの手にある清掃道具は、先ほどよりも僅かに湿っているようだが、彼ら自身の息は一つも乱れていない。
「(……今、何が起きたの? 窓拭きの速度が、残影すら見えないほど速かった気がするんだけれど)」
前世の社畜時代、私は効率化の名の下に数々の理不尽な業務改善を強要されてきた。マニュアルの徹底、無駄な動線の排除、一分一秒を削るための努力。だが、目の前の光景は「効率」という概念を遥かに超越していた。
これはもはや、清掃ではなく戦闘技術の転用ではないだろうか。あるいは、時空を操る魔法でも使ったのか。
だが、ギルバートは涼しい顔で「殿下から派遣されたスタッフは、選りすぐりの精鋭でございます」とだけ告げた。
「さすが、王弟殿下の直属……。王都の騎士団も凄かったけれど、サポートスタッフの教育も徹底されているのね」
私は、彼らが実はレオンハルト様の配下であり、その神速の動きが暗殺術の応用であることなど、夢にも思わなかった。
彼らにとって、この屋敷に汚れを一つ残すことは、守るべき奥様への不敬であり、戦場での死に等しい屈辱なのだろう。
スタッフの一人が、私の手から雑巾を恭しく受け取りながら囁いた。
「エリーゼ様、どうかお気になさらず。私たちは『奥様』が快適に過ごされるための……いえ、管理人様が管理業務に集中されるための、単なる道具でございますから」
その言葉に含まれた、異常なまでの忠誠心と「奥様」という言い間違いに、私は僅かな違和感を覚えた。けれど、それ以上に「なんて素晴らしい職場環境かしら」という感動が勝ってしまった。
「皆さんが優秀すぎて、私の仕事がなくなっちゃうわね。でも、分かりました。私は全体の統括……つまり、皆さんの健康管理や、レオンハルト様への報告をメインに頑張りますわ!」
私が拳を握って宣言すると、ギルバートは満足そうに目を細めた。
「左様でございます。それが我々、そして何よりレオンハルト様の願いでございます」
私は、この屋敷に潜む異常なまでのスペックの高さに圧倒されつつも、殿下の手厚すぎる福利厚生に、改めて感謝の祈りを捧げるのであった。
屋敷の裏手から、薪を割る鋭い音が響いてくる。どうやらレオンハルト様も、既に行動を開始しているようだ。
私はスタッフたちに見守られながら、騎士様の朝食を準備するために、最新鋭の設備が整ったキッチンへと向かった。
二 騎士様の薪割り
アルカディア別荘での二日目の朝は、昨日にも増して眩い生命の輝きに満ちていた。
窓から差し込む朝日は、透き通るような紺碧の空を映し出し、白いレースのカーテンを透過して、室内を乳白色の光で満たしている。シーツから這い出した肌を撫でる空気は、王都のそれとは比較にならないほど純度が高く、肺の奥まで洗われるような清涼感がある。
私は、最強の使用人たちによって完璧に掌握された屋内から逃れるようにして、屋敷の裏手へと足を向けた。
ギルバートさん率いるスタッフたちの動きは、もはや効率化という言葉では説明がつかない。私が窓に手を伸ばそうとすれば、視界がブレた瞬間に汚れが消え、洗濯物を手に取ろうとすれば、既に乾燥まで終わって畳まれている。
前世の社畜時代に、これほど有能なアシスタントが一人でもいれば、私の過労死は防げたかもしれないなどと、不毛な仮定を立ててしまうほどだ。
「よし、せめて外仕事だけでも、私がお手伝いしなくちゃ」
管理人としての矜持を胸に、私は母の形見である白いエプロンの紐をきゅっと結び直した。
石畳を抜けた先にある薪割り場は、アルカディアの原生林が落とす深い緑の影に抱かれていた。微細な魔力の粒子が陽光を受けてキラキラと舞い踊り、周囲には切り出されたばかりの木々の、清々しくも力強い香りが漂っている。
そこには、既に一仕事を終えた様子のレオンハルト様がいた。
彼は上着を脱ぎ、白いシャツ一枚という軽装の騎士服姿で、朝の光の中に立っていた。背中越しでも分かる無駄のないしなやかな肢体は、薄い布地を押し上げるようにしてその逞しさを主張している。
月光を反射するような銀色の髪が夜風ならぬ朝風に揺れ、深紅の瞳が、手元にある巨大な丸太を静かに射貫いていた。
「レオンハルト様、おはようございます。薪割りでしょうか? 私もお手伝いしますわ」
声をかけると、彼は僅かに肩を揺らし、ゆっくりとこちらを振り向いた。
朝日に照らされたその素顔は、王都の社交界を彩るどんな美形貴族も霞むほどに鮮烈で、彫刻のように整っている。私を見つけた瞬間、その厳格な騎士としての面持ちが、冬の太陽のような柔らかな熱を帯びたものへと変わった。
「エリーゼ、おはよう。……いや、これは力仕事だ。俺がやる。君はそこで見ていてくれるだけでいい」
レオンハルト様の声は、朝の静寂に溶け込むほどに穏やかで、甘い。彼は私の元まで歩み寄ると、当然のような動作で私の手を取り、その指先にそっと唇を寄せた。
「っ……、でも、管理人ですから。騎士様にばかり苦労をかけるわけにはいきません」
指先に触れる感触に顔を赤らめながらも食い下がると、彼は愛おしそうに私の頬を撫で、再び作業場へと戻った。
「苦労などではない。君を暖めるための火を熾す、そのための準備だ。……見ていてくれ」
彼は傍らに置かれていた、大人の胴回りはあろうかという巨大な樫の丸太を、片手で軽々と薪割り台の上にセットした。
通常、薪割りと言えば、全身のバネを使って重い斧を振り下ろす、過酷な重労働のはずだ。前世のドラマなどで見た、泥にまみれて汗を流す光景を想像し、私は「頑張れ、私の推し騎士様!」と心の中で拳を握った。
だが、レオンハルト様が手に取ったのは、斧ではなかった。
彼が腰の鞘から抜き放ったのは、昨日もその腰に帯びていた、一振りの長剣だった。
月光を閉じ込めたかのような白銀の刀身。それは王家に伝わる伝説の魔剣であり、龍の鱗さえも紙のように切り裂く、国宝級の至宝である。しかし、世間知らずの、そして彼の有能さを「仕事のデキる公務員」としてのみ捉えている私には、それが「非常によく手入れされた、業務用の立派な刃物」にしか見えなかった。
レオンハルト様が剣を構える。
次の瞬間、空気が一変した。
穏やかだったはずの周囲の魔力が、彼の放つ鋭い殺気――いえ、集中力によって、一瞬にして凝縮される。
一閃。
空気を切り裂く鋭い音が響いたかと思うと、彼の腕が残像となってブレた。
ガガガガッ! という、連続した小気味よい音が響き渡る。
目を見開いた私の前で、巨大な丸太は、まるであらかじめそう決まっていたかのように、瞬時にして均等な八等分の薪へと姿を変えていた。
切り口は鉋をかけたように滑らかで、寸分の狂いもない。斧で叩き割ったような荒々しさはなく、そこには一種の芸術品のような美しさが宿っていた。
「……すごい! さすがレオンハルト様! 騎士様の剣技というのは、薪割りにもこれほど完璧に応用できるものなのですね!」
私は思わず、両手でパチパチと拍手をした。
これほどの神速、そして精密な魔力制御を「薪割り」という日常業務に注ぎ込む贅沢さに、私は気づかない。ただただ、私の推しが、私の想像を超えたハイスペックな仕事人であることに感動していた。
「(前世の工場のカッターでも、これほど正確には切れないわ。やっぱり近衛騎士団の福利厚生……じゃなくて、教育水準は異常に高いのね)」
私が目を輝かせて称賛すると、レオンハルト様は剣を鮮やかな所作で鞘に収め、少しだけ照れたように視線を逸らした。
「……君に、暖かいスープを飲ませてやりたいからな。乾燥した薪があれば、火もすぐに安定する」
彼は薪を拾い上げながら、言葉少なに付け加えた。
その横顔には、かつて王宮の隅で、名前すら持たない「背景」として立ち続けていた孤独な騎士の面影はなかった。誰かのために力を使い、その誰かに真っ直ぐな称賛を受ける。その当たり前で、けれど彼が切望していた幸せが、今の彼の瞳に穏やかな光を灯している。
「ありがとうございます。では、私はその、騎士様が精魂込めて用意してくださった薪を使って、世界一美味しい朝ごはんを作りますわ!」
私は意気揚々とキッチンへ向かって駆け出した。
背後でレオンハルト様が、自分の右手の感触を確かめるように握り込み、「……剣の使い道としては、これが最上かもしれないな」と、かつての冷酷な影の宰相とは思えないような、柔らかな笑みを浮かべていたことにも、私はまだ気づかなかった。
アルカディアの原生林を渡る風が、彼の満足げな吐息を運び去っていく。
私は、最強の騎士様が用意してくれた薪と、王弟殿下が提供してくれた最高級のキッチンを使い、彼への愛と感謝を込めた朝食作りに、腕を鳴らすのであった。
これこそが、私が夢に見た、そして彼に約束した「養う」ための第一歩。
すれ違いと勘違いの末に辿り着いた、甘く、そしてどこか規格外な新婚生活の朝は、まだ始まったばかりだった。
三 理想の夕食
アルカディアの地を黄金色に染めていた陽光が、ゆっくりと湖の対岸にある山嶺の向こうへと沈んでいく。
空の色は鮮やかな橙から、紫がかった深い群青へと溶け込み始め、一番星が遠慮がちにその輝きを放ち出していた。湖畔に佇む別荘の窓からは、魔導ランプの柔らかな灯りが漏れ出し、波紋一つない鏡のような水面に揺らめく光の筋を落としている。
王都の夜は、常に魔導灯の人工的な光と、絶えることのない人々の喧騒に満ちていた。けれど、ここにあるのは、風が木々を揺らす囁きと、時折遠くで鳴く鳥の声、そして屋敷の中から聞こえてくる暖炉の火が爆ぜる音だけだった。
私は、最強の使用人たちによって完璧に整えられたキッチンに立ち、夕食の仕上げに取り掛かっていた。
この屋敷のキッチンは、王弟殿下の別荘という名に恥じず、最新鋭の魔導調理器が揃っている。けれど、私が選んだのは、レオンハルト様が今朝、あの伝説の魔剣で鮮やかに切り分けてくれた薪を使った、旧式の暖炉付きオーブンだった。
「(やっぱり、騎士様が私のために用意してくれた薪なんですもの。これを使って料理をすることに意味があるわ)」
そんな私のこだわりを、執事長のギルバートさんをはじめとするスタッフの方々は、深い感動を湛えた瞳で見守っていた。
私が野菜を切ろうとすれば、既に皮を剥き、寸分の狂いもない大きさに切り分けられた食材がボウルに用意されている。私が鍋の様子を見ようとすれば、最適なタイミングで火加減を調整する魔法が(恐らく影で)発動している。
彼ら――レオンハルト様の配下である最強の暗部部隊――にとって、私の調理を完璧にサポートすることは、もはや国家の存亡を懸けた極秘任務と同義であるらしい。
「エリーゼ様、野菜の火の通り具合は完璧でございます。このポトフからは、王宮のシェフでも決して出せない、魂を揺さぶるような慈愛の香りが漂っておりますな」
ギルバートさんが、大真面目な顔でそんな過分な称賛を口にする。
「まあ、大袈裟ですわ。地元の新鮮な野菜と、騎士様が割ってくれた薪の火力が素晴らしいだけです。……でも、美味しくできていると嬉しいわね」
私は、じっくりと煮込まれたポトフの味を確かめた。
アルカディアの肥沃な大地で育った根菜は、口の中でとろけるほど柔らかく、滋味深いスープが染み出している。そこには、私自身も気づいていない「聖女」としての浄化と活性の魔力が、無意識のうちに注ぎ込まれていた。一口飲めば、どんな過酷な戦場での疲労も一瞬で癒えるであろう、至高の薬膳とも呼べる一品。
そして、傍らには、レオンハルト様と最初に出会った夜に差し入れたものと同じ、素朴なレシピのクッキーが焼き上がっていた。
ダイニングルームに移動すると、既にテーブルの上には清潔なリネンのクロスが敷かれ、磨き上げられた銀のカトラリーが並んでいた。
大きな窓の外には、月光を反射して白銀に輝く湖が広がっている。暖炉の火が赤々と燃え、室内を心地よい温もりと、薪が焼ける香ばしい匂いで満たしていた。
「待たせたな、エリーゼ」
重厚な扉が開き、レオンハルト様が姿を現した。
彼は騎士団の制服を脱ぎ、ゆったりとした濃紺の部屋着を纏っていた。朝の凛々しい武装姿も素敵だったけれど、今の彼は、鋭い殺気を一切消し去り、どこか隙のある、一人の青年としての表情を見せている。
銀色の髪が、暖炉の光を受けて琥珀色に煌めき、私を捉える深紅の瞳には、愛おしさが隠しきれない熱を持って宿っていた。
「お疲れ様です、レオンハルト様。ちょうど準備ができたところですわ」
私は彼を席へと案内し、丁寧に盛り付けたポトフを運んだ。
レオンハルト様は椅子に深く腰掛け、食卓に並んだ質素な料理を、まるで失われた秘宝を見つめるような、真剣で切実な眼差しで見つめた。
「……君が、作ってくれたのか」
「はい。ギルバートさんたちにも手伝っていただきましたけれど、味付けは私が行いました。騎士様が今朝用意してくださった薪を使って、じっくり煮込んだんですよ」
レオンハルト様はゆっくりとスプーンを手に取り、スープを一口、口に運んだ。
その瞬間、彼の端正な眉が僅かに震えた。
「……美味しい」
その言葉は、昨日の夜会で、冷たい回廊の隅で聞いた時と同じ、深く染み渡るような響きを伴っていた。
彼はそのまま、何かに取り憑かれたかのように、一口、また一口と料理を口に運んでいく。王宮での豪華な、けれど毒見のために冷め切り、権謀術数の味がする晩餐とは、あまりにも対極にある温度。
「(……そんなに勢いよく食べてくださるなんて。やっぱり、今まで本当にまともな食事を摂らせてもらえていなかったのね)」
私の勝手な妄想は、加速していく。
前世の社畜時代、私は疲れ果てて帰宅した後、冷えたコンビニ弁当をたった一人で胃に流し込んでいた。その味は、空腹を満たすためだけの単なる記号でしかなく、心まで満たしてくれることは決してなかった。
孤独に、誰にも評価されず、ただ生きるために食べる。
騎士A様もまた、この広大な王宮の中で、私と同じように孤独な食事を続けてきたのではないだろうか。
「騎士様、ゆっくり召し上がってください。おかわりはたくさんありますから」
私が優しく声をかけると、レオンハルト様はふと手を止めた。
彼は顔を上げ、暖炉の火に照らされた私の顔をじっと見つめた。その瞳には、一介の騎士が抱くにはあまりにも重く、深すぎる情熱の残滓が、隠しきれずに漏れ出している。
「エリーゼ……。俺は、これほどの温もりを、今まで一度も知らなかった」
「……え?」
「王都での暮らしは、常に誰かの悪意を警戒し、己を殺して立ち続ける場所だった。……だが、今、君とこうして向き合って、君が作ってくれたものを食べていると、自分が一人の人間として、ここに存在しているのだと実感できる」
彼はスプーンを置くと、テーブル越しに私の手を、吸い込まれるような力強さで包み込んだ。
篭手を外した彼の掌は驚くほど大きく、そして熱い。その指先には、剣を握り続けたことでできた硬い凧があり、それが私の肌を擦る。その確かな感触が、私たちの今が偽りでないことを証明していた。
「……君の作る料理には、温度がある。……俺がずっと、凍てつく心の中で求めていた、本当の帰る場所の味がするんだ」
レオンハルト様の言葉に、私は胸の奥が締め付けられるような感覚を覚えた。
私のしたことなんて、ただ野菜を煮込んで、彼に差し出しただけだ。けれど、この孤独な騎士様にとっては、それが世界中のどんな宝物よりも価値のあるものだったのだ。
「私こそ、レオンハルト様。貴方が『美味しい』と言って食べてくれるから、私は私の居場所を見つけることができました。……王都では、私もただの『商品』でしかありませんでしたから。でも、ここでは、私は貴方を支える管理人で、貴方の奥様……いえ、パートナーなんです」
思わず口から出た言葉に、自分でも顔が熱くなる。
レオンハルト様は、私の手を握る力をより一層強めた。その視線は、もはや「推し」を労う私を優しく見守る男のものではなく、生涯をかけて独占し、決して逃がさないと誓った支配者のそれに近かった。
「……ああ。君を、二度と離さない。このアルカディアの地を、そして俺の人生のすべてを賭けて、君を一生養い、守り抜くと誓おう」
その誓いのような言葉に、私はただ、幸せな笑みを返すことしかできなかった。
彼は私の手を持ち上げると、指先に慈しむような長い口づけを落とした。その熱い感触が、私の心臓を激しく跳ねさせる。
「(……なんて素敵な、騎士道精神に溢れた誓いなのかしら。騎士様って、本当に不器用だけれど誠実なのね)」
私は、彼が今この瞬間に、私のためにソルヴェリア王国そのものを改造し、逆らう者すべてを灰にする決意を固めているとは、夢にも思わずに。
デザートに出したクッキーを、彼は最後の一つまで、愛おしそうに噛みしめて食べてくれた。
「クッキーも、あの時の味だ。……あの日、君からこれを受け取った瞬間から、俺の運命は決まっていたのかもしれない」
レオンハルト様が、ふっと目を細めて懐かしむように呟いた。
窓の外では、月が天頂へと昇り、湖面に一条の光の道を作っている。
暖炉の火が穏やかに爆ぜる音だけが響くダイニングルームで、私たちはどちらからともなく、長い時間、繋いだ手を離さずに、新しい生活の静かな夜を楽しんだ。
前世の社畜時代には想像もできなかった、労働の後に待つ、心からの安らぎと温かな食事。
私は、自分が救いたいと願った騎士様が、実は私を最強の鳥籠へと閉じ込めようとしているラスボスであることに気づかぬまま、幸せな眠りへと誘われていく。
庭の隅で、伝説の魔獣ポチが、新しい主人の浄化された魔力の残り香を感じて、心地よさそうに耳を震わせていることにも、私はまだ気づいていなかったのである。
四 極上の寝室
食後の穏やかな余韻に浸りながら、私は案内された主寝室へと向かった。
昨夜は王都からの逃避行による極限の疲労と、ようやく辿り着いた安堵感から、部屋の設えを詳しく観察する余裕もなく深い眠りに落ちてしまったが、改めてその扉を開くと、そこには「管理人」が使うにはあまりにも不相応な、極上の空間が広がっていた。
高い天井には、王家の紋章を思わせる緻密なレリーフが施され、中央からは魔力を帯びた水晶が淡い琥珀色の光を放つシャンデリアが吊るされている。壁には、アルカディアの四季を表現したと思われる壮麗なタペストリーが掛けられ、床には足を踏み入れるのを躊躇うほど毛足の長い、最高級の絹の絨毯が敷き詰められていた。
窓際には、夜風を遮る重厚なベルベットのカーテンが揺れ、その隙間からは月光を反射して白銀に輝く湖と、夜の静寂に沈むアルカディアの原生林が望める。
そして何より、部屋の中央で圧倒的な存在感を放っているのは、天蓋付きのキングサイズベッドだった。王族の挙式用に特別に誂えられたと言われても何ら不思議ではないそのベッドは、幾重にも重なった最高級の羽毛布団と、滑らかな光沢を放つシルクのシーツで整えられ、見るからに極上の眠りを約束していた。
「(……やっぱり、何度見ても落ち着かないわ。私はあくまで管理人として、空いている部屋を一時的に借りている身なのに)」
私は、部屋の隅に置かれたアンティークな鏡台の前に座り、蜂蜜色の髪をゆっくりと解いた。
かつての伯爵令嬢としての生活も、それなりに裕福ではあったはずだ。けれど、浪費家の父と継母によって家計は常に火の車であり、私の部屋にある家具はどれも古び、流行遅れのリメイクドレスを自作しなければならないほど困窮していた。
ましてや、前世の社畜OL時代の生活を思い返せば、この部屋はまさに別世界の産物だった。東京の片隅にある、防音も不十分な一階の狭い1Kアパート。明日の出勤に怯えながら、コンビニの弁当を片付け、冷え切った布団に潜り込む毎日。あの頃の私にとって、睡眠とは単なる「生命を維持するための最低限のシャットダウン」に過ぎなかったのだ。
そんな私が、今、伝説の騎士様に守られ、誰もが羨むような極上の聖域で夜を迎えようとしている。
胸の奥が、期待と不安が混ざり合った不思議な熱を帯びてくるのを感じた。
「エリーゼ、何か不満か? 枕の高さや、シーツの材質が合わないのであれば、すぐに替えさせるが」
不意に扉が開き、背後から聞き慣れた心地よい低音が響いた。
振り返ると、そこには部屋着に着替えたレオンハルト様が立っていた。朝の凛々しい甲冑姿とは異なり、ゆったりとした濃紺の衣に包まれた彼は、より一層その逞しい肢体を際立たせ、隠しきれない独占欲を含んだ視線で私をじっと見つめている。
「いいえ、そんな! むしろ豪華すぎて、私のような若輩者が使ってはバチが当たらないか心配なだけです。レオンハルト様、本当にここを私が使ってもよろしいのでしょうか? 管理人の部屋は、もっと質素な場所で構わないのですが……」
私の不安を打ち消すように、レオンハルト様はゆっくりと歩み寄り、私の隣に腰を下ろした。
彼から漂う、清潔な石鹸の香りと、仄かに混じる男性的で熱い気配。至近距離から伝わってくるその温度に、私の心臓が爆発しそうなほど激しく跳ねる。
「ここは主の個人的な部屋だが、主は『管理人にこそ、最高の安らぎを与えるべきだ』と言っている。……エリーゼ、君がこの屋敷の真の主人のように寛いでくれることが、俺の、そして主の何よりの願いなのだ」
その言葉は、まるで私をこの場所から永遠に逃がさないための、甘く重い鎖のようにも聞こえた。
彼は大きな手で私の頬を包み込み、慈しむような長い口づけを私の額に落とした。その唇の熱が、私の思考を白く塗り潰していく。
「おやすみ、エリーゼ。……明日も、君の隣で目覚める幸せを、俺に与えてくれ」
そう言い残して彼が去った後、私はようやく、柔らかすぎるシーツの中にその身体を沈めた。
吸い込まれるような感覚と共に、全身の緊張がゆっくりと解けていく。前世の孤独な夜も、今世の絶望的な実家での夜も、今のこの温もりを知るための長いプロローグだったのかもしれない。
「(幸せすぎて、少し怖いけれど……。でも、私が頑張って騎士様を養って、最高の公務員ライフ……じゃなくて、管理人ライフを支えてあげなきゃ!)」
私はそんな謙虚な、そして致命的な勘違いを抱いたまま、抗いがたい睡魔に身を委ねた。
窓の外、夜の静寂に沈む庭園の隅で、どす黒い穢れに覆われた「一匹の獣」が、屋敷から漏れ出る清浄な魔力の光に縋るように、苦しげな息を吐いていることにも、私はまだ気づいていなかったのである。
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