『推しの「貧乏騎士」を養うつもりでしたが、正体は「王弟殿下」だったようです。

とびぃ

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第二章 逃避行の行き先は

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一 騎士様の困惑と承諾
 夜明け前の蒼い静寂が、眠りから覚めやらぬ王都の裏通りを、重く、そして静かに包み込んでいた。
 家々から立ち上る暖炉の残り香と、石畳に染み付いた冷たい朝露の匂いが、逃避行の緊張感をより一層際立たせている。
 私は「推し」である騎士A様――レオンハルト様の大きな、鎧に包まれた武骨な手に引かれ、闇が色濃く残る細い路地を夢中で駆け抜けていた。
 先ほど、勢いに任せて「私が貴方を養います!」などと大口を叩いてしまったが、冷静になればなるほど、自分の心臓の音が耳元で鐘のようにうるさく鳴り響いている。
 伯爵令嬢が、家も身分も、そして世間体さえも投げ打って、一介の無名騎士と駆け落ち。
 前世で社畜として、誰の目にも留まらないデスクの隅で、ただ組織の歯車として使い潰される日々を送っていた私にとって、この状況はどのネット小説よりも過激で、あまりにも現実味を欠いていた。
 二階から飛び降りた足首が痛み、ドレスは泥に汚れ、自慢の髪も埃まみれだ。けれど、背後から迫る実家の理不尽な魔手や、あの「豚侯爵」への絶望感に比べれば、この痛みさえも自由の代償として愛おしく感じられた。
「……エリーゼ、本当に良いのだな」
 不意に、前を歩くレオンハルト様がぴたりと足を止め、振り返った。
 月光の残滓が、彼の銀色の髪を神秘的な白銀に染め上げている。彼は既に、自らの顔を隠していた兜の面頬(バイザー)を跳ね上げていた。
 現れたその素顔は、王都の社交界を彩るどんな美形貴族も霞むほどに鮮烈で、彫刻のように整っているが、同時に猛禽のような鋭さを秘めていた。
 深紅の瞳が射抜くような熱を持って私を捉える。その視線には、私という獲物を絶対に逃さないという捕食者のような冷徹さと、触れれば火傷しそうなほどの、あまりにも深すぎる情熱が混ざり合っていた。
「……君は、後悔しないと言えるのか。一度俺の手を取れば、二度と引き返すことはできない。俺は君が思うほど、善良な男ではないぞ」
 彼の低い、地響きのように心地よい声が、朝の冷たい空気の中で微かに震えているように聞こえた。
 私は彼の手を握り締める指に力を込めた。金属の篭手の向こう側にある、彼の確かな体温が私の冷え切った指先に伝わってくる。
 なぜ、この人はこれほどまでに切ない顔をするのだろうか。王宮の隅で、誰からも注目されずに立ち続けていた孤独な騎士。頑張っているのに報われないその姿に、私はかつての自分を重ね、どうしようもなく彼を救いたいと願ったのだ。
「はい。後悔なんてありません。あの屋敷にいたら、私はただの『商品』として使い潰されるだけです。お父様は借金のために私を売り、継母様はそれを嘲笑う。そんな地獄で朽ちるよりも、私は、私を認めてくれた貴方のそばで、貴方の力になりたい。……私を、必要としてくれますか?」
 私が必死に言葉を絞り出すと、レオンハルト様は一瞬だけ、その完璧な美貌を隠しきれない苦悶に歪めた。
 彼は私の両肩を、鎧に包まれた大きな手で掴んだ。そのまま、壊れ物を扱うような慎重さで、けれど逃がさないという確固たる意志を込めて、自分の方へと力強く引き寄せる。
 鼻先が触れ合うほどの至近距離で、彼の熱い呼気が私の頬にかかる。
「必要か、だと? ……そんな言葉では到底足りない。俺は君が差し出したその温もりを、世界を敵に回してでも手放すつもりはない。君が地獄を望むなら、俺も共に堕ちよう。だが、君を養うのは――」
 彼は何かを言いかけて、ぐっと言葉を飲み込んだ。喉仏が大きく上下し、その胸の奥で渦巻く何かを、鉄の意志で抑え込んでいるのが分かった。
 その時、彼の瞳に宿ったのは、愛おしさと、それ以上に深く、昏い独占欲の光だった。けれど、世間知らずの、そして前世から「推し」への献身に慣れすぎている私には、それが単なる「孤独な騎士の感謝」にしか見えていなかった。
「……いや、今はいい。ひとまず、この王都を離れるのが先決だ。君の父親も、あの侯爵も、じきに君がいないことに気づくだろう」
 レオンハルト様は、私の手を再び握り直すと、まるで自分自身に誓いを立てるように「契約成立だ。もう、逃がしてはやらない」と低く、しかし断定的な響きで呟いた。
 その声の響きに、私は心地よい戦慄を覚えた。それはかつての社畜時代、誰に褒められることもなく、冷めた食事を摂りながら深夜のオフィスで感じていたあの虚脱感とは正反対の、誰かに強く求められ、必要とされているという、甘美な充足感だった。
「(騎士様、あんなに悲痛な瞳をして……。きっと今まで、誰からも見返りのない愛をもらえなかったのね。大丈夫です、私が貴方の生活も、そしてその傷ついた心も、完璧にサポートしてみせますわ!)」
 私は、レオンハルト様が抱いている、常軌を逸した「重すぎる愛」の正体に気づかないまま、彼が示す新しい世界、そして彼が仕えているという「王弟殿下の別荘」へと向かうための、希望に満ちた一歩を踏み出した。
 朝焼けが、王都の尖塔の先を僅かに朱に染め始め、私たちの長い旅路を祝福するかのように照らしていた。


二 豪華すぎる馬車
 王都の北門を通り抜け、人気のない静かな林の陰へと足を踏み入れたとき、私の視界を塞ぐようにして現れたのは、およそ「逃亡」という言葉には似つかわしくない代物であった。
 深い闇の向こう側に鎮座していたのは、月光を反射して怪しく、かつ気高く輝く漆黒の木材に、細やかな金糸のような彫刻が施された巨大な四輪馬車である。
 馬車の屋根には、聖なる加護を象徴する意匠が施され、車体の隅々には夜道を照らすための淡い魔導灯が灯っていた。それを引く二頭の馬は、毛並みがベルベットのように艶やかで、蹄には魔力で輝く護符まで装着されている。
「……レオンハルト様、これは、一体……?」
 私は目の前の光景を信じられず、呆然と声を漏らした。
 この馬車は、どう見てもこれから「貧乏な下級騎士と没落令嬢」が駆け落ちに使うような、質素な荷馬車ではない。王族が公式行事で使うと言われても納得してしまいそうな、超弩級の高級馬車である。伯爵令嬢として、不遇ながらもそれなりの数の社交場を見てきた私であっても、これほど重厚で気品に満ちた車両は数えるほどしか見たことがなかった。
「ああ、これか。……近衛騎士団の福利厚生の一つだ」
 私の隣に立つレオンハルト様は、一点の曇りもない真顔で、さらりと言い放った。兜の面頬を上げた彼の横顔は、彫刻のように整っており、その真剣な眼差しからは嘘を吐いている気配など微塵も感じられない。
「福利……厚生、ですか……?」
「そうだ。長距離の移動任務用に、一度だけ自由に使える規定があってな。俺はこれまで休暇を一度も取らず、職務に従事してきた。その積み立てられた権利を行使したに過ぎない」
 レオンハルト様の説明は実に理路整然としていた。前世で「社畜」として働き詰めだった私の感覚からすれば、「福利厚生」や「有給の積み立て」という言葉は、何よりも説得力を持って響いてしまう。
「騎士は国の盾だ。士気を高めるため、装備や移動手段には国が多額の予算を割いている。エリーゼ、気にせず乗ってくれ。中はそれなりに快適なはずだ」
 彼は促すように私の背にそっと手を添え、重厚な扉を開けた。
 中に入った瞬間、私の思考は再び停止した。足元には毛足の長い、最高級の羊毛を編み込んだ絨毯が敷かれ、座席は贅沢な革と柔らかな羽毛で、私の疲れ果てた身体を優しく包み込んでくれる。
 窓には遮光と防音の魔法が幾重にも施されているようで、外の風の音さえも一切聞こえない。さらに、車内の片隅には氷結の魔石を用いた冷蔵箱があり、銀のトレイには宝石のように輝く果物や、香り高い焼き菓子まで用意されていた。
「(……最近のソルヴェリア王国の近衛騎士団って、ホワイト企業なんてレベルじゃないわね。前世のブラック企業の社長に見せてやりたいわ、この厚遇)」
 私は「さすが騎士様、お仕事先が立派なのね」と、不自然なほどの豪華さを「公務員の特権」として自分の中で無理やり納得させてしまった。もともとエリーゼとしての私は、実家で「商品」として扱われ、まともな教育や社交の機会すら制限されていたのだ。
 騎士A様がこれほどまでの資産を持っているはずがないという疑念よりも、目の前の「推し」が評価されているという事実に対する喜びの方が、勝ってしまったのである。
 馬車が音もなく動き出す。揺れをほとんど感じさせないその滑らかな走りは、高度な衝撃吸収魔法が組み込まれている証拠だろう。窓の外では、王都の灯りが少しずつ遠ざかり、深い闇の中を銀色の道が伸びていた。
 レオンハルト様は私の正面に座り、重厚な甲冑の籠手を外して膝の上に置いた。彼の銀色の髪が、車内の柔らかな灯りに照らされて、冷たい月光のように美しく輝いている。
 バイザーを上げたその素顔は、かつての夜会で壁の花として見つめていた「騎士A」とは思えないほど、圧倒的な存在感を放っていた。
「エリーゼ、少し眠るといい。王都の喧騒を完全に抜けるまで、俺がずっと側で見守っているからな」
 彼の穏やかな、けれどどこか逃れられない強制力を孕んだ甘い声に誘われるように、私はこれまでの緊張と、脱出劇による極限の疲労から、抗いがたい睡魔に襲われた。
 窓の外では、追手であるはずの「豚侯爵」ことカトウェル侯爵や、実家のロッテ伯爵の魔手から、私たちは着実に遠ざかっている。
「……ありがとうございます、レオンハルト様。少しだけ、お言葉に甘えますね……」
 私は吸い込まれるように深い眠りへと落ちていった。
 この豪華な馬車が向かう先が、王都から遠く離れた禁域であり、レオンハルト様が「王弟殿下」という真の正体を持って支配する「アルカディア公爵領」であることも、そして彼が口にした「福利厚生」という言葉の裏に、国家予算にも等しい個人的な独占欲が隠されていることも、夢の中の私はまだ知る由もなかったのである。


三 王弟殿下の別荘(という設定)
 揺れをほとんど感じさせない最高級馬車の、柔らかな羽毛のシートに身を沈めていた私は、ふと意識を浮上させた。窓から差し込む光の色が変わっていることに気づき、重い瞼をゆっくりと持ち上げる。
 視界に飛び込んできたのは、王都の煤けた灰色の空とは似ても似つかない、透き通るような紺碧の空と、そこに溶け込むように輝く黄金色の陽光だった。
「……んっ……」
 思わず小さく漏れた声に反応するように、正面に座っていた騎士A様――レオンハルト様が、読んでいた書類から視線を上げた。
「目が覚めたか、エリーゼ」
 その声は、馬車の遮音魔法に守られた静寂の中で、心地よい低音となって私の鼓膜を震わせた。兜を脱いだ彼の銀髪は、窓からの光を浴びて、まるで繊細な工芸品のように神々しく煌めいている。そのあまりの美しさに、寝起きの頭が一気に覚醒していくのを感じた。
「はい……。あの、今はどのあたりでしょうか」
「王都を離れてかなりの距離を走った。この馬車の速度と、軍用馬の脚力があってこそだが……ここはもう、アルカディア公爵領の境界内だ」
 窓の外に目を向ければ、風景は劇的な変貌を遂げていた。王都の殺伐とした空気は微塵もなく、視界いっぱいに広がっているのは、人跡未踏を思わせる原生林の緑だ。木々はどれも天を突くほどに高く、その枝葉の間からは、神聖な魔力の粒子が目に見えるかのようにキラキラと降り注いでいる。
 やがて、馬車の速度が緩やかになり、森が開けた先に、息を呑むような絶景が現れた。
 鏡のように穏やかな水面を湛えた湖。その水は驚くほど透明で、湖底の石や水草が手に取るように分かる。そしてその湖畔に鎮座していたのは、周囲の自然と見事に調和した、一軒の巨大な屋敷だった。
「レオンハルト様、あそこが……私たちの目的地ですか?」
「ああ。主君である王弟殿下が、個人的に所有している別荘だ」
 馬車が音もなく停まり、レオンハルト様が先に降りて、私の手を取ってエスコートしてくれた。一歩足を踏み出した瞬間、肺の奥まで洗われるような澄んだ空気に驚かされる。
 目の前にそびえ立つのは、白亜の壁に青い屋根が美しく映える、上品でありながら圧倒的な威厳に満ちた豪邸――アルカディア公爵領の至宝、通称『アルカディア別荘』である。
「殿下は多忙な方で、ここは数年放置されていた。主からは『信頼できる者に管理を任せたい』と言われていてな」
 レオンハルト様は、まるで他人の領地の話をでもするように淡々と告げた。
「この屋敷の鍵は俺が預かっている。……俺たちがここに住み、建物の維持と管理を続けることが条件で、無償での居住を許可された。エリーゼ、君は今日から、この屋敷の『管理人』だ」
「む、無償で、こんなに素敵な屋敷を……!? 王弟殿下というのは、なんて慈悲深い方なのでしょう。名もなき騎士の結婚を祝して、こんな贅沢な場所を貸してくださるなんて」
 私は感動のあまり、胸の前で両手を組んで打ち震えた。実家での扱いや、あの「豚侯爵」との縁談を思えば、ここはまさに天国以外の何物でもない。
 私の純粋な称賛に、レオンハルト様の表情が僅かに歪んだ。深紅の瞳に、複雑な光が宿る。
「……ああ。主は君が思うほど善人ではないかもしれない。独占欲が強く、一度手に入れたものは決して離さない性質でな」
「あら、でも。私を助けてくださった貴方を信頼している方なのですから、きっと素敵な方に決まっていますわ。お会いする機会があれば、ぜひお礼を申し上げたいです」
「……お目にかかる日は、そう遠くないだろう。だが今は、誰にも邪魔されないこの場所で、君の安全を確保することが最優先だ」
 レオンハルト様は私の腰をそっと引き寄せ、屋敷の玄関へと導いた。
「君を害する者は、たとえ髪の毛一本分でも許さない。このアルカディアの地において、君の平和は俺が、そして主が全力で保障する」
 その言葉に含まれた、あまりにも重く鋭い独占欲に、私は気づくことができなかった。それどころか、「さすが近衛騎士団、雇用主まで騎士道精神に溢れているのね」と、前世の社畜脳で勝手に好解釈してしまう始末だった。
 重厚なオークの扉が開くと、そこには埃一つない、鏡のように磨き上げられたエントランスが広がっていた。高い天井からは、太陽の光を効率よく取り込むための魔導シャンデリアが吊るされ、足元のフローリングは、名もなき木材とは思えないほど深く美しい光沢を放っている。
 正面にある壁一面の大きな窓からは、先ほどの湖とアルカディアの連峰が一望でき、まるで屋敷全体が絵画の額縁になったかのような錯覚を覚えた。
「(信じられない……。辺境のボロ家での苦労を覚悟していたけれど、これは、管理人としての仕事というより、豪華客船の女主人のような生活ではないかしら)」
 私は、この屋敷の周囲に張り巡らされた、ドラゴンの侵入すら防ぐ超弩級の防衛結界や、森の影からこちらを静かに見守る聖獣たちの存在など知る由もない。
「レオンハルト様。私、精一杯頑張りますわ! 殿下の大切な別荘を、いつでもお客様を迎えられるようにピカピカにして、貴方の帰りを最高のスープで待っています」
 私が気合を込めて宣言すると、レオンハルト様は耐えきれないといった様子で、私の額に優しく口づけをした。
「……ああ。君が笑ってそこにいてくれるだけで、ここは世界で一番価値のある場所になる」
 その声の甘さに、私は少しだけ顔を赤らめる。
 こうして、王弟殿下の『代理管理人』という名の、実際には王弟その人による究極の囲い込み生活が、この美しいアルカディアの地で始まったのである。


四 最強の「福利厚生」
 レオンハルト様に導かれ、私は夢見心地で屋敷の奥へと足を踏み入れた。
 夕闇が迫るエントランスホールには、既に明かりが灯され、温かな光が満ちている。そして、その中央には、一分の隙もない整然とした動作で並ぶ、男女の集団が私を待ち構えていた。
 男性は仕立ての良い執事服を、女性は凛としたメイド服を纏っている。驚くべきことに、彼ら全員から、並の近衛騎士さえも圧倒するような、ただ者ではない鋭い気配が漂っていた。
「……えっ?」
 私が呆気に取られていると、集団の先頭に立っていた初老の紳士が、優雅に、そして完璧な角度で一礼した。
「エリーゼ様、ようこそお越しくださいました。本日よりこのアルカディア別荘の清掃、調理、および庭園管理を担当いたします、王弟殿下直属のスタッフでございます」
 ギルバートと名乗ったその紳士は、銀髪を整え、背筋を真っ直ぐに伸ばして私を見つめた。その瞳には深い知性が宿り、一挙手一投足に年季の入った品格が滲み出ている。
「ス、スタッフ……? ギルバートさん、あの、管理人は私一人だと伺っていたのですが……」
「左様でございます。管理人としての全権はエリーゼ様にございます。しかしながら、王弟殿下のご厚意により、『管理人お一人では、この広大な屋敷と敷地を維持するのは物理的に不可能である』との判断が下されました。私たちはあくまで補助員、いわば福利厚生の一環として派遣された手足に過ぎません。どうぞお気になさらず、私たちに何なりと指示をいただければ幸いです」
 ギルバートの言葉に、私は再びソルヴェリア王国の、そして王弟殿下のホワイト企業っぷりに打ち震えた。
 福利厚生で、これほど有能そうな専門スタッフが何人も付くなんて。前世のブラック企業の社長がこれを聞いたら、卒倒して泡を吹くのではないかしら。
「なんて手厚いサポートなの……。分かりました。不慣れな管理人ですが、皆さんと協力して、この素敵な別荘を守っていきたいと思います。よろしくお願いしますね!」
 私が笑顔でそう言うと、スタッフ一同――実はレオンハルト様の配下である最強の暗部部隊――の肩が、一瞬だけ微かに揺れた。彼らは「(なんて純粋で、光り輝くようなお方なのだ……)」という畏敬の念を抱きながら、再び深々と頭を下げた。
「では、エリーゼ様。長旅でお疲れでしょう。お食事の用意もございますが、まずはゆっくりとお休みになられてはいかがですか」
 ギルバートの勧めに従い、私は客室へと案内された。
 通された部屋は、王都の私の部屋よりも遥かに広く、豪華だった。ふかふかの絨毯、磨かれた家具、そして清潔なリネン。
 窓の外はすでに夜の帳が下りており、月明かりが湖面を静かに照らしている。
「(すごい……。これが、福利厚生……)」
 私はベッドに倒れ込むように身を投げ出した。
 今日の出来事が走馬灯のように駆け巡る。実家からの脱出、レオンハルト様との契約、豪華な馬車での移動、そしてこの夢のような屋敷。
 あまりの情報の多さに頭がパンクしそうだったが、それ以上に、身体を包み込む布団の柔らかさが、強烈な眠気を誘った。
「……明日は、早起きして……管理人のお仕事を、頑張らなきゃ……」
 私は、自分が救いたいと願った騎士様が、実は私を最強の鳥籠へと閉じ込めようとしているラスボスであることに気づかぬまま、泥のように深い眠りへと落ちていった。
 最強の騎士様と、規格外の「福利厚生」に守られた、私の新しい生活の幕が静かに上がったのである。


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