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第一章 推しは背景(モブ)にあり
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一 夜会の壁の花
ソルヴェリア王国の至宝と謳われる王立宮廷大舞踏会は、まさに虚飾と欲望を煮詰めた濃厚なスープのような空間であった。
天井を見上げれば、数十万個の魔石が埋め込まれた巨大な水晶のシャンデリアが、暴力的なまでの黄金色の光を撒き散らしている。その輝きは、磨き上げられた大理石の床に反射し、会場全体を眩暈を誘うような光の渦に包み込んでいた。四方の壁には、歴代国王の武勲を描いた巨大なタペストリーが掛けられ、金糸で縁取られた豪奢なカーテンが、夜風に揺れて重厚な衣擦れの音を立てている。
会場に満ちているのは、噎せ返るような百合の芳香と、高価な香油の混じり合った独特の匂い。そして、一流の宮廷楽団が奏でる優雅な弦楽四重奏に、数百人の貴族たちが発する社交辞令という名の雑音が重なり合い、鼓膜を執拗に震わせてくる。
そんな華やかな喧騒の真っ只中にあって、私、エリーゼ・フォン・ロッテは、会場の最も暗い隅、巨大な円柱の影で一人、静かに壁の花と化していた。
「……はぁ。今日も今日とて、お腹が空いたわ」
私は手元にある、氷ですっかり薄まってしまった安物の果実酒を、一口だけ慎重に含んだ。
この果実酒は、夜会の主催者が「数合わせの貧乏貴族用」に用意した、芳醇な香りなど微塵もしない代物だ。舌に残る酸味と、僅かなアルコールの刺激だけが、今の私の虚しい胃袋を慰めてくれる唯一の味覚だった。
私の纏っているドレスは、三年前の流行をリメイクしたものだ。元々は母の形見であった落ち着いた若草色の絹地に、私が夜な夜な目を擦りながら縫い付けた、少しばかり色褪せたレースと、模造品の真珠。
遠目に見れば伯爵令嬢としての体裁を保っているように見えるだろうが、社交界の猛者たちの鋭い審美眼にかかれば、それが生活に困窮している家の苦肉の策であることは一目瞭然だった。
だが、今の私にとって、周囲の嘲笑的な視線などどうでもいいことだった。
なぜなら、私の意識の半分は、前世という遥か遠い記憶の中にあったからだ。
前世の私は、日本の東京という大都市で、いわゆる社畜として擦り切れるまで働いていたOLだった。
毎日、満員電車に揺られて会社に向かい、理不尽な上司の小言に耐え、終わりの見えないタスクを深夜までこなし、コンビニの弁当を夕食にして泥のように眠る日々。評価されることもなく、ただ組織の歯車として使い潰されるだけの人生。
その記憶があるからこそ、この華やかな社交界という場所が、どれほど残酷で空虚な場所であるかが痛いほど理解できてしまうのだ。
ここは、美しい衣装で着飾った人々が、笑顔の裏で互いの足を引っ張り合い、利用価値があるかどうかを査定し合う、血の流れない戦場。社畜時代の記憶が私に告げている。
「エリーゼ、ここは君の居場所じゃない。残業代の出ない、ただの過酷な接待の場だ」と。
だからこそ、私はこの場において、完璧な透明人間であることを自分に課していた。
華やかな中心部では、眩いばかりの光を放つ王太子殿下や、花が咲き誇るような美貌を持つ高位貴族の令嬢たちが、まるで舞台の主役のように輝いている。彼らの一挙手一投足に周囲が歓声を上げ、その機嫌を伺うように人々が群がる。
けれど、私は知っている。あの中心部の輝きが強ければ強いほど、その外側に広がる影もまた深く、冷たくなることを。
そして、私が今日この場所に来た理由は、中心部の光を浴びるためでは決してなかった。
私は果実酒のグラスを握り締め、周囲の令嬢たちの目を盗んで、会場の最も暗い死角へと視線を走らせた。
そこ――北側の出入り口の脇。
巨大な円柱と、豪華なカーテンの陰に隠れるようにして、一人の騎士が立っていた。
銀色の重厚な甲冑を纏い、兜を深く被ったその姿は、背景の一部として完全に気配を消している。彼の立つ場所には、シャンデリアの光も届かず、社交の喧騒さえもそこだけは深閑としているように見えた。
他の貴族たちは、彼をただの護衛として、あるいは置物として、視界の端にすら入れていないだろう。近衛騎士団の末端、立ち絵すら用意されないような背景キャラクター。
前世で私がプレイしていた乙女ゲーム『乙女の薔薇と王子の誓い』の記憶によれば、彼は名前すら持たない騎士Aという、ただの背景アセットに過ぎない存在だった。
「(ああ……今日も、なんて素晴らしい立ち姿なのかしら、騎士A様……)」
私の胸の中で、小さな、けれど確かな感動が芽生える。
彼は夜会が始まってから数時間、ただの一度も姿勢を崩していない。
周囲でどれほど美しい音楽が流れようと、着飾った人々が楽しげに笑い合おうと、彼はその輪に入ることなく、ただひたすらに周囲の安全を見守り続けている。
銀の甲冑をよく見れば、所々に細かい傷や、磨き切れない凹みがあるのが分かる。それは彼が、単なる儀礼用の着せ替え騎士ではなく、実戦を潜り抜けてきた本物の兵士であることを証明していた。
「(あんなに真面目に、誰にも見られない場所で任務を全うしているなんて……まさに社畜の鑑、いえ、プロフェッショナルの極みだわ)」
私の脳裏に、かつての自分の姿が重なる。
誰もいないオフィスで、深夜二時にたった一人、黙々とエクセルの表を作成していたあの夜。誰に褒められるわけでもなく、翌朝の会議が円滑に進むためだけに、己の身を削って働いていた日々。
当時の私は孤独で、辛くて、誰かに「頑張っているね」と言ってほしかった。
だからこそ、今この世界で、誰からも注目されずに立ち続ける彼の姿が、どうしようもなく尊く感じられるのだ。
「(あんなに重そうな鉄の塊を着て、何時間も立ちっぱなしだなんて、きっと足も腰も悲鳴を上げているはずだわ。お給料だって、きっと危険手当も出ない微々たるものに違いないし、食事だって、騎士団の冷え切った堅パンと、具のないスープくらいしか与えられていないんだわ……ああ、可哀想な騎士A様)」
私の勝手な妄想は、止まることを知らない。
彼は、この贅沢と虚飾の世界を守るために、己の時間を、体力を、魂を捧げている。けれど、この会場にいる誰一人として、彼に感謝の言葉をかける者はいない。彼らは騎士を、壁に掛かっているタペストリーと同じ、ただの風景の一部だと思っているのだ。
そんな彼の推しになること。
それだけが、家計は火の車、実家では虐げられ、夜会では無視される私の、唯一の生きる糧となっていた。
私は、自分が手に持っているグラスをそっとテーブルに置いた。
この安物の酒を飲んでいる場合ではない。
今の私には、なすべき重要な任務がある。
周囲の貴族たちは、私という地味な伯爵令嬢が動くことにすら気づかないだろう。彼らの関心は、次期国王の寵愛を誰が勝ち取るか、あるいはどこの侯爵家が政略結婚を決めるかといった、欲にまみれた話題にのみ注がれているのだから。
私は深呼吸を一つして、ドレスの裾を軽く持ち上げた。
足元には、数回の手入れでかろうじて輝きを保っている古い革靴。
私は人混みの隙間を縫い、極力目立たないように、会場の縁を伝って歩き出した。
シャンデリアの眩しい光から逃れるように、暗い回廊へと向かう。
目指すのは、柱の陰で孤独な任務に就いている、あの銀色の騎士の元。
かつての私なら、こんな勇気は出せなかっただろう。
けれど、今の私には、前世で培った不屈の社畜精神がある。
頑張っている人が報われない。そんな世界を、私はもう二度と見たくないのだ。
たとえ彼が私のことを認識していなくても、私の差し入れが迷惑がられる可能性があったとしても、私は動かずにはいられなかった。
だって、彼はこの広い舞踏会の中で、たった一人、私と同じ影の世界で戦っている戦友なのだから。
「(待っていてください、騎士A様。今、このエリーゼが、貴方の疲れた心と身体を癒やしに参りますわ!)」
背筋を伸ばし、私は決意も新たに、夜会の喧騒から一歩踏み出し、彼が守る静寂の領域へと足を進めた。
それは、私の平穏な壁の花としての人生が、大きく崩れ始める運命の一歩でもあったのだが――その時の私は、まだ自分の無謀な行動が、王国の裏の支配者を呼び覚ますことになるとは、一塵も疑っていなかったのであった。
二 安物の差し入れ
煌びやかな舞踏会が中盤に差し掛かり、最高潮に達した熱気が人々の理性を薄いヴェールの向こう側へと追いやっていく。酔いとダンスのステップに夢中になった貴族たちは、もはや背後に控える護衛の存在など、壁の装飾の一部としてさえ認識していないようだった。
私はその喧騒の隙間を縫うようにして、静かに、しかし確かな意志を持って移動を開始した。
会場の喧騒が遠のき、冷たい夜風が入り込む薄暗い回廊。そこは、シャンデリアの暴力的なまでの光が届かない、影の領域だ。
先ほどまで大広間の円柱の陰にいた彼は、持ち場を変え、テラスへと続く重厚な扉の脇に立っていた。月光が窓から差し込み、彼の銀色の甲冑を青白く照らし出している。
近づくにつれ、私の心臓は自分でも驚くほど激しい鼓動を刻み始めた。それは、高貴な殿方に声をかける乙女のときめきというよりは、失敗の許されない重大なプレゼンを前にした社畜の緊張に近い。あるいは、近寄りがたいほど威厳のある、けれど誰よりも信頼できる上司のデスクを訪ねるような、背筋が伸びる思いだった。
いけない、落ち着かなければ。今の私は、ただの不審な令嬢だ。ここで挙動不審に陥り、不審者として彼に切り捨てられたら、私の推し活……いえ、人生そのものが物理的に終了してしまう。
私はドレスの裾を握りしめ、精一杯、育ちの良い伯爵令嬢としての淑やかな微笑みを顔に張り付けた。
「……あの、お疲れ様です、騎士様」
震える声を押し殺して声をかけると、彼は僅かに肩を揺らし、兜の奥にある瞳で私を射抜いた。
レオンハルト。後に私の人生を大きく狂わせることになるその真の名を、この時の私はまだ知らない。
兜の隙間から覗く視線は、冬の湖の底のように冷たく、けれど同時に、どこか果てしない孤独の色を帯びているように見えた。彼は微動だにせず、私という存在を査定するように見つめている。その沈黙は、まるで私の魂の奥底までを見透かそうとしているかのようだった。
「……私に、何か用か。伯爵令嬢」
地響きのように重く、けれど不思議と耳に心地よい低音。
私は緊張のあまり、指先が氷のように冷たくなっていくのを感じた。レオンハルトが放つ圧倒的な威圧感は、とても背景の騎士Aとは思えないほど凄まじい。前世で理不尽な要求を突きつけてきたワンマン社長でさえ、これほどまでの恐怖を感じさせることはなかっただろう。
けれど、私は逃げなかった。ここで引いては、頑張る彼を労うことはできない。私は背後に隠していた、ささやかな贈り物を取り出した。
「これ、もしよろしければ召し上がってください。夜の警備は、思いのほか冷えるでしょう? 疲れ目に効くハーブを数種類ブレンドして淹れたお茶と……その、形はあまり良くないのですが、私が焼いたクッキーです。夜勤……いえ、夜の任務のお供にと思って」
私は、ささやかな保温魔法をかけた銀色の小さな水入れ(フラスク)と、丁寧に紙で包んだ小箱を差し出した。
レオンハルトは、差し出された品物を凝視したまま動かない。その静止があまりに長かったため、私は自分の心臓の音が廊下に響いているのではないかと不安になった。
やはり、身分も知らない令嬢からの差し入れなど、不気味でしかないだろうか。それとも、この世界特有の権力闘争に巻き込まれるための罠だと疑われているのだろうか。
「……なぜ、俺に」
「えっ?」
「この会場には、君のような令嬢が瞳を輝かせて追いかけるべき王太子殿下も、名門の公爵令息たちも大勢いる。名もなき、ただの門番に構う必要など、君にはないはずだ」
彼の言葉には、自嘲とも取れる冷ややかな響きがあった。
それを聞いた瞬間、私の胸の中にあった緊張が、熱い憤りへと変わった。それは前世で、現場の苦労を知りもしない上層部が、不眠不休で働く部下を「代わりはいくらでもいる」と切り捨てた時に感じたあの怒りと同じだった。
「だって、そんなの、あんまりです! 騎士様は、あんなに華やかな場所の隅で、誰よりも真面目に働いていらっしゃるのに! 皆さんが楽しんでいる間も、一瞬たりとも気を抜かずに安全を守っている。それなのに、誰も貴方を見ようとしないなんて、私は、どうしても納得がいきません!」
気づけば、私は一歩踏み込んでいた。
「頑張っている人は、もっと正当に労わられるべきです。お給料や地位だけが報酬ではありません。貴方の献身を見ている人間が、ここにも一人いるということを知ってほしかったんです。……私は、貴方のその、誇り高い仕事ぶりが、とても、好きなんです」
最後の方は、羞恥心で声が消え入りそうになった。
何を言っているんだ、私は。初対面の騎士に向かって、まるで愛の告白のようなセリフをぶつけてしまった。
レオンハルトは、さらに長い沈黙に沈んだ。兜の奥にある赤い瞳が、微かに揺れたように見えた。やがて、彼はゆっくりと、重厚な金属の篭手を外した。
現れたのは、数多の戦場を潜り抜けてきたことが一目で分かる、節の太い、逞しい男の手だった。所々に古傷があり、剣の柄を握り続けたことでできた硬い凧がある。その無骨な手が、私の差し出した水入れを、壊れ物を扱うような慎重さで受け取った。
彼は無言で水入れの蓋を開け、立ち上る湯気を僅かに吸い込んだ。ハーブの清涼感のある香りが、冷えた廊下の空気にふわりと溶け込んでいく。
「……温かいな」
「あ、口に合いましたか? 苦味を抑えるために、少しだけ蜂蜜を入れてあるのですが……」
「いや。温度の話だ。……こんなに温かいものを手渡されたのは、いつ以来だろうか」
彼はそう呟くと、水入れを口に運び、ゆっくりと喉を鳴らした。
その一口が、彼の強張っていた肩を僅かに緩ませたように見えた。彼は続いて、不格好なクッキーが詰まった包みを解いた。
私が前世の知識を総動員して、バターの香りを最大限に引き出し、サクサクの食感に仕上げた自信作だ。見た目は確かに素朴だが、栄養価の高いナッツも混ぜ込んである。
彼は兜の面頬(バイザー)を少しだけ持ち上げ、隙間からクッキーを一つ、口へと放り込んだ。
「……美味しい」
短い一言だったが、そこには嘘偽りのない実感が籠もっていた。
「初めてだ。このような、優しい味がするのは。……君の言う通り、俺の周囲には冷めた食事と、義務的な言葉しかなかった」
「よ、よかったです! まだまだたくさんありますから、休憩時間にでも食べてくださいね。お茶も、魔法でしばらくは温かいままですから」
私は、自分の差し入れが受け入れられたという喜びで、胸がいっぱいになった。
彼の銀色の甲冑に、自分の焼いたクッキーの小さな欠片がついている。その光景が、なんだかとても愛おしく、そして誇らしく思えた。
しかし、喜びの後に猛烈な恥ずかしさが襲ってきた。
冷静になってみれば、見ず知らずの令嬢に熱烈な労働賛歌をぶつけられ、手作りのお菓子を無理やり渡されたのだ。彼はきっと、困惑しているに違いない。
「あ、あの! 長居をして任務の邪魔をしてはいけませんし、私はこれで失礼します! 明日も、その……頑張ってくださいね!」
私は顔が火を噴くほど熱くなるのを感じ、逃げるようにその場を走り去った。
背後に、彼が呆然と立ち尽くしている気配を感じる。
ああ、もう、私の馬鹿! 何を舞い上がっていたのよ!
けれど、走りながらも、私の心はどこか晴れやかだった。
暗い回廊を抜け、再び眩い光の海へと戻っていく。
背中に、先ほどまでよりもずっと強く、深い熱を持った視線が突き刺さっていることなど、この時の私は露ほども知らなかった。
レオンハルトの瞳に、初めて「任務」以外の強烈な執着が灯ったことにも。
一人の騎士Aを救うための小さな差し入れが、国家の秩序を揺るがすほどの、極上に重い溺愛の扉をこじ開けてしまったのだということに、私が気づくのはもう少し先の話になる。
三 実家の理不尽
騎士A様との、夢のような、けれど確かな熱を帯びた逢瀬の余韻は、王宮から我が家へと向かう古びた馬車の中で、少しずつ冷たい夜気に侵食されていった。
ガタガタと車輪が石畳を叩く振動が、私の身体を無慈悲に揺らす。窓の外を流れる王都の景色は、中心部の煌びやかさを離れるにつれ、街灯の数も減り、深い闇に沈んでいく。それはまるで、私の運命が輝かしい光から、出口のない奈落へと向かっていることを暗示しているかのようだった。
やがて馬車が止まったのは、王都の北端に位置するロッテ伯爵家の屋敷前だった。
かつては名家として誇り高い威容を誇っていたであろうその建物は、今や蔦が壁を這い回り、至る所の漆喰が剥げ落ちて、幽霊屋敷のような陰惨な雰囲気を漂わせている。維持費を削るために灯りを最小限に抑えられた玄関先は、深い闇が口を開けて私を飲み込もうと待っているかのようだった。
重い鉄の門をくぐり、玄関の扉を開けた瞬間。
私の鼻を突いたのは、噎せ返るような安物の香水の香りと、熟成を通り越して酸味の増した安酒の臭いだった。
「……あら、やっとお帰りなのね。随分と遅いお着きですこと、エリーゼ」
広間の大階段の途中に、扇子を優雅に揺らしながら立っていたのは、継母のベアトリクスだった。
彼女は、我が家の苦しい台所事情などどこ吹く風とばかりに、最新の流行を追ったけばけばしい真紅のドレスを纏い、首元には借金の担保にすらなっていない安物の魔石をこれでもかと並べていた。その唇には、獲物を追い詰めた猛禽のような、残酷な愉悦が浮かんでいる。
「お母様、ただいま戻りました……」
「挨拶なんていいわよ。それより、お父様がお待ちですわ。貴女にとって、これ以上ないほど『素晴らしい』お話があるんですって。さあ、早く執務室へ行きなさいな。あまりお待たせすると、お父様の機嫌がさらに悪くなって、貴女のその地味なドレスがさらにボロ布になってしまうわよ?」
クスクスという、棘を含んだ嘲笑が背中に突き刺さる。
私は嫌な予感を振り払うように、冷え切った指先を握り締め、父の執務室へと向かった。
執務室の扉の前に立つと、中から重苦しい、苛立ちを隠そうともしない気配が漏れ出していた。私は意を決して、古びた真鍮の取っ手を回した。
部屋の中は、乱雑に積み上げられた書類と、飲みかけの酒瓶や空になったボトルが散乱していた。
デスクの奥に座っていたのは、私の父であるロッテ伯爵だ。かつては端正だったであろうその顔は、酒と博打、そして終わりのない借金への焦燥によって土気色に濁り、目の下には深い隈が刻まれている。
「遅いぞ、エリーゼ! 一体どこをほっつき歩いていたんだ! 伯爵家の令嬢が、夜会が終わってから何時間も帰ってこないなど、恥を知れ!」
父はいきなりデスクを叩き、怒声を上げた。その拍子に、中身が僅かに残ったグラスが倒れ、絨毯にどす黒いシミが広がっていく。
「申し訳ありません、お父様。少し、夜風に当たっておりましたので……」
「言い訳など聞きたくない! それよりもだ。お前に、千載一遇の好機を授けてやろうと思ってな。……カトウェル侯爵閣下をご存知だな?」
その名前が出た瞬間、私の思考が一瞬だけ白く凍りついた。
カトウェル侯爵。
王都の社交界でその名を知らぬ者はいない。通称「豚侯爵」。
膨大な富を持ちながら、その容姿は醜悪極まりなく、何よりも若い娘を収集する異常な趣味を持つことで知られている。これまでに三人の後妻を迎えているが、その誰もが一年と経たずに原因不明の病で亡くなっている。あるいは、精神を病んで修道院へと送られたという不穏な噂も絶えない。
「侯爵閣下は、新たな夫人を探しておられる。そして、お前を大変気に入られたのだ。明日、閣下が自らこの屋敷へ結納品を持って来られることになった」
父の声は、借金取りから逃げ切った後のような、卑屈な安堵感に満ちていた。
「お前を侯爵家に差し出せば、我が家の借金は全て肩代わりしてくださるそうだ。それどころか、今後の援助も約束してくださった。どうだ、エリーゼ。名門カトウェル侯爵家の夫人になれるのだぞ。お前のような地味な娘には、過ぎたる名誉ではないか」
「お断りいたします……!」
気づけば、私は叫んでいた。
「カトウェル侯爵の噂は、お父様だってご存知のはずです! 嫁いだ女性たちは皆、まともな姿で帰ってきていないわ。そんな場所に、私を行かせるというのですか? 借金のカタに、実の娘を売るというのですか!」
父の顔が、怒りでどす黒く染まった。彼は立ち上がり、酒臭い息を吐きながら私の元へと詰め寄った。
「売るだと? 言葉を慎め! これは家のため、王国の貴族としての責務だ! このロッテ家を維持するために、私がどれほどの苦労をしてきたか分かっているのか! 借金を返せなければ、我々は路頭に迷うのだぞ! お前は、自分の父親を、この名ある家を、泥にまみれさせるつもりか!」
「借金を作ったのは、お父様の博打と、お母様の浪費ではありませんか!」
乾いた音が、静まり返った部屋に響いた。
頬に走る、焼けるような痛み。父の拳が、私の顔を打ったのだ。
視界が火花を散らし、私は床に倒れ込んだ。
「黙れ、この役立たずが! お前を今日まで育ててやったのは誰だと思っている! 親の恩を忘れて、自分の権利を主張するなど、思い上がるのも大概にしろ!」
父は倒れている私を見下ろし、ゴミを見るような視線を向けた。
そこには、かつて私を抱き上げてくれた優しい父親の面影など、欠片も残っていなかった。前世で、過重労働に耐えかねて辞意を漏らした部下に対し、「お前の代わりなどいくらでもいる」「今まで給料を払ってやった恩を返せ」と罵倒していた、あの最悪な上司の姿と完全に重なった。
「エリーゼ。貴女、勘違いしないでちょうだい」
いつの間にか部屋に入ってきていた継母が、私の隣で屈み込み、その長い爪で私の顎を無理やり持ち上げた。
「貴女に拒否権なんてないのよ。貴女は今日から、侯爵閣下へ捧げるための『商品』なの。商品を管理するのは持ち主である私達の仕事だわ。……さあ、連れて行きなさい!」
彼女の合図と共に、控えていた力自慢の下男たちが部屋に入ってきた。彼らは抵抗する私の両腕を乱暴に掴み、引きずるようにして部屋から連れ出した。
「離して! 嫌よ、放してちょうだい!」
私の叫びは、冷たい廊下の壁に虚しく吸い込まれていく。
連れて行かれた先は、屋敷の最上階にある、長らく使われていなかった私の自室だった。
ドスン、と床に放り出され、背後で重厚な扉が閉まる音がした。
カチャリ、という、冷徹な金属音が響く。外側から鍵をかけられたのだ。
「……っ、開けて! お父様、開けてください!」
扉を叩き、必死に訴えかけるが、外からは何の返答もない。ただ、立ち去っていく複数の足音だけが遠のいていった。
私は暗い部屋の中で、膝をついたまま呆然としていた。
窓から差し込む僅かな月光が、部屋の様子を照らし出している。
そこには、私の唯一の脱出路であるはずの窓に、真新しい、太い鉄格子が嵌められていた。
「格子まで……いつの間に……」
あまりの用意周到さに、笑いさえ込み上げてきた。
父も継母も、最初から私が逃げることを見越していたのだ。私の意志など、最初から一塵も考慮されていなかった。
私は、前世で社畜として生きていた頃を思い出した。
どれほど頑張っても報われず、理不尽な命令に従わされ、己の尊厳を削り取られながら生きる日々。あの時、私は「これが社会というものだから」と自分に言い聞かせ、心を殺して耐えていた。
けれど、今世でも同じことを繰り返すというのか?
誰かの犠牲になり、望まぬ相手に売られ、暗い寝室で尊厳を蹂躙されながら死んでいくのを待つ。
そんなことのために、私は二度目の人生を与えられたのか?
――いいえ。絶対に、嫌。
私の脳裏に、あの銀色の騎士A様の姿が鮮明に蘇った。
あの時、彼は私の差し出した不格好なクッキーを「美味しい」と言って食べてくれた。私の淹れたハーブティーを「温かい」と言って飲んでくれた。
この世界で、私の存在を、私の努力を、一人の人間として認めてくれたのは、あの人だけだった。
あの人の隣にいたい。
あの人のために、温かいスープを作り、穏やかな日々を送りたい。
この地獄のような実家で朽ち果てるくらいなら、私は、私の推しのために、この命を賭けてみたい。
私は震える手で、クローゼットの奥へと這い寄った。
重い衣装箱の底を剥がすと、そこには亡き祖母が私にだけこっそりと遺してくれた、一通の封筒があった。
それは、辺境の地にある、石ころだらけの荒地と古びた別荘の権利書。
「……私には、これがある」
祖母は言っていた。「エリーゼ、いつか貴女が自分の足で立ちたいと願う時、この場所が貴女を助けてくれるでしょう」と。
当時は「あんな不毛な土地、どうすればいいの」と笑っていたけれど、今、その紙切れは私にとって唯一の希望の光に見えた。
私は格子を強く握り締めた。
窓の外には、王宮の方向で、今もなお宴の余韻に浸る街の灯りが見える。
そのどこかで、あの騎士A様は今も、夜風に吹かれながら立ち続けているのだろうか。
「待っていてください、騎士様。私、必ず貴方のところへ行きます」
私は、伯爵令嬢としての誇りでもなく、社畜としての忍耐でもなく。
一人の女性としての、そして一人の推しを愛する者としての、不退転の決意を胸に灯した。
窓の鉄格子は冷たく、私の非力な腕ではびくともしない。
だが、私には貴族としての僅かな魔力と、それ以上の執念があった。
窓枠と格子の接合部分――長年の放置で錆びて脆くなっている一点に狙いを定め、ありったけの魔力を叩き込む。
ギチチ、と嫌な音がして、腐食していた金具が弾け飛んだ。
「……できた」
本来なら大の男でも動かせない鉄格子が、私の細腕で奇跡的に外れたのだ。やはり、火事場の馬鹿力というのはあるらしい。
この理不尽な実家を捨て、私は私の楽園へと向かう。
たとえそこがどれほど荒れた土地であっても、あの人がいて、私がいる。
それだけで、そこは私にとって、世界で一番贅沢な場所になるはずだから。
私は権利書をドレスの胸元に深く差し込み、夜が明けるのを待った。
決行は、侯爵がやってくる直前。
そこから、私の本当の人生が、そして甘く重い溺愛に彩られた運命が、幕を開けることになるのだ。
四 決意のプロポーズ
夜の帳が最も深く降り、暁の光が地平線の彼方で微かに胎動を始める頃。
私は、ボロボロになった絹のドレスの裾を片手で握り締め、夜露に濡れた王都の裏路地を必死に駆け抜けていた。
ロッテ伯爵家の屋敷を脱出する際、二階の窓から飛び降りた衝撃で足首がズキズキと痛む。鉄格子の隙間を無理やり魔法で歪ませて通り抜けたため、自慢の蜂蜜色の髪には埃が混じり、頬には掠り傷まで作ってしまった。
けれど、そんな痛みなど、胸の内で燃え上がる切迫感と高揚感に比べれば些細なことだった。
背後からは、まだ追手の足音は聞こえない。父も継母も、私が自力で逃げ出すなどとは夢にも思っていないだろう。彼らは今頃、私という商品が高値で売れる夢でも見ながら、安酒の余韻に浸って眠りこけているに違いない。
「……っ、ハァ、ハァ……あと、もう少し……!」
冷たい空気を吸い込むたびに、肺が焼けるように痛む。前世の社畜時代、終電を逃して深夜のオフィス街を走った時を思い出す。あの時は絶望しかなかったけれど、今の私には、守るべき推しがいる。
やがて、目的の場所――王宮の北側に位置する、ひっそりとした裏門が見えてきた。
そこは高位貴族や王族が通る華やかな正門とは対照的に、物資の搬入や下級使用人が出入りするための、質素な石造りの門だ。街灯の光も届かないその場所は、深い影に沈み、しんと静まり返っている。
その門の傍らに、彼は立っていた。
月光を反射して青白く光る、銀色の重厚な甲冑。微動だにせず、闇の中で一本の槍のように直立するその姿。
騎士A様。
私の人生を救い、そして今、私の全てを賭けるべき唯一の人。
彼の周囲には、寄り付く者を拒絶するような鋭い殺気……いえ、彼にとっては日常であろう、厳格な緊張感が漂っている。けれど、私にはそれが、孤独な魂が放つ助けを求める信号のように見えてしまったのだ。
「……騎士、様……!」
私は枯れかけた声を振り絞り、彼の元へと駆け寄った。
金属の擦れる音が小さく響き、騎士の兜がゆっくりとこちらを向く。兜の奥にある赤い瞳が、驚きに大きく見開かれたのを私は見逃さなかった。
「……君か。こんな時間に、一体何を……」
地響きのように低く、けれどどこか温かみを帯びたその声を聞いた瞬間、私の張り詰めていた緊張の糸がぷつりと切れた。
私は彼の足元に崩れ落ちるように膝をつき、彼の重厚な篭手に包まれた手を、両手でぎゅっと、壊れ物を守るように握りしめた。
「お願い、です……私を、ここから連れ去ってください……!」
「……何だと?」
レオンハルト――騎士A様の手が、僅かに震えた。冷たい金属の感触の向こう側に、確かに彼の生きている体温を感じる。
「実家に、売られるんです。豚侯爵……カトウェル侯爵の後妻に。明日には結納品が届いて、私は自由を奪われる。あんな場所に行けば、私は二度と太陽の光を浴びることはできないわ。……だから、どうせ誰かのものになるくらいなら、私は、貴方のそばにいたい!」
私は溢れ出しそうになる涙を堪え、必死に彼の瞳を覗き込んだ。
「貴方は毎日、あんなに一生懸命働いているのに、正当な報いを受けていない。夜会でも誰も貴方を見ようとしない。私はそれが、我慢できないんです! 頑張っている貴方が、独りで凍えているのが耐えられない。……だから、私に貴方を支えさせてください。私が貴方を、養います!」
沈黙が流れた。
夜風が私たちの間を吹き抜け、私のボロボロになったドレスを弄ぶ。
レオンハルトは、石像のように固まったまま、私を見下ろしていた。
無理もない。伯爵令嬢ともあろう者が、名もなき下級騎士に向かって「養う」などと宣言したのだ。常識的に考えれば、狂気の沙汰である。
けれど、私は本気だった。社畜時代に培った「一度決めたプロジェクトは完遂する」という鋼の意志が、今、私の全身を突き動かしている。
「……俺を、養うだと?」
レオンハルトの声が、僅かに掠れた。
「伯爵令嬢の君が、ただの下級騎士に過ぎないこの俺をか? 自分の立場が分かっているのか。俺と共に来れば、君は貴族としての身分も、贅沢な暮らしも、全てを失うことになるんだぞ」
「身分なんて、ただの枷です! 贅沢なんて、前世……いえ、私の人生には必要ありません! 私、辺境に小さな家を持っています。祖母から受け継いだ、誰にも知られていない古びた別荘です。畑もあります。贅沢なドレスや宝石は買えませんが、二人で静かに暮らすくらいならなんとかなります!」
私は一気にまくし立てた。
「貴方はもう、こんな冷たい石畳の上で、誰の目にも留まらずに夜通し立っていなくていいんです。暗い詰所で冷え切った食事を摂る必要もありません。私が、暖かいスープを作って、ふかふかの寝床を用意して、貴方の帰りを待たせてください。貴方が、貴方として、穏やかに笑える場所を私が作ります。……だから、お願いです。私を、貴方の家族にしてください……!」
私の両手に込めた力が、より一層強くなる。
レオンハルトは、さらに長い沈黙に沈んだ。兜の奥にある瞳が、複雑な色を帯びて揺れている。困惑、驚愕、そして……見たこともないような、暗く深い、底知れぬ熱情。
彼はゆっくりと、空いている方の手で、自分の兜に手をかけた。
カチリ、という金属音が響き、顔を覆っていたバイザーが跳ね上がる。
現れたのは、月光を浴びて神々しいまでに輝く、銀色の髪。そして、彫刻のように整った、けれどどこか近寄りがたいほど峻烈な美貌を持つ、一人の男の顔だった。
赤い瞳が、射抜くような鋭さで私を見つめている。
「……君は、後悔しないと言えるのか。一度俺の手を取れば、二度と引き返すことはできない。俺は君が思うほど、善良な男ではないぞ」
「後悔なんてしません! 貴方が私の隣にいてくれるなら、そこが私の楽園です! 貴方が善良であろうとなかろうと、私を救ってくれたのは貴方だけなんです!」
私の言葉に、レオンハルトの唇が僅かに震え、やがて見たこともないような、歪で、けれどこの世の何よりも甘美な微笑みがその口元に刻まれた。
「……そうか。契約成立だ、エリーゼ・フォン・ロッテ」
彼は私の手を力強く握り返した。その指先が、私の肌に食い込むほど強く、独占欲に満ちた熱を持って。
「君が俺を選んだんだ。もう、逃がしてはやらない。……行き先だが、君の持つ別荘よりも、もっと相応しい場所がある。俺が仕えている主……王弟殿下の所有する別荘だ。そこなら、君の実家も、あの醜悪な侯爵も、指一本触れることはできない」
「えっ、殿下の別荘ですか? そんな、勝手に使っても大丈夫なんですか?」
「問題ない。主は忙しくて滅多にそこへは来ないし、俺の裁量で管理を任されている。……君は今日から、そこの管理人だ。そして俺は、君を守るための番犬になろう」
レオンハルトは、私の腰を片手で軽々と引き寄せた。
甲冑の冷たさと、彼の身体から溢れる強烈な熱。そのアンバランスな感触に、私の心臓が爆発しそうなほど跳ねる。
「さあ、行こう。君の新しい人生の始まりだ」
私は「はい!」と力強く頷いた。
まさか王弟殿下との強固なコネクションまで持っているなんて、私の推しはなんて有能で素晴らしいのかしら。これなら、王都の魔手から逃れて、夢にまで見た穏やかなスローライフが送れるに違いない。
レオンハルトの瞳に、獲物を完全に捕らえた捕食者のような、昏い悦びが灯っていることなど、この時の私は露ほども気づいていなかった。
「(殿下への感謝を忘れずに、一生懸命管理人の仕事を頑張らなきゃ! 騎士様を、世界一幸せな旦那様にするんだから!)」
私は、自分を待ち受けているのが「スローライフ」などという生易しいものではなく、王弟殿下という名の最強のスパダリによる、逃げ場のない極上の溺愛生活であることを知らないまま、彼の腕の中に身を委ね、夜明けの街へと一歩を踏み出したのである。
ソルヴェリア王国の至宝と謳われる王立宮廷大舞踏会は、まさに虚飾と欲望を煮詰めた濃厚なスープのような空間であった。
天井を見上げれば、数十万個の魔石が埋め込まれた巨大な水晶のシャンデリアが、暴力的なまでの黄金色の光を撒き散らしている。その輝きは、磨き上げられた大理石の床に反射し、会場全体を眩暈を誘うような光の渦に包み込んでいた。四方の壁には、歴代国王の武勲を描いた巨大なタペストリーが掛けられ、金糸で縁取られた豪奢なカーテンが、夜風に揺れて重厚な衣擦れの音を立てている。
会場に満ちているのは、噎せ返るような百合の芳香と、高価な香油の混じり合った独特の匂い。そして、一流の宮廷楽団が奏でる優雅な弦楽四重奏に、数百人の貴族たちが発する社交辞令という名の雑音が重なり合い、鼓膜を執拗に震わせてくる。
そんな華やかな喧騒の真っ只中にあって、私、エリーゼ・フォン・ロッテは、会場の最も暗い隅、巨大な円柱の影で一人、静かに壁の花と化していた。
「……はぁ。今日も今日とて、お腹が空いたわ」
私は手元にある、氷ですっかり薄まってしまった安物の果実酒を、一口だけ慎重に含んだ。
この果実酒は、夜会の主催者が「数合わせの貧乏貴族用」に用意した、芳醇な香りなど微塵もしない代物だ。舌に残る酸味と、僅かなアルコールの刺激だけが、今の私の虚しい胃袋を慰めてくれる唯一の味覚だった。
私の纏っているドレスは、三年前の流行をリメイクしたものだ。元々は母の形見であった落ち着いた若草色の絹地に、私が夜な夜な目を擦りながら縫い付けた、少しばかり色褪せたレースと、模造品の真珠。
遠目に見れば伯爵令嬢としての体裁を保っているように見えるだろうが、社交界の猛者たちの鋭い審美眼にかかれば、それが生活に困窮している家の苦肉の策であることは一目瞭然だった。
だが、今の私にとって、周囲の嘲笑的な視線などどうでもいいことだった。
なぜなら、私の意識の半分は、前世という遥か遠い記憶の中にあったからだ。
前世の私は、日本の東京という大都市で、いわゆる社畜として擦り切れるまで働いていたOLだった。
毎日、満員電車に揺られて会社に向かい、理不尽な上司の小言に耐え、終わりの見えないタスクを深夜までこなし、コンビニの弁当を夕食にして泥のように眠る日々。評価されることもなく、ただ組織の歯車として使い潰されるだけの人生。
その記憶があるからこそ、この華やかな社交界という場所が、どれほど残酷で空虚な場所であるかが痛いほど理解できてしまうのだ。
ここは、美しい衣装で着飾った人々が、笑顔の裏で互いの足を引っ張り合い、利用価値があるかどうかを査定し合う、血の流れない戦場。社畜時代の記憶が私に告げている。
「エリーゼ、ここは君の居場所じゃない。残業代の出ない、ただの過酷な接待の場だ」と。
だからこそ、私はこの場において、完璧な透明人間であることを自分に課していた。
華やかな中心部では、眩いばかりの光を放つ王太子殿下や、花が咲き誇るような美貌を持つ高位貴族の令嬢たちが、まるで舞台の主役のように輝いている。彼らの一挙手一投足に周囲が歓声を上げ、その機嫌を伺うように人々が群がる。
けれど、私は知っている。あの中心部の輝きが強ければ強いほど、その外側に広がる影もまた深く、冷たくなることを。
そして、私が今日この場所に来た理由は、中心部の光を浴びるためでは決してなかった。
私は果実酒のグラスを握り締め、周囲の令嬢たちの目を盗んで、会場の最も暗い死角へと視線を走らせた。
そこ――北側の出入り口の脇。
巨大な円柱と、豪華なカーテンの陰に隠れるようにして、一人の騎士が立っていた。
銀色の重厚な甲冑を纏い、兜を深く被ったその姿は、背景の一部として完全に気配を消している。彼の立つ場所には、シャンデリアの光も届かず、社交の喧騒さえもそこだけは深閑としているように見えた。
他の貴族たちは、彼をただの護衛として、あるいは置物として、視界の端にすら入れていないだろう。近衛騎士団の末端、立ち絵すら用意されないような背景キャラクター。
前世で私がプレイしていた乙女ゲーム『乙女の薔薇と王子の誓い』の記憶によれば、彼は名前すら持たない騎士Aという、ただの背景アセットに過ぎない存在だった。
「(ああ……今日も、なんて素晴らしい立ち姿なのかしら、騎士A様……)」
私の胸の中で、小さな、けれど確かな感動が芽生える。
彼は夜会が始まってから数時間、ただの一度も姿勢を崩していない。
周囲でどれほど美しい音楽が流れようと、着飾った人々が楽しげに笑い合おうと、彼はその輪に入ることなく、ただひたすらに周囲の安全を見守り続けている。
銀の甲冑をよく見れば、所々に細かい傷や、磨き切れない凹みがあるのが分かる。それは彼が、単なる儀礼用の着せ替え騎士ではなく、実戦を潜り抜けてきた本物の兵士であることを証明していた。
「(あんなに真面目に、誰にも見られない場所で任務を全うしているなんて……まさに社畜の鑑、いえ、プロフェッショナルの極みだわ)」
私の脳裏に、かつての自分の姿が重なる。
誰もいないオフィスで、深夜二時にたった一人、黙々とエクセルの表を作成していたあの夜。誰に褒められるわけでもなく、翌朝の会議が円滑に進むためだけに、己の身を削って働いていた日々。
当時の私は孤独で、辛くて、誰かに「頑張っているね」と言ってほしかった。
だからこそ、今この世界で、誰からも注目されずに立ち続ける彼の姿が、どうしようもなく尊く感じられるのだ。
「(あんなに重そうな鉄の塊を着て、何時間も立ちっぱなしだなんて、きっと足も腰も悲鳴を上げているはずだわ。お給料だって、きっと危険手当も出ない微々たるものに違いないし、食事だって、騎士団の冷え切った堅パンと、具のないスープくらいしか与えられていないんだわ……ああ、可哀想な騎士A様)」
私の勝手な妄想は、止まることを知らない。
彼は、この贅沢と虚飾の世界を守るために、己の時間を、体力を、魂を捧げている。けれど、この会場にいる誰一人として、彼に感謝の言葉をかける者はいない。彼らは騎士を、壁に掛かっているタペストリーと同じ、ただの風景の一部だと思っているのだ。
そんな彼の推しになること。
それだけが、家計は火の車、実家では虐げられ、夜会では無視される私の、唯一の生きる糧となっていた。
私は、自分が手に持っているグラスをそっとテーブルに置いた。
この安物の酒を飲んでいる場合ではない。
今の私には、なすべき重要な任務がある。
周囲の貴族たちは、私という地味な伯爵令嬢が動くことにすら気づかないだろう。彼らの関心は、次期国王の寵愛を誰が勝ち取るか、あるいはどこの侯爵家が政略結婚を決めるかといった、欲にまみれた話題にのみ注がれているのだから。
私は深呼吸を一つして、ドレスの裾を軽く持ち上げた。
足元には、数回の手入れでかろうじて輝きを保っている古い革靴。
私は人混みの隙間を縫い、極力目立たないように、会場の縁を伝って歩き出した。
シャンデリアの眩しい光から逃れるように、暗い回廊へと向かう。
目指すのは、柱の陰で孤独な任務に就いている、あの銀色の騎士の元。
かつての私なら、こんな勇気は出せなかっただろう。
けれど、今の私には、前世で培った不屈の社畜精神がある。
頑張っている人が報われない。そんな世界を、私はもう二度と見たくないのだ。
たとえ彼が私のことを認識していなくても、私の差し入れが迷惑がられる可能性があったとしても、私は動かずにはいられなかった。
だって、彼はこの広い舞踏会の中で、たった一人、私と同じ影の世界で戦っている戦友なのだから。
「(待っていてください、騎士A様。今、このエリーゼが、貴方の疲れた心と身体を癒やしに参りますわ!)」
背筋を伸ばし、私は決意も新たに、夜会の喧騒から一歩踏み出し、彼が守る静寂の領域へと足を進めた。
それは、私の平穏な壁の花としての人生が、大きく崩れ始める運命の一歩でもあったのだが――その時の私は、まだ自分の無謀な行動が、王国の裏の支配者を呼び覚ますことになるとは、一塵も疑っていなかったのであった。
二 安物の差し入れ
煌びやかな舞踏会が中盤に差し掛かり、最高潮に達した熱気が人々の理性を薄いヴェールの向こう側へと追いやっていく。酔いとダンスのステップに夢中になった貴族たちは、もはや背後に控える護衛の存在など、壁の装飾の一部としてさえ認識していないようだった。
私はその喧騒の隙間を縫うようにして、静かに、しかし確かな意志を持って移動を開始した。
会場の喧騒が遠のき、冷たい夜風が入り込む薄暗い回廊。そこは、シャンデリアの暴力的なまでの光が届かない、影の領域だ。
先ほどまで大広間の円柱の陰にいた彼は、持ち場を変え、テラスへと続く重厚な扉の脇に立っていた。月光が窓から差し込み、彼の銀色の甲冑を青白く照らし出している。
近づくにつれ、私の心臓は自分でも驚くほど激しい鼓動を刻み始めた。それは、高貴な殿方に声をかける乙女のときめきというよりは、失敗の許されない重大なプレゼンを前にした社畜の緊張に近い。あるいは、近寄りがたいほど威厳のある、けれど誰よりも信頼できる上司のデスクを訪ねるような、背筋が伸びる思いだった。
いけない、落ち着かなければ。今の私は、ただの不審な令嬢だ。ここで挙動不審に陥り、不審者として彼に切り捨てられたら、私の推し活……いえ、人生そのものが物理的に終了してしまう。
私はドレスの裾を握りしめ、精一杯、育ちの良い伯爵令嬢としての淑やかな微笑みを顔に張り付けた。
「……あの、お疲れ様です、騎士様」
震える声を押し殺して声をかけると、彼は僅かに肩を揺らし、兜の奥にある瞳で私を射抜いた。
レオンハルト。後に私の人生を大きく狂わせることになるその真の名を、この時の私はまだ知らない。
兜の隙間から覗く視線は、冬の湖の底のように冷たく、けれど同時に、どこか果てしない孤独の色を帯びているように見えた。彼は微動だにせず、私という存在を査定するように見つめている。その沈黙は、まるで私の魂の奥底までを見透かそうとしているかのようだった。
「……私に、何か用か。伯爵令嬢」
地響きのように重く、けれど不思議と耳に心地よい低音。
私は緊張のあまり、指先が氷のように冷たくなっていくのを感じた。レオンハルトが放つ圧倒的な威圧感は、とても背景の騎士Aとは思えないほど凄まじい。前世で理不尽な要求を突きつけてきたワンマン社長でさえ、これほどまでの恐怖を感じさせることはなかっただろう。
けれど、私は逃げなかった。ここで引いては、頑張る彼を労うことはできない。私は背後に隠していた、ささやかな贈り物を取り出した。
「これ、もしよろしければ召し上がってください。夜の警備は、思いのほか冷えるでしょう? 疲れ目に効くハーブを数種類ブレンドして淹れたお茶と……その、形はあまり良くないのですが、私が焼いたクッキーです。夜勤……いえ、夜の任務のお供にと思って」
私は、ささやかな保温魔法をかけた銀色の小さな水入れ(フラスク)と、丁寧に紙で包んだ小箱を差し出した。
レオンハルトは、差し出された品物を凝視したまま動かない。その静止があまりに長かったため、私は自分の心臓の音が廊下に響いているのではないかと不安になった。
やはり、身分も知らない令嬢からの差し入れなど、不気味でしかないだろうか。それとも、この世界特有の権力闘争に巻き込まれるための罠だと疑われているのだろうか。
「……なぜ、俺に」
「えっ?」
「この会場には、君のような令嬢が瞳を輝かせて追いかけるべき王太子殿下も、名門の公爵令息たちも大勢いる。名もなき、ただの門番に構う必要など、君にはないはずだ」
彼の言葉には、自嘲とも取れる冷ややかな響きがあった。
それを聞いた瞬間、私の胸の中にあった緊張が、熱い憤りへと変わった。それは前世で、現場の苦労を知りもしない上層部が、不眠不休で働く部下を「代わりはいくらでもいる」と切り捨てた時に感じたあの怒りと同じだった。
「だって、そんなの、あんまりです! 騎士様は、あんなに華やかな場所の隅で、誰よりも真面目に働いていらっしゃるのに! 皆さんが楽しんでいる間も、一瞬たりとも気を抜かずに安全を守っている。それなのに、誰も貴方を見ようとしないなんて、私は、どうしても納得がいきません!」
気づけば、私は一歩踏み込んでいた。
「頑張っている人は、もっと正当に労わられるべきです。お給料や地位だけが報酬ではありません。貴方の献身を見ている人間が、ここにも一人いるということを知ってほしかったんです。……私は、貴方のその、誇り高い仕事ぶりが、とても、好きなんです」
最後の方は、羞恥心で声が消え入りそうになった。
何を言っているんだ、私は。初対面の騎士に向かって、まるで愛の告白のようなセリフをぶつけてしまった。
レオンハルトは、さらに長い沈黙に沈んだ。兜の奥にある赤い瞳が、微かに揺れたように見えた。やがて、彼はゆっくりと、重厚な金属の篭手を外した。
現れたのは、数多の戦場を潜り抜けてきたことが一目で分かる、節の太い、逞しい男の手だった。所々に古傷があり、剣の柄を握り続けたことでできた硬い凧がある。その無骨な手が、私の差し出した水入れを、壊れ物を扱うような慎重さで受け取った。
彼は無言で水入れの蓋を開け、立ち上る湯気を僅かに吸い込んだ。ハーブの清涼感のある香りが、冷えた廊下の空気にふわりと溶け込んでいく。
「……温かいな」
「あ、口に合いましたか? 苦味を抑えるために、少しだけ蜂蜜を入れてあるのですが……」
「いや。温度の話だ。……こんなに温かいものを手渡されたのは、いつ以来だろうか」
彼はそう呟くと、水入れを口に運び、ゆっくりと喉を鳴らした。
その一口が、彼の強張っていた肩を僅かに緩ませたように見えた。彼は続いて、不格好なクッキーが詰まった包みを解いた。
私が前世の知識を総動員して、バターの香りを最大限に引き出し、サクサクの食感に仕上げた自信作だ。見た目は確かに素朴だが、栄養価の高いナッツも混ぜ込んである。
彼は兜の面頬(バイザー)を少しだけ持ち上げ、隙間からクッキーを一つ、口へと放り込んだ。
「……美味しい」
短い一言だったが、そこには嘘偽りのない実感が籠もっていた。
「初めてだ。このような、優しい味がするのは。……君の言う通り、俺の周囲には冷めた食事と、義務的な言葉しかなかった」
「よ、よかったです! まだまだたくさんありますから、休憩時間にでも食べてくださいね。お茶も、魔法でしばらくは温かいままですから」
私は、自分の差し入れが受け入れられたという喜びで、胸がいっぱいになった。
彼の銀色の甲冑に、自分の焼いたクッキーの小さな欠片がついている。その光景が、なんだかとても愛おしく、そして誇らしく思えた。
しかし、喜びの後に猛烈な恥ずかしさが襲ってきた。
冷静になってみれば、見ず知らずの令嬢に熱烈な労働賛歌をぶつけられ、手作りのお菓子を無理やり渡されたのだ。彼はきっと、困惑しているに違いない。
「あ、あの! 長居をして任務の邪魔をしてはいけませんし、私はこれで失礼します! 明日も、その……頑張ってくださいね!」
私は顔が火を噴くほど熱くなるのを感じ、逃げるようにその場を走り去った。
背後に、彼が呆然と立ち尽くしている気配を感じる。
ああ、もう、私の馬鹿! 何を舞い上がっていたのよ!
けれど、走りながらも、私の心はどこか晴れやかだった。
暗い回廊を抜け、再び眩い光の海へと戻っていく。
背中に、先ほどまでよりもずっと強く、深い熱を持った視線が突き刺さっていることなど、この時の私は露ほども知らなかった。
レオンハルトの瞳に、初めて「任務」以外の強烈な執着が灯ったことにも。
一人の騎士Aを救うための小さな差し入れが、国家の秩序を揺るがすほどの、極上に重い溺愛の扉をこじ開けてしまったのだということに、私が気づくのはもう少し先の話になる。
三 実家の理不尽
騎士A様との、夢のような、けれど確かな熱を帯びた逢瀬の余韻は、王宮から我が家へと向かう古びた馬車の中で、少しずつ冷たい夜気に侵食されていった。
ガタガタと車輪が石畳を叩く振動が、私の身体を無慈悲に揺らす。窓の外を流れる王都の景色は、中心部の煌びやかさを離れるにつれ、街灯の数も減り、深い闇に沈んでいく。それはまるで、私の運命が輝かしい光から、出口のない奈落へと向かっていることを暗示しているかのようだった。
やがて馬車が止まったのは、王都の北端に位置するロッテ伯爵家の屋敷前だった。
かつては名家として誇り高い威容を誇っていたであろうその建物は、今や蔦が壁を這い回り、至る所の漆喰が剥げ落ちて、幽霊屋敷のような陰惨な雰囲気を漂わせている。維持費を削るために灯りを最小限に抑えられた玄関先は、深い闇が口を開けて私を飲み込もうと待っているかのようだった。
重い鉄の門をくぐり、玄関の扉を開けた瞬間。
私の鼻を突いたのは、噎せ返るような安物の香水の香りと、熟成を通り越して酸味の増した安酒の臭いだった。
「……あら、やっとお帰りなのね。随分と遅いお着きですこと、エリーゼ」
広間の大階段の途中に、扇子を優雅に揺らしながら立っていたのは、継母のベアトリクスだった。
彼女は、我が家の苦しい台所事情などどこ吹く風とばかりに、最新の流行を追ったけばけばしい真紅のドレスを纏い、首元には借金の担保にすらなっていない安物の魔石をこれでもかと並べていた。その唇には、獲物を追い詰めた猛禽のような、残酷な愉悦が浮かんでいる。
「お母様、ただいま戻りました……」
「挨拶なんていいわよ。それより、お父様がお待ちですわ。貴女にとって、これ以上ないほど『素晴らしい』お話があるんですって。さあ、早く執務室へ行きなさいな。あまりお待たせすると、お父様の機嫌がさらに悪くなって、貴女のその地味なドレスがさらにボロ布になってしまうわよ?」
クスクスという、棘を含んだ嘲笑が背中に突き刺さる。
私は嫌な予感を振り払うように、冷え切った指先を握り締め、父の執務室へと向かった。
執務室の扉の前に立つと、中から重苦しい、苛立ちを隠そうともしない気配が漏れ出していた。私は意を決して、古びた真鍮の取っ手を回した。
部屋の中は、乱雑に積み上げられた書類と、飲みかけの酒瓶や空になったボトルが散乱していた。
デスクの奥に座っていたのは、私の父であるロッテ伯爵だ。かつては端正だったであろうその顔は、酒と博打、そして終わりのない借金への焦燥によって土気色に濁り、目の下には深い隈が刻まれている。
「遅いぞ、エリーゼ! 一体どこをほっつき歩いていたんだ! 伯爵家の令嬢が、夜会が終わってから何時間も帰ってこないなど、恥を知れ!」
父はいきなりデスクを叩き、怒声を上げた。その拍子に、中身が僅かに残ったグラスが倒れ、絨毯にどす黒いシミが広がっていく。
「申し訳ありません、お父様。少し、夜風に当たっておりましたので……」
「言い訳など聞きたくない! それよりもだ。お前に、千載一遇の好機を授けてやろうと思ってな。……カトウェル侯爵閣下をご存知だな?」
その名前が出た瞬間、私の思考が一瞬だけ白く凍りついた。
カトウェル侯爵。
王都の社交界でその名を知らぬ者はいない。通称「豚侯爵」。
膨大な富を持ちながら、その容姿は醜悪極まりなく、何よりも若い娘を収集する異常な趣味を持つことで知られている。これまでに三人の後妻を迎えているが、その誰もが一年と経たずに原因不明の病で亡くなっている。あるいは、精神を病んで修道院へと送られたという不穏な噂も絶えない。
「侯爵閣下は、新たな夫人を探しておられる。そして、お前を大変気に入られたのだ。明日、閣下が自らこの屋敷へ結納品を持って来られることになった」
父の声は、借金取りから逃げ切った後のような、卑屈な安堵感に満ちていた。
「お前を侯爵家に差し出せば、我が家の借金は全て肩代わりしてくださるそうだ。それどころか、今後の援助も約束してくださった。どうだ、エリーゼ。名門カトウェル侯爵家の夫人になれるのだぞ。お前のような地味な娘には、過ぎたる名誉ではないか」
「お断りいたします……!」
気づけば、私は叫んでいた。
「カトウェル侯爵の噂は、お父様だってご存知のはずです! 嫁いだ女性たちは皆、まともな姿で帰ってきていないわ。そんな場所に、私を行かせるというのですか? 借金のカタに、実の娘を売るというのですか!」
父の顔が、怒りでどす黒く染まった。彼は立ち上がり、酒臭い息を吐きながら私の元へと詰め寄った。
「売るだと? 言葉を慎め! これは家のため、王国の貴族としての責務だ! このロッテ家を維持するために、私がどれほどの苦労をしてきたか分かっているのか! 借金を返せなければ、我々は路頭に迷うのだぞ! お前は、自分の父親を、この名ある家を、泥にまみれさせるつもりか!」
「借金を作ったのは、お父様の博打と、お母様の浪費ではありませんか!」
乾いた音が、静まり返った部屋に響いた。
頬に走る、焼けるような痛み。父の拳が、私の顔を打ったのだ。
視界が火花を散らし、私は床に倒れ込んだ。
「黙れ、この役立たずが! お前を今日まで育ててやったのは誰だと思っている! 親の恩を忘れて、自分の権利を主張するなど、思い上がるのも大概にしろ!」
父は倒れている私を見下ろし、ゴミを見るような視線を向けた。
そこには、かつて私を抱き上げてくれた優しい父親の面影など、欠片も残っていなかった。前世で、過重労働に耐えかねて辞意を漏らした部下に対し、「お前の代わりなどいくらでもいる」「今まで給料を払ってやった恩を返せ」と罵倒していた、あの最悪な上司の姿と完全に重なった。
「エリーゼ。貴女、勘違いしないでちょうだい」
いつの間にか部屋に入ってきていた継母が、私の隣で屈み込み、その長い爪で私の顎を無理やり持ち上げた。
「貴女に拒否権なんてないのよ。貴女は今日から、侯爵閣下へ捧げるための『商品』なの。商品を管理するのは持ち主である私達の仕事だわ。……さあ、連れて行きなさい!」
彼女の合図と共に、控えていた力自慢の下男たちが部屋に入ってきた。彼らは抵抗する私の両腕を乱暴に掴み、引きずるようにして部屋から連れ出した。
「離して! 嫌よ、放してちょうだい!」
私の叫びは、冷たい廊下の壁に虚しく吸い込まれていく。
連れて行かれた先は、屋敷の最上階にある、長らく使われていなかった私の自室だった。
ドスン、と床に放り出され、背後で重厚な扉が閉まる音がした。
カチャリ、という、冷徹な金属音が響く。外側から鍵をかけられたのだ。
「……っ、開けて! お父様、開けてください!」
扉を叩き、必死に訴えかけるが、外からは何の返答もない。ただ、立ち去っていく複数の足音だけが遠のいていった。
私は暗い部屋の中で、膝をついたまま呆然としていた。
窓から差し込む僅かな月光が、部屋の様子を照らし出している。
そこには、私の唯一の脱出路であるはずの窓に、真新しい、太い鉄格子が嵌められていた。
「格子まで……いつの間に……」
あまりの用意周到さに、笑いさえ込み上げてきた。
父も継母も、最初から私が逃げることを見越していたのだ。私の意志など、最初から一塵も考慮されていなかった。
私は、前世で社畜として生きていた頃を思い出した。
どれほど頑張っても報われず、理不尽な命令に従わされ、己の尊厳を削り取られながら生きる日々。あの時、私は「これが社会というものだから」と自分に言い聞かせ、心を殺して耐えていた。
けれど、今世でも同じことを繰り返すというのか?
誰かの犠牲になり、望まぬ相手に売られ、暗い寝室で尊厳を蹂躙されながら死んでいくのを待つ。
そんなことのために、私は二度目の人生を与えられたのか?
――いいえ。絶対に、嫌。
私の脳裏に、あの銀色の騎士A様の姿が鮮明に蘇った。
あの時、彼は私の差し出した不格好なクッキーを「美味しい」と言って食べてくれた。私の淹れたハーブティーを「温かい」と言って飲んでくれた。
この世界で、私の存在を、私の努力を、一人の人間として認めてくれたのは、あの人だけだった。
あの人の隣にいたい。
あの人のために、温かいスープを作り、穏やかな日々を送りたい。
この地獄のような実家で朽ち果てるくらいなら、私は、私の推しのために、この命を賭けてみたい。
私は震える手で、クローゼットの奥へと這い寄った。
重い衣装箱の底を剥がすと、そこには亡き祖母が私にだけこっそりと遺してくれた、一通の封筒があった。
それは、辺境の地にある、石ころだらけの荒地と古びた別荘の権利書。
「……私には、これがある」
祖母は言っていた。「エリーゼ、いつか貴女が自分の足で立ちたいと願う時、この場所が貴女を助けてくれるでしょう」と。
当時は「あんな不毛な土地、どうすればいいの」と笑っていたけれど、今、その紙切れは私にとって唯一の希望の光に見えた。
私は格子を強く握り締めた。
窓の外には、王宮の方向で、今もなお宴の余韻に浸る街の灯りが見える。
そのどこかで、あの騎士A様は今も、夜風に吹かれながら立ち続けているのだろうか。
「待っていてください、騎士様。私、必ず貴方のところへ行きます」
私は、伯爵令嬢としての誇りでもなく、社畜としての忍耐でもなく。
一人の女性としての、そして一人の推しを愛する者としての、不退転の決意を胸に灯した。
窓の鉄格子は冷たく、私の非力な腕ではびくともしない。
だが、私には貴族としての僅かな魔力と、それ以上の執念があった。
窓枠と格子の接合部分――長年の放置で錆びて脆くなっている一点に狙いを定め、ありったけの魔力を叩き込む。
ギチチ、と嫌な音がして、腐食していた金具が弾け飛んだ。
「……できた」
本来なら大の男でも動かせない鉄格子が、私の細腕で奇跡的に外れたのだ。やはり、火事場の馬鹿力というのはあるらしい。
この理不尽な実家を捨て、私は私の楽園へと向かう。
たとえそこがどれほど荒れた土地であっても、あの人がいて、私がいる。
それだけで、そこは私にとって、世界で一番贅沢な場所になるはずだから。
私は権利書をドレスの胸元に深く差し込み、夜が明けるのを待った。
決行は、侯爵がやってくる直前。
そこから、私の本当の人生が、そして甘く重い溺愛に彩られた運命が、幕を開けることになるのだ。
四 決意のプロポーズ
夜の帳が最も深く降り、暁の光が地平線の彼方で微かに胎動を始める頃。
私は、ボロボロになった絹のドレスの裾を片手で握り締め、夜露に濡れた王都の裏路地を必死に駆け抜けていた。
ロッテ伯爵家の屋敷を脱出する際、二階の窓から飛び降りた衝撃で足首がズキズキと痛む。鉄格子の隙間を無理やり魔法で歪ませて通り抜けたため、自慢の蜂蜜色の髪には埃が混じり、頬には掠り傷まで作ってしまった。
けれど、そんな痛みなど、胸の内で燃え上がる切迫感と高揚感に比べれば些細なことだった。
背後からは、まだ追手の足音は聞こえない。父も継母も、私が自力で逃げ出すなどとは夢にも思っていないだろう。彼らは今頃、私という商品が高値で売れる夢でも見ながら、安酒の余韻に浸って眠りこけているに違いない。
「……っ、ハァ、ハァ……あと、もう少し……!」
冷たい空気を吸い込むたびに、肺が焼けるように痛む。前世の社畜時代、終電を逃して深夜のオフィス街を走った時を思い出す。あの時は絶望しかなかったけれど、今の私には、守るべき推しがいる。
やがて、目的の場所――王宮の北側に位置する、ひっそりとした裏門が見えてきた。
そこは高位貴族や王族が通る華やかな正門とは対照的に、物資の搬入や下級使用人が出入りするための、質素な石造りの門だ。街灯の光も届かないその場所は、深い影に沈み、しんと静まり返っている。
その門の傍らに、彼は立っていた。
月光を反射して青白く光る、銀色の重厚な甲冑。微動だにせず、闇の中で一本の槍のように直立するその姿。
騎士A様。
私の人生を救い、そして今、私の全てを賭けるべき唯一の人。
彼の周囲には、寄り付く者を拒絶するような鋭い殺気……いえ、彼にとっては日常であろう、厳格な緊張感が漂っている。けれど、私にはそれが、孤独な魂が放つ助けを求める信号のように見えてしまったのだ。
「……騎士、様……!」
私は枯れかけた声を振り絞り、彼の元へと駆け寄った。
金属の擦れる音が小さく響き、騎士の兜がゆっくりとこちらを向く。兜の奥にある赤い瞳が、驚きに大きく見開かれたのを私は見逃さなかった。
「……君か。こんな時間に、一体何を……」
地響きのように低く、けれどどこか温かみを帯びたその声を聞いた瞬間、私の張り詰めていた緊張の糸がぷつりと切れた。
私は彼の足元に崩れ落ちるように膝をつき、彼の重厚な篭手に包まれた手を、両手でぎゅっと、壊れ物を守るように握りしめた。
「お願い、です……私を、ここから連れ去ってください……!」
「……何だと?」
レオンハルト――騎士A様の手が、僅かに震えた。冷たい金属の感触の向こう側に、確かに彼の生きている体温を感じる。
「実家に、売られるんです。豚侯爵……カトウェル侯爵の後妻に。明日には結納品が届いて、私は自由を奪われる。あんな場所に行けば、私は二度と太陽の光を浴びることはできないわ。……だから、どうせ誰かのものになるくらいなら、私は、貴方のそばにいたい!」
私は溢れ出しそうになる涙を堪え、必死に彼の瞳を覗き込んだ。
「貴方は毎日、あんなに一生懸命働いているのに、正当な報いを受けていない。夜会でも誰も貴方を見ようとしない。私はそれが、我慢できないんです! 頑張っている貴方が、独りで凍えているのが耐えられない。……だから、私に貴方を支えさせてください。私が貴方を、養います!」
沈黙が流れた。
夜風が私たちの間を吹き抜け、私のボロボロになったドレスを弄ぶ。
レオンハルトは、石像のように固まったまま、私を見下ろしていた。
無理もない。伯爵令嬢ともあろう者が、名もなき下級騎士に向かって「養う」などと宣言したのだ。常識的に考えれば、狂気の沙汰である。
けれど、私は本気だった。社畜時代に培った「一度決めたプロジェクトは完遂する」という鋼の意志が、今、私の全身を突き動かしている。
「……俺を、養うだと?」
レオンハルトの声が、僅かに掠れた。
「伯爵令嬢の君が、ただの下級騎士に過ぎないこの俺をか? 自分の立場が分かっているのか。俺と共に来れば、君は貴族としての身分も、贅沢な暮らしも、全てを失うことになるんだぞ」
「身分なんて、ただの枷です! 贅沢なんて、前世……いえ、私の人生には必要ありません! 私、辺境に小さな家を持っています。祖母から受け継いだ、誰にも知られていない古びた別荘です。畑もあります。贅沢なドレスや宝石は買えませんが、二人で静かに暮らすくらいならなんとかなります!」
私は一気にまくし立てた。
「貴方はもう、こんな冷たい石畳の上で、誰の目にも留まらずに夜通し立っていなくていいんです。暗い詰所で冷え切った食事を摂る必要もありません。私が、暖かいスープを作って、ふかふかの寝床を用意して、貴方の帰りを待たせてください。貴方が、貴方として、穏やかに笑える場所を私が作ります。……だから、お願いです。私を、貴方の家族にしてください……!」
私の両手に込めた力が、より一層強くなる。
レオンハルトは、さらに長い沈黙に沈んだ。兜の奥にある瞳が、複雑な色を帯びて揺れている。困惑、驚愕、そして……見たこともないような、暗く深い、底知れぬ熱情。
彼はゆっくりと、空いている方の手で、自分の兜に手をかけた。
カチリ、という金属音が響き、顔を覆っていたバイザーが跳ね上がる。
現れたのは、月光を浴びて神々しいまでに輝く、銀色の髪。そして、彫刻のように整った、けれどどこか近寄りがたいほど峻烈な美貌を持つ、一人の男の顔だった。
赤い瞳が、射抜くような鋭さで私を見つめている。
「……君は、後悔しないと言えるのか。一度俺の手を取れば、二度と引き返すことはできない。俺は君が思うほど、善良な男ではないぞ」
「後悔なんてしません! 貴方が私の隣にいてくれるなら、そこが私の楽園です! 貴方が善良であろうとなかろうと、私を救ってくれたのは貴方だけなんです!」
私の言葉に、レオンハルトの唇が僅かに震え、やがて見たこともないような、歪で、けれどこの世の何よりも甘美な微笑みがその口元に刻まれた。
「……そうか。契約成立だ、エリーゼ・フォン・ロッテ」
彼は私の手を力強く握り返した。その指先が、私の肌に食い込むほど強く、独占欲に満ちた熱を持って。
「君が俺を選んだんだ。もう、逃がしてはやらない。……行き先だが、君の持つ別荘よりも、もっと相応しい場所がある。俺が仕えている主……王弟殿下の所有する別荘だ。そこなら、君の実家も、あの醜悪な侯爵も、指一本触れることはできない」
「えっ、殿下の別荘ですか? そんな、勝手に使っても大丈夫なんですか?」
「問題ない。主は忙しくて滅多にそこへは来ないし、俺の裁量で管理を任されている。……君は今日から、そこの管理人だ。そして俺は、君を守るための番犬になろう」
レオンハルトは、私の腰を片手で軽々と引き寄せた。
甲冑の冷たさと、彼の身体から溢れる強烈な熱。そのアンバランスな感触に、私の心臓が爆発しそうなほど跳ねる。
「さあ、行こう。君の新しい人生の始まりだ」
私は「はい!」と力強く頷いた。
まさか王弟殿下との強固なコネクションまで持っているなんて、私の推しはなんて有能で素晴らしいのかしら。これなら、王都の魔手から逃れて、夢にまで見た穏やかなスローライフが送れるに違いない。
レオンハルトの瞳に、獲物を完全に捕らえた捕食者のような、昏い悦びが灯っていることなど、この時の私は露ほども気づいていなかった。
「(殿下への感謝を忘れずに、一生懸命管理人の仕事を頑張らなきゃ! 騎士様を、世界一幸せな旦那様にするんだから!)」
私は、自分を待ち受けているのが「スローライフ」などという生易しいものではなく、王弟殿下という名の最強のスパダリによる、逃げ場のない極上の溺愛生活であることを知らないまま、彼の腕の中に身を委ね、夜明けの街へと一歩を踏み出したのである。
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