『「害虫駆除」スキルでスローライフ? 私、害虫(ドラゴン)も駆除できますが』

とびぃ

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第六章:大蝗害(王都の混乱)

6-5:王国の沈黙

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それは悪夢という言葉ですら生ぬるい、地獄の光景だった。
聖女セシリアの【豊穣の祈り】という最後の「晩餐」に惹きつけられた数十億の蝗(イナゴ)の大群。彼らはまず王都の東側、最も地力の弱っていた穀倉地帯に、黒い津波となって降り立った。
バリバリバリバリ!!!! ザリザリザリザリ!!!!
世界は音に支配された。それはもはや虫の咀嚼音(そしゃくおん)ではない。王国という巨大な生命体が、その肉を骨ごと食い荒らされる断末魔の叫びだった。作物が食い千切られる音、茎が折れる音、大地が削られる音。
わずか一刻(いっこく)にも満たない時間で、青々としていた(ように見えた)畑は、赤黒い土だけが残る不毛の「傷跡」へと変わり果てた。
だが、奴らの食欲は満たされない。「黒い津波」はそのまま王都を飲み込むかのように西へ西へと移動していく。
次に狙われたのは王立中央農園。聖女セシリアが、つい昨日まで必死に祈りを捧げていた、あの広大な畑。
「い、いや……! 来ないで……! 来ないで……!」
王宮のバルコニーでセシリアは腰を抜かし、ただ涙を流しながら首を横に振るしかなかった。彼女の目の前で、王国で最も豊かだったはずの大地が黒い絨毯に覆われ、数分後には何もかもが食い尽くされ消えていく。その様は、巨大な消しゴムが地上の「緑」だけを消し去っていくかのようだった。
アルフレッド王子は、そのあまりの現実離れした光景に、「うそだ。……夢だ。……これは夢に決まっている……」と、焦点の合わない目でただぶつぶつと呟き続けていた。彼は、自らが信じた「聖女の力」が招いた破滅から目をそらし、現実そのものを拒絶し始めていた。
貴族たちは我先にと王宮の地下、あるいは自らの屋敷の頑丈な地下室へと逃げ込んでいく。民(たみ)のことなど、もはや誰の頭にもなかった。
王都は機能不全に陥った。いや、「沈黙」した。
太陽が完全に覆い隠され、真昼間だというのに王都はまるで日食のような不気味な暗闇に包まれた。空気は蝗の放つ埃っぽい匂いと、食い千切られた植物の青臭い匂いで満たされ、呼吸すらままならない。聞こえるのは、あのすべてを食い尽くす羽音と咀嚼音だけ。
それが丸一日続いた。
そして、翌日。
まるで嵐が過ぎ去ったかのように、不意に音が止んだ。空を覆っていた黒い雲が西の彼方へと去っていく。
(……彼らは王国を通過し、食い尽くし、次の「餌場」へと向かったのだ)
恐る恐る地下から這い出てきた貴族たちが、そしてアルフレッドとセシリアが目にしたものは。
「…………」
言葉を失うとはこのことだった。
世界から「緑」という色が消え失せていた。
王都周辺、半径数十キロメートル。見渡す限りすべてが茶色と赤黒い、大地。畑も森も、王宮の美しい庭園すらも。草木一本残さずすべてが食い荒らされ、そこにはファティマが追放された、あのバルケン領と寸分違(たが)わぬ「不毛の地」だけが広がっていた。
王国は死んだ。食料が完全に尽きたのだ。
「あ……あ……」
アルフレッドが膝から崩れ落ちた。「終わりだ……。何もかも、終わりだ……」
聖女セシリアは、その絶望的な光景を作り出す最後の一押しを自分がしてしまったという重い現実に耐えきれず、そのまま意識を失った。
王国は、その歴史上最も静かで、最も絶望的な「沈黙」に包まれた。
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