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第9章:愚かなる奪還と最強の盾
9-4:最強の盾【コキュートス】
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カイラスが、その白く、美しい手を、王都の騎士団へと差し向けた瞬間。
ルシルは、息を呑んだ。
彼女の魔力感知能力が、大気の魔力が、ありえない速度で「停止」していくのを捉えた。
(これは、あの時と同じ。主級魔獣を、一瞬で)
だが、あの時よりも、遥かに制御されている。カイラスの魔力は、ルシルという「守るべき存在」が背後にいることを完璧に認識し、その余波が彼女に一切及ばないよう、精密にコントロールされていた。
それは、ルシルが薬草の成分をミリグラム単位で制御するのと同様の、神業的な魔力制御だった。
「な、なんだ、これは!」
騎士隊長は、自分の剣が、まるで鉛の塊のように重くなっていくのを感じた。
いや、重いのではない。
(凍っている!)
彼が握る自慢の魔導剣の刀身が、カイラスの指先が向けられただけで、一瞬にして白く霜降り、その魔力的な輝きを失っていた。
剣に込められた「熱量(魔力)」そのものが、根こそぎ奪い取られていく。
「ひ、退け! 魔術障壁を張れ!」
隊長が絶叫するが、遅かった。
カイラスは、魔術を詠唱さえしない。その必要もなかった。
ただ、その蒼い瞳で、彼らの武器を「停止」させた。その力は、この世の物理法則を一時的に停止させる、絶対的な権能だった。
「【コキュートス】・片鱗(ヘイズ)」
カイラスが静かに宣言すると、彼の手のひらから放たれた不可視の冷気が、騎士団の先頭にいた者たちの剣を、一斉に捉えた。
パキィィィィン!
甲高い、ガラスが砕けるような音が、静まり返った森に響き渡った。
騎士たちが握りしめていた剣が、その刀身の半ばから、まるで氷の彫刻のように、あっけなく砕け散った。
砕けた剣の破片は、地面に落ちる前に、空中でキラキラと輝く氷の塵(ちり)と化し、風に流されて消えていった。
「け、剣が!」
「わ、我々の魔導剣が、一瞬で!」
騎士たちは、武器を失っただけでなく、自らの魔力が、まるで巨大な何かに飲み込まれたかのような、絶対的な無力感に襲われた。彼らは、王都の騎士団として、数々の戦闘を経験してきたが、このような一方的な、理不尽なまでの敗北は、生まれて初めての経験だった。
カイラスの魔力は、彼らの命を奪うことさえしなかった。
ただ、彼らの「牙」である剣だけを、完璧に、そして徹底的に破壊したのだ。
それは、彼らの「騎士」としての尊厳を、骨の髄まで叩き折る行為だった。
ルシルは、カイラスの背中の後ろで、その光景を呆然と見つめていた。
(なんて、力。主級魔獣を討伐した時よりも、ずっと、余裕がある)
彼の魔力の放出は、完璧に「線」を描いている。ルシルのいる背後には、暖房の熱さえ感じられるほどの安全な空間が保たれており、彼の力の余波は、一ミリたりとも彼女を侵していない。
(ルシル。わたくしが病み上がりだと、まだ思っているのか)
彼の言葉の意味を、ルシルは今、肌で理解した。彼が病に苦しんでいた頃の力と、今の完治した力が、どれほど隔絶しているか。
「な、なぜだ。貴様は、魔力過多症で、力を解放すれば自滅するはずでは」
隊長が、膝から崩れ落ちながら、震える声で呟いた。その顔は、極度の恐怖と、自らの情報の古さに対する絶望に歪んでいた。彼は、王太子ジェラルドと同じく、ルシルを「毒婦」だと信じ、カイラスを「病人」だと軽視した、その傲慢さの代償を、今、目の前で払わされていた。
「ああ。そうだったな」
カイラスは、ゆっくりと手を下ろした。その周囲の空気は、もはや正常な温度に戻っている。魔力の痕跡さえ残さない、完璧な制御だった。
「だが、貴様らが『偽聖女』と呼び、この死の森に棄てた、その女が」
カイラスは、初めて、ルシルを庇う位置から半歩横にずれ、彼女の姿を騎士たちに見せつけた。
ルシルは、新しい緑のワンピースをまとい、カイラスの隣で、毅然とした表情で立っている。その瞳には、もはや追放された日の絶望はない。彼女の存在そのものが、王都の騎士たちへの最大の皮肉となっていた。
「わたくしを、完治させた」
カイラスのその一言は、砕け散った剣よりも、遥かに重い衝撃を、騎士たちに与えた。
「か、完治? 不治の病を?」
「あの『偽聖女』が?」
騎士たちの顔が、絶望に染まる。
彼らが、王太子の命令で、愚かにも連れ戻そうとした女は、王国最強の魔術師を「完治」させるほどの、とんでもない技術を持った、真の『聖女』だった。
そして、王太子ジェラルドは、その『聖女』を、自らの手で「ゴミ」のように棄てたのだ。
王都の医療が崩壊している(第8章)理由を、彼らは今、この辺境の地で、痛いほど理解した。
(わたくしたちは、とんでもない間違いを)
隊長は、自らが犯した失態の重さに、その場で動けなくなった。彼の脳裏には、ルシルを追放したことで崩壊していく王都の医療体制と、この辺境で無敵の力を手に入れたカイラスの姿が、鮮明に対比された。彼の絶望は、もはや騎士としての敗北だけではなかった。王国の未来を誤ったという、致命的な罪の意識だった。
ルシルは、息を呑んだ。
彼女の魔力感知能力が、大気の魔力が、ありえない速度で「停止」していくのを捉えた。
(これは、あの時と同じ。主級魔獣を、一瞬で)
だが、あの時よりも、遥かに制御されている。カイラスの魔力は、ルシルという「守るべき存在」が背後にいることを完璧に認識し、その余波が彼女に一切及ばないよう、精密にコントロールされていた。
それは、ルシルが薬草の成分をミリグラム単位で制御するのと同様の、神業的な魔力制御だった。
「な、なんだ、これは!」
騎士隊長は、自分の剣が、まるで鉛の塊のように重くなっていくのを感じた。
いや、重いのではない。
(凍っている!)
彼が握る自慢の魔導剣の刀身が、カイラスの指先が向けられただけで、一瞬にして白く霜降り、その魔力的な輝きを失っていた。
剣に込められた「熱量(魔力)」そのものが、根こそぎ奪い取られていく。
「ひ、退け! 魔術障壁を張れ!」
隊長が絶叫するが、遅かった。
カイラスは、魔術を詠唱さえしない。その必要もなかった。
ただ、その蒼い瞳で、彼らの武器を「停止」させた。その力は、この世の物理法則を一時的に停止させる、絶対的な権能だった。
「【コキュートス】・片鱗(ヘイズ)」
カイラスが静かに宣言すると、彼の手のひらから放たれた不可視の冷気が、騎士団の先頭にいた者たちの剣を、一斉に捉えた。
パキィィィィン!
甲高い、ガラスが砕けるような音が、静まり返った森に響き渡った。
騎士たちが握りしめていた剣が、その刀身の半ばから、まるで氷の彫刻のように、あっけなく砕け散った。
砕けた剣の破片は、地面に落ちる前に、空中でキラキラと輝く氷の塵(ちり)と化し、風に流されて消えていった。
「け、剣が!」
「わ、我々の魔導剣が、一瞬で!」
騎士たちは、武器を失っただけでなく、自らの魔力が、まるで巨大な何かに飲み込まれたかのような、絶対的な無力感に襲われた。彼らは、王都の騎士団として、数々の戦闘を経験してきたが、このような一方的な、理不尽なまでの敗北は、生まれて初めての経験だった。
カイラスの魔力は、彼らの命を奪うことさえしなかった。
ただ、彼らの「牙」である剣だけを、完璧に、そして徹底的に破壊したのだ。
それは、彼らの「騎士」としての尊厳を、骨の髄まで叩き折る行為だった。
ルシルは、カイラスの背中の後ろで、その光景を呆然と見つめていた。
(なんて、力。主級魔獣を討伐した時よりも、ずっと、余裕がある)
彼の魔力の放出は、完璧に「線」を描いている。ルシルのいる背後には、暖房の熱さえ感じられるほどの安全な空間が保たれており、彼の力の余波は、一ミリたりとも彼女を侵していない。
(ルシル。わたくしが病み上がりだと、まだ思っているのか)
彼の言葉の意味を、ルシルは今、肌で理解した。彼が病に苦しんでいた頃の力と、今の完治した力が、どれほど隔絶しているか。
「な、なぜだ。貴様は、魔力過多症で、力を解放すれば自滅するはずでは」
隊長が、膝から崩れ落ちながら、震える声で呟いた。その顔は、極度の恐怖と、自らの情報の古さに対する絶望に歪んでいた。彼は、王太子ジェラルドと同じく、ルシルを「毒婦」だと信じ、カイラスを「病人」だと軽視した、その傲慢さの代償を、今、目の前で払わされていた。
「ああ。そうだったな」
カイラスは、ゆっくりと手を下ろした。その周囲の空気は、もはや正常な温度に戻っている。魔力の痕跡さえ残さない、完璧な制御だった。
「だが、貴様らが『偽聖女』と呼び、この死の森に棄てた、その女が」
カイラスは、初めて、ルシルを庇う位置から半歩横にずれ、彼女の姿を騎士たちに見せつけた。
ルシルは、新しい緑のワンピースをまとい、カイラスの隣で、毅然とした表情で立っている。その瞳には、もはや追放された日の絶望はない。彼女の存在そのものが、王都の騎士たちへの最大の皮肉となっていた。
「わたくしを、完治させた」
カイラスのその一言は、砕け散った剣よりも、遥かに重い衝撃を、騎士たちに与えた。
「か、完治? 不治の病を?」
「あの『偽聖女』が?」
騎士たちの顔が、絶望に染まる。
彼らが、王太子の命令で、愚かにも連れ戻そうとした女は、王国最強の魔術師を「完治」させるほどの、とんでもない技術を持った、真の『聖女』だった。
そして、王太子ジェラルドは、その『聖女』を、自らの手で「ゴミ」のように棄てたのだ。
王都の医療が崩壊している(第8章)理由を、彼らは今、この辺境の地で、痛いほど理解した。
(わたくしたちは、とんでもない間違いを)
隊長は、自らが犯した失態の重さに、その場で動けなくなった。彼の脳裏には、ルシルを追放したことで崩壊していく王都の医療体制と、この辺境で無敵の力を手に入れたカイラスの姿が、鮮明に対比された。彼の絶望は、もはや騎士としての敗北だけではなかった。王国の未来を誤ったという、致命的な罪の意識だった。
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