『偽聖女』として追放された薬草師、辺境の森で神薬を作ります ~魔力過多で苦しむ氷の辺境伯様を癒していたら、なぜか溺愛されています~

とびぃ

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第10章:辺境に咲く薬草師

10-5:辺境のプロポーズ

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王都の混乱が収束し、季節が巡り、森が秋の色に染まり始めた頃。
ルシルの森の小屋は、相変わらず、彼女の研究の拠点として、静かな時を刻んでいた。
王都からは、宰相ヴェルナーの名で、ルシルの名誉回復と、王都への帰還を願う正式な謝罪状が届いていた。だが、ルシルは、それを読んですらいなかった。
彼女の居場所は、もう王都にはない。
その日も、カイラスは日課であるハーブティーを飲みに、小屋を訪れていた。
王都の騒動が片付き、彼の領地は、かつてないほどの安定と繁栄を享受している。それは全て、カイラスが完治し、ルシルの希釈版ポーションが兵士たちに行き渡ったおかげだった。
「ルシル」
カイラスが、珍しく、ハーブティーのカップを置いた後も、帰ろうとしなかった。
彼の蒼い瞳は、いつになく真剣な光を宿し、真っ直ぐにルシルを見つめている。
「どうかなさいませたか、カイラス様。今日のハーブティーは、少し『安らぎカモミール』が強すぎましたか?」
ルシルが、薬草師の顔で問いかけると、カイラスは、静かに首を横に振った。
「あの日の宣言は、戦術的な意味合いが強かった」
「あの日の、宣言?」
「『婚約者だ』と言ったことだ」
ルシルの顔が、カッと赤くなった。第9章の、あの情熱的な口付けを思い出す。
(戦術的、だったの!?)
確かに、彼は「合理的だ」と言っていた。ルシルは、少しだけ、胸がチクリと痛むのを感じた。王都の冷たい愛と、この論理的な男の言動の間に、再び「道具」として扱われているのではないかという、拭きれない不安がよぎった。
だが、カイラスは、続けた。
彼の顔の表情は、氷のように冷徹な無表情から、今やルシルのハーブティーによって得た穏やかさと安寧の色を宿している。その表情の変化は、ルシルにしか分からない、彼なりの深い感情の表れだった。
彼は、不器用な手つきで、ルシルの、今や『美容ポーション』のおかげですっかり綺麗になった手を取った。
その手は、凍傷の跡も、荒れた皮膚もなく、滑らかだ。しかし、その下にある、薬草師としての力強さを、カイラスは知っていた。
「わたくしの言った『合理的』は、間違っていた」
「え?」
ルシルの心臓が、大きく脈打った。その「間違い」という言葉に、彼女の胸の不安が、一気に膨らむ。
「貴女をわたくしの隣に置くことは、合理的だからではない」
カイラスの蒼い瞳が、ルシルの戸惑う瞳を、深く、深く見つめる。その視線は、ルシルの心の奥底まで見透かしているようだった。
「わたくしが、そうしたいからだ。わたくし自身が、貴女を誰にも渡したくない。わたくしの個人的な欲求だ」
それは、第9章の最後で彼が口にした、本心だった。だが、この穏やかな森の小屋で、改めて聞かされるその言葉には、戦闘の緊迫感とは違う、揺るぎない愛の告白の重みがあった。
ルシルの瞳から、一筋の熱い涙がこぼれた。それは、喜びだけではない。長年、誰にも理解されずに生きてきた孤独が、今、この不器用な男によって、完全に癒やされたことへの感動の涙だった。
(この人は、論理を、わたくしへの愛情の鎧として纏っていただけなのね)
「ルシル。わたくしの人生は、貴女に出会うまで、苦痛と、義務だけで構成されていた。感情は、魔力の暴走を防ぐための不必要なデータだった」
彼は、ルシルの手を、自分の胸に当てた。そこには、力強く、穏やかな心臓の鼓動が伝わってくる。
「だが、貴女がわたくしを救い、このハーブティーが、わたくしに『安らぎ』を教えてくれた。貴女の薬と、貴女の存在によって、わたくしは初めて、人間として生きられるようになった」
彼の声は、氷の辺境伯の冷徹さではなく、一人の男性の、不器用で、しかし、この世の何よりも誠実な熱を帯びていた。
「わたくしの全ては、貴女によって救われた。だから、わたくしの全てで、貴女を守りたい」
彼は、ルシルの指先を、そっと彼の唇に近づけた。
「貴女の自由な研究も、貴女の笑顔も、貴女の薬草師としての誇りも、全て、わたくしの領地で、わたくしが守る。どうか、わたくしの妻として、この先も、ずっと隣にいてほしい」
彼のプロポーズは、辺境伯領の全ての権威と、彼の個人的な愛情、そしてルシルへの尊敬の全てを捧げた、完璧なものだった。
ルシルは、涙で言葉が詰まった。
王都で失った全てのものが、今、この辺境の地で、何倍にもなって返ってきた。
「はい」
ルシルは、涙で濡れた顔で、最高の笑顔を浮かべた。
「わたくしの居場所は、あなたの隣です、カイラス様」
カイラスは、その答えを聞くと、ルシルを力強く抱きしめた。
彼の体から伝わる穏やかな熱は、ルシルの魂の奥底まで染み渡る。
そして、あの日の続きのように、深く、優しい口付けを落とした。
その口付けは、二人の間に流れる静かで揺るぎない信頼と、未来への希望を象徴していた。
王宮の冷たい愛とは違う、この辺境の地で生まれた、論理と真実に裏打ちされた、温かいプロポーズ。
追放された『偽聖女』は、王国最強の盾に守られ、その「婚約者」という、王宮の誰よりも確かな地位と、愛を手に入れた瞬間だった。
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