前世が教師だった少年は辺境で愛される

結衣可

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第1話 倒れていた少年

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《登場人物》

  ミカ
 年齢:16歳
 外見:雪のように白い肌、淡金色の髪、琥珀の瞳。
 性格:素直でおっとり、少し臆病だが芯は強い。
 出自:雪国の小村出身。
 秘密:実は前世で小学校教師だった転生者。
    事故で亡くなり、この世界に転生。
 特徴:読み書きや算術が得意。

  ダリウス・エルドリッジ
 年齢:33歳
 身分:帝国北端・エルデン谷を治める辺境伯。
 外見:黒に近い焦げ茶の髪、鋼灰色の瞳。
    長身で、無精ひげを整えた渋い容貌。
 性格:寡黙で厳格。規律を重んじる一方、内面は
    深い優しさを隠している。
 経歴:2年前、妻を流行り病で亡くす。
    戦で左肩に古傷を負い、不眠症に悩まされている。
    現在は幼い息子リアムを男手ひとつで育てながら、
    少数の使用人と共に雪に閉ざされた館で静かに
    暮らしている。

  息子:リアム・エルドリッジ
 年齢:3歳
 外見:父に似た黒髪に、母譲りの緑の瞳。
 性格:純粋で好奇心旺盛。「ミカ!」と慕っている。
 役割:二人をつなぐ“ぬくもりの架け橋”。
    ダリウスの表情をやわらげる存在。



 帝国北端、エルデン谷。
 雪と氷に閉ざされたこの地では、冬が一年の大半を占める。
 昼でも薄い光しか届かず、夜になれば白い闇が世界を覆う。
 辺境伯ダリウス・エルドリッジの館は、その谷の奥深くに建っていた。
 黒い石造りの壁と高い塔。だが外見に反して、内部には常に暖炉の火が灯り、木の香りが満ちている。
 広間では炎が静かに揺れ、外の吹雪の音がかすかに響いていた。

 その夜も、雪はやむ気配を見せなかった。
 使用人たちは早めに戸を閉め、翌日のパンを仕込み、館は深い静けさに包まれる。
 そんな中、ただひとり小さな足音が響いていた。

 リアム・エルドリッジ。三歳。
 黒髪に、母譲りの翡翠の瞳を持つ少年は、いつもの散歩道を窓越しに見つめていた。
 吹雪の向こうに、何かが動いたように見えたのだ。

「ねえ、ジェス。あれ……人?」

 付き添いの若い使用人が顔を上げる。
 雪煙の中に、確かに影がひとつ、倒れていた。

「……人影です。だめですよ、リアム坊ちゃま! 危険です!」

「でも、寒いままじゃ、死んじゃう!」

 リアムは小さな体で扉を押し開けようとした。
 止めようとするジェスを振り切り、庭を駆け抜ける。
 吹きつける風が頬を切り、外套の裾をはためかせた。

 雪の上に横たわっていたのは、1人の少年だった。
 髪は淡い金色で、頬は青ざめ、唇はかすかに震えている。
 細い指先が白い雪に沈み、息は弱々しかった。

「……おにいちゃん?」

 リアムがしゃがみ込み、小さな声で呼びかける。
 その瞳が、微かに動いた。

 ジェスが追いつき、リアムを抱き上げた。

「坊ちゃま、危険です! 一度屋敷へ戻りましょう!」

「でも、おにいちゃんが──!」

「旦那様に知らせます。必ず助けますから。」

 ジェスはリアムをしっかりと抱きしめ、吹雪の中を駆け戻った。
 何事かと様子を見に来ていた執事に事情を説明し、旦那様への報告を頼んだ。

 書斎で静かに本を読んでいたダリウスのもとに、執事が慌ただしく飛び込んできた。

「外に倒れていた者が1名。リアム坊ちゃまが見つけられました。」

「……生きているのか?」

「はい、かろうじて。しかしこの寒さでは……」

 ダリウスは椅子を押しのけ、外套を取った。

「リアムはジェスに任せろ。私はその者を見てくる。」

「旦那様、ご自身で?!」

「この地で助けを求める者を見捨てて、誰が領主を名乗れる。お前は医師を」

「畏まりました」

 吹雪の夜気が、扉を開けた瞬間に館の中へと吹き込んだ。
 視界は白一色。だが、雪原の端にかすかな影が見えた。
 ダリウスは膝をつき、静かにその少年の身体を抱き上げる。
 思ったより軽い。体温はほとんど感じられない。

「……まだ息がある。」

 自らの外套を脱ぎ、少年の身体を包み込む。
 その頬に触れた指先に、氷のような冷たさが走った。
 ダリウスは少年をしっかりと抱え直し、
 吹雪を切り裂くように館へと歩き出した。

 玄関ホールに戻ると、すでに医師に連絡を取り付けていた執事が駆け寄ってくる。

「旦那様、その方を!」

「客間を空けろ。すぐに湯と着替えを用意しろ。」

 次々と指示が飛び、使用人たちが慌ただしく動く。
 暖炉のある客室に運び込まれると、ダリウスは自ら毛布を広げ、少年をそっと寝台に横たえた。

 ダリウスは自らタオルを手に取り、少年の濡れた髪を拭った。
 彼の髪は淡い金色で、炎の光を受けてかすかに揺れている。
 頬は透けるように白く、唇はかすかに動いていた。

「……ここは……?」

 掠れた声が洩れた。
 ダリウスは毛布の端を整え、静かに答えた。

「安心しろ。ここはエルドリッジの館だ。」

 少年は力なく瞬きをし、微かに呟いた。

「……すいません……」

 その言葉に、ダリウスは目を伏せた。
 炎がぱちりと弾け、部屋の空気がわずかにやわらぐ。

「旦那様、衣服を替えさせてもよろしいですか?」

「ああ、頼む。……終わったら、温めてやれ。」

 使用人たちが手際よく濡れた衣を脱がせ、乾いた寝間着を着せる。
 冷えきった肌が少しずつ血色を取り戻していく。
 その様子を見届けながら、ダリウスは静かに息を吐いた。

「……生きていたか」

 それは誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。
 ただ、胸の奥で長いあいだ凍っていた何かが、わずかに音を立てて溶け始めたような気がした。
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