1 / 16
第1話 倒れていた少年
しおりを挟む
《登場人物》
ミカ
年齢:16歳
外見:雪のように白い肌、淡金色の髪、琥珀の瞳。
性格:素直でおっとり、少し臆病だが芯は強い。
出自:雪国の小村出身。
秘密:実は前世で小学校教師だった転生者。
事故で亡くなり、この世界に転生。
特徴:読み書きや算術が得意。
ダリウス・エルドリッジ
年齢:33歳
身分:帝国北端・エルデン谷を治める辺境伯。
外見:黒に近い焦げ茶の髪、鋼灰色の瞳。
長身で、無精ひげを整えた渋い容貌。
性格:寡黙で厳格。規律を重んじる一方、内面は
深い優しさを隠している。
経歴:2年前、妻を流行り病で亡くす。
戦で左肩に古傷を負い、不眠症に悩まされている。
現在は幼い息子リアムを男手ひとつで育てながら、
少数の使用人と共に雪に閉ざされた館で静かに
暮らしている。
息子:リアム・エルドリッジ
年齢:3歳
外見:父に似た黒髪に、母譲りの緑の瞳。
性格:純粋で好奇心旺盛。「ミカ!」と慕っている。
役割:二人をつなぐ“ぬくもりの架け橋”。
ダリウスの表情をやわらげる存在。
帝国北端、エルデン谷。
雪と氷に閉ざされたこの地では、冬が一年の大半を占める。
昼でも薄い光しか届かず、夜になれば白い闇が世界を覆う。
辺境伯ダリウス・エルドリッジの館は、その谷の奥深くに建っていた。
黒い石造りの壁と高い塔。だが外見に反して、内部には常に暖炉の火が灯り、木の香りが満ちている。
広間では炎が静かに揺れ、外の吹雪の音がかすかに響いていた。
その夜も、雪はやむ気配を見せなかった。
使用人たちは早めに戸を閉め、翌日のパンを仕込み、館は深い静けさに包まれる。
そんな中、ただひとり小さな足音が響いていた。
リアム・エルドリッジ。三歳。
黒髪に、母譲りの翡翠の瞳を持つ少年は、いつもの散歩道を窓越しに見つめていた。
吹雪の向こうに、何かが動いたように見えたのだ。
「ねえ、ジェス。あれ……人?」
付き添いの若い使用人が顔を上げる。
雪煙の中に、確かに影がひとつ、倒れていた。
「……人影です。だめですよ、リアム坊ちゃま! 危険です!」
「でも、寒いままじゃ、死んじゃう!」
リアムは小さな体で扉を押し開けようとした。
止めようとするジェスを振り切り、庭を駆け抜ける。
吹きつける風が頬を切り、外套の裾をはためかせた。
雪の上に横たわっていたのは、1人の少年だった。
髪は淡い金色で、頬は青ざめ、唇はかすかに震えている。
細い指先が白い雪に沈み、息は弱々しかった。
「……おにいちゃん?」
リアムがしゃがみ込み、小さな声で呼びかける。
その瞳が、微かに動いた。
ジェスが追いつき、リアムを抱き上げた。
「坊ちゃま、危険です! 一度屋敷へ戻りましょう!」
「でも、おにいちゃんが──!」
「旦那様に知らせます。必ず助けますから。」
ジェスはリアムをしっかりと抱きしめ、吹雪の中を駆け戻った。
何事かと様子を見に来ていた執事に事情を説明し、旦那様への報告を頼んだ。
書斎で静かに本を読んでいたダリウスのもとに、執事が慌ただしく飛び込んできた。
「外に倒れていた者が1名。リアム坊ちゃまが見つけられました。」
「……生きているのか?」
「はい、かろうじて。しかしこの寒さでは……」
ダリウスは椅子を押しのけ、外套を取った。
「リアムはジェスに任せろ。私はその者を見てくる。」
「旦那様、ご自身で?!」
「この地で助けを求める者を見捨てて、誰が領主を名乗れる。お前は医師を」
「畏まりました」
吹雪の夜気が、扉を開けた瞬間に館の中へと吹き込んだ。
視界は白一色。だが、雪原の端にかすかな影が見えた。
ダリウスは膝をつき、静かにその少年の身体を抱き上げる。
思ったより軽い。体温はほとんど感じられない。
「……まだ息がある。」
自らの外套を脱ぎ、少年の身体を包み込む。
その頬に触れた指先に、氷のような冷たさが走った。
ダリウスは少年をしっかりと抱え直し、
吹雪を切り裂くように館へと歩き出した。
玄関ホールに戻ると、すでに医師に連絡を取り付けていた執事が駆け寄ってくる。
「旦那様、その方を!」
「客間を空けろ。すぐに湯と着替えを用意しろ。」
次々と指示が飛び、使用人たちが慌ただしく動く。
暖炉のある客室に運び込まれると、ダリウスは自ら毛布を広げ、少年をそっと寝台に横たえた。
ダリウスは自らタオルを手に取り、少年の濡れた髪を拭った。
彼の髪は淡い金色で、炎の光を受けてかすかに揺れている。
頬は透けるように白く、唇はかすかに動いていた。
「……ここは……?」
掠れた声が洩れた。
ダリウスは毛布の端を整え、静かに答えた。
「安心しろ。ここはエルドリッジの館だ。」
少年は力なく瞬きをし、微かに呟いた。
「……すいません……」
その言葉に、ダリウスは目を伏せた。
炎がぱちりと弾け、部屋の空気がわずかにやわらぐ。
「旦那様、衣服を替えさせてもよろしいですか?」
「ああ、頼む。……終わったら、温めてやれ。」
使用人たちが手際よく濡れた衣を脱がせ、乾いた寝間着を着せる。
冷えきった肌が少しずつ血色を取り戻していく。
その様子を見届けながら、ダリウスは静かに息を吐いた。
「……生きていたか」
それは誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。
ただ、胸の奥で長いあいだ凍っていた何かが、わずかに音を立てて溶け始めたような気がした。
ミカ
年齢:16歳
外見:雪のように白い肌、淡金色の髪、琥珀の瞳。
性格:素直でおっとり、少し臆病だが芯は強い。
出自:雪国の小村出身。
秘密:実は前世で小学校教師だった転生者。
事故で亡くなり、この世界に転生。
特徴:読み書きや算術が得意。
ダリウス・エルドリッジ
年齢:33歳
身分:帝国北端・エルデン谷を治める辺境伯。
外見:黒に近い焦げ茶の髪、鋼灰色の瞳。
長身で、無精ひげを整えた渋い容貌。
性格:寡黙で厳格。規律を重んじる一方、内面は
深い優しさを隠している。
経歴:2年前、妻を流行り病で亡くす。
戦で左肩に古傷を負い、不眠症に悩まされている。
現在は幼い息子リアムを男手ひとつで育てながら、
少数の使用人と共に雪に閉ざされた館で静かに
暮らしている。
息子:リアム・エルドリッジ
年齢:3歳
外見:父に似た黒髪に、母譲りの緑の瞳。
性格:純粋で好奇心旺盛。「ミカ!」と慕っている。
役割:二人をつなぐ“ぬくもりの架け橋”。
ダリウスの表情をやわらげる存在。
帝国北端、エルデン谷。
雪と氷に閉ざされたこの地では、冬が一年の大半を占める。
昼でも薄い光しか届かず、夜になれば白い闇が世界を覆う。
辺境伯ダリウス・エルドリッジの館は、その谷の奥深くに建っていた。
黒い石造りの壁と高い塔。だが外見に反して、内部には常に暖炉の火が灯り、木の香りが満ちている。
広間では炎が静かに揺れ、外の吹雪の音がかすかに響いていた。
その夜も、雪はやむ気配を見せなかった。
使用人たちは早めに戸を閉め、翌日のパンを仕込み、館は深い静けさに包まれる。
そんな中、ただひとり小さな足音が響いていた。
リアム・エルドリッジ。三歳。
黒髪に、母譲りの翡翠の瞳を持つ少年は、いつもの散歩道を窓越しに見つめていた。
吹雪の向こうに、何かが動いたように見えたのだ。
「ねえ、ジェス。あれ……人?」
付き添いの若い使用人が顔を上げる。
雪煙の中に、確かに影がひとつ、倒れていた。
「……人影です。だめですよ、リアム坊ちゃま! 危険です!」
「でも、寒いままじゃ、死んじゃう!」
リアムは小さな体で扉を押し開けようとした。
止めようとするジェスを振り切り、庭を駆け抜ける。
吹きつける風が頬を切り、外套の裾をはためかせた。
雪の上に横たわっていたのは、1人の少年だった。
髪は淡い金色で、頬は青ざめ、唇はかすかに震えている。
細い指先が白い雪に沈み、息は弱々しかった。
「……おにいちゃん?」
リアムがしゃがみ込み、小さな声で呼びかける。
その瞳が、微かに動いた。
ジェスが追いつき、リアムを抱き上げた。
「坊ちゃま、危険です! 一度屋敷へ戻りましょう!」
「でも、おにいちゃんが──!」
「旦那様に知らせます。必ず助けますから。」
ジェスはリアムをしっかりと抱きしめ、吹雪の中を駆け戻った。
何事かと様子を見に来ていた執事に事情を説明し、旦那様への報告を頼んだ。
書斎で静かに本を読んでいたダリウスのもとに、執事が慌ただしく飛び込んできた。
「外に倒れていた者が1名。リアム坊ちゃまが見つけられました。」
「……生きているのか?」
「はい、かろうじて。しかしこの寒さでは……」
ダリウスは椅子を押しのけ、外套を取った。
「リアムはジェスに任せろ。私はその者を見てくる。」
「旦那様、ご自身で?!」
「この地で助けを求める者を見捨てて、誰が領主を名乗れる。お前は医師を」
「畏まりました」
吹雪の夜気が、扉を開けた瞬間に館の中へと吹き込んだ。
視界は白一色。だが、雪原の端にかすかな影が見えた。
ダリウスは膝をつき、静かにその少年の身体を抱き上げる。
思ったより軽い。体温はほとんど感じられない。
「……まだ息がある。」
自らの外套を脱ぎ、少年の身体を包み込む。
その頬に触れた指先に、氷のような冷たさが走った。
ダリウスは少年をしっかりと抱え直し、
吹雪を切り裂くように館へと歩き出した。
玄関ホールに戻ると、すでに医師に連絡を取り付けていた執事が駆け寄ってくる。
「旦那様、その方を!」
「客間を空けろ。すぐに湯と着替えを用意しろ。」
次々と指示が飛び、使用人たちが慌ただしく動く。
暖炉のある客室に運び込まれると、ダリウスは自ら毛布を広げ、少年をそっと寝台に横たえた。
ダリウスは自らタオルを手に取り、少年の濡れた髪を拭った。
彼の髪は淡い金色で、炎の光を受けてかすかに揺れている。
頬は透けるように白く、唇はかすかに動いていた。
「……ここは……?」
掠れた声が洩れた。
ダリウスは毛布の端を整え、静かに答えた。
「安心しろ。ここはエルドリッジの館だ。」
少年は力なく瞬きをし、微かに呟いた。
「……すいません……」
その言葉に、ダリウスは目を伏せた。
炎がぱちりと弾け、部屋の空気がわずかにやわらぐ。
「旦那様、衣服を替えさせてもよろしいですか?」
「ああ、頼む。……終わったら、温めてやれ。」
使用人たちが手際よく濡れた衣を脱がせ、乾いた寝間着を着せる。
冷えきった肌が少しずつ血色を取り戻していく。
その様子を見届けながら、ダリウスは静かに息を吐いた。
「……生きていたか」
それは誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。
ただ、胸の奥で長いあいだ凍っていた何かが、わずかに音を立てて溶け始めたような気がした。
230
あなたにおすすめの小説
【完結】婚約破棄された僕はギルドのドSリーダー様に溺愛されています
八神紫音
BL
魔道士はひ弱そうだからいらない。
そういう理由で国の姫から婚約破棄されて追放された僕は、隣国のギルドの町へとたどり着く。
そこでドSなギルドリーダー様に拾われて、
ギルドのみんなに可愛いとちやほやされることに……。
俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします
椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう!
こうして俺は逃亡することに決めた。
借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます
なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。
そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。
「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」
脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……!
高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!?
借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。
冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!?
短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。
婚約破棄されてヤケになって戦に乱入したら、英雄にされた上に美人で可愛い嫁ができました。
零壱
BL
自己肯定感ゼロ×圧倒的王太子───美形スパダリ同士の成長と恋のファンタジーBL。
鎖国国家クルシュの第三王子アースィムは、結婚式目前にして長年の婚約を一方的に破棄される。
ヤケになり、賑やかな幼馴染み達を引き連れ無関係の戦場に乗り込んだ結果───何故か英雄に祭り上げられ、なぜか嫁(男)まで手に入れてしまう。
「自分なんかがこんなどちゃくそ美人(男)を……」と悩むアースィム(攻)と、
「この私に不満があるのか」と詰め寄る王太子セオドア(受)。
互いを想い合う二人が紡ぐ、恋と成長の物語。
他にも幼馴染み達の一抹の寂寥を切り取った短篇や、
両想いなのに攻めの鈍感さで拗れる二人の恋を含む全四篇。
フッと笑えて、ギュッと胸が詰まる。
丁寧に読みたい、大人のためのファンタジーBL。
他サイトでも公開しております。
婚約破棄された悪役令息は従者に溺愛される
田中
BL
BLゲームの悪役令息であるリアン・ヒスコックに転生してしまった俺は、婚約者である第二王子から断罪されるのを待っていた!
なぜなら断罪が領地で療養という軽い処置だから。
婚約破棄をされたリアンは従者のテオと共に領地の屋敷で暮らすことになるが何気ないリアンの一言で、テオがリアンにぐいぐい迫ってきてーー?!
従者×悪役令息
【完結】僕の異世界転生先は卵で生まれて捨てられた竜でした
エウラ
BL
どうしてこうなったのか。
僕は今、卵の中。ここに生まれる前の記憶がある。
なんとなく異世界転生したんだと思うけど、捨てられたっぽい?
孵る前に死んじゃうよ!と思ったら誰かに助けられたみたい。
僕、頑張って大きくなって恩返しするからね!
天然記念物的な竜に転生した僕が、助けて育ててくれたエルフなお兄さんと旅をしながらのんびり過ごす話になる予定。
突発的に書き出したので先は分かりませんが短い予定です。
不定期投稿です。
本編完結で、番外編を更新予定です。不定期です。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…
こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』
ある日、教室中に響いた声だ。
……この言い方には語弊があった。
正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。
テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。
問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。
*当作品はカクヨム様でも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる