前世が教師だった少年は辺境で愛される

結衣可

文字の大きさ
16 / 16

最終話 朝の光、三人のぬくもり

しおりを挟む
 窓の外に、柔らかな光が射しこんでいた。
 雪はもう跡形もなく、屋根から滴る雫がきらめいている。
 遠くの森では、小鳥たちが春を告げるようにさえずっていた。

 ミカが目を覚ました。
 すぐ隣、ダリウスが穏やかな寝息を立てていた。
 片腕でミカを抱き寄せたまま、まるで大切なものを守るように。

 その腕の重みに、顔が熱くなる。
 昨夜のことが夢ではないと、ようやく実感が湧いた。

(……本当に、貴方のそばにいるんだ)

 ゆっくりと息を整えながら、ミカはダリウスの指先を見つめた。
 無骨で大きな手。
 それが自分を優しく包んでくれた夜を思い出し、頬が赤く染まる。

 不意に、彼の胸の鼓動が少し早まった。
 ミカが動いたせいだろうか。
 眠っていると思っていたダリウスが、ゆっくりと瞼を開いた。

「……おはよう、ゆう」

「……おはようございます、ダリウス様」

 朝の光が二人のあいだに差しこむ。
 ダリウスの瞳は、昨夜よりもずっと柔らかかった。

「眠れたか?」

「はい……ダリウス様の腕が、あたたかくて」

 その言葉に、ダリウスの唇がわずかにほころぶ。

「そうか」

 窓の外で風が揺れ、春の匂いが入り込んでくる。
 ミカはその匂いに胸いっぱいの息を吸い込み、そっと笑った。

「冬にここへ来たときは……自分がこんな朝を迎えるなんて、思いもしませんでした」

 ダリウスがミカの髪を指先で梳いた。
 ゆるく触れるたび、指先に温もりが伝わる。

「そうだな。お前がこの地に迷い込んでくれて、本当に良かった」

「はい……ダリウス様に出会わなければ、こんな幸せ、知ることはなかったと思います」

「俺もだ」

「はい」

「ゆう、愛してる」

 その静かな言葉に、ミカの胸がまた震えた。
 頬が熱くなり、目を逸らすと、ダリウスが小さく笑う。

「……顔が真っ赤だな」

「ち、違います……!」

「嘘をつくと、耳まで赤くなる」

「な、なんでそんなところまで見るんですか……!」

 ふっと、笑い声が重なった。
 その音は、冬の名残をすっかり溶かしていくようだった。

 やがて、廊下の向こうから小さな足音が近づく。
 ノックの音とともに、元気な声が響いた。

「ミカ先生ー! パパー!」

 ミカはハッとして身を起こす。
 ダリウスが慌てずに肩を軽く押さえ、微笑んだ。

「落ち着け。……入っておいで、リアム」

 扉が開き、リアムがぴょこんと顔を出した。
 寝ぼけ眼のまま、両手に何かを抱えている。

「ミカ、パパ、おはよう!」

 ジェスが後ろから「坊ちゃま、まだお着替えを……!」と困った声を上げるが、
 リアムは笑顔のままベッドのそばに駆け寄った。

「おはよう、リアムくん」

 リアムはベッドに登ってミカの手を握った。

「ねぇねぇ、今日ね、ミカとお花見に行こうってジェスが言ってた!」

「お花見?」

「うん!きっと、いっぱい咲いてるよ!」

 ミカが笑うと、ダリウスも静かに頷いた。

「いいな、それは俺も行こう」

「ほんと!? じゃあ、みんなで行こう!」

 リアムのはじけるような笑顔に、ミカの胸がまた熱くなった。

(……あぁ、これが“幸せ”なんだ)

 小さな手。
 大きな手。
 そして、朝の光。

 三つの温もりが重なって、一つの家族を形づくっていた。

 ダリウスがミカの肩を抱き寄せ、リアムの髪を撫でた。

「……お前たちが笑ってくれるなら、それが何よりの朝だ」

 ミカは目を細めて、その言葉を胸に刻む。

 春の光が差し込み、カーテンの向こうで風がやさしく舞った。

 その光の中で、ミカは思った。
 ――この館に来て、本当によかった。
 寒い雪の日も、孤独も、すべてはこの朝に続いていたのだ。

 ダリウスの肩にもたれながら、ミカは静かに笑った。

「……ダリウス様」

「うん?」

「おはようございます。今日も、いい日になりそうです」

「あぁ。……お前がそう言うなら、間違いない」

 リアムが嬉しそうに両手を広げる。

「みんなで朝ごはん食べよう!」

 その声にふたりが笑い、
 穏やかな朝の館に、春の音が満ちていった。
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

あい0502
2025.12.02 あい0502

心温まる作品を読ませて頂きありがとうございます😊一気に読み進めました。他の作品を読ませて頂きます。これから本格的に寒くなります。体調に気をつけてお過ごしください🍀

解除

あなたにおすすめの小説

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

無愛想な氷の貴公子は臆病な僕だけを逃さない~十年の片想いが溶かされるまで~

たら昆布
BL
執着ヤンデレ攻め×一途受け

婚約破棄された悪役令息は従者に溺愛される

田中
BL
BLゲームの悪役令息であるリアン・ヒスコックに転生してしまった俺は、婚約者である第二王子から断罪されるのを待っていた! なぜなら断罪が領地で療養という軽い処置だから。 婚約破棄をされたリアンは従者のテオと共に領地の屋敷で暮らすことになるが何気ないリアンの一言で、テオがリアンにぐいぐい迫ってきてーー?! 従者×悪役令息

禁書庫の管理人は次期宰相様のお気に入り

結衣可
BL
オルフェリス王国の王立図書館で、禁書庫を預かる司書カミル・ローレンは、過去の傷を抱え、静かな孤独の中で生きていた。 そこへ次期宰相と目される若き貴族、セドリック・ヴァレンティスが訪れ、知識を求める名目で彼のもとに通い始める。 冷静で無表情なカミルに興味を惹かれたセドリックは、やがて彼の心の奥にある痛みに気づいていく。 愛されることへの恐れに縛られていたカミルは、彼の真っ直ぐな想いに少しずつ心を開き、初めて“痛みではない愛”を知る。 禁書庫という静寂の中で、カミルの孤独を、過去を癒し、共に歩む未来を誓う。

追放オメガ聖帝の幸せな結婚〜クールなスパダリ騎士に拾われて溺愛されるまで〜

あきたいぬ大好き(深凪雪花)
BL
ノルディーナ王国の聖帝サーナは、教皇のありもしない嘘のせいで聖宮から追放されてしまう。 行く当てがないサーナが国境に向かうと、そこで隣国ルミルカ王国の騎士であるムーシュと出会う。ムーシュから諸事情により偽装結婚を提案されて、サーナは期限付きの偽装結婚ならばよいと承諾し、一時的に保護してもらうことに。 異国暮らしに慣れていく中で、やがてムーシュから溺愛されるようになり……?

【完結】巷で噂の国宝級イケメンの辺境伯は冷徹なので、まっっったくモテませんが、この度婚約者ができました。

明太子
BL
オーディスは国宝級イケメンであるにも関わらず、冷徹な性格のせいで婚約破棄されてばかり。 新たな婚約者を探していたところ、パーティーで給仕をしていた貧乏貴族の次男セシルと出会い、一目惚れしてしまう。 しかし、恋愛偏差値がほぼ0のオーディスのアプローチは空回りするわ、前婚約者のフランチェスカの邪魔が入るわとセシルとの距離は縮まったり遠ざかったり…? 冷徹だったはずなのに溺愛まっしぐらのオーディスと元気だけどおっちょこちょいなセシルのドタバタラブコメです。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。