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第3話 夜の書庫
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夜更けの王立学園の生徒会室には、まだ灯りが残っていた。
机に広げられた資料を整理し、第三王子にして生徒会長のクリストフはペンを置いた。
「……参考文献が足りない」
冷静な声で呟く。
必要な答えは目の前にない。
求める知識を得るには、学園が誇る大書庫に向かうほかない。
静まり返った廊下を歩き、分厚い扉を押し開ける。
ランプの明かりがひとつ、薄暗い空間を照らしていた。
高く積み重なった本棚が影を落とし、紙の匂いが空気を満たしている。
「……これだ」
探していた分厚い記録を手に取り、出口へ向かおうとしたその時――
――カタン。
棚の奥から、何かが崩れるような音が響いた。
「……誰かいるのか?」
警戒心を研ぎ澄ましながら歩を進める。
そして――彼は見つけた。
「……先生」
床にごろんと眠る一人の青年。
銀の髪を乱し、古い魔導書を胸に抱いたまま、安らかな寝息を立てていた。
頬にかかる髪が微かに揺れ、ランプの光に淡く照らされている。
(……ユーリ・グレイ)
若き講師。
その卓越した魔導の才を買われ、この学園に迎えられたが、研究に没頭しすぎては時に周囲を忘れる。
だが、その姿勢は学生たちからも慕われていた。
「……まったく。どうして先生は、こうも無防備なんです」
クリストフは短くため息をつくと、しゃがみ込み、胸に抱えられた魔導書をそっと脇に置いた。
そして軽々とその身体を抱き上げる。
「ん……」
寝ぼけた声が小さく漏れる。
けれど、瞼は持ち上がらず、また規則正しい呼吸が続いた。
「先生。こんなところで眠るのは危険ですよ」
抱えたまま静かに歩き、生徒会室へ戻る。
続きの部屋――役員のために設えられた小さな仮眠室に足を運ぶと、ベッドにそっと寝かせた。
ブランケットをかけ、しばしその寝顔を眺める。
月明かりが窓から差し込み、白い頬をやわらかに照らしていた。
長い睫毛が影を作り、吐息は安らか。
まるで夢の世界に迷い込んだ少年のようだった。
「……可愛いですね、先生」
思わず零れた言葉。
冷徹を旨とする生徒会長の口から出るはずのない響き。
指先でそっと頬を撫でる。
その温もりに、自らの心臓が早鐘を打つのを感じる。
(……俺は、どうしてこんなに……)
感情を押し隠すことに慣れていた彼にとって、この自分ではどうにもできない感情の揺れは初めてのものだった。
「あぁ、先生……何故か貴方のことが気になって仕方ない」
(自分にもこんな感情が持てるとは……)
低く、迷いのない声で囁き、額にそっと口づける。
「おやすみなさい」
立ち上がり、静かに扉を閉めた。
***
翌朝、眩しい朝日がカーテンの隙間から差し込み、ユーリはゆっくりと瞼を開いた。
「……あれ? ここ……どこ……?」
見慣れた研究室ではない。
整えられた白いシーツ、柔らかな枕、端にはブランケットがかけられている。
昨夜の記憶を辿れば――
「……っ!書庫で……本を読んでて……」
そのまま眠ってしまったのだ。
では、なぜ今ベッドの上に?
「誰かが……運んだ……?」
頬が一気に熱くなる。
(ちょ、ちょっと待って……ここ、どこ……!?)
両手で顔を覆った瞬間。
コン、と扉がノックされた。
「先生、起きていますか」
聞き覚えのある低い声に、心臓が跳ね上がる。
「せ、生徒会長さん……!?」
扉が開き、完璧な制服姿のクリストフが立っていた。
「おはようございます、先生。体調は大丈夫ですか」
「っ、あ……その、だ、大丈夫です! えっと……ここは……?」
「生徒会室の仮眠室です。先生が書庫で眠っていたので」
「~~~~っ!」
顔を真っ赤にして枕に沈み込むユーリ。
「ま、まさか……君が……運んで……?」
「えぇ。危なかったので」
「う、運んだって……ど、どうやって……?」
視線を泳がせるユーリに、クリストフはさらりと答える。
「抱き上げて」
「ひゃ……っ!?」
枕に顔を埋め、耳まで真っ赤になる。
「先生、軽かったですよ」
「か、軽かったとか、言わなくていいです~~っ!」
クリストフはわずかに笑みを浮かべ、近づいてベッドに腰を掛けた。
「先生は無防備すぎます。……少しは危機感を持ってください。
あぁ、もしかして、私に世話を焼いてほしいとか?」
「っ……ち、ちが……。生徒にそんなこと……」
「冗談ですよ、先生。でも、二人きりのときは構いませんよね?」
至近距離で囁かれ、ユーリは何も言えなくなった。
赤くなった頬を隠そうと布団を引き寄せ、か細い声で呟く。
「……ふ、二人きりって……」
クリストフは満足げに微笑み、席を立つ。
「授業の時間になったら迎えに来ます。……ゆっくり準備してください」
扉が閉まる。
残されたユーリは枕を抱きしめて転げ回った。
「~~~っ、どうしよう……、はっ、じゅ、準備しなきゃ……!」
その声は、誰にも届かない。
ただ、仮眠室に甘い余韻だけを残して。
机に広げられた資料を整理し、第三王子にして生徒会長のクリストフはペンを置いた。
「……参考文献が足りない」
冷静な声で呟く。
必要な答えは目の前にない。
求める知識を得るには、学園が誇る大書庫に向かうほかない。
静まり返った廊下を歩き、分厚い扉を押し開ける。
ランプの明かりがひとつ、薄暗い空間を照らしていた。
高く積み重なった本棚が影を落とし、紙の匂いが空気を満たしている。
「……これだ」
探していた分厚い記録を手に取り、出口へ向かおうとしたその時――
――カタン。
棚の奥から、何かが崩れるような音が響いた。
「……誰かいるのか?」
警戒心を研ぎ澄ましながら歩を進める。
そして――彼は見つけた。
「……先生」
床にごろんと眠る一人の青年。
銀の髪を乱し、古い魔導書を胸に抱いたまま、安らかな寝息を立てていた。
頬にかかる髪が微かに揺れ、ランプの光に淡く照らされている。
(……ユーリ・グレイ)
若き講師。
その卓越した魔導の才を買われ、この学園に迎えられたが、研究に没頭しすぎては時に周囲を忘れる。
だが、その姿勢は学生たちからも慕われていた。
「……まったく。どうして先生は、こうも無防備なんです」
クリストフは短くため息をつくと、しゃがみ込み、胸に抱えられた魔導書をそっと脇に置いた。
そして軽々とその身体を抱き上げる。
「ん……」
寝ぼけた声が小さく漏れる。
けれど、瞼は持ち上がらず、また規則正しい呼吸が続いた。
「先生。こんなところで眠るのは危険ですよ」
抱えたまま静かに歩き、生徒会室へ戻る。
続きの部屋――役員のために設えられた小さな仮眠室に足を運ぶと、ベッドにそっと寝かせた。
ブランケットをかけ、しばしその寝顔を眺める。
月明かりが窓から差し込み、白い頬をやわらかに照らしていた。
長い睫毛が影を作り、吐息は安らか。
まるで夢の世界に迷い込んだ少年のようだった。
「……可愛いですね、先生」
思わず零れた言葉。
冷徹を旨とする生徒会長の口から出るはずのない響き。
指先でそっと頬を撫でる。
その温もりに、自らの心臓が早鐘を打つのを感じる。
(……俺は、どうしてこんなに……)
感情を押し隠すことに慣れていた彼にとって、この自分ではどうにもできない感情の揺れは初めてのものだった。
「あぁ、先生……何故か貴方のことが気になって仕方ない」
(自分にもこんな感情が持てるとは……)
低く、迷いのない声で囁き、額にそっと口づける。
「おやすみなさい」
立ち上がり、静かに扉を閉めた。
***
翌朝、眩しい朝日がカーテンの隙間から差し込み、ユーリはゆっくりと瞼を開いた。
「……あれ? ここ……どこ……?」
見慣れた研究室ではない。
整えられた白いシーツ、柔らかな枕、端にはブランケットがかけられている。
昨夜の記憶を辿れば――
「……っ!書庫で……本を読んでて……」
そのまま眠ってしまったのだ。
では、なぜ今ベッドの上に?
「誰かが……運んだ……?」
頬が一気に熱くなる。
(ちょ、ちょっと待って……ここ、どこ……!?)
両手で顔を覆った瞬間。
コン、と扉がノックされた。
「先生、起きていますか」
聞き覚えのある低い声に、心臓が跳ね上がる。
「せ、生徒会長さん……!?」
扉が開き、完璧な制服姿のクリストフが立っていた。
「おはようございます、先生。体調は大丈夫ですか」
「っ、あ……その、だ、大丈夫です! えっと……ここは……?」
「生徒会室の仮眠室です。先生が書庫で眠っていたので」
「~~~~っ!」
顔を真っ赤にして枕に沈み込むユーリ。
「ま、まさか……君が……運んで……?」
「えぇ。危なかったので」
「う、運んだって……ど、どうやって……?」
視線を泳がせるユーリに、クリストフはさらりと答える。
「抱き上げて」
「ひゃ……っ!?」
枕に顔を埋め、耳まで真っ赤になる。
「先生、軽かったですよ」
「か、軽かったとか、言わなくていいです~~っ!」
クリストフはわずかに笑みを浮かべ、近づいてベッドに腰を掛けた。
「先生は無防備すぎます。……少しは危機感を持ってください。
あぁ、もしかして、私に世話を焼いてほしいとか?」
「っ……ち、ちが……。生徒にそんなこと……」
「冗談ですよ、先生。でも、二人きりのときは構いませんよね?」
至近距離で囁かれ、ユーリは何も言えなくなった。
赤くなった頬を隠そうと布団を引き寄せ、か細い声で呟く。
「……ふ、二人きりって……」
クリストフは満足げに微笑み、席を立つ。
「授業の時間になったら迎えに来ます。……ゆっくり準備してください」
扉が閉まる。
残されたユーリは枕を抱きしめて転げ回った。
「~~~っ、どうしよう……、はっ、じゅ、準備しなきゃ……!」
その声は、誰にも届かない。
ただ、仮眠室に甘い余韻だけを残して。
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