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第4話 名前で呼んで
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夕暮れの教室では授業を終えたユーリが、黒板の前でチョークを片づけていた。
クラスを出ていった学生たちの笑い声が遠ざかり、室内は静寂に包まれる。
「はぁ……今日もなんとか乗り切ったぁ……」
机に置いたノートを閉じ、思わず溜息を吐いた。
けれど、胸の奥にはざわめきが残っている。
(……あの夜のこと、忘れられない。……生徒会長さんに抱き上げられたなんて……だ、駄目だ……! 思い出すだけで顔が熱くなる……!)
頬を手で扇ぎながら、なんとか気を取り直そうとしたその時――
「先生、忘れ物ですよ」
机の端に置きっぱなしだった魔導書をすっと差し出す声。
振り向けば、そこに立っていたのは完璧な制服姿の生徒会長クリストフだった。
「せ、生徒会長さん……」
クリストフは静かに歩み寄り、机越しに視線を合わせた。
じっとユーリを見て、少し目を細めた。
「……いつまでも生徒会長と呼ばれるのは面白くないですね」
「え?」
見つめてくる瞳と、いつもより少し低い声に、ユーリの心臓が跳ね上がる。
クリストフは机越しにユーリに近づき、耳元で囁く。
「先生、私の名はご存じですか?クリストフと……そう呼んでほしいのですが」
ユーリは囁かれた耳を手で押さえ、真っ赤な顔をして俯いた。
「先生?早く、呼んで?」
「……ク、クリストフ?」
急かされて思わず名前を呼んだ瞬間、自分の口から出た言葉に驚き、慌てて手で口を塞ぐ。
ユーリは目の前にある普段は冷静沈着なはずの瞳が、今はどこか熱を帯びている気がして、目を逸らす。
クリストフはその様子に満足して、笑みを漏らす。
「先生、俺は貴方には“生徒会長”ではなく、“クリストフ”と呼ばれる方が好きです」
「~~っ、だ、駄目です! だって、君は……!」
「先生」
遮るようにその名を呼び、さらに一歩近づく。
「今は二人きりですから」
ユーリは強引なクリストフの様子に勝てる気しなくて、目をぎゅっとつむった。
「……っ…」
「二人の時はいいでしょう?先生、お願いします」
クリストフのお願いに、喉に詰まった勇気を、ユーリはなんとか押し出した。
「……ク、クリストフ」
その瞬間、彼の口元に静かな笑みが浮かぶ。
「……ありがとうございます、先生」
クリストフの笑みにユーリの胸がどくんと高鳴り、視線を逸らす。
机越しに伸ばされた手が、ユーリの手をそっと取った。
温かく、逃れられない。
「――先生、これからもちゃんと名前を呼んでくださいね」
「っ……!」
指先がびくりと震え、顔がますます赤く染まる。
その様子に、クリストフの笑みはさらに深まった。
それは冷たい氷が初めて熱に触れ、溶け出す瞬間のようだった。
その夜の研究室。
ランプの明かりが柔らかく揺れ、ユーリは机に広げた魔導書に羽ペンを走らせていた。
「……うーん、難しいなぁ……」
頬杖をつきながら文字を書き込み、眉を寄せて唸る。
静かな部屋に紙をめくる音だけが響き、時間の感覚はすっかり失われていた。
そんな時――背後に微かな気配。
「――また床じゃなくてよかった」
「ひゃっ!? ク、クリストフ……!」
振り返ったユーリの瞳に映ったのは、ランプを片手に立つ生徒会長の姿。
整った顔立ちが光に浮かび上がり、思わず胸が高鳴る。
「あぁ、ちゃんと名前呼んでくれるんですね。嬉しいです」とランプを棚に置き、ユーリに近づく。
ユーリの顔を覗き込み、、真剣な顔つきで頬に手を添える。
「……先生、夜更かしが多い気がしますが」
「え、えっと……研究が楽しくて……」
「身体を壊したらどうするんです?」
叱る声は冷静そのもの。
だが、その瞳には心配の色が宿っていた。
クリストフはため息をついて、椅子ごとユーリを軽く引き寄せる。
「わっ……!」
驚きに声を上げる間もなく、二人の距離は一気に縮まった。
「先生、俺の方を向いて」
至近距離。
冷徹なはずの瞳が熱を帯び、真剣に見つめてくる。
「……な、なんでそんなに近……っ」
「先生が可愛いからです」
顎に添えられた指先が、ゆっくりと顔を持ち上げる。
息が触れ合うほどの距離。
「っ……! だ、駄目です!」
「大丈夫、今は二人きりです。誰も来ません」
「だ、だからって……っ」
唇が触れるか触れないか――あと数ミリ。
ユーリの心臓は爆発しそうに暴れ、思わず目をぎゅっと閉じる。
しかし。
「……ふふ」
柔らかな吐息と共に、触れたのは唇ではなかった。
代わりに、額に落とされた軽い口づけ。
「ひゃっ……!」
「――今日はここまでにしておきます」
瞼を開ければ、落ち着いた微笑を浮かべるクリストフがいた。
「き、君って……ほんとに……」
「先生に嫌われたくありませんからね」
指先で頬を撫で、すっと身を離す。
「さぁ、今日はここまでにして、ちゃんと寝てくださいね。おやすみなさい」
ユーリの頭を撫でると、背を向けて去っていく。
残されたユーリは顔を真っ赤にして机に突っ伏すしかなかった。
「……も、もう……これじゃ寝れないよぉ……」
月明かりに照らされた研究室には、甘く危うい余韻だけが残っていた。
クラスを出ていった学生たちの笑い声が遠ざかり、室内は静寂に包まれる。
「はぁ……今日もなんとか乗り切ったぁ……」
机に置いたノートを閉じ、思わず溜息を吐いた。
けれど、胸の奥にはざわめきが残っている。
(……あの夜のこと、忘れられない。……生徒会長さんに抱き上げられたなんて……だ、駄目だ……! 思い出すだけで顔が熱くなる……!)
頬を手で扇ぎながら、なんとか気を取り直そうとしたその時――
「先生、忘れ物ですよ」
机の端に置きっぱなしだった魔導書をすっと差し出す声。
振り向けば、そこに立っていたのは完璧な制服姿の生徒会長クリストフだった。
「せ、生徒会長さん……」
クリストフは静かに歩み寄り、机越しに視線を合わせた。
じっとユーリを見て、少し目を細めた。
「……いつまでも生徒会長と呼ばれるのは面白くないですね」
「え?」
見つめてくる瞳と、いつもより少し低い声に、ユーリの心臓が跳ね上がる。
クリストフは机越しにユーリに近づき、耳元で囁く。
「先生、私の名はご存じですか?クリストフと……そう呼んでほしいのですが」
ユーリは囁かれた耳を手で押さえ、真っ赤な顔をして俯いた。
「先生?早く、呼んで?」
「……ク、クリストフ?」
急かされて思わず名前を呼んだ瞬間、自分の口から出た言葉に驚き、慌てて手で口を塞ぐ。
ユーリは目の前にある普段は冷静沈着なはずの瞳が、今はどこか熱を帯びている気がして、目を逸らす。
クリストフはその様子に満足して、笑みを漏らす。
「先生、俺は貴方には“生徒会長”ではなく、“クリストフ”と呼ばれる方が好きです」
「~~っ、だ、駄目です! だって、君は……!」
「先生」
遮るようにその名を呼び、さらに一歩近づく。
「今は二人きりですから」
ユーリは強引なクリストフの様子に勝てる気しなくて、目をぎゅっとつむった。
「……っ…」
「二人の時はいいでしょう?先生、お願いします」
クリストフのお願いに、喉に詰まった勇気を、ユーリはなんとか押し出した。
「……ク、クリストフ」
その瞬間、彼の口元に静かな笑みが浮かぶ。
「……ありがとうございます、先生」
クリストフの笑みにユーリの胸がどくんと高鳴り、視線を逸らす。
机越しに伸ばされた手が、ユーリの手をそっと取った。
温かく、逃れられない。
「――先生、これからもちゃんと名前を呼んでくださいね」
「っ……!」
指先がびくりと震え、顔がますます赤く染まる。
その様子に、クリストフの笑みはさらに深まった。
それは冷たい氷が初めて熱に触れ、溶け出す瞬間のようだった。
その夜の研究室。
ランプの明かりが柔らかく揺れ、ユーリは机に広げた魔導書に羽ペンを走らせていた。
「……うーん、難しいなぁ……」
頬杖をつきながら文字を書き込み、眉を寄せて唸る。
静かな部屋に紙をめくる音だけが響き、時間の感覚はすっかり失われていた。
そんな時――背後に微かな気配。
「――また床じゃなくてよかった」
「ひゃっ!? ク、クリストフ……!」
振り返ったユーリの瞳に映ったのは、ランプを片手に立つ生徒会長の姿。
整った顔立ちが光に浮かび上がり、思わず胸が高鳴る。
「あぁ、ちゃんと名前呼んでくれるんですね。嬉しいです」とランプを棚に置き、ユーリに近づく。
ユーリの顔を覗き込み、、真剣な顔つきで頬に手を添える。
「……先生、夜更かしが多い気がしますが」
「え、えっと……研究が楽しくて……」
「身体を壊したらどうするんです?」
叱る声は冷静そのもの。
だが、その瞳には心配の色が宿っていた。
クリストフはため息をついて、椅子ごとユーリを軽く引き寄せる。
「わっ……!」
驚きに声を上げる間もなく、二人の距離は一気に縮まった。
「先生、俺の方を向いて」
至近距離。
冷徹なはずの瞳が熱を帯び、真剣に見つめてくる。
「……な、なんでそんなに近……っ」
「先生が可愛いからです」
顎に添えられた指先が、ゆっくりと顔を持ち上げる。
息が触れ合うほどの距離。
「っ……! だ、駄目です!」
「大丈夫、今は二人きりです。誰も来ません」
「だ、だからって……っ」
唇が触れるか触れないか――あと数ミリ。
ユーリの心臓は爆発しそうに暴れ、思わず目をぎゅっと閉じる。
しかし。
「……ふふ」
柔らかな吐息と共に、触れたのは唇ではなかった。
代わりに、額に落とされた軽い口づけ。
「ひゃっ……!」
「――今日はここまでにしておきます」
瞼を開ければ、落ち着いた微笑を浮かべるクリストフがいた。
「き、君って……ほんとに……」
「先生に嫌われたくありませんからね」
指先で頬を撫で、すっと身を離す。
「さぁ、今日はここまでにして、ちゃんと寝てくださいね。おやすみなさい」
ユーリの頭を撫でると、背を向けて去っていく。
残されたユーリは顔を真っ赤にして机に突っ伏すしかなかった。
「……も、もう……これじゃ寝れないよぉ……」
月明かりに照らされた研究室には、甘く危うい余韻だけが残っていた。
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