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第7話 剣
しおりを挟む皇帝の私室は、外界から切り離された檻のような空間だった。
重厚な扉の向こうに踏み入れる者は限られた従者のみ、そこにいるのは皇帝と囚われの騎士だけ。
昼間は政務に追われるオルフェンも、夜になると必ずここへ戻り、エリアスを視界に収めていた。
自由を与えず、ただ抱擁で縛り付けるように。
その夜、オルフェンはふいに机の上の木箱を手に取った。
重々しい気配を漂わせながら、それをエリアスの前に置く。
「……何だ?」
警戒する灰青の瞳を見下ろし、皇帝は箱を開いた。
そこに収められていたのは、一振りの剣。
帝国の鍛冶師が仕上げた、美しい銀の刀身が月光を弾いた。
「剣……?」
「望んでいたものだろう。また……素手で庇う愚かを繰り返されては困る」
言葉は冷ややかだが、その眼差しは異様な熱を孕んでいた。
エリアスは息を呑む。
「……本当に、俺に渡すのか」
「そうだ。だが忘れるな。その剣は、私のために使え」
――敵国の皇帝から剣を与えられる。
誇りを貫いてきた騎士にとって、それは皮肉でしかないはずだった。
「俺は……」
言葉を探し、唇が震える。
オルフェンは微笑を深め、さらに踏み込んだ。
「剣を持つということは、私の騎士であると誓うことに等しい」
「っ、違う! 俺は……!」
必死に否定しようとして、顔を赤く染めて視線を逸らす。
黄金の瞳が射抜くように見下ろす。
エリアスは息を詰めた。
あの夜の、素手で庇ったときの痛みが甦る。
もし再び刃が迫れば、また同じことを繰り返してしまうだろう。
やはり剣が必要だ。
オルフェンは口元をわずかに緩め、さらに問いを投げた。
「……受け取るか?」
短い問いかけに、エリアスの胸は激しく波打つ。
悩みながらも、彼は静かに答えた。
「……受け取る」
その声に、オルフェンの瞳が満足げに細められる。
そしてすぐに距離を詰め、耳元に低く囁いた。
「二度と――自らを傷つけるな」
支配か、独占か。
その囁きは誓いのようであり、呪縛のようでもあった。
エリアスは唇を噛み、手で剣を握りしめた。
***
夜更け、皇帝の私室は静寂に包まれていた。
昼は政務に追われ、夜は軍務の報告を受けるオルフェンの姿を、エリアスはもう何度も目にしていた。
玉座では冷徹な支配者でも、机に向かう横顔はただの人間に見える瞬間がある。
分厚い書簡の山に囲まれ、金の瞳を細めて書き続ける姿。
誇り高く恐れられる皇帝でさえ、その肩に疲労の影を宿すことを、エリアスは知ってしまった。
その夜もまた、オルフェンは椅子に腰掛けたまま、いつの間にか眠りに落ちていた。
机の上には開いたままの地図と、未処理の書類。
漆黒の髪がわずかに乱れ、長身の体が不自然な姿勢で傾いている。
「……」
エリアスは寝台の端に座ったまま、視線を逸らそうとした。
しかし、何度も見てきたはずのその背中が、今夜は妙に胸を締め付ける。
――なぜだ。
なぜ敵国の皇帝の姿に、こんな感情が湧く。
気づけば、静かに立ち上がっていた。
机に近づき、そっと手を伸ばす。
乱れた外套を整え、肩にかかっていた重たい鎧を外す。
そして、自分がかけていた毛布をその肩にそっとかけた。
「……少しくらいは休めばいいのに」
無意識の声が零れ落ちる。
はっと我に返り、口を押さえた。
何を言っている――これは敵国の皇帝だ。
しかし、もう遅かった。
「……案じているのか?」
低い声が返ってきた。
気配に振り向くと、金の瞳が薄く開かれ、自分をまっすぐ見ていた。
眠りから覚めたばかりの眼差しは、普段よりも柔らかく、それがかえって心を射抜く。
「ち、違う! ただ……お前が倒れでもしたら、帝国も困るだろうから……」
必死に言い訳を探すが、言葉はたどたどしい。
頬が赤く熱を帯び、誤魔化すように視線を逸らす。
オルフェンは椅子から立ち上がり、ゆっくりと歩み寄ってきた。
大きな影が覆いかぶさる。
エリアスは思わず一歩退くが、すぐに壁に背を押し付けられる。
「やはり、お前は私の騎士だな」
囁きは熱を帯び、逃げ場を奪う。
「ち、違う……! 俺は……」
反発の声は震えていた。
抗うつもりがあるのに、胸の奥がざわめき、心臓は早鐘を打ち続ける。
オルフェンの手が顎を掴み、顔を上げさせる。
黄金の瞳に射抜かれ、逃げ場を失う。
「剣を受け取った時点で、すでに決まっている。お前は私のために戦い、私の傍に立つ……」
「そ、そんなつもりじゃ……!」
必死に否定しようとする唇に、唐突に熱が落ちた。
「……っ!」
深く、甘い口づけ。
唇を食まれ、息を奪われ、全身が強引に支配されていく。
「……んっ……はぁっ……」
抗おうとした両腕は、抱き寄せられる力に阻まれ、次第に力を失っていく。
胸の奥で燃え広がる熱は、拒絶か、動揺か、それとも――。
唇が離れると、耳元に低い囁きが落ちた。
「お前はもう、私だけを見ていればいい」
背を抱き締める腕は鋼のように固く、同時に熱を帯びていた。
エリアスは顔を赤く染め、否定の言葉を探しながらも、胸の鼓動を抑えられずにいた。
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