鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可

文字の大きさ
7 / 12

第7話 剣

しおりを挟む
 
 皇帝の私室は、外界から切り離された檻のような空間だった。
 重厚な扉の向こうに踏み入れる者は限られた従者のみ、そこにいるのは皇帝と囚われの騎士だけ。

 昼間は政務に追われるオルフェンも、夜になると必ずここへ戻り、エリアスを視界に収めていた。
 自由を与えず、ただ抱擁で縛り付けるように。

 その夜、オルフェンはふいに机の上の木箱を手に取った。
 重々しい気配を漂わせながら、それをエリアスの前に置く。

「……何だ?」

 警戒する灰青の瞳を見下ろし、皇帝は箱を開いた。

 そこに収められていたのは、一振りの剣。
 帝国の鍛冶師が仕上げた、美しい銀の刀身が月光を弾いた。

「剣……?」

「望んでいたものだろう。また……素手で庇う愚かを繰り返されては困る」

 言葉は冷ややかだが、その眼差しは異様な熱を孕んでいた。
 エリアスは息を呑む。

「……本当に、俺に渡すのか」

「そうだ。だが忘れるな。その剣は、私のために使え」

 ――敵国の皇帝から剣を与えられる。
 誇りを貫いてきた騎士にとって、それは皮肉でしかないはずだった。

「俺は……」

 言葉を探し、唇が震える。
 オルフェンは微笑を深め、さらに踏み込んだ。

「剣を持つということは、私の騎士であると誓うことに等しい」

「っ、違う! 俺は……!」

 必死に否定しようとして、顔を赤く染めて視線を逸らす。
 黄金の瞳が射抜くように見下ろす。
 エリアスは息を詰めた。

 あの夜の、素手で庇ったときの痛みが甦る。
 もし再び刃が迫れば、また同じことを繰り返してしまうだろう。
 やはり剣が必要だ。

 オルフェンは口元をわずかに緩め、さらに問いを投げた。

「……受け取るか?」

 短い問いかけに、エリアスの胸は激しく波打つ。
 悩みながらも、彼は静かに答えた。

「……受け取る」

 その声に、オルフェンの瞳が満足げに細められる。
 そしてすぐに距離を詰め、耳元に低く囁いた。

「二度と――自らを傷つけるな」

 支配か、独占か。
 その囁きは誓いのようであり、呪縛のようでもあった。
 エリアスは唇を噛み、手で剣を握りしめた。

***

 夜更け、皇帝の私室は静寂に包まれていた。
 昼は政務に追われ、夜は軍務の報告を受けるオルフェンの姿を、エリアスはもう何度も目にしていた。

 玉座では冷徹な支配者でも、机に向かう横顔はただの人間に見える瞬間がある。
 分厚い書簡の山に囲まれ、金の瞳を細めて書き続ける姿。
 誇り高く恐れられる皇帝でさえ、その肩に疲労の影を宿すことを、エリアスは知ってしまった。

 その夜もまた、オルフェンは椅子に腰掛けたまま、いつの間にか眠りに落ちていた。
 机の上には開いたままの地図と、未処理の書類。
 漆黒の髪がわずかに乱れ、長身の体が不自然な姿勢で傾いている。

「……」

 エリアスは寝台の端に座ったまま、視線を逸らそうとした。
 しかし、何度も見てきたはずのその背中が、今夜は妙に胸を締め付ける。

 ――なぜだ。
   なぜ敵国の皇帝の姿に、こんな感情が湧く。

 気づけば、静かに立ち上がっていた。
 机に近づき、そっと手を伸ばす。
 乱れた外套を整え、肩にかかっていた重たい鎧を外す。
 そして、自分がかけていた毛布をその肩にそっとかけた。

「……少しくらいは休めばいいのに」

 無意識の声が零れ落ちる。
 はっと我に返り、口を押さえた。
 何を言っている――これは敵国の皇帝だ。
 
 しかし、もう遅かった。

「……案じているのか?」

 低い声が返ってきた。
 気配に振り向くと、金の瞳が薄く開かれ、自分をまっすぐ見ていた。
 眠りから覚めたばかりの眼差しは、普段よりも柔らかく、それがかえって心を射抜く。

「ち、違う! ただ……お前が倒れでもしたら、帝国も困るだろうから……」

 必死に言い訳を探すが、言葉はたどたどしい。
 頬が赤く熱を帯び、誤魔化すように視線を逸らす。
 オルフェンは椅子から立ち上がり、ゆっくりと歩み寄ってきた。
 大きな影が覆いかぶさる。
 エリアスは思わず一歩退くが、すぐに壁に背を押し付けられる。

「やはり、お前は私の騎士だな」

 囁きは熱を帯び、逃げ場を奪う。

「ち、違う……! 俺は……」

 反発の声は震えていた。
 抗うつもりがあるのに、胸の奥がざわめき、心臓は早鐘を打ち続ける。
 オルフェンの手が顎を掴み、顔を上げさせる。
 黄金の瞳に射抜かれ、逃げ場を失う。

「剣を受け取った時点で、すでに決まっている。お前は私のために戦い、私の傍に立つ……」

「そ、そんなつもりじゃ……!」

 必死に否定しようとする唇に、唐突に熱が落ちた。

「……っ!」

 深く、甘い口づけ。
 唇を食まれ、息を奪われ、全身が強引に支配されていく。

「……んっ……はぁっ……」

 抗おうとした両腕は、抱き寄せられる力に阻まれ、次第に力を失っていく。
 胸の奥で燃え広がる熱は、拒絶か、動揺か、それとも――。

 唇が離れると、耳元に低い囁きが落ちた。

「お前はもう、私だけを見ていればいい」

 背を抱き締める腕は鋼のように固く、同時に熱を帯びていた。
 エリアスは顔を赤く染め、否定の言葉を探しながらも、胸の鼓動を抑えられずにいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

敵国の将軍×見捨てられた王子

モカ
BL
敵国の将軍×見捨てられた王子

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

後輩が二人がかりで、俺をどんどん責めてくるー快楽地獄だー

天知 カナイ
BL
イケメン後輩二人があやしく先輩に迫って、おいしくいただいちゃう話です。

「これからも応援してます」と言おう思ったら誘拐された

あまさき
BL
国民的アイドル×リアコファン社会人 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 学生時代からずっと大好きな国民的アイドルのシャロンくん。デビューから一度たりともファンと直接交流してこなかった彼が、初めて握手会を開くことになったらしい。一名様限定の激レアチケットを手に入れてしまった僕は、感動の対面に胸を躍らせていると… 「あぁ、ずっと会いたかった俺の天使」 気付けば、僕の世界は180°変わってしまっていた。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 初めましてです。お手柔らかにお願いします。 ムーンライトノベルズさんにも掲載しております

アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました

あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」 穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン 攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?   攻め:深海霧矢 受け:清水奏 前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。 ハピエンです。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。 自己判断で消しますので、悪しからず。

臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式の話

八億児
BL
架空の国と儀式の、真面目騎士×どスケベビッチ王。 古代アイルランドには臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式があったそうで、それはよいものだと思いましたので古代アイルランドとは特に関係なく王の乳首を吸ってもらいました。

自己肯定感低めの不幸な義弟が完璧な義兄と大揉めに揉める話

あと
BL
「こんな僕をお兄ちゃんは嫌ってるだろうな」 トップ俳優な完璧超人の義理の兄×不幸な自己肯定感低めのネガティブ義理の弟です。 お金ない受けが追い詰められて変なアルバイトしようとしたら、攻めと再会して……?みたいな話です。 攻めがヤンデレ気味で、受けがマジで卑屈なので苦手な人はブラウザバックで。 兄弟は親が離婚してるため、苗字が違います。 攻め:水瀬真広 受け:神崎彼方 ⚠️作者は芸能界にもお葬式ににもエアプなので、気にしないでください。 途中でモブおじが出てきます。 義理とはいえ兄弟なので、地雷の人はブラウザバックで。 初投稿です。 初投稿がちょっと人を選ぶ作品なので不安です。 ひよったら消します。 誤字脱字はサイレント修正します。 内容も時々サイレント修正するかもです。 定期的にタグ整理します。 批判・中傷コメントはお控えください。 見つけ次第削除いたします。

処理中です...