拗らせ問題児は癒しの君を独占したい

結衣可

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第3話 居場所

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「今日も、図書室に来い」

その声は、相変わらず命令口調だった。けれど、以前感じたような威圧感はなく、ただの呼びかけのように聞こえた。アレクシス・ヴァルデリオは教室の入り口にだらりと寄りかかり、僕を見下ろすように言う。金色の髪が窓から差し込む午後の光を浴びて、より一層際立っていた。

(……また、か)

内心でそう呟く。共同課題を終えてから1ヶ月も続いている。放課後、決まってアレクシスが僕をどこかに呼び出すのだ。図書室が多いが、たまに中庭や空き教室のこともある。

少しだけ迷った。今日は予習を終わらせて、早めに寮に帰ろうと思っていた。だが、断る理由がどこにも見当たらない。

「……はい」

結局、僕は小さく頷いた。それだけで、アレクシスの口元がほんの少し緩んだような気がした。錯覚だろうか。

図書室は、相変わらず静かだった。高い天井から吊り下げられた魔導灯が柔らかな光を放ち、無数の背表紙がその温もりを静かに吸収している。僕はいつもと同じ席――窓から少し離れた、誰にも邪魔されない角の席に向かった。

「おい、ここに座れ」

アレクシスは、僕がいつも座る場所を指さした。そして、その隣の椅子に自分から腰を下ろす。距離が近い。彼の肘が、たまに僕の腕に触れそうになる。

(……落ち着かない)

そう思うのに、なぜか席を変えようとはしなかった。僕は鞄から分厚い『魔導理論の基礎』を取り出し、静かにページを開く。アレクシスはと言えば、特に何をするでもなく、ただそこに座っている。時々、窓の外を見たり、背後の書架をぼんやり眺めたりしているだけだ。

(彼は、いったい何をしに来ているんだろう)

疑問が頭をよぎる。アレクシス・ヴァルデリオは、学院でも有名な問題児だ。魔法実技も剣術もトップなのに、授業をサボるのは日常茶飯事。そんな彼が、毎日のように図書室に現れるなんて、誰が想像しただろう。

「……その本、面白いのか?」

突然、低い声が耳元で響いた。びくっと肩を震わせて彼を見ると、アレクシスは相変わらずだらしなく椅子にもたれかかり、僕の手元を覗き込んでいる。

「えっと……これは、期末試験の範囲なので……」

「相変わらず真面目だな、お前」

彼はそう言って、再び窓の外を見た。会話はそこで終わった。これも、いつも通りだ。彼は無理に話しかけてこない。必要以上に踏み込もうともしない。それでいて、なぜか僕のすぐ傍を離れない。

(不思議な人だ)

僕はそう思いながら、再び本に目を落とした。けれど、もう集中力は散漫になっていた。隣にいるというただその事実が、僕の意識の片隅を常に占拠している。

アレクシスが時折、僕を見ている気がした。視線を感じて振り向くと、彼はすでに別の方向を見ている。錯覚なのか、それとも……。

「……セナ」

「はい!?」

思わず声が上ずてしまう。彼は少し驚いたように眉を上げた。

「……静かにしろ。ここは図書室だ」

「……すみません」

顔が熱くなるのを感じた。完全にやられた。彼はわざとだったのか? それとも、本当に注意しただけなのか。その表情からは読み取れない。

時間は静かに流れ、窓の外の光は次第に傾いていった。魔導灯の明かりが、少しずつ主役に取って代わっていく。僕は一度もページをめくっていない自分に気づいた。

(まずい……集中できない)

これじゃ、ここに来た意味がない。いや、そもそも僕は彼に呼び出された側だ。来る意味もないと言えばない。

「……退屈か?」

またしても、彼の声にハッとする。今日は何度目だろ。彼は相変わらず、だらしなく椅子にもたれかかっている。けれど、その蒼い瞳はしっかりと僕を捉えていた。

「い、いいえ、そんなこと……」

「嘘をつけ。1時間も同じページのままだぞ」

顔が一気に熱くなった。ばれていたのか。

「……すみません。少し、疲れているようで……」

「そうか。なら、休むといい」

彼はそう言うと、再び窓の外を見た。これで会話終了の合図だ。僕はほっとすると同時に、少し肩の力が抜けるのを感じた。

確かに、少し疲れていた。前世の記憶が、時折フラッシュバックする。あの、終わりの見えない仕事、いつも背中にあったプレッシャー、期待という名の重荷……。それらは、この世界に来ても僕を時折襲う。

(……でも、今は)

隣でアレクシスが微かに息づいている。彼の存在は、不思議と僕の心を落ち着かせた。期待も求めもしてこない。ただ、そこにいるだけ。

魔導灯の明かりが、彼の輪郭を柔らかく浮かび上がらせている。だらしなく垂れた前髪の隙間から、鋭い蒼い瞳が覗いている。彼は本当に何を考えているのだろう。

「……何を見ている?」

彼が突然こっちを向いたので、僕は慌てて視線を逸らした。

「い、いえ、何でも……」

「嘘だな。ずっとこっちを見ていたろう」

「それは……」

言葉に詰まっている僕を、彼はじっと観察している。その視線は鋭いのに、何故か逃げ出したくならない。前世なら、こんな視線を感じたらすぐに身を引いていたのに。

「……お前は、変な奴だ」

突然、彼がそう呟いた。

「え?」

「誰もいない角の席を選び、俺が隣に座っても、……こうしてお前を見ていても、文句も言わない」

彼は少し間を置き、ゆっくりと続けた。

「……ただ、静かにそこにいる」

その言葉に、僕はただ黙っていた。何て返せばいいのかわからない。彼は僕のことをどう思っているのだろう。変な奴――それは、ある意味正しい評価かもしれない。

「……アレクシス様こそ、変だと思います」

口が先に動いた。言ってしまったと後悔する間もなく、言葉は続く。

「毎日、こんな地味な僕を呼び出すなんて。他に、楽しいことはいくらでもあるでしょうに」

アレクシスは一瞬目を見開いたが、すぐにクスリと笑った。

「……なるほど、そう来るか」

「……すみません、出過ぎたことを」

「いや、構わない」

彼はそう言って、だらりと背伸びをした。関節がポキポキと音を立てる。

「確かに、お前の言う通りだ。他に楽しいことはいくらでもある。騒ぎたいなら、カイや他の奴らを連れ回せばいい」

彼は立ち上がり、窓の外を見下ろした。夕日が彼の顔を赤く染めている。

「なんでだろうな、セナ。お前との……時間は静かでいい」

その言葉に、僕は息を詰まらせた。静か――それは、自分がこの学院でずっと求めてきたものだ。目立たず、邪魔されず、ただ静かに過ごす時間。

「……僕も、そうです」

小さく呟く。彼には聞こえていないかもしれない。けれど、彼の背中がわずかに震えたように見えた。

「……もういい。今日はここまでにしよう。疲れているんだろ?」

彼はそう言うと、すっと立ち上がった。僕は慌てて本をしまい、彼の後を追った。

図書室を出ると、廊下にはもう誰もいない。放課後の喧騒はすでに収まり、夕闇が静かに学院を包み始めていた。

「明日も、来いよ」

階段の前で、彼がそう言った。いつもの命令口調だ。

「……どこに?」

「……図書室でいい。お前、ここが一番好きだろ?」

彼はそう言って、さっさと階段を降りていった。僕はただ、彼の背中を見送ることしかできなかった。

(……また、明日か)

心のどこかで、ほっとする自分がいた。それはきっと、期待してはいけない種類の感情だ。けれど、止めることはできなかった。
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