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一日目 上
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「これが、俺の未来の妻だって?」
形の良い眉をくいっと上げ、体に合わない服を裾をまくって無理矢理着ている少年は私を無遠慮に眺めた。翡翠をはめ込んだ瞳、ぼさっとした金髪。背丈は私の胸より少し低いほどで、格好良さよりも可愛さの勝つ年齢ではあるが、ただ可愛がるには不遜な態度だった。
「すみません、ブリシアド夫人。我が隊長は…十歳の時の隊長と入れ替わってしまったようなのです」
隣で委縮している顔には見覚えがある。確か、彼は夫……彼の言が確かならば、目の前の少年の未来の姿、ナタリオ・ブリシアド……の部下だった筈だ。王国で魔法士団の隊長を務めるナタリオは、役職柄危険な任務に向かうことも多く、ある日は魔物の粘液まみれで帰宅したこともあるし、ある日は「変な魔法を食らった」と猫耳をつけて帰って来て、丸一日そのままだったこともある。
が、しかし。
ナタリオの意識や記憶が大きく変化したことはなく、私を見て誰だかわからないなんていうのは、初めてのことだった。
「夫は、元に戻るんでしょうか?」
「隊長は消える寸前、何かを思い出したように『三日で戻る』とおっしゃっていました」
ナタリオは忘れていたのかもしれないが、現在の彼の記憶にも、入れ替わった時のこと、三日で元に戻ったということも残っているらしい。何故こんな大切なことを報告しないのかという詰りは三日後に取っておくとして、問題は目の前の少年だろう。
私とナタリオは二年前……十八の時に結婚したが、お互いに恋愛感情があったわけではない。ナタリオは魔法士の仕事に従事したいようだったし、私は王宮管理の書庫で魔法書一級司書としてうまくやっていた。魔法という共通の興味関心と、両者の家庭がどちらも伯爵家であること、同年代であることなど。
話を持ち掛けたのはナタリオの方だったが、要するに利害の一致。貴族としての体面、自分のやりたいことを考えた結果の婚姻である。
恋愛結婚ではない以上、家庭内で発生するのは甘い睦言とは程遠い、仕事の話ばかりである。やれ新しい魔法書の分類がどうだの、やれ魔物の使う魔法は案外利に適っていただの。
ナタリオの少年時代の話なんて聞かなかったし話されなかった。どう接していいのかわからない。
「ナタリオ、私の名前はシルビア。シルビア・ブリシアドよ。貴方の未来の妻。貴方からすれば赤の他人で居心地は悪いかもしれないけれど、三日間共に暮らすことになるわ」
迷いつつ、結局他人行儀な話し方を選択してしまう。
ナタリオは今でこそ頑強な魔法士だが、現在の彼はたった十歳の男の子。知らない世界に投げ込まれ不安で仕方ないのだろう。強気を装い、自分を少しでも大きく見せようと粗野な言葉を使う。視線は警戒で満ちており、頭を撫でようものなら噛みつかれそうな勢いだった。私は子供を慰めたり励ました経験はなく、無難な自己紹介以上の会話を思いつかなかった。
「一応、三日分の隊長の休暇申請を提出しておきました。それと…その、話を聞いた王宮の司書長が、夫人の業務も三日休みにすると」
つまりは、三日間子供の面倒を見るように、というわけだ。
世話をすることに自信はないが、私も小さな子供を置いて仕事に出るのは不安だったので有難いことだった。
「そうですか。連絡、ありがとうございます」
「僕はまた明日、様子を伺いにお邪魔します。それでは」
礼儀正しくお辞儀をした夫の部下は、玄関口からそそくさと立ち去った。
まずは気合いを入れ、不安でいっぱいの少年に向き直る。
「この家は改築をしているから、大体の内装は変わらないと思うけど一応部屋に案内するわね」
ナタリオが屋敷を継いだ後、私が嫁ぐ前に大きな改築を行ったと聞いている。十歳のナタリオが住み慣れた家と同じ部分もあれば、違う部分もあるだろう。
二階に繋がる螺旋階段も、今の彼は一段飛ばしで上がるのに、目の前のナタリオは一段ずつ上っていく。なんだか微笑ましい。
「ここが貴方の部屋よ」
ナタリオの部屋に入る経験は片手で数えるほどしかない。彼と顔を合わせるのは帰宅を迎え入れる為の玄関か、食堂が殆どで、お互いプライベートな場所には近寄らなかった。
「ああ」
小さな手でドアノブを掴み、ゆっくりと開けるのを見守る。
装飾のあまりない、簡素な造り。奥には寝台がひとつ、大きく開いた窓と、予備の魔法の杖。小さな本棚、机とソファ。古風なクローゼットも見える。
「服は貴方の昔の物が残っているはずだから、クローゼットを見てみて。もしもなかったら、昔からいる使用人に聞くか、何か買ってきましょう」
興味深そうに観察するナタリオにどんな言葉を告げれば良いのかわからないが、最低限の世話は果たしたはずだ。赤の他人がずっと側についているのもストレスになるだろう、と彼を一度部屋において出ていくことにする。
現在のナタリオがいないというのに、勝手に彼の部屋に入ったことが落ち着かなかったのもあるが。
「私は隣の部屋にいるから、私に用がある時はノックして頂戴。使用人の方が都合が良かったら、そこのベルを鳴らして」
ナタリオを残しドアを閉めようとしたところで、彼にドレスの裾を掴まれる。
「一緒の部屋じゃないのか?」
「……」
形の良い眉をくいっと上げ、体に合わない服を裾をまくって無理矢理着ている少年は私を無遠慮に眺めた。翡翠をはめ込んだ瞳、ぼさっとした金髪。背丈は私の胸より少し低いほどで、格好良さよりも可愛さの勝つ年齢ではあるが、ただ可愛がるには不遜な態度だった。
「すみません、ブリシアド夫人。我が隊長は…十歳の時の隊長と入れ替わってしまったようなのです」
隣で委縮している顔には見覚えがある。確か、彼は夫……彼の言が確かならば、目の前の少年の未来の姿、ナタリオ・ブリシアド……の部下だった筈だ。王国で魔法士団の隊長を務めるナタリオは、役職柄危険な任務に向かうことも多く、ある日は魔物の粘液まみれで帰宅したこともあるし、ある日は「変な魔法を食らった」と猫耳をつけて帰って来て、丸一日そのままだったこともある。
が、しかし。
ナタリオの意識や記憶が大きく変化したことはなく、私を見て誰だかわからないなんていうのは、初めてのことだった。
「夫は、元に戻るんでしょうか?」
「隊長は消える寸前、何かを思い出したように『三日で戻る』とおっしゃっていました」
ナタリオは忘れていたのかもしれないが、現在の彼の記憶にも、入れ替わった時のこと、三日で元に戻ったということも残っているらしい。何故こんな大切なことを報告しないのかという詰りは三日後に取っておくとして、問題は目の前の少年だろう。
私とナタリオは二年前……十八の時に結婚したが、お互いに恋愛感情があったわけではない。ナタリオは魔法士の仕事に従事したいようだったし、私は王宮管理の書庫で魔法書一級司書としてうまくやっていた。魔法という共通の興味関心と、両者の家庭がどちらも伯爵家であること、同年代であることなど。
話を持ち掛けたのはナタリオの方だったが、要するに利害の一致。貴族としての体面、自分のやりたいことを考えた結果の婚姻である。
恋愛結婚ではない以上、家庭内で発生するのは甘い睦言とは程遠い、仕事の話ばかりである。やれ新しい魔法書の分類がどうだの、やれ魔物の使う魔法は案外利に適っていただの。
ナタリオの少年時代の話なんて聞かなかったし話されなかった。どう接していいのかわからない。
「ナタリオ、私の名前はシルビア。シルビア・ブリシアドよ。貴方の未来の妻。貴方からすれば赤の他人で居心地は悪いかもしれないけれど、三日間共に暮らすことになるわ」
迷いつつ、結局他人行儀な話し方を選択してしまう。
ナタリオは今でこそ頑強な魔法士だが、現在の彼はたった十歳の男の子。知らない世界に投げ込まれ不安で仕方ないのだろう。強気を装い、自分を少しでも大きく見せようと粗野な言葉を使う。視線は警戒で満ちており、頭を撫でようものなら噛みつかれそうな勢いだった。私は子供を慰めたり励ました経験はなく、無難な自己紹介以上の会話を思いつかなかった。
「一応、三日分の隊長の休暇申請を提出しておきました。それと…その、話を聞いた王宮の司書長が、夫人の業務も三日休みにすると」
つまりは、三日間子供の面倒を見るように、というわけだ。
世話をすることに自信はないが、私も小さな子供を置いて仕事に出るのは不安だったので有難いことだった。
「そうですか。連絡、ありがとうございます」
「僕はまた明日、様子を伺いにお邪魔します。それでは」
礼儀正しくお辞儀をした夫の部下は、玄関口からそそくさと立ち去った。
まずは気合いを入れ、不安でいっぱいの少年に向き直る。
「この家は改築をしているから、大体の内装は変わらないと思うけど一応部屋に案内するわね」
ナタリオが屋敷を継いだ後、私が嫁ぐ前に大きな改築を行ったと聞いている。十歳のナタリオが住み慣れた家と同じ部分もあれば、違う部分もあるだろう。
二階に繋がる螺旋階段も、今の彼は一段飛ばしで上がるのに、目の前のナタリオは一段ずつ上っていく。なんだか微笑ましい。
「ここが貴方の部屋よ」
ナタリオの部屋に入る経験は片手で数えるほどしかない。彼と顔を合わせるのは帰宅を迎え入れる為の玄関か、食堂が殆どで、お互いプライベートな場所には近寄らなかった。
「ああ」
小さな手でドアノブを掴み、ゆっくりと開けるのを見守る。
装飾のあまりない、簡素な造り。奥には寝台がひとつ、大きく開いた窓と、予備の魔法の杖。小さな本棚、机とソファ。古風なクローゼットも見える。
「服は貴方の昔の物が残っているはずだから、クローゼットを見てみて。もしもなかったら、昔からいる使用人に聞くか、何か買ってきましょう」
興味深そうに観察するナタリオにどんな言葉を告げれば良いのかわからないが、最低限の世話は果たしたはずだ。赤の他人がずっと側についているのもストレスになるだろう、と彼を一度部屋において出ていくことにする。
現在のナタリオがいないというのに、勝手に彼の部屋に入ったことが落ち着かなかったのもあるが。
「私は隣の部屋にいるから、私に用がある時はノックして頂戴。使用人の方が都合が良かったら、そこのベルを鳴らして」
ナタリオを残しドアを閉めようとしたところで、彼にドレスの裾を掴まれる。
「一緒の部屋じゃないのか?」
「……」
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