底無しポーターは端倪すべからざる

さいわ りゅう

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〈別視点〉 ベルハイトと保護者

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 メルビアに到着した翌日。
 運送ギルドに挨拶に来たのだが、ギルド長のヘディさんに、何故か質問攻めにされてしまった。

 まるで歴戦の猛者のような眼光。
 これはどう控え目に見ても、歓迎されていないのではないか。

「――ルカ。ちょっと来なさい」

 ヘディさんはそう言って、ルカさんを連れて支部長室と思われる部屋に行ってしまった。

「ルカさん、連れてかれちゃいましたねー」

 俺が呆然としていると、事の成り行きを見ていたギルド職員の青年が呑気な口調で言い、
 
「あー、大丈夫っスよ」

 俺の顔を見て何かを察したのか、なんでもないことのように言った。

「ヘディさんが怖い顔してるのはいつもだし、ルカさんに対して過保護なのも通常運転っス!」

「そう、なのか…?…えっと」

「あ、パスカルっス。よろしくでーす」
 
 俺は少しホッとしながら尋ねる。

「よろしく、パスカル。……ヘディさん、は……初対面の相手には、いつもあんなに質問を?」

 質問というか、ほぼ身辺調査だったが。
 パスカルはへらりとした顔で一瞬静止する。

「んん?……いやぁ、あれは初めて見たっスね~。そーいや、顔もいつにも増して怖かったかも?あはははは」

「………………」

 笑い事じゃないし、大丈夫じゃない。

 その時、支部長室から何が怒鳴っているような、叫んでいるような声が聞こえてきた。ヘディさんの声だ。

 まさか…。ルカさん、怒られてる?それってもしかしなくても、俺と行動する件だよな?[真なる栄光]のこともあるし、たぶんヘディさん、冒険者に良い印象持ってないのでは?え……どうしよう。年下の子が俺のせいで上司に怒られてる……!

 そう思ったところで支部長室に突入するわけにもいかず、ただその場でおろおろする俺と、隣で「ルカさんが帰ってくると賑やかだな~」とへらへらしているパスカル。

 それからルカさんが支部長室から出てくるまで、俺は鼻歌を歌いながら書類整理をするパスカルの横に立ち尽くしていた。



 同行するのはやめたほうがいいのではないかと思った。本人が了承してくれた事だが、迷惑をかけるのは本意ではない。

 しかし彼女は、
 
「言ったでしょう?問題ないって」

 そう言って、微かに微笑んだ。

 見間違いかと思った。でもそれは、オレの目に、脳に、はっきりと残っている。

 本人は無意識だったのか、次の瞬間には消えてしまった、一瞬の変化。
 ほんの少し口の端が上がる程度の、ほんのわずかに目を細めるだけの笑み。

 それなのに。

 身体の全ての感覚が、一瞬で震えた。

 マズい、と。直感でそう思った。

 今日は私用があるというルカさんに慌てて返事をし、その背を見送る。
 緊張から解放され、押し留めていた空気を肺から一気に出した。

 心臓がうるさい。

 首も顔もあり得ないくらい熱い。

 これは、これではまるで――。

「アンタ、なにしてんの」

「っうわあ?!」

 心臓が飛び出た。いや、比喩だけど。飛び出たと思った。
 振り返ると、そこにはヘディさんがいた。まだ運送ギルドのすぐそばにいるということを忘れていた。

「えっ、と…。お疲れ様です…」

 強張る口でなんとか挨拶するも、

「………………」

 すっっっごい見てくる!睨んでる!これはこの人の普通か?!いつもこうなのか?!教えてくれ、パスカル!

 思わず、この場にいない呑気なギルド職員に縋ってしまった。そして、

「ちょっと顔貸しなさい」

「え」

 ………………終わった。



 俺は今、運送ギルド前にある広場のベンチに座っている。ヘディさんと。
 時刻はまだ午前九時。広場には散歩する人や駆け回る子供達もいるし、隣接した通りは人通りもあり、荷馬車も複数台通っていく。
 少しせわしいが穏やかな光景。その中にいる、仏頂面の男性と青褪めた俺。

 なにこの状況。

 ついてくるよう言われた時は、一体どこに連れて行かれるのかと、生きた心地がしなかった。
 どこかの路地裏とか、どこかの廃屋とかじゃなくて良かったけれど。

 横目でヘディさんを窺い見るが、足を組んで背もたれにもたれかかり、じっと遠くを見ている。

 これは、俺から何か言ったほうがいいのか?

 そちらの運び屋ポーターをお借りしますとか、ご迷惑おかけしますとか。……確かにこの件に関して、俺からは挨拶も何もしてない。それは……非常に良くない。

 俺は意を決して、

「あの…っ」「――アンタ」

 話し出すタイミングが被り、口を噤む。

「あの子のこと、どう思ってんの?」

「へ……」

 予想外の質問だった。
 あの子の仕事の邪魔をするなとか、冒険者同士で組めとか言われるのかと思っていたのだが。

 どう思っているか?どうって、それは……。

「―――っ!」

 一気に、顔に熱が集まるのが分かった。

 黙り込んでいる俺を不信に思ったのか、ヘディさんはちらりとこちらを見て、ギョッとしたように目を見開いた。

「は?なに?……ア、アンタまさか、…?!」

「え、あ、いや!違います!!いや、違うっていうか、そうじゃなくて!」

 俺は慌てて手の甲で顔の下半分を隠すが、

「そんな顔しといて、違うっての?!」

「ちょ、声!!声大きいですから!」

 大の大人が公衆の場で何を騒いでいるのか。
 そんな視線がチクチク突き刺さっていることに気づき、俺とヘディさんは一旦落ち着きを取り戻す。

 しばらくしてボソリと、
 
「あのクソガキどもに同行させたせいで、こんな悪い虫がついてくるなんて……」

「………………」

 悪い虫って俺のことか。本人の前で悪口はやめてほしい。

 俺は必死に言葉を探す。

「いや…、そもそもそういうのじゃ……」

「ないって言い切れるの?」

「………………」

 言い切れない。いや、言い切りたくないと思ってしまった。

 顔を両手で覆って項垂れた俺の横で、ヘディさんは盛大に溜め息をついた。

「はぁーーーーー……。……まさか自覚したばかりってこと?」

「う…、いや、その…」

 もう何を言っても墓穴だし、何を言われても致命傷になりそうで、俺は顔を覆ったまま、もごもごと言い淀んだ。

「いい歳した男が、ティーンみたいな反応しないでよ……」

 完全に呆れられている。

 俺だってこんな反応、したくてしてるわけじゃない。自分で自分が制御できないなんて経験、初めてだ。

「言っとくけど、あの子はまだ十七よ?未成年だからね?」

「っ、何かしようなんて考えてないですから!」

 数秒、ヘディと睨み合い、

「「……はぁ………………」」

 二人同時に溜め息をついた。

「……もういいわ。訊きたかったのはそういうことじゃないけど」

「え?」

 結局、何だったんだ?

「あの子が、会って間もない人間を近寄らせるなんて、一体どんな悪知恵の働く輩かと思ったら…。ただの初心うぶな坊やだなんて」

「うぐ……」

 反論できない…。

「あの子の相手は大変よ。せいぜい頑張りなさいな」

 ヘディさんはそう言って立ち上がり、歩き去ろうとしたが、ピタリと止まる。そして顔だけゆっくり振り返り、静かに告げる。

「もし、身勝手な理由で放り出したりしたら――沈めるからな?」

「っ…、はぃ……」

 カサカサの声でかろうじて返事をした俺は、そこからしばらく動けなかった。
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