底無しポーターは端倪すべからざる

さいわ りゅう

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第二十九話 言えない何か

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「っ、げほっ、けほっ…!」

「大丈夫ですか?」

「…す、すみません……っ。大丈夫、です…」

 水を飲もうとしてむせたベルハイトの背中をさすってやる。よく吹き出したり、引っかけたりする人だ。
 どうやら、ユリウスが言った“エルシエル・ロズ”という名前に驚いたようだ。ベルハイトと同じ姓だが、もしかして縁者だろうか。

「…………」

 しかしベルハイトは何も言わない。それどころか、片手で顔を覆って項垂れている。

 そんなベルハイトの様子にユリウスは気づいておらず、エルシエルの話を続ける。

「エルシエル嬢とは、二年前の建国記念式典で初めて会ってから、手紙のやりとりをするようになったんだ。…なんというか、その……。話が合うというか……気が合うというか……。良き友人だと思っている」

 そう言って、ユリウスは大事そうにブレスレットに触れる。そして、ふと思い出したように顔を上げた。

「そういえば、エルシエル嬢には兄君が二人いて、次兄が冒険者になったと聞いているが…。兄上の名前はなんだったか……」

 どこかにいたな。ロズ姓の冒険者。

 僕はチーズを口に放り込んで、ちらりと隣を見た。いつの間にか両手で顔を覆っている。
 この反応で、その次兄とやらがベルハイトのことじゃなかったら逆にびっくりするが、名乗るのを躊躇う理由があるのだろうか。

 僕がどうしたものかと考えていると、決定打を打ったのはソニアだった。

「確か、ベルハイト様だったか…と…?」

 言いながら、最後のほうは首を傾げるソニア。

 分かる。どこかで聞いた気がする。

 その名前にユリウスはもちろん、それを言ったソニアも、ついでに僕も、その人を見た。

 なんだこの空気。

 ベルハイトはスッと立ち上がり、右膝を立て、左膝をついた形でユリウスに礼をとった。
 とても自然な所作。彼が間違いなく貴族の出自であることが分かる動きだった。

「……ご挨拶が遅くなり、申し訳ありません。私はオースウェル・ロズの次男、ベルハイトです。……と言っても、すでに家を出た身ではありますが」

 そう言って、紋章入りの懐中時計を見せた。ロズ家の紋章なのだろう。

「は?!」

「ええ?!」

 ユリウスだけでなくソニアも素っ頓狂な声を上げた。……僕も声に出して驚くべきだろうか。

 ユリウスは懐中時計とベルハイトを交互に見て、

「お前、いや…貴方は、エルシエル嬢の兄上なのか?!」

 突然の友人兄との邂逅に、動揺を露わにしている。それに対し、

「はい。愚兄ではありますが」

 ベルハイトは落ち着いているが、表情は心なしか暗い。まるで、その事実を知られたくなかったかのように見える。
 それとは対照的に、ユリウスは嬉しそうだ。

「そうか…。エルシエル嬢の兄上か…」

 ベルハイトとは初対面になるようだが、友人の兄と分かって安心したのだろう。その表情はだいぶ明るくなった。

「こんなことって、あるのですね」

 ユリウスの様子に、ソニアも嬉しそうに言った。
 ユリウスとベルハイトの妹に交流があったのは驚きだが、異国の地で追っ手に追われる身の二人にとっては、予想外の幸運だろう。

 だが、その幸運そのもののはずの彼は様子がおかしい。

「…………」

「……?どうしました?」

 視線を感じて隣を見上げると、ベルハイトがわずかに身構える。

「いえ、……あの…」

「?」

 ベルハイトは何か言いたげに口を開きかけるが、すぐに引き結んで視線を泳がせ、

「……なんでもないです」

 そのまま目も合わせずに、足元に視線を落としてしまった。その様子に腑に落ちた。

 ……知られたくなかったのか。

 でも何故だろう。貴族の出だということを黙っていたから、後ろめたいのか?別に貴族でも王族でも、僕が気にしないのは分かっているはず。なぜなら、僕が王族であるユリウス相手に、バッチバチの脅し方をしたのは記憶に新しいのだから。それとも、何か別の理由があるのだろうか。もしくは僕の考えすぎという可能性もあるけれど。

「…………」

 いくら疑問に思っても、問い詰めるわけにもいかず確かめる術もなく、僕は口に残ったチーズの味を水で押し流した。





 野営場所から徒歩で移動すること数時間。休憩を挟みながらだが、日が暮れる前にロブエへ到着した僕達は、宿のカウンター前で揉めていた。
 いや、揉めるというほどではないが。

 議論の内容は二人部屋を二つとるか、四人部屋を一つとるか。宿屋からすれば、さっさと決めろと言いたくなる内容だ。

「ここは男女で分けるべきだろう」

「そうですよ。せっかく二人部屋が空いてるんですから」

「リース様にはベルハイト様がついていてくださるので、私は別の部屋でも構いません」

 ユリウスとベルハイトとソニア。つまり僕以外は男女別の二人部屋推奨。ソニアはどちらでも良いという感じだが。

「僕は四人部屋がいいです」

 そして僕だけ、四人部屋を推奨している。

「……ルカさんは、人数少ないほうがいいのでは?」

「二人も四人も同じです」

 僕にとっては二人以上が団体なので、四人だろうが十人だろうが同じことだ。それに、

「…………」

 ベルハイトは明らかに僕を避けている。この人のことだから、男と女だから部屋を分けたいというのもあるだろうが、出自の話が出てからずっと僕を避けている。僕と二人ではほとんど話さないし、なるべく目を合わせないようにしているのが分かる。ユリウスとソニアが輪に加われば多少言葉を交わすものの、二言三言ですぐ途切れる。

 僕だって、別にどうしても四人部屋がいいというわけではない。むしろどっちでもいいのだ。一人部屋以外は何人部屋でも同じだから。

 ただなんとなく。なんとなく、ベルハイトと別の部屋というのが……なんと言うか……。

 僕はやり場のない、もやもやとした感覚を持て余していた。それも全部、ベルハイトのあの態度のせいだ。なにか理由があるのだろうが、それが分からない僕からしたら、どうにも気持ちの行き場がない。

 僕にどうしろっていうんだ。

 ベルハイトはおそらく何か思い悩んでいて、そっとしておくのが正解なのかもしれない。今までの僕なら、それができたはずなのに、今は何故かできない。

 ユリウスは少し呆れたように、
 
「ソニアとは昔から一緒だから気にならないが…。お前も女性なんだから、多少は気にしたほうがいい。安全のことなら、俺にはベルハイトがついてくれるんだ。男女別でも問題ないだろう」

 年下に諭されてしまった。
 ユリウスの言葉に、ベルハイトが隣で深く頷いている。

 む……。ユリウスという味方に安心してるのか。

「……分かりました。二人部屋でいいです」

 最後は僕が折れる形になった。こんなことで駄々をこねても仕方ない。

「じゃあ、私はルカ様と一緒ですね。まずは部屋に荷物を置いて、食堂で夕食にしましょうか」

 部屋の鍵を持ってにっこり笑うソニア。その笑顔に少し癒やされた。

 部屋に入る直前に隣を見れば、同じく隣の部屋を開けたベルハイトの視線とかち合った。ぱちっと目が合った瞬間、僕は。

「……」

「!」

 べ、と舌を出し、ベルハイトの反応も見ぬまま、逃げるように部屋に入った。
 ソニアが扉を閉める音を聞きながら、ベッドにぽすんと腰掛ける。

 ……なにをしてるんだ、僕は……。
 
 今のは衝動的なものだった。ほとんど無意識にやってしまった。

「………………はぁ…」
 
 自分のあまりに幼い行動に、溜め息しか出なかった。
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