底無しポーターは端倪すべからざる

さいわ りゅう

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第四十三話 王子と王女、姉と弟

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 模擬戦を終えた翌日。
 辺りが暗くなり始めた頃、僕はユリウスとソニアを連れて再び訓練場へ来ていた。

 出入り口の前にいた衛兵は昨日の衛兵と同じ人で、「王女殿下から聞いているよ。殿下の護衛騎士と訓練をするんだってね。頑張って」と言われた。そういうことになっているらしい。

 訓練場の中は、等間隔に吊るされた魔石式ランタンの明かりで照らされており、多少薄暗さはあるものの、夜道よりは格段に明るい。
 敷地内に足を踏み入れた瞬間、空気が重くなる感覚が全身を包んだ。おそらく、魔力の放出を阻害する魔法か魔道具が設置してあるのだろう。予想はしていたが、万全の体制で出迎えられているようだ。

「姉上!」

 訓練場の中央にいる人物に、ユリウスが呼びかけた。

「っ!ユリウス!?」

 思わず駆け寄ろうとしたマリーディアを、護衛騎士が制止する。向こうはまだ僕達を、否、僕を信用していないのだろうから仕方ない。

 ユリウスも状況が分かっているので、おろおろと姉と僕の間で視線を彷徨わせた。

 今ここは魔力阻害がかけられているため、ユリウスが魔法で姿を変えた偽物でないのはすでに証明できている。
 僕は数歩下がり、ユリウスにマリーディアの元へ行くよう促した。ユリウスは小さく頷き、ソニアとともにゆっくりマリーディアへ歩み寄る。

「姉上……。申し訳ありません…」

「ユリウス…。それにソニアも。なぜオルベリアに?……いったい、何があったの?」

 久方ぶりの再開に浸る間もなく、ユリウスからバライザ王室の現状が語られていく。マリーディアは始めこそ動揺を隠せずにいたが、すぐに平静を取り戻し、弟の話を聞いていた。

「父上と兄上のそばにいながら何もできず、申し訳ありません……」

 話を終えて俯くユリウスに、マリーディアはゆっくり首を振る。

「貴方一人の責ではないわ。私ももっと、自国の状況を気にかけるべきだった…」

 それからソニアへ向き直り、

「ソニア。貴方もご苦労でした。ユリウスを支えてくれて、ありがとう」

「そんな…。私など、ただご一緒することしかできず、なんのお役にも……」

「それがどれだけ心強いことか。誰にでもできることではないわ」

 マリーディアは涙を堪えるソニアの腕に優しく触れたあと、ユリウスに視線を戻す。 

「あの方は信用できますか?」

 姉の問いに、ユリウスは頷いた。

「ルカがいなければ、俺達はここへ辿り着く前に魔物の餌になっていました。彼女は大丈夫。信頼できます」

 ユリウスの返答に、隣のソニアもこくこくと 頷いた。はっきり明言されると、なんだかくすぐったいものだ。

 マリーディアはふっと表情を緩め、こちらを見た。

「ルカさんも、こちらへ来ていただけますか?」

 それに従って近くへ寄る。

「まずはお礼を。二人を助けてくださったこと、心より感謝いたします」

 この空気は本当に苦手だ。なにより、同じ立場のベルハイトとローガンがいないため、余計に気まずい。
 当たり障りなく応えると、マリーディアは僕の心情を察したのか、可笑しそうに小さく笑った。

 それからマリーディアはスッと表情を戻す。

「ですがここからは我々で対処いたします。今までのことは他言無用に。今後はどうか、貴方の安全のためにも関わらないよう、お願いいたします」

 そう言われるのは予想していた。
 人工魔石の出処自体はまだ判明していないが、バライザにはあれを意図的に使用している者達がいるのは事実で、現段階ではバライザの宰相が最も黒幕である可能性、もしくは黒幕に近しい人物だと考えられる。
 マリーディアからすれば、いくら友好国とはいえ、これ以上オルベリアの人間が関わるのは避けたいだろう。

 しかし僕にも言い分はある。

「ユリウス殿下にも申し上げましたが…」

 そう切り出すと、なぜかユリウスがじとりとこちらを見た。

「なんだ、“殿下”って。お前に呼ばれると気持ち悪い」

 至極、常識的な呼び方なのにその言いよう

「僕にも取り繕うべき体裁というものがあるので」

「取り繕うって言ってる時点で無意味だろう。気持ち悪いから、今までどおりに呼べ」

 本人がいいなら構わないが。
 僕は気を取り直して話を続ける。

「ユリウスさんにも言いましたが、この度の件はオルベリアにも関わることですので、僕は僕でできる事をやるつもりです。もちろん、無闇に他言するつもりはありません」

 護衛騎士の雰囲気がやや固くなる。マリーディアに反論したことが気に障ったのかもしれない。
 しかしマリーディアは困ったような笑みを浮かべた。

「ここは私にとって異国の地。その民の行動を制限する権利は私にはありませんね」

 それだけ言うと、ユリウスに向き直った。

「私は明日中に王都を立ち、バライザへ戻ります。ユリウス、貴方はここに残りなさい」

「姉上?!」

「いいですか、ユリウス。お父様やお兄様に万一のことがあれば、バライザを背負うのは貴方なの。この状況で、貴方をバライザへ帰すわけにはいかないわ」

「ですが…っ」

 言い募ろうとするユリウスをよそに、マリーディアは再び僕へ向き直った。

「ルカさん。貴方には、引き続きユリウスの護衛をお願いできますか?期間は二ヶ月。それまでに私からの連絡が無い場合は、ユリウスをオルベリア王家で保護していただいてください。報酬は今までの分と合わせて全額前払いいたします」

 そうきたか。
 ユリウスをオルベリアに留まらせるなら護衛が必要になる。オルベリア王家に助力を求められない今、内情を理解している僕達が適任ではある。
 しかし、
 
「申し訳ありません。僕は運び屋ポーターなので、これ以上勝手に護衛依頼を受けると、僕の頭は運送ギルド長のでこピンで吹き飛ぶことになります」

 皆して、は?、みたいな顔しているのは、マリーディアからの依頼を断ったことに対してか。それとも、でこピンのくだりに対してだろうか。
 嘘は言っていない。すでに首をつっこんでしまっているので、でこピンは確定しているのだから。

「なのでおすすめは、運送依頼です。運送業務には、荷の安全確保が付随します」

 もちろん人命が優先ではあるが、運ぶ荷を守るのも、運送業務の一貫である。

「なので、依頼していただけるなら選んでください。王女殿下かユリウスさんのどちらかをバライザへ運ぶか、もしくはお二人とも運ぶか。ちなみにどれも選ばない場合は、僕は勝手にバライザへ行きます」

 これなら、でこピンも少しは手加減してもらえる。……といいな…。
 
 ユリウスとマリーディア、ソニアは目を丸くして固まり、他の侍女や護衛達は、青い顔で口をパクパクさせている。僕が王族を荷物扱いする発言をしたせいだと思うが、言葉のあやなので許してほしい。

 ユリウスは気を取り直すように一度咳払いをし、

「姉上が急にここを離れれば、あらぬ噂や要らぬ波風が立ちます。それに、宰相は俺が姉上に会うためにオルベリアに向かったことに気づいています。バライザへ戻れば、すぐにでも拘束されてしまいます」

「そうであっても、貴方が捕まるよりずっといい。もちろん事態を収拾するつもりだけれど、もしもの時は貴方が……」

「俺は姉上に助力を求めたかっただけで、俺の代わりに身を投げ出してほしいわけじゃない!」

 声を荒げたユリウスに、マリーディアはビクッと肩を震わせた。

「俺は父上達のそばにいながら、何もできなかった。ただ逃げて、騎士二人を犠牲にして……っ。戦う術のないソニアまで危険に巻き込んだんだ。これは、俺がやり遂げないとならない事なんだ」

 血が滲みそうなほど強く、ユリウスは自身の手を握り締めていた。マリーディアはそんな弟の姿に何か言おうと口を開いたが、目を伏せて息をついた。

「……分かったわ。でも、条件があります」

 マリーディアが斜め後ろに控えていた騎士に目配せすると、その騎士が一歩前へ出た。

「この者は私の護衛騎士を務める者です。ルカさんに、彼と手合わせをしていただきます。ルカさんが勝ったら、貴方に任せます」

 つまり、僕にどれくらい実力があるかにかかっているというわけか。責任重大だ。

「分かりました。始めましょう」

 二つ返事で頷くと、ユリウスが「はあ?!」と勢いよく詰めてきた。

「お前が強いのは分かっているが、ハロルドは騎士団でも指折りの実力者なんだ!彼に勝てるのなんて、それこそ団長や副団長くらいのものなんだぞ?!」

 それはすごくいい経験になる。

「なにごとも挑戦です」

「お前……。やる気無さそうなのに、なんでそんなにポジティブなんだ…」

「もし負けても、僕にはペナルティないですし」

 勝てばユリウスと一緒にバライザへ行く。負けたら勝手にバライザへ行く。

 ユリウスは跡になるんじゃないかというくらい、眉間に皺を寄せた。
 
「お前な……」

「でも、やるからには勝ちます」

 相手を侮っているわけではないが、負けを想定してはいない。勝って堂々とバライザへ行く。
 
 一瞬ぽかんとしたユリウスはすぐに呆れたように溜め息をつき、「もう勝手にしろ」と投げやりに言って踵を返した。

 ユリウス達は適度な距離まで下がり、訓練場の中央には僕と騎士――ハロルドだけが残った。

「ハロルド・イーレンと申します。昨日の模擬戦、私も拝見していました。手合わせできて光栄です」

 年齢は三十前後だろうか。落ち着いた物腰の、騎士然とした雰囲気。
 
「ルカ・ブライオン、です。よろしくお願いします」

 互いに挨拶をして少し距離を取ると、判定役の騎士が双方に視線を配る。

「準備はよろしいですか?…どちらかが降参した時点で終了とします。それでは、――始めっ!」

 開始の合図が響き渡った。
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