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第四十二話 王都グラスダール⑦
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模擬戦二戦目。
「なにやってるのよ。ウケ狙いだとしても、面白くないわよ?」と、エドモンドを叱責していた訓練生を、彼と同じように尻もちをつかせた。
模擬戦三戦目。
「情けないな、お前ら!俺が手本を見せてやる!」と、勇んで出てきた訓練生にハイキックを寸止めしたら、泣きながら降参した。
模擬戦…………以下略。
なぜか訓練生と衛兵全員と模擬戦をするという、僕一人だけ総当たり戦の状態を終えた。な何故そんなことになったかというと、ライマンが面白がって本来の進行を無視したからだ。極めて遺憾である。
訓練生と衛兵は放心状態、観覧席はざわざわと騒がしい中、
「お嬢ちゃん、素敵!おじさん惚れ直しちゃう!」
裏声で声援を贈ってくるおじさんを連れて来たことを、僕はただただ後悔している。
「実に見事な手並み!」
満面の笑顔で声をかけてきたライマンは、とても満足そうだ。あとは訓練生達が今後どう振る舞うかだが、僕が手を貸すのはここまでだ。
近づいてきた気配に、僕は彼女のほうを見た。
「ライマン教官」
涼やかな声に、呼ばれたライマン以外もそちらを振り向いた。
マリーディア・ニスラ・エバ・ウルマー。
「よろしければ、そちらの方と少しお話しをさせていただけませんか?」
今日ここへ来た目的の人物に、僕とローガンはさっと膝をついて礼をとる。
「かしこまらないで、楽になさってください」
促されて立ち上がると、ライマンがマリーディアを紹介する。
「こちらはバライザ王国第一王女、マリーディア・ニスラ・エバ・ウルマー殿下であられる」
「運び屋のルカ・ブライオンと申します」
「冒険者のローガン・ウェルドです」
胸に手を当てて一礼すると、マリーディアは柔らかく微笑んだ。
「先程の模擬戦、とても素晴らしかったです。どなたに師事を受けられたのですか?」
「幼少の頃より独学で鍛錬しております」
「まあ…!独学であれほどまで…。短剣をお持ちのようですが、そちらも独学で?」
マリーディアとの会話が続く中、
「ライマン教官、少しよろしいですか?」
衛兵に呼ばれたライマンは、マリーディアに断りを入れてこの場を離れ、
「僕も少し失礼します」
そう言って、ジュリアンも未だに放心状態の訓練生のほうへ向かった。いつまでもへたり込んだままにしておくのは、気が引けたのだろう。
「――短剣といえば」
ライマンとジュリアンが離れたのを見計らって、僕は本題を切り出した。
「実は今、世界に一つしかないという珍しい短剣を知人から預かっているんです。よろしければご覧になりませんか?」
「ええ、是非」
ユリウスから預かった短剣を魔法鞄から取り出し、両手に乗せて差し出すと、
「!」
マリーディアの纏う空気が一瞬張り詰めた。しかしすぐに笑顔に戻り、
「……確かに、世界に一つしか存在しないもののようです。――どちらでこれを?」
「数日前、ここグラスダールで。持ち主は僕が今日ここへ赴くことを知って、機会があればこの短剣を王女殿下にお見せしてほしい、と。叶うならば、お目にかかりたいとも言っていました」
僕達の会話を聞いている様子の者は周囲いないが、迂闊にユリウスの名前は出せない。できるだけ暈しながら言葉を選んだ。
「……そうですか」
マリーディアは短く応えた。一見、先程と変わらず微笑んでいるが、その目はこちらをじっと見据えている。
「……私も、もっと貴方の話を聞きたいです。よろしければ今晩、またここでお会いできませんか?もちろん、その短剣の持ち主も。そうですね……、宵の刻にいかがでしょう?」
「殿下?!」
護衛の制止を片手で遮るマリーディアは、口元の笑みを崩さない。
「光栄です。持ち主とともに、是非伺わせていただきます」
僕の答えにマリーディアがほんの僅かに目を瞠った。
マリーディアが指定した訓練場は、僕にとってはアウェイだ。そんな場所で、視界も悪くなる時間帯に会うことを渋らなかったのが意外だったのだろうが、こちらとしては人払いさえしてあれば問題ない。
その時、
「中座して申し訳ありません。……なにかありましたか?」
ライマンとジュリアンが折良く戻ってきた。
この場の雰囲気の変化に気づいたライマンが尋ねるが、
「いいえ、なにも。大変有意義な時間でした。そろそろ失礼しますね」
笑顔で完璧に感情を隠し、マリーディアは侍女達とともにこの場を後にした。
僕はそっと息をついた。
マリーディアはとても聡明で、冷静に物事に対処できる女性だ。それは王族ゆえか、彼女が持って生まれたものか。どちらにせよ、姉であるという前提を除いても、ユリウスが信頼している理由が分かる。
そんなことを考えながらマリーディアを見送っていると、ジュリアンが遠慮がちに口を開いた。
「貴方に今日のお礼がしたいんだ。よかったら、このあと…」
「ごめんね~。おじさん達、他にも連れがいてさぁ。そろそろ帰らなきゃなのよ」
突然横から出てきたローガン。笑顔だが、有無を言わさぬ圧をかけながら言った。
僕も断るつもりだったので構わないのだが、なんだか妙な態度だ。
「あ…、そ、そうなんですね…」
ジュリアンはローガンの圧にタジタジになりながらも改めて礼を言うと、ライマンとともに去って行った。
僕はローガンを見上げ、
「今の、なんだったんですか?」
「今日のおじさんの任務は、ベルくんの代わりに牽制することだから」
ふふん、と何故か誇らしげに言うローガン。
僕はその意味がさっぱり分からないまま、ベルハイト達が待つ宿屋へ戻った。
滞在している部屋の扉を開けると、ユリウスにすごい勢いで部屋の中へ引っ張られた。
「どうだった?!」
気になって仕方なかったのだろう。僕の腕を掴む力は強い。
「明日、会えますよ」
「そ、そうか……。良かった……」
ふっとユリウスの手から力が抜け、息をついて椅子に座り込んだ。僕は預かっていた短剣を取り出す。
「これ、お返しします」
「ああ。……ありがとう」
ユリウスは短剣をぎゅっと握り締めてから、魔法鞄に仕舞った。
「明日は全員で行きますか?」
ベルハイトが言うとローガンは、うーん、と唸った。
「あんまり大勢で行っても、マリーちゃんに会う前に警戒されるかもね。もう警戒されてるけど」
向こうは僕達が、どういう経緯でユリウスと一緒にいるのかを知らない。もしかしたら人質か何かにされていると考えていてもおかしくない状況だ。であれば、万一に備えて外に人を残しておいたほうが無難だろう。
マリーディアのところへは、僕とユリウスとソニアで行くことになり、ベルハイトとローガンは訓練場の近くで待機することになった。
あとはマリーディア側の人数を確認したい。目的は一戦交えることではないが、警戒されている以上、備えはしなければならない。
「リースさん。王女殿下には、バライザの方が何人ついているか分かりますか?」
「侍女が二人と、護衛騎士が五人ついているはずだ」
「…………」
「……な、なんだ」
「まだいるでしょう?」
「っ!………………なんのことだ」
「“影”」
「!!」
なんで、とユリウスの顔に書いてある。その疑問にローガンが答える。
「帰りに尾けてきてたんだよ。あれは騎士の動きじゃないからねぇ」
「短剣は貴方の合意のもとに預かっていて、貴方が会いたいと言っていると伝えたつもりですけど、王女殿下がどこまで信じているかは分かりません」
初めて会った素性の知れない相手の言葉を、額面通りに受け取るような人でないのは、今日話していてよく分かった。無論、悪い意味ではなく、警戒や用心といった意味で、そうする必要があることを理解したうえでのことだ。
「尾行してきた“影”は、どうしたんですか?」
ソニアの素朴な疑問に答える。
「穏便にお帰りいただきました」
つまり、撒いた。
「「「「………………」」」」
本当のことを言ったのに、静まり返っているのは何故なのか。
「本当ですよ。ねえ、ローガンさん」
証人を召喚すると、苦笑いが返ってきた。
「あー、うん。あのねお嬢ちゃん。ユリウスくん達は別に疑ってるわけじゃないのよ」
じゃあ、なんだというのか。
「普通ね、撒けないのよ。王家の“影”なんて特殊な訓練を受けたその道のプロの尾行なんて、撒けるもんじゃないの」
む?
「俺はお嬢ちゃんの後を必死についてっただけ。お嬢ちゃんが先導してなきゃ、ここまで尾けられてたからね?」
……。
…………。
………………そういうものなのか。
「へぇ……」
曖昧な相槌を打つと、四人が同時に溜め息をついた。解せない。
「なにやってるのよ。ウケ狙いだとしても、面白くないわよ?」と、エドモンドを叱責していた訓練生を、彼と同じように尻もちをつかせた。
模擬戦三戦目。
「情けないな、お前ら!俺が手本を見せてやる!」と、勇んで出てきた訓練生にハイキックを寸止めしたら、泣きながら降参した。
模擬戦…………以下略。
なぜか訓練生と衛兵全員と模擬戦をするという、僕一人だけ総当たり戦の状態を終えた。な何故そんなことになったかというと、ライマンが面白がって本来の進行を無視したからだ。極めて遺憾である。
訓練生と衛兵は放心状態、観覧席はざわざわと騒がしい中、
「お嬢ちゃん、素敵!おじさん惚れ直しちゃう!」
裏声で声援を贈ってくるおじさんを連れて来たことを、僕はただただ後悔している。
「実に見事な手並み!」
満面の笑顔で声をかけてきたライマンは、とても満足そうだ。あとは訓練生達が今後どう振る舞うかだが、僕が手を貸すのはここまでだ。
近づいてきた気配に、僕は彼女のほうを見た。
「ライマン教官」
涼やかな声に、呼ばれたライマン以外もそちらを振り向いた。
マリーディア・ニスラ・エバ・ウルマー。
「よろしければ、そちらの方と少しお話しをさせていただけませんか?」
今日ここへ来た目的の人物に、僕とローガンはさっと膝をついて礼をとる。
「かしこまらないで、楽になさってください」
促されて立ち上がると、ライマンがマリーディアを紹介する。
「こちらはバライザ王国第一王女、マリーディア・ニスラ・エバ・ウルマー殿下であられる」
「運び屋のルカ・ブライオンと申します」
「冒険者のローガン・ウェルドです」
胸に手を当てて一礼すると、マリーディアは柔らかく微笑んだ。
「先程の模擬戦、とても素晴らしかったです。どなたに師事を受けられたのですか?」
「幼少の頃より独学で鍛錬しております」
「まあ…!独学であれほどまで…。短剣をお持ちのようですが、そちらも独学で?」
マリーディアとの会話が続く中、
「ライマン教官、少しよろしいですか?」
衛兵に呼ばれたライマンは、マリーディアに断りを入れてこの場を離れ、
「僕も少し失礼します」
そう言って、ジュリアンも未だに放心状態の訓練生のほうへ向かった。いつまでもへたり込んだままにしておくのは、気が引けたのだろう。
「――短剣といえば」
ライマンとジュリアンが離れたのを見計らって、僕は本題を切り出した。
「実は今、世界に一つしかないという珍しい短剣を知人から預かっているんです。よろしければご覧になりませんか?」
「ええ、是非」
ユリウスから預かった短剣を魔法鞄から取り出し、両手に乗せて差し出すと、
「!」
マリーディアの纏う空気が一瞬張り詰めた。しかしすぐに笑顔に戻り、
「……確かに、世界に一つしか存在しないもののようです。――どちらでこれを?」
「数日前、ここグラスダールで。持ち主は僕が今日ここへ赴くことを知って、機会があればこの短剣を王女殿下にお見せしてほしい、と。叶うならば、お目にかかりたいとも言っていました」
僕達の会話を聞いている様子の者は周囲いないが、迂闊にユリウスの名前は出せない。できるだけ暈しながら言葉を選んだ。
「……そうですか」
マリーディアは短く応えた。一見、先程と変わらず微笑んでいるが、その目はこちらをじっと見据えている。
「……私も、もっと貴方の話を聞きたいです。よろしければ今晩、またここでお会いできませんか?もちろん、その短剣の持ち主も。そうですね……、宵の刻にいかがでしょう?」
「殿下?!」
護衛の制止を片手で遮るマリーディアは、口元の笑みを崩さない。
「光栄です。持ち主とともに、是非伺わせていただきます」
僕の答えにマリーディアがほんの僅かに目を瞠った。
マリーディアが指定した訓練場は、僕にとってはアウェイだ。そんな場所で、視界も悪くなる時間帯に会うことを渋らなかったのが意外だったのだろうが、こちらとしては人払いさえしてあれば問題ない。
その時、
「中座して申し訳ありません。……なにかありましたか?」
ライマンとジュリアンが折良く戻ってきた。
この場の雰囲気の変化に気づいたライマンが尋ねるが、
「いいえ、なにも。大変有意義な時間でした。そろそろ失礼しますね」
笑顔で完璧に感情を隠し、マリーディアは侍女達とともにこの場を後にした。
僕はそっと息をついた。
マリーディアはとても聡明で、冷静に物事に対処できる女性だ。それは王族ゆえか、彼女が持って生まれたものか。どちらにせよ、姉であるという前提を除いても、ユリウスが信頼している理由が分かる。
そんなことを考えながらマリーディアを見送っていると、ジュリアンが遠慮がちに口を開いた。
「貴方に今日のお礼がしたいんだ。よかったら、このあと…」
「ごめんね~。おじさん達、他にも連れがいてさぁ。そろそろ帰らなきゃなのよ」
突然横から出てきたローガン。笑顔だが、有無を言わさぬ圧をかけながら言った。
僕も断るつもりだったので構わないのだが、なんだか妙な態度だ。
「あ…、そ、そうなんですね…」
ジュリアンはローガンの圧にタジタジになりながらも改めて礼を言うと、ライマンとともに去って行った。
僕はローガンを見上げ、
「今の、なんだったんですか?」
「今日のおじさんの任務は、ベルくんの代わりに牽制することだから」
ふふん、と何故か誇らしげに言うローガン。
僕はその意味がさっぱり分からないまま、ベルハイト達が待つ宿屋へ戻った。
滞在している部屋の扉を開けると、ユリウスにすごい勢いで部屋の中へ引っ張られた。
「どうだった?!」
気になって仕方なかったのだろう。僕の腕を掴む力は強い。
「明日、会えますよ」
「そ、そうか……。良かった……」
ふっとユリウスの手から力が抜け、息をついて椅子に座り込んだ。僕は預かっていた短剣を取り出す。
「これ、お返しします」
「ああ。……ありがとう」
ユリウスは短剣をぎゅっと握り締めてから、魔法鞄に仕舞った。
「明日は全員で行きますか?」
ベルハイトが言うとローガンは、うーん、と唸った。
「あんまり大勢で行っても、マリーちゃんに会う前に警戒されるかもね。もう警戒されてるけど」
向こうは僕達が、どういう経緯でユリウスと一緒にいるのかを知らない。もしかしたら人質か何かにされていると考えていてもおかしくない状況だ。であれば、万一に備えて外に人を残しておいたほうが無難だろう。
マリーディアのところへは、僕とユリウスとソニアで行くことになり、ベルハイトとローガンは訓練場の近くで待機することになった。
あとはマリーディア側の人数を確認したい。目的は一戦交えることではないが、警戒されている以上、備えはしなければならない。
「リースさん。王女殿下には、バライザの方が何人ついているか分かりますか?」
「侍女が二人と、護衛騎士が五人ついているはずだ」
「…………」
「……な、なんだ」
「まだいるでしょう?」
「っ!………………なんのことだ」
「“影”」
「!!」
なんで、とユリウスの顔に書いてある。その疑問にローガンが答える。
「帰りに尾けてきてたんだよ。あれは騎士の動きじゃないからねぇ」
「短剣は貴方の合意のもとに預かっていて、貴方が会いたいと言っていると伝えたつもりですけど、王女殿下がどこまで信じているかは分かりません」
初めて会った素性の知れない相手の言葉を、額面通りに受け取るような人でないのは、今日話していてよく分かった。無論、悪い意味ではなく、警戒や用心といった意味で、そうする必要があることを理解したうえでのことだ。
「尾行してきた“影”は、どうしたんですか?」
ソニアの素朴な疑問に答える。
「穏便にお帰りいただきました」
つまり、撒いた。
「「「「………………」」」」
本当のことを言ったのに、静まり返っているのは何故なのか。
「本当ですよ。ねえ、ローガンさん」
証人を召喚すると、苦笑いが返ってきた。
「あー、うん。あのねお嬢ちゃん。ユリウスくん達は別に疑ってるわけじゃないのよ」
じゃあ、なんだというのか。
「普通ね、撒けないのよ。王家の“影”なんて特殊な訓練を受けたその道のプロの尾行なんて、撒けるもんじゃないの」
む?
「俺はお嬢ちゃんの後を必死についてっただけ。お嬢ちゃんが先導してなきゃ、ここまで尾けられてたからね?」
……。
…………。
………………そういうものなのか。
「へぇ……」
曖昧な相槌を打つと、四人が同時に溜め息をついた。解せない。
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