78 / 92
第五十七話 ラマンドラ神殿①
しおりを挟む
バライザ王国、王都ジャンレーの北側。
ザナ渓谷を奥へと進んだその場所で、僕達は目の前にそびえるそれを見上げていた。
遡ること二時間ほど前。
王城に忍び込むにあたり、必要最低限で内部を移動できるよう、ローガンに神聖魔法[記憶の標]でバライザ王と王太子の居場所を探ってもらった。
しかし分かったのは、当然城にいると思っていた二人はそこにはいないという結果。
それに一番当惑したのはユリウスだった。
「城を空けるような公務は予定に無いはずだし、そもそも姉上も俺もいない今、二人とも揃って不在にするなんてあり得ない…!」
ユリウスの言う通り、常識的にも状況的にも不自然だ。そうなると、二人が自らの意思で城を離れたのかどうかも怪しい。
ローガンの話では、[記憶の標]の反応はジャンレーの北側へ消えたが、それ以上は範囲が広すぎてここから探るのは難しいらしい。
しかし、[記憶の標]に反応があり、方角が分かっているのなら探しようがある。
僕達はそのままジャンレーから北方へ出て、再度ローガンに二人の居場所を調べてもらった。すると、
「……ザナ渓谷の方だ。その一番奥、かな」
「ザナ渓谷って、王様が出向くような場所なんですか?」
しかも、こんな夜更けに。
「う~ん……。砦があるわけでもないしねぇ」
ローガンが考え込んでいると、口を開いたのはユリウスだった。
「……ザナ渓谷の最奥には、ラマンドラ神殿がある」
その声はどこか重々しく、視線は伏せられていた。
「古代遺跡として登録されているから、神殿の存在自体は誰が知っていてもおかしくないが、立ち入ることは禁止されている」
「そーいや、そんな所あるって聞いた気が……。前にザナ渓谷の依頼を受けた時に、神殿には絶対に近づかないように、ってギルドから言われたっけ。だから実際に見たことはないけど」
ローガンが思い出したように言った。
立ち入り禁止の神殿。そこにいる王と王太子。ユリウスの様子。
浮かぶ疑問から生まれる推測は、あまり良いとは言えないものばかりだ。
「そこって、何かあるんですか?」
「それは……」
問うと、ユリウスはぎゅっと唇を引き結んだ。
言いたくない、というよりは、言えない、といった表情。
彼がこの状況で情報を開示しない理由は察しがつく。
「もしかして、国家機密ですか?」
「…………」
ユリウスは肯定も否定もせず一度視線を逸らしたが、
「お前達を信用していないわけじゃないんだ。しかしあれは……」
言葉を探すユリウスを、僕は片手を挙げて制した。
「無理に訊くつもりはありません。僕達の目的は人工魔石の回収で、ラマンドラ神殿の秘密ではないですから」
国家機密なんて、不用意に触れてもお互いに良いことなどない。場合によっては関わらざるを得ないこともあるかもしれないが、ここで問い詰めるつもりはない。
今はただ、バライザ王と王太子の元へ行くべく、僕達はザナ渓谷の最奥へ向かった。
そして辿り着いたラマンドラ神殿。
石の柱が誘うように石畳の左右に立ち並び、その先にそびえる同じく石造りの建造物。絡みついた蔦や、経年劣化で欠けた箇所はあるものの、充分すぎるほど荘厳な姿をしている。しかし、
……嫌な感じだ。
まるで渓谷の最奥の一部のように佇むその神殿からは、何か得体の知れない気配が漂っていた。
「やだねぇ…。ヒリヒリする」
「何かいるんでしょうか……?」
同じく何かの気配を感じとったローガンとベルハイトが、神殿の様子を窺いながら呟いた。
ほんの少し開いていた扉を、ベルハイトとローガンが押し開けると、床に落ちていた小石が扉に弾かれ、カラカラと転がる音が内部に響いた。
天井は高く、明かり取りから差し込む光のおかげで内部は不便がない程度には明るいが、微かに苔むした空気はどことなく重い。聞こえるのは僕達の足音だけだが、先程から感じている気配のせいか、静けさよりもザワザワとした感覚が強くまとわりついてくる。
見回した限り真っ直ぐ進むしかないようなので、ベルハイト達と視線を交わして先へと進んだ。
「…………」
黙って歩くユリウスを窺い見ると、その表情は暗い。
父親と兄に対する心配もあるだろうが、どうやらそれだけではなさそうだ。彼が言えなかった、ラマンドラ神殿の国家機密。それも影を落としている要因かもしれない。
なんだか見ていられなくなり、僕はさりげなくユリウスの隣へ場所を移動した。
「ユリウスさん。体調が優れないようなら、[無限保存庫]に入りますか?何かあったらすぐ知らせますから」
ユリウスだけに聞こえるよう、小声で提案した。皆に、特にソニアに聞こえれば、とても心配するだろうから。
僕の提案に、ユリウスは青い顔のまま目を瞠ったが、すぐに首を振り、
「大丈夫だ。自分で歩ける。……ありがとう」
そう言って、真っ直ぐに前を見据えた。
その横顔を見て、これ以上何か言うのは野暮だろうと思い、僕は黙って頷いた。
数拍おいたあと、ユリウスは再びこちらを見た。その顔は、なぜか苦虫を噛み潰したようなそれでだったので、僕は首を傾げる。
「どうしました?」
「お前、もう少し距離感を考えたほうがいいぞ。俺に気を遣って話すためなのは分かってるが、傍から見ると近すぎる」
「距離感……」
改めて、僕とユリウスの距離を見た。僕の方が背が低いため、僕の肩とユリウスの腕がギリギリ触れない距離。
神殿内が静かなため、かなり近づいて話してしまったが、これが良くなかったらしい。
「ユリウスさん、近づかれるの苦手だったんですね。すみません」
少し離れながら謝ると、ユリウスは眉間のシワを深くした。
「そうじゃなくて、異性との……。いや、いい。どうせ言っても分からないだろうし。とにかく、俺に限らず距離は適度に保つようにしろ」
「了解です」
こういうところも、ベルハイトが以前言っていた「常識から逸脱」している部分なのだろうか。
そう考えていると、
「あ、ベルハイト相手なら好きにしていいぞ」
なぜ。
ちょうど思い浮かべていた人物の名が出てきたが、出てきた理由が分からない。
僕が疑問を口にする前に、ユリウスは歩調を速めて前を歩くローガン達を追っていく。
残された僕はベルハイトの背中を見ながら、ただただ首を傾げるばかりだった。
ザナ渓谷を奥へと進んだその場所で、僕達は目の前にそびえるそれを見上げていた。
遡ること二時間ほど前。
王城に忍び込むにあたり、必要最低限で内部を移動できるよう、ローガンに神聖魔法[記憶の標]でバライザ王と王太子の居場所を探ってもらった。
しかし分かったのは、当然城にいると思っていた二人はそこにはいないという結果。
それに一番当惑したのはユリウスだった。
「城を空けるような公務は予定に無いはずだし、そもそも姉上も俺もいない今、二人とも揃って不在にするなんてあり得ない…!」
ユリウスの言う通り、常識的にも状況的にも不自然だ。そうなると、二人が自らの意思で城を離れたのかどうかも怪しい。
ローガンの話では、[記憶の標]の反応はジャンレーの北側へ消えたが、それ以上は範囲が広すぎてここから探るのは難しいらしい。
しかし、[記憶の標]に反応があり、方角が分かっているのなら探しようがある。
僕達はそのままジャンレーから北方へ出て、再度ローガンに二人の居場所を調べてもらった。すると、
「……ザナ渓谷の方だ。その一番奥、かな」
「ザナ渓谷って、王様が出向くような場所なんですか?」
しかも、こんな夜更けに。
「う~ん……。砦があるわけでもないしねぇ」
ローガンが考え込んでいると、口を開いたのはユリウスだった。
「……ザナ渓谷の最奥には、ラマンドラ神殿がある」
その声はどこか重々しく、視線は伏せられていた。
「古代遺跡として登録されているから、神殿の存在自体は誰が知っていてもおかしくないが、立ち入ることは禁止されている」
「そーいや、そんな所あるって聞いた気が……。前にザナ渓谷の依頼を受けた時に、神殿には絶対に近づかないように、ってギルドから言われたっけ。だから実際に見たことはないけど」
ローガンが思い出したように言った。
立ち入り禁止の神殿。そこにいる王と王太子。ユリウスの様子。
浮かぶ疑問から生まれる推測は、あまり良いとは言えないものばかりだ。
「そこって、何かあるんですか?」
「それは……」
問うと、ユリウスはぎゅっと唇を引き結んだ。
言いたくない、というよりは、言えない、といった表情。
彼がこの状況で情報を開示しない理由は察しがつく。
「もしかして、国家機密ですか?」
「…………」
ユリウスは肯定も否定もせず一度視線を逸らしたが、
「お前達を信用していないわけじゃないんだ。しかしあれは……」
言葉を探すユリウスを、僕は片手を挙げて制した。
「無理に訊くつもりはありません。僕達の目的は人工魔石の回収で、ラマンドラ神殿の秘密ではないですから」
国家機密なんて、不用意に触れてもお互いに良いことなどない。場合によっては関わらざるを得ないこともあるかもしれないが、ここで問い詰めるつもりはない。
今はただ、バライザ王と王太子の元へ行くべく、僕達はザナ渓谷の最奥へ向かった。
そして辿り着いたラマンドラ神殿。
石の柱が誘うように石畳の左右に立ち並び、その先にそびえる同じく石造りの建造物。絡みついた蔦や、経年劣化で欠けた箇所はあるものの、充分すぎるほど荘厳な姿をしている。しかし、
……嫌な感じだ。
まるで渓谷の最奥の一部のように佇むその神殿からは、何か得体の知れない気配が漂っていた。
「やだねぇ…。ヒリヒリする」
「何かいるんでしょうか……?」
同じく何かの気配を感じとったローガンとベルハイトが、神殿の様子を窺いながら呟いた。
ほんの少し開いていた扉を、ベルハイトとローガンが押し開けると、床に落ちていた小石が扉に弾かれ、カラカラと転がる音が内部に響いた。
天井は高く、明かり取りから差し込む光のおかげで内部は不便がない程度には明るいが、微かに苔むした空気はどことなく重い。聞こえるのは僕達の足音だけだが、先程から感じている気配のせいか、静けさよりもザワザワとした感覚が強くまとわりついてくる。
見回した限り真っ直ぐ進むしかないようなので、ベルハイト達と視線を交わして先へと進んだ。
「…………」
黙って歩くユリウスを窺い見ると、その表情は暗い。
父親と兄に対する心配もあるだろうが、どうやらそれだけではなさそうだ。彼が言えなかった、ラマンドラ神殿の国家機密。それも影を落としている要因かもしれない。
なんだか見ていられなくなり、僕はさりげなくユリウスの隣へ場所を移動した。
「ユリウスさん。体調が優れないようなら、[無限保存庫]に入りますか?何かあったらすぐ知らせますから」
ユリウスだけに聞こえるよう、小声で提案した。皆に、特にソニアに聞こえれば、とても心配するだろうから。
僕の提案に、ユリウスは青い顔のまま目を瞠ったが、すぐに首を振り、
「大丈夫だ。自分で歩ける。……ありがとう」
そう言って、真っ直ぐに前を見据えた。
その横顔を見て、これ以上何か言うのは野暮だろうと思い、僕は黙って頷いた。
数拍おいたあと、ユリウスは再びこちらを見た。その顔は、なぜか苦虫を噛み潰したようなそれでだったので、僕は首を傾げる。
「どうしました?」
「お前、もう少し距離感を考えたほうがいいぞ。俺に気を遣って話すためなのは分かってるが、傍から見ると近すぎる」
「距離感……」
改めて、僕とユリウスの距離を見た。僕の方が背が低いため、僕の肩とユリウスの腕がギリギリ触れない距離。
神殿内が静かなため、かなり近づいて話してしまったが、これが良くなかったらしい。
「ユリウスさん、近づかれるの苦手だったんですね。すみません」
少し離れながら謝ると、ユリウスは眉間のシワを深くした。
「そうじゃなくて、異性との……。いや、いい。どうせ言っても分からないだろうし。とにかく、俺に限らず距離は適度に保つようにしろ」
「了解です」
こういうところも、ベルハイトが以前言っていた「常識から逸脱」している部分なのだろうか。
そう考えていると、
「あ、ベルハイト相手なら好きにしていいぞ」
なぜ。
ちょうど思い浮かべていた人物の名が出てきたが、出てきた理由が分からない。
僕が疑問を口にする前に、ユリウスは歩調を速めて前を歩くローガン達を追っていく。
残された僕はベルハイトの背中を見ながら、ただただ首を傾げるばかりだった。
36
あなたにおすすめの小説
異世界母さん〜母は最強(つよし)!肝っ玉母さんの異世界で世直し無双する〜
トンコツマンビックボディ
ファンタジー
馬場香澄49歳 専業主婦
ある日、香澄は買い物をしようと町まで出向いたんだが
突然現れた暴走トラック(高齢者ドライバー)から子供を助けようとして
子供の身代わりに車にはねられてしまう
[完結]7回も人生やってたら無双になるって
紅月
恋愛
「またですか」
アリッサは望まないのに7回目の人生の巻き戻りにため息を吐いた。
驚く事に今までの人生で身に付けた技術、知識はそのままだから有能だけど、いつ巻き戻るか分からないから結婚とかはすっかり諦めていた。
だけど今回は違う。
強力な仲間が居る。
アリッサは今度こそ自分の人生をまっとうしようと前を向く事にした。
異世界に転生したら?(改)
まさ
ファンタジー
事故で死んでしまった主人公のマサムネ(奥田 政宗)は41歳、独身、彼女無し、最近の楽しみと言えば、従兄弟から借りて読んだラノベにハマり、今ではアパートの部屋に数十冊の『転生』系小説、通称『ラノベ』がところ狭しと重なっていた。
そして今日も残業の帰り道、脳内で転生したら、あーしよ、こーしよと現実逃避よろしくで想像しながら歩いていた。
物語はまさに、その時に起きる!
横断歩道を歩き目的他のアパートまで、もうすぐ、、、だったのに居眠り運転のトラックに轢かれ、意識を失った。
そして再び意識を取り戻した時、目の前に女神がいた。
◇
5年前の作品の改稿板になります。
少し(?)年数があって文章がおかしい所があるかもですが、素人の作品。
生暖かい目で見て下されば幸いです。
ぽっちゃり女子の異世界人生
猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。
最強主人公はイケメンでハーレム。
脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。
落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。
=主人公は男でも女でも顔が良い。
そして、ハンパなく強い。
そんな常識いりませんっ。
私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。
【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】
お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~
みつまめ つぼみ
ファンタジー
17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。
記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。
そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。
「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」
恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!
【バフ】しかできない無能ちゃん。クランから追放されたら、全員を【バフ】する苦行から解放される。自分一人だけ【バフ】したら、なんか最強でした
北川ニキタ
ファンタジー
ニーニャは【バフ】と呼ばれる支援スキルしか持ってなかった。
おかげで戦闘には一切参加できない無能。
それがクラン内でのニーニャの評価だった。
最終的にクランはニーニャを使い物にならないと判断し、追放することに決めた。
ニーニャをダンジョン内に放置したまま、クランメンバーたちは去っていく。
戦えないニーニャはダンジョン内で生き残ることは不可能と誰もが思っていた。
そして、ニーニャ自身魔物を前にして、生きるのを諦めたとき――
『スキル【バフ】がレベル99になりました。カンストしましたので、スキルが進化します』
天の声が聞こえたのである。
そして、ニーニャを追放したクランは後に崩壊することとなった。
そう誰も気がついていなかった。
ニーニャがクラン全員を常に【バフ】していたことに。
最初だけ暗いですが、基本ほのぼのです。
【完結】花咲く手には、秘密がある 〜エルバの手と森の記憶〜
ソニエッタ
ファンタジー
森のはずれで花屋を営むオルガ。
草花を咲かせる不思議な力《エルバの手》を使い、今日ものんびり畑をたがやす。
そんな彼女のもとに、ある日突然やってきた帝国騎士団。
「皇子が呪いにかけられた。魔法が効かない」
は? それ、なんでウチに言いに来る?
天然で楽天的、敬語が使えない花屋の娘が、“咲かせる力”で事件を解決していく
―異世界・草花ファンタジー
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる