底無しポーターは端倪すべからざる

さいわ りゅう

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第五十八話 すくいあげる心

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 ラマンドラ神殿内部の探索を始めてしばらく経ったが、魔物が出てくることもなく、変わらず僕達の足音が反響している。

「なんか……、静かすぎて逆に不気味ですね…」

 ベルハイトがそう思うのも無理はない。
 外にいる時から感じている嫌な気配は未だにあるが、それが錯覚と思えるような静けさ。
 これがラマンドラ神殿の正常な状態なのか、それとも異常であるのか判断しかねていた。

「かなり広そうだし、正確な位置を割り出してみようか?まだ魔力に余裕あるよ」

「そうですね。お願いします」

 バライザ王と王太子を早く見つけるに越したことはない。
 ローガンが再び[記憶の標レクエルド=ビーコン]を使おうとした、その時。

 ソニアの足元の床が―――忽然と消えた。

「きゃああぁぁぁっ!!」

「ソニア?!」

 穴の出現とほぼ同時に床を蹴り、ユリウスの脇を抜け、僕はソニアを追って飛び込んだ。

「ルカさん?!」

 ベルハイトの声と風を切る音が混ざり、身体が落下していく。ソニアに追いつくよう、落下速度を上げるため、頭を下にし地面に対して垂直の姿勢をとった。

「ソニアさん!」

 呼びかけるが、ソニアはギュッと目を閉じたまま背中から落ちていく。

「ソニアさん!!手をっ!!」

「っ!!」

 もう一度呼んだ声に反応し、ハッとしたように目を見開いたソニアの必死に伸ばされた手を、引っ手繰るように掴んだ。 
 すかさず[無限保存庫ストレージ]を開き、魔法を取り出す。残念なことに宙を飛ぶような魔法や魔道具は無いが、安全さえ確保できればいい。

 精霊魔法[泡沫の小さき舟フォスカ=バルカ]。

 薄い透明な膜が、球形になって僕達を包む。
 その瞬間、勢いを伴っていた落下はその速度を失い、ふわりと漂うような落下へと変わった。

 本来、水面に浮かんだり、風に乗ったりするための魔法であるため、上昇することはできないが、高速で落下することも無い。

「ル、ルカさま……?これは……」

「精霊魔法の一つです。……思っていたより快適ですね」

 ふわふわとした感覚が心地良い。今度水の上でも使ってみよう。

 そんなことを考えていたら、穴の底が見えてきた。分かる範囲に危険なものは無さそうなので、そのまま底を目指す。
 到着すると、ソニアは座り込むようにぺたりと地面に、僕はその隣に着地した。それと同時に僕達を覆っていたシャボン玉のような膜は、溶けるように消えた。

「大丈夫ですか?」

「は…、はい………」

 肯定はしたものの、ソニアは座り込んだまま青い顔をしている。あの高さから突然落ちたのだから無理もない。

 落下時間の体感からして、この穴の深さはかなりある。上を見上げても僅かな光さえ無く、誰の声も聞こえないところを見ると、どうやら入り口は閉じてしまったようだ。
 しかしただの穴ではなかったようで、僕達がいる位置から横へと伸びる通路がある。上へ戻るのは難しそうなので、進路があるだけでも良しとしよう。
 幸い、あちらにはローガンがいる。[記憶の標レクエルド=ビーコン]を使えるので、僕達の位置を探りながら動いてくれるだろう。

「ソニアさん、立てそうですか?」

 声をかけると、なぜかソニアは一瞬びくりと肩を揺らしたあと、縮こまるように俯いた。

「…………した……」 

「?」

 何かをぽつりと呟いたソニアの顔を覗き込むようにしゃがむ。膝の上で握りしめた両手に視線を落とし、ソニアは再び口を開く。 

「……私…、やっぱりマリーディア様のところに残るべきでした……」

「…………」

「何もできないくせに、こんなところまでついてきて……、落っこちて、迷惑かけて……。ごめんなさい……っ」

 そう言ってソニアはギュッと唇を噛み締めた。

 追っ手に追われる旅路も、険しい山の道中も、敵に追われる祖国への帰還も。決して否を唱えることも、弱音を吐くこともなかったソニア。
 ずっと気を張っていたのが、先程の恐怖で一気に溢れたのだろう。しかし吐露されたのは謝罪の言葉。彼女は何よりも、僕達への申し訳なさを抱えているようだった。

「……ソニアさん」

 僕はソニアの両頬に手を添え、こちらを向かせた。高所からの落下で風を浴び続けたせいか、その頬はひんやりと冷えきっていた。

「迷惑だと思っていたら、グラスダールを出る時に同行を拒否しました。その後だって、メルビアに残ってもらうこともできたんです。ジャンレーでも、どこかに隠れていてもらうという手もありました。でもそうしなかったのは、貴方が同行することに、なんの疑念も無かったからです」

 真っ直ぐ、ソニアの目を見たまま告げる。

「王女殿下も言ってましたけど、人を支えるということは、誰にでもできることではありません。支える側にも強さがあってこそ、その関係は成り立つんです。貴方がいることで、守られている心がある。それは確かです」

「で、でも私……強くなんか……」

「ユリウスさんはバライザを出る時、貴方を選んだ。彼は王族です。自身の侍女だからという理由だけで、茨の道を共に歩かせたりしない。貴方なら大丈夫だという、確信があったはずです。それはきっと目には見えない強さなんじゃないでしょうか」

「目には見えない、強さ……」

 噛みしめるように言葉を反芻したソニアの頬から手を離し、ゆっくりと伝える。

「だから、迷惑だなんて思わなくていいんです」

 そのままじっと目を合わせていると、しだいにソニアの瞳が潤み、ぽろりと涙が零れた。

 な………………泣かせてしまった。なぜだ。

「ぐすっ……うぅ……、ル゙カさまぁ……っ」

 途端に堰を切ったように流れる涙。ソニアはそれを押し止めようと、埃を被った外套の裾で目元をぬぐおうとする。
 それで擦ったら目に良くない、と思い、魔法鞄マジックバッグから真新しい布を取り出してソニアに渡した。

「えぅ……、ずみ゙ま゙せん……」

 ずびずびと必死に涙を引っ込めようと、布を顔に押し当てるソニア。

「大丈夫。ゆっくりでいいですよ」

 身を小さくして泣くソニアを見守りながら、だいぶ無理をさせてしまっていたのだと反省した。
 同性ということもあり、宿屋などで彼女と二人きりになる時間は多かったというのに、なぜもっと話をしなかったのか。お互いに他愛もない話こそしていたものの、踏み込んだことは訊かなかった。ソニアの立場を考えれば、今の状況は明らかに日常からかけ離れているというのに。

 座り直し、ソニアが落ち着くのを黙って待つ。
 しばらくすると、ソニアはおずおずと目元だけ覗かせた。

「すみません……。こんな時に泣くなんて……」

 心底申し訳なさそうに言うソニアに、僕は「大丈夫です」と返した。

「ずび……っ。あの……、ぎゅってしていいですか…?」

「?はい。どうぞ」

 ぎゅ……?

 よく分からないまま承諾すると、ソニアは僕を包むように抱きしめた。ぎゅ、とはハグのことだったようだ。

「…………ぐすっ……」
 
 まだ僅かに鼻をすすっているのが肩口に聞こえ、僕はその背をぽんぽんとあやすように撫でた。

 しばらくして、ソニアはゆっくり身体を離した。

「……本当は、グラスダールを出る時、迷ったんです。私がついていったところで、できるのはユリウス様の身の回りのお世話くらい……。それだって私がしなくても、ユリウス様はご自分のことはご自分でできますから、必要ないんです」

 言いながら、ソニアはもう一度目尻をぬぐった。

「だから、メルビアでもジャンレーでも、私は残るべきなんじゃないか、って……。何も言われないのをいいことに、みなさんに甘えすぎてるんじゃないか、って……」

 ソニアはずっと不安だったのだろう。
 側でユリウスを支えたいという気持ちと、迷惑になるのではないかという考えに板挟みになりながらも、誰にも言えずにいた。あるじであるユリウスに弱音を吐くことも、出会って日の浅い僕達に本音を言うことも、簡単にはできないだろう。

 僕はソニアの頬についた汚れを指でぬぐいながら、

「僕はイエスマンじゃありませんから、駄目だと判断したら、有無を言わさず置いていくなり、[無限保存庫ストレージ]に放り込むなりします。それをしないのは、そうする必要がないと判断したからです。だから貴方は、自分の意志を貫いてください」

 僕はもうこれ以上の言葉を持っていない。ソニアが納得できたかは分からないが、涙はもう止まっていた。

「行きましょう。ベルハイトさん達に合流しないと」

 僕は立ち上がり、手を差し出す。
 ソニアはそれをじっと見たあと、腕でぐいっと目元を拭い、

「……はい!」

 笑顔で僕の手を握り返し、力強く立ち上がった。
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