底無しポーターは端倪すべからざる

さいわ りゅう

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第五十九話 今日から

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「…………駄目ですね」

 足元で発光していた魔法陣を消し、息をついた。
 神殿の入り口にでも戻れないかと思い、[空間転移トランステラ]を何度か試してみたが、どうにも上手くいかない。魔法自体は発動できるのだが、転移先を固定できないのだ。
 他の魔法は問題なく使えているので、魔力干渉のたぐいではない。[空間転移トランステラ]が場所そのものに干渉する魔法だということを考えると、おそらくこの場所そのものへの干渉を阻害する力が働いているのだろう。
 そうなると、ローガンの[記憶の標レクエルド=ビーコン]も正常に作用しない可能性がでてくる。

「ここじゃ使えないみたいです。失敗するといけませんし、このまま進んでみましょう」 

「はい!」

 ソニアは元気に返事をした。

 先程は落ち込んでいたので心配したが、元気になったようで良かった。

「ちなみに、転移に失敗するとどうなるんでしょう?」

 歩きながら、ソニアが興味津々といった様子で言った。[無限保存庫ストレージ]の時もそうだったが、ソニアは魔法を見ると少しテンションが上がるようだ。

「僕が聞いた話だと、目的と全く違う場所に跳んだり、複数人での転移の場合、それぞれ別の場所に跳んだりするらしいですよ」

 そこが街などの危険が少ない場所ならまだいいが、魔窟ダンジョンの中や空の上に転移した事例もあるらしい。情報源は言わずもがな、メルビアの魔法偏執狂バージルである。これらが彼の実体験でないことを願うばかりだ。

「それは大変ですね……」

 ソニアはなんとも言い難い表情。興味と恐怖の半々といったところだろうか。

 そのあとは黙々と一本道の通路を進んだ。
 時折緩やかにカーブするだけで、あの落とし穴以降、トラップの類は仕掛けられていない。
  
 僕があまり喋らないから気を遣っているのか、ソニアは僕の斜め後ろを静かについてくる。

「…………」

「…………」

 僕は思った。
 普段ならどんな沈黙も気にならないのだが、こういう時間こそ生かすべきではないだろうか、と。

 自慢ではないが、僕は友人と呼べる相手がいない。皆無と言ってもいい。正直なところ、友人と知人の境目が分からない。
 ニールは何故か僕の友人を自称しているが、彼とは時々冒険者ギルドや街中で顔を合わせる程度だし、バージルは友人というには何か違う気がする。ヘディは上司だし、ベルハイトは……仕事上の関係だ。
 運び屋ポーターという仕事柄、知り合いは多いが、世間一般で言う“友人”はいない……と思う。

 とどのつまり、世間話はできてもプライベートな会話は経験が不足しているのだ。

 昔から、「アンタは淡白すぎるのよ」とヘディにも言われていた。今までそれで困ったことは無かったが、ソニアの一件で僕も少し反省した。
 今更ではあるが、個人的なことを尋ねてみてもいいかもしれない。

 そう思い、僕はソニアの隣に並んだ。

「……ソニアさんは、侍女の仕事は長いんですか?」

 なんの脈絡もなく尋ねると、ソニアは一瞬きょとんとしたあと、ぱっと顔を輝かせた。

「侍女になったのは、八年ほど前です。私の母も城で侍女として仕えていて、その姿に憧れて、私も十二の時に始めて侍女の試験を受けました」

 ソニアは弾むような声で続ける。

「ですが初めての試験は力不足で……。翌年の試験に再挑戦いたしまして、十三の時に王城の侍女になれたんです」

 当時のことを思い出すように目を細めるソニアは、なんだかとても楽しそうに見えた。

「ユリウス様に初めてお目にかかったのは、侍女になって半年後のことでした。当時ユリウス様は八つになられたばかりで、お庭で稽古をされているマティアス様を追いかける姿が、それはもうお可愛らしくて……」

 そこでハッと、ソニアは言葉を切った。

「ごごご、ごめんなさいっ!つい長々と……!」

 可愛いユリウスの話を続けてもらってもよかったのだが…。

 十三歳で侍女になって八年ということは、ソニアは今二十一歳か。

「ユリウスさん付きになったのは、その時からですか?」

「いえ、それからさらに半年後です」

 侍女になって一年で王子付きとは……。

「ソニアさん、すごいです」

「それほどでも……、と言いたいところなのですが、ちょっと事情がありまして……」

 ソニアはバツが悪そうに苦笑した。

「ある時、急病で休むことになった侍女の代わりに、ユリウス様の私室のお掃除を手伝うことになったんです。私は張り切って臨んだのですが、そこで花瓶を割ってしまって……」

 それは……大変だ。

「弁償しようにも、私のお給金では到底支払えるはずがありません。真っ青になって立ち尽くしていた時、お部屋に戻られたユリウス様が、こうおっしゃったんです。……「あの花瓶は金では買えない物だ。だから代わりの罰として、お前は俺の侍女として働け」、と」

 自分の側で働くことを罰とするとは……。当時九歳だったことを考えると、なんと度量のあることか。

「それからずっと、お側に置いていただいているんです」

 そう言って、ソニアは幸せそうに笑った。



 それからいろいろな話をした。
 僕の仕事のこと、ソニアの仕事のこと、好きな食べ物、嫌いな食べ物、他にもいろいろ。
 なぜかベルハイトのことをどう思っているかと訊かれたが、「いい人ですよね」とだけ答えたら、少し残念そうな顔をされた。解せない。

 その後もソニアは実に楽しそうに話題を振ってくれるので、僕でも難なく会話が続いた。

「ルカさんはお休みの日、何をしているんですか?お友達とお出かけとか?」

「親しい友人はいないです。なので大体一人で鍛錬とか、買い出しとかですね」

 何気なく答えたそれに、ソニアの足がピタリと止まった。

「?」
 
 つられて立ち止まると、ソニアは僕の手を両手でギュッと握りしめ、 

「では今この時から、私をルカ様のお友達にしてください!」

「え」

「ダメでしょうか…?」

 しょぼんとして語尾を小さくするソニアに、僕は慌てて首を振った。

「駄目じゃないです。駄目じゃないんですけど……。……あの、気を遣う必要は……」

 友人はいないなんて言ったものだから、完全に気を遣われている。僕と友達になるなんて、ほとんど罰ゲームだろうに。

 しかしソニアは首を振り、

「いいえ!私がルカ様のお友達になりたいんです!」

 そう言って、僕の手を掴んだまま離さない。

「…………」

 いいのだろうか。なんだかソニアの優しさにつけ込んだようで気が引ける。でも、

 “友達”……。

 それはとても、嬉しいかもしれない。

 迷った末、僕は小さく頷いた。

「じゃあ、あの……。僕で良ければ、よろしくお願いします」

「はい!こちらこそ、よろしくお願いいたします!」

 この日、異国の神殿の落とし穴の底で友人ができた。
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