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〈別視点〉 ベルハイトとサイン
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突然穿たれた穴からひょこりと顔を出し、ルカさんは俺とユリウス殿下、そしてローガンさんを順に見た。
「ソニアさん。皆いましたよ」
「わ、すごいです!壁を壊して正解でしたね!」
ルカさんが後ろへ声をかけると、物騒なことを世間話のような調子で言いながら、ソニアさんも顔を出した。
「あ、ユリウス様!」
「ソニア!」
なんとも朗らかな笑顔で手を振るソニア。まるで街中で待ち合わせでもしていたかのような光景。瓦礫を避けるようにソニアさんをエスコートするルカさんもまた、この状況に不似合いだった。
「何事かと思えば、子供と女か……。どこから連れてきたのかは知らんが、ずいぶんお粗末な人選だな」
男が呆れたように言ったが、ルカさんは男と黒の鎧をちらりと見ただけで、それから奥の石壇をほうに視線を移した。興味を失ったのか、男もローガンさんに向き直る。
そして。
数メートルはあった男との距離を、ルカさんは音も無く一瞬で詰めた。
「っ!!」
頭上から振り下ろされた踵を、男が寸でのところで腕で防ぐ。ルカさんはもう片方の足裏でその腕を蹴りつけ、弧を描くように距離をとった。
「残念」
ルカさんがぽつりと呟いたそれは、踵落としが入らなかったことに対するものなのだろうが、あまり残念そうには聞こえない。
「小娘……。貴様、何者だ?」
先程のルカさんの動きに途端に警戒心を表した男が問うが、ルカさんはそれに答えることなく、ローガンさんに向き直った。
「ローガンさん、交代しましょう。向こうをお願いします」
「はいよ!」
ローガンさんはすぐさまそれに従い、ユリウス殿下を連れて石壇のほうへ向かう。男はそれを止めようともせず、ルカさんを注視していた。
「ベルハイトさん」
俺の名前を呼んだルカさんはこちらを見て、
「……え?」
なぜかサムズアップした。
間の抜けた声が俺の口から漏れたのは、その意味が分からなかったから。
そのまま彼女は何事もなかったかのように、男と対峙する。
……なんだ今の。何の合図だ?
考えている間にも、黒の鎧が再び動き出した。
やむなく応戦しながらも、先程の謎のジェスチャーが頭から離れない。
前にも見たような気がする。いつ、どこで?
――何事も挑戦です。
……そうだ。
確かロブエでローガンさんが現れた時、俺に扱ったこともない魔道具をそう言って手渡してから、あのジェスチャーをしていた。
あれと同じ意味なのか?
挑戦しろと?今?何に?
俺は今、目の前の鎧の相手で手一杯だというのに。
そこでふと思い至った。
現状、俺一人でこの黒の鎧を倒すには、魔法を使うのが一番有効打となる。魔法で生みだされた全身鎧相手に、長剣だけでは相性が悪い。
つまり、現状を打破する方法。
魔法を使え。ルカさんは、そう言っていたのか?
もしも、もしもそうだとしたら、圧倒的に言葉が足りない。分かった俺、すごくないか?
「っ!!」
大剣を避け、体勢を立て直しながら考える。
そもそも俺は全詠唱しなければ魔法は使えない。詠唱とは、ただ唱えればいいわけではなく、その魔法を行使するために魔力を制御しなければならない。全詠唱は安全な場所、もしくは戦場においては後方で行うのが常識だ。一対一で剣を打ち合っている人間がやることではない。
俺にそんなことができるか?
……いや、そうじゃない。やらなければならない。
今までいつも、心の何処かで無意識に思っていた。
あの人ならなんとかするはずだ。たとえ俺がしくじっても、ルカさんがいれば……と。
だからと言って、戦闘で手を抜いたことなど無いし、寄りかかるつもりも毛頭なかった。
同行すると決めた時に自分で言ったのだ。ルカさんに助けてもらうつもりで同行するわけではない、と。
だから、俺の力でやらなくては。
「――其は揺蕩う万物の現身」
体内の魔力を言の葉にのせ、魔法を形作っていく。それに反応したように黒の鎧が仕掛けてくるが、
「…っ!」
重い斬撃に詠唱が途切れそうになるのを、なんとか繋ぎ止める。
全詠唱といえど、詠唱がこんなに長く感じたことはない。黒の鎧の攻撃を防ぐたび、避けるたび、繋いだ魔力の糸が切れそうになる。詠唱を続ける自分の声が、まるで遠くから聞こえるかのように掠れていた。
「空の金、森の白、海の銀、陸の碧……っ」
息が切れる。肉体的な負荷よりも、無理矢理魔力を循環させている負荷が大きい。
でもあと少し。あと少しで――。
「太陽に鳴りて、花と咲け!月に歌いて、風と舞え!」
長剣を握っている右手に熱が灯る。
俺は大きく後方に跳び、長剣を真っ直ぐ黒の鎧に突きつけた。そして剣身が淡く光を纏う。
「――脅威を滅せよ、深き森の賢王」
長剣から放たれた光は巨大な狼の形を成し、咆哮のような唸りを上げながら、その爪が黒の鎧を呑み込んだ。
黒の鎧は一瞬で断ち切られ、ただの黒い塊となって転がったが、やがて霧散するように跡形も無く消えた。
「っ、はっ……」
魔法を安定させるために通常よりも魔力を注ぎ込んだせいで、どっと負荷がかかった。膝に手をついて身体を支えながら、呼吸を整える。
できた……。
身体はだるいし、魔力も余計に消費した。もし失敗していたら、この隙を突かれていただろう。この先も同じことをするならば、もっと魔力制御技術と魔法自体の練度を上げる必要がある。
課題はあるが、確かな手応えもあった。
もしかしたら、何か掴めるかもしれない。
湧き上がってきた光が灯るような感覚に、ぐっと拳を握った時、
ドゴンッ!!
硬いものが砕けるような衝撃音に、ハッと我に返った。
音のほうを振り向けば、短剣を鞘に収めて服の土煙を払うルカさんの姿と、その足元には床石にクレーターを作ってめり込んだ男の姿があった。
ルカさんの武器は短剣で、魔法を使った気配は無かった。だというのに、何をどうやったらああなるのか。
俺の視線に気づいたルカさんが、男を[無限保存庫]に入れてから駆け寄ってきた。
「ベルハイトさん、すごいです。応戦しながら全詠唱なんて、思い切りましたね」
ルカさんにしては珍しく、やや興奮したような口調。その様子に嬉しさが込み上げるが、ふと冷静になる。
「え、いや……。ルカさんが使えって言ったんじゃないですか」
「?僕が?」
はて?と首を傾げるルカさん。
「サムズアップ、しましたよね…?」
「しました」
「あれって、挑戦しろって意味では?」
「サムズアップって、そんな意味があるんですか?」
「無いですけど……」
「???」
違った。一人で深読みしてめちゃくちゃ恥ずかしいな?俺。
結果上手くいったからいいが、俺の独り問答の時間はなんだったのだろう。
「じゃあ、あれはなんのサインだったんですか?」
俺の問いに、ルカさんは再び首を傾げる。
「え…………。“ただいま”?」
「ただいま??」
「もしくは……、“お互い無事でなによりですこの人達誰ですかまぁいいやとりあえず片付けましょう”?」
「あのジェスチャーにそんな長文込めないでください……」
絶対伝わらないだろ、それ。
深読みした俺が言えたことではないが、サムズアップの一般的な意味から離れすぎてる。
溜め息をつく俺と、その嘆息の意味を理解していないであろうルカさん。無意味にお互いの心境を測っていたら、物陰に隠れていたソニアさんがいつの間にか側に来ていた。
「お二人とも、今はあちらへ急ぎませんか……?」
遠慮がちに促したソニアさん。
そこでようやく俺とルカさんは状況を思い出し、石壇へと向かった。
「ソニアさん。皆いましたよ」
「わ、すごいです!壁を壊して正解でしたね!」
ルカさんが後ろへ声をかけると、物騒なことを世間話のような調子で言いながら、ソニアさんも顔を出した。
「あ、ユリウス様!」
「ソニア!」
なんとも朗らかな笑顔で手を振るソニア。まるで街中で待ち合わせでもしていたかのような光景。瓦礫を避けるようにソニアさんをエスコートするルカさんもまた、この状況に不似合いだった。
「何事かと思えば、子供と女か……。どこから連れてきたのかは知らんが、ずいぶんお粗末な人選だな」
男が呆れたように言ったが、ルカさんは男と黒の鎧をちらりと見ただけで、それから奥の石壇をほうに視線を移した。興味を失ったのか、男もローガンさんに向き直る。
そして。
数メートルはあった男との距離を、ルカさんは音も無く一瞬で詰めた。
「っ!!」
頭上から振り下ろされた踵を、男が寸でのところで腕で防ぐ。ルカさんはもう片方の足裏でその腕を蹴りつけ、弧を描くように距離をとった。
「残念」
ルカさんがぽつりと呟いたそれは、踵落としが入らなかったことに対するものなのだろうが、あまり残念そうには聞こえない。
「小娘……。貴様、何者だ?」
先程のルカさんの動きに途端に警戒心を表した男が問うが、ルカさんはそれに答えることなく、ローガンさんに向き直った。
「ローガンさん、交代しましょう。向こうをお願いします」
「はいよ!」
ローガンさんはすぐさまそれに従い、ユリウス殿下を連れて石壇のほうへ向かう。男はそれを止めようともせず、ルカさんを注視していた。
「ベルハイトさん」
俺の名前を呼んだルカさんはこちらを見て、
「……え?」
なぜかサムズアップした。
間の抜けた声が俺の口から漏れたのは、その意味が分からなかったから。
そのまま彼女は何事もなかったかのように、男と対峙する。
……なんだ今の。何の合図だ?
考えている間にも、黒の鎧が再び動き出した。
やむなく応戦しながらも、先程の謎のジェスチャーが頭から離れない。
前にも見たような気がする。いつ、どこで?
――何事も挑戦です。
……そうだ。
確かロブエでローガンさんが現れた時、俺に扱ったこともない魔道具をそう言って手渡してから、あのジェスチャーをしていた。
あれと同じ意味なのか?
挑戦しろと?今?何に?
俺は今、目の前の鎧の相手で手一杯だというのに。
そこでふと思い至った。
現状、俺一人でこの黒の鎧を倒すには、魔法を使うのが一番有効打となる。魔法で生みだされた全身鎧相手に、長剣だけでは相性が悪い。
つまり、現状を打破する方法。
魔法を使え。ルカさんは、そう言っていたのか?
もしも、もしもそうだとしたら、圧倒的に言葉が足りない。分かった俺、すごくないか?
「っ!!」
大剣を避け、体勢を立て直しながら考える。
そもそも俺は全詠唱しなければ魔法は使えない。詠唱とは、ただ唱えればいいわけではなく、その魔法を行使するために魔力を制御しなければならない。全詠唱は安全な場所、もしくは戦場においては後方で行うのが常識だ。一対一で剣を打ち合っている人間がやることではない。
俺にそんなことができるか?
……いや、そうじゃない。やらなければならない。
今までいつも、心の何処かで無意識に思っていた。
あの人ならなんとかするはずだ。たとえ俺がしくじっても、ルカさんがいれば……と。
だからと言って、戦闘で手を抜いたことなど無いし、寄りかかるつもりも毛頭なかった。
同行すると決めた時に自分で言ったのだ。ルカさんに助けてもらうつもりで同行するわけではない、と。
だから、俺の力でやらなくては。
「――其は揺蕩う万物の現身」
体内の魔力を言の葉にのせ、魔法を形作っていく。それに反応したように黒の鎧が仕掛けてくるが、
「…っ!」
重い斬撃に詠唱が途切れそうになるのを、なんとか繋ぎ止める。
全詠唱といえど、詠唱がこんなに長く感じたことはない。黒の鎧の攻撃を防ぐたび、避けるたび、繋いだ魔力の糸が切れそうになる。詠唱を続ける自分の声が、まるで遠くから聞こえるかのように掠れていた。
「空の金、森の白、海の銀、陸の碧……っ」
息が切れる。肉体的な負荷よりも、無理矢理魔力を循環させている負荷が大きい。
でもあと少し。あと少しで――。
「太陽に鳴りて、花と咲け!月に歌いて、風と舞え!」
長剣を握っている右手に熱が灯る。
俺は大きく後方に跳び、長剣を真っ直ぐ黒の鎧に突きつけた。そして剣身が淡く光を纏う。
「――脅威を滅せよ、深き森の賢王」
長剣から放たれた光は巨大な狼の形を成し、咆哮のような唸りを上げながら、その爪が黒の鎧を呑み込んだ。
黒の鎧は一瞬で断ち切られ、ただの黒い塊となって転がったが、やがて霧散するように跡形も無く消えた。
「っ、はっ……」
魔法を安定させるために通常よりも魔力を注ぎ込んだせいで、どっと負荷がかかった。膝に手をついて身体を支えながら、呼吸を整える。
できた……。
身体はだるいし、魔力も余計に消費した。もし失敗していたら、この隙を突かれていただろう。この先も同じことをするならば、もっと魔力制御技術と魔法自体の練度を上げる必要がある。
課題はあるが、確かな手応えもあった。
もしかしたら、何か掴めるかもしれない。
湧き上がってきた光が灯るような感覚に、ぐっと拳を握った時、
ドゴンッ!!
硬いものが砕けるような衝撃音に、ハッと我に返った。
音のほうを振り向けば、短剣を鞘に収めて服の土煙を払うルカさんの姿と、その足元には床石にクレーターを作ってめり込んだ男の姿があった。
ルカさんの武器は短剣で、魔法を使った気配は無かった。だというのに、何をどうやったらああなるのか。
俺の視線に気づいたルカさんが、男を[無限保存庫]に入れてから駆け寄ってきた。
「ベルハイトさん、すごいです。応戦しながら全詠唱なんて、思い切りましたね」
ルカさんにしては珍しく、やや興奮したような口調。その様子に嬉しさが込み上げるが、ふと冷静になる。
「え、いや……。ルカさんが使えって言ったんじゃないですか」
「?僕が?」
はて?と首を傾げるルカさん。
「サムズアップ、しましたよね…?」
「しました」
「あれって、挑戦しろって意味では?」
「サムズアップって、そんな意味があるんですか?」
「無いですけど……」
「???」
違った。一人で深読みしてめちゃくちゃ恥ずかしいな?俺。
結果上手くいったからいいが、俺の独り問答の時間はなんだったのだろう。
「じゃあ、あれはなんのサインだったんですか?」
俺の問いに、ルカさんは再び首を傾げる。
「え…………。“ただいま”?」
「ただいま??」
「もしくは……、“お互い無事でなによりですこの人達誰ですかまぁいいやとりあえず片付けましょう”?」
「あのジェスチャーにそんな長文込めないでください……」
絶対伝わらないだろ、それ。
深読みした俺が言えたことではないが、サムズアップの一般的な意味から離れすぎてる。
溜め息をつく俺と、その嘆息の意味を理解していないであろうルカさん。無意味にお互いの心境を測っていたら、物陰に隠れていたソニアさんがいつの間にか側に来ていた。
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