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〈別視点〉 ユリウスの守りたいもの
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これは夢だと、すぐに分かった。
なぜなら目の前に広がる景色が、生まれ育ったバライザではなかったから。
鬱蒼とした森の中。息を切らしながら、ソニアと走っている。
バライザとオルベリアを隔てる国境線を越え、足を踏み入れた異国の地。王城を出たあと追っ手に追われ、護衛騎士を喪い、ソニアと二人だけになったあの時。ただぼろぼろと泣きながら、逃げることしかできなかった。
なぜこんなことになってしまったのか。考えたところで現状が変わるわけでもなく、あの時は一刻も早く姉上の元へ行くことだけ考えていた。
「……お前、なんでそんなに強いんだ」
ルカに出会った当初、そんなことを訊いた。
そう訊いてしまったのは、たぶん妬みと羨望。訊いたところで何がどうなるわけでもない。それでも訊かずにいられなかったのは、俺が強ければ失わずにすんだものへ、向き合えていなかったからだと思う。
ベルハイトがエルシエル嬢の兄だと分かった時、正直ほっとした。初対面ではあるが、エルシエル嬢の手紙には、家族のことが書いてあることも多かったため、ベルハイトの人となりは知っていたからだ。
真面目で実直。少し心配性で不器用で、とても優しい人。
エルシエル嬢が教えてくれたベルハイトの人物像を要約すると、こんな感じだった。そして実際、ベルハイトはそんな人物だった。
父上の頼みで俺を探しに来てくれたローガンに対しても、最初は胡散臭かったものの、ぼんやりと子供の頃の記憶が蘇ってきた。
また父上達と、あの頃の話ができるだろうか。
不安は常にあったが、それでもきっと大丈夫だと、自分に言い聞かせていた。
ラマンドラ神殿の最奥。
父上と兄上は精神を操られ、俺がどんなに呼びかけても目が合うことすらなかった。魔道具を外すことはできたものの、全てが元通りになることもなかった。
きっとなんとかなる。
そう思っていた俺の足元が、頼りなくグラグラと揺れた。
「――……ま」
声がした。ぼんやりとした頭で、誰の声だろうかと考える。
「――スさま。……ユリウス様」
ハッとして目を開けると、ソニアが心配そうにこちらを見ていた。慌てて身体を起こすと、膝の上にあった書物が床に滑り落ちた。どうやら、書庫で魔法に関する文献を読み漁っているうちに、寝落ちしてしまったらしい。
ソニアが落ちた書物を拾い、机に置いた。
「ユリウス様。少しお休みになられたほうが……」
数時間前、グラスダールへ行っていたルカが戻ってきた。姉上への報告は滞りなく終えたが、魔力の回復法については手がかりになるような情報は得られなかったらしい。仕方のないことだ。
俺達が探しているのは、今まで多くの魔導師や研究家が途方もない時間を費やしながらも辿り着けない秘法。そう簡単に見つかるはずがない。
俺のほうも、何か少しでも手がかりはないかと魔法や魔道具に関する文献を漁ったものの、それらしい情報は何も見つけられずにいた。
もしかしたら、存在しないのかもしれない。
最悪の結末が頭の中を過ぎる。
もしそうだとしたら、俺はいったいどうしたらいいのだろう。
このまま解決策が見つからなければ、父上と兄上に代わり、俺が――。
「俺は、なんのために城を出たんだろうな……」
無意識の呟きに、ソニアがこちらを見たのが分かったが、言葉は零れ続ける。
「なんで俺は、何も守れないんだ……」
――貴方が危険を承知でここへ来たように、僕も、半端な気持ちで訊いてるわけじゃないんだよ。
あの時。俺の素性に勘づいたルカは、そう言って一切の手加減もしなかった。あの気迫を恐ろしいと感じたのは確かだが、同時に分かったこともある。
こいつは、俺とは違う。
何かを成すための力も、やり遂げるための覚悟も。
結局のところ、俺はなんの覚悟もできていなかったのだ。
オルベリアへ向かったのも、姉上に会うため。俺は父上と兄上を助けるために姉上の元へ行ったつもりだった。しかし実際は、ただ自分が助けてもらいたかったのだ。
「俺は、ただ怖くて……」
父上と兄上が知らない人間になったようで、恐ろしかった。何が起きているのか分からず、怯えていた。
――ユリウス、貴方はここに残りなさい。
――万一のことがあれば、バライザを背負うのは貴方なの。
姉上がそう言った時、俺はやっと思い出した。
俺が、ウルマー家が背負っているのは、国民なのだと。
分かっていたはずだった。物心ついた頃から何度もこの胸に刻んでいたはずだった。
俺は愚かだ。姉上が俺を守ろうとして矢面に立とうとするのは分かりきっていたのに。俺達には守らなければならないものがあるのに。
「俺はこの国の王族なのに、自分を、家族を助けることを優先してしまったんだ」
「ユリウス様……」
ここでこんな弱音を吐いたところで、ソニアを困らせてしまうだけだ。
一度だけ固く目を閉じ、忘れてくれ、と言おうとした時。
「――なるほど。大事だと思います。優先順位」
「っ?!」
沈鬱な空気に不似合いな、からりとした声。
突然聞こえたその声に、俺は椅子ごと倒れそうになったのをなんとか堪えた。
背もたれを掴んで振り返ると、少し離れたソファーに座るルカの姿が見えた。
「お前……っ、いつからそこに…!」
「?……貴方がうとうとし始めた時からです」
寝落ちする前じゃないか。なんで声をかけないんだ。そもそも、俺が認めた客人として城内にいるとはいえ、一人でうろうろしているルカを何故誰も咎めないのか。
「……案内もなく、どうやってここまで来たんだ」
「ローガンさんが場所を知ってたので」
「…………」
あとでローガンに、ここは貴方の家ではない、と釘を差すべきだろうか。
ルカは俺の視線を知ってか知らずか、読んでいた本をパタンと閉じた。
「僕はお肉が特に好きですけど、甘いものも好きです。だからお肉を食べたあとに、甘いものも食べます」
「……は?」
唐突に。本当に唐突に話し始めたルカの表情は、全くと言っていいほどいつも通りだ。
俺はまさかと思いながら、
「……夕食のリクエストか?」
ルカはわずかに首を傾げる。
「リクエストしていいんですか?」
「いいわけないだろ。食べたいものがあるなら、レストランに行け」
きっぱり言うと、ルカは残念そうに視線を落とした。こいつの言う事は冗談と本気の区別がつかないから困る。
ルカは立ち上がるとソファーの肘置きに座り直した。
「例え話です。僕はお肉も甘いものも、どちらも食べたいので諦めません」
例え話が下手くそか。
そう思ったが、口には出さなかった。
「優先順位というのは、他を切り捨てることが全てではありません。複数の事柄を整理し、限られた時間や方法の中で、最大の成果を得るための行動効率の徹底化を図るためのものです」
俺は黙って聞き続ける。
「国王であるお父さんと、王太子であるお兄さんを助けることは、国の安寧のためでもあります。そこに多少の私情があったとしても、それが悪いことだとは思いません」
そう、なのだろうか。
俺はいつでも、“王族”として行動しなければならないのではないだろうか。
「僕が守りたいのは自分の生活ですけど……、困っている友人も助けたいです」
ルカが俺の護衛をしているのは、今回の件がオルベリアにも少なからず影響が出ているからだ。だがそれだけではないのも、ここまでルカを見ていて、よく分かっていた。
「僕はメルビアの運び屋で、ベルハイトさんの同行者で、ユリウスさんの護衛で、ソニアさんの友人です。だから運び屋として仕事をして、同行者としてベルハイトさんの側にいて、護衛として貴方を、友人としてソニアさんを守ります」
なにか一つである必要はないのだろうか。
「貴方はトラヴァス様とパトリシア様の息子で、マティアス様とマリーディア様の弟で、バライザの第二王子です。息子として父親を、弟として兄を、王族として国を想い、そして守る。貴方は、そうしたいんでしょう?」
“家族”であり、“王族”であっていいのだろうか。
全部守れるなら、それが一番なのは分かっている。でもそれには、どうしたって“力”が必要だ。“守る力”が。
「俺は……、俺はお前とは違うんだ!力も、覚悟も無い!大事なもの全部なんて、俺一人で守れるわけが……」
だからせめて、“王族”として――。
「一人ではありません!」
「「っ!!」」
ソニアの声に驚いたのは、俺だけではなかった。何事にも動じなさそうなルカでさえ、わずかに肩を跳ねさせたあと固まっていた。
「私がいます!それに、ルカ様もベルハイト様も、ローガン様も!もちろんマリーディア様も、たとえ離れた場所にいても、その御心はユリウス様とともにあられます!」
ソニアは一度息をつき、少しだけ声量を抑えた。
「私が落ち込んでいた時、お友達が言ってくれたんです。自分の意志を貫け、と。だから私は、ユリウス様についていきます。正直私にできることなんて、たかが知れてますけど……それでも!私はユリウス様のお側で私にできることをいたしますから!」
「ソニア……」
「だから……、だから……っ」
ソニアは泣きそうになるのを寸でのところで堪えていた。なんと応えるべきか分からず言葉に詰まっていると、いつの間にかソニアの隣に来たルカは彼女の背を撫でてから、
「……泣かせた」
俺をじぃっと見た。無表情のままなのが逆に怖い。
ルカはソニアの背に手を添えたまま、
「同じですよ。僕も貴方も、守りたいものがある。ソニアさんが言うように、貴方一人で全てやる必要はありません」
なんでそんな風に言えるんだ。なんでそんなに――。
「お前達がこれ以上、関わる必要はないんだ。もう手を引いたほうが……」
つい零れた言葉に、ルカが目を細めた。
「む。……いいんですか、そんなこと言って」
「?……どういうことだ?」
ルカはおもむろに魔法鞄から一枚の紙を取り出した。よく見ると、ルカと交わした契約書だった。
「『途中で契約が破棄された場合、破棄を申し出た側から補償金として全財産を譲渡する』」
「は……?」
読み上げられた一文に、呆気にとられた。
なんだその無茶苦茶な内容は。そんなこと書いてあったのか?
「駄目ですよ。どこぞのティモンさんじゃないんですから、契約書はちゃんと読まないと」
誰だティモンって。
どこかで聞いた名前のような気がしたが、今はどうでもいい。
「お前……。いつもそんな契約内容で仕事してるのか?」
「これはユリウスさん専用の特別仕様です。絶対に破棄されることはないという自信ゆえです」
無表情がなんとなくドヤ顔に見えた。
「……本気か?」
「僕はやると決めたら、いつだって本気です」
こいつはどうしたって、ここで手を引く気は無いようだ。そのことに呆れつつも、安堵している自分がいる。
諦めるしかないのではと思っていた。
いつまでも父上と兄上を[無限保存庫]に入れておくわけにはいかない。国を守るための決断をしなければならない時は、すぐそこまできている。
でも、まだ……。
まだ、諦めたくない。
「……言い出したのも、契約書を作ったのもお前だからな?」
「ご心配なく。僕の全財産は死守しますから」
その自信に思わずフッと笑みが零れてしまったのは仕方ないと思う。まったく、ルカには敵う気がしない。
俺はソニアに向き直り、
「ありがとう、ソニア。……良い友人を持ったな」
「!はいっ!」
顔を輝かせるソニアの横で、ルカがそろりと視線を泳がせた。もしかしたら照れているのかもしれない。
「できることは全てやる。使えるものは全て使う。……全部、守ってみせる」
そう口にすると、言葉がすとんと胸の中に落ちた。まるで失くなっていたものが帰ってきたような感覚に、不思議と心が落ち着いた。
「ルカ。全て無事に片付いたら、なんでも好きなものをリクエストさせてやる」
そう言うと、ルカの目が心なしか輝いた気がした。
「それは楽しみです。……食糧庫を満杯にしておいてください」
どれだけ食べるつもりだ、と訊きそうになったがやめた。……答えを聞いたら胸焼けしそうだ。
なぜなら目の前に広がる景色が、生まれ育ったバライザではなかったから。
鬱蒼とした森の中。息を切らしながら、ソニアと走っている。
バライザとオルベリアを隔てる国境線を越え、足を踏み入れた異国の地。王城を出たあと追っ手に追われ、護衛騎士を喪い、ソニアと二人だけになったあの時。ただぼろぼろと泣きながら、逃げることしかできなかった。
なぜこんなことになってしまったのか。考えたところで現状が変わるわけでもなく、あの時は一刻も早く姉上の元へ行くことだけ考えていた。
「……お前、なんでそんなに強いんだ」
ルカに出会った当初、そんなことを訊いた。
そう訊いてしまったのは、たぶん妬みと羨望。訊いたところで何がどうなるわけでもない。それでも訊かずにいられなかったのは、俺が強ければ失わずにすんだものへ、向き合えていなかったからだと思う。
ベルハイトがエルシエル嬢の兄だと分かった時、正直ほっとした。初対面ではあるが、エルシエル嬢の手紙には、家族のことが書いてあることも多かったため、ベルハイトの人となりは知っていたからだ。
真面目で実直。少し心配性で不器用で、とても優しい人。
エルシエル嬢が教えてくれたベルハイトの人物像を要約すると、こんな感じだった。そして実際、ベルハイトはそんな人物だった。
父上の頼みで俺を探しに来てくれたローガンに対しても、最初は胡散臭かったものの、ぼんやりと子供の頃の記憶が蘇ってきた。
また父上達と、あの頃の話ができるだろうか。
不安は常にあったが、それでもきっと大丈夫だと、自分に言い聞かせていた。
ラマンドラ神殿の最奥。
父上と兄上は精神を操られ、俺がどんなに呼びかけても目が合うことすらなかった。魔道具を外すことはできたものの、全てが元通りになることもなかった。
きっとなんとかなる。
そう思っていた俺の足元が、頼りなくグラグラと揺れた。
「――……ま」
声がした。ぼんやりとした頭で、誰の声だろうかと考える。
「――スさま。……ユリウス様」
ハッとして目を開けると、ソニアが心配そうにこちらを見ていた。慌てて身体を起こすと、膝の上にあった書物が床に滑り落ちた。どうやら、書庫で魔法に関する文献を読み漁っているうちに、寝落ちしてしまったらしい。
ソニアが落ちた書物を拾い、机に置いた。
「ユリウス様。少しお休みになられたほうが……」
数時間前、グラスダールへ行っていたルカが戻ってきた。姉上への報告は滞りなく終えたが、魔力の回復法については手がかりになるような情報は得られなかったらしい。仕方のないことだ。
俺達が探しているのは、今まで多くの魔導師や研究家が途方もない時間を費やしながらも辿り着けない秘法。そう簡単に見つかるはずがない。
俺のほうも、何か少しでも手がかりはないかと魔法や魔道具に関する文献を漁ったものの、それらしい情報は何も見つけられずにいた。
もしかしたら、存在しないのかもしれない。
最悪の結末が頭の中を過ぎる。
もしそうだとしたら、俺はいったいどうしたらいいのだろう。
このまま解決策が見つからなければ、父上と兄上に代わり、俺が――。
「俺は、なんのために城を出たんだろうな……」
無意識の呟きに、ソニアがこちらを見たのが分かったが、言葉は零れ続ける。
「なんで俺は、何も守れないんだ……」
――貴方が危険を承知でここへ来たように、僕も、半端な気持ちで訊いてるわけじゃないんだよ。
あの時。俺の素性に勘づいたルカは、そう言って一切の手加減もしなかった。あの気迫を恐ろしいと感じたのは確かだが、同時に分かったこともある。
こいつは、俺とは違う。
何かを成すための力も、やり遂げるための覚悟も。
結局のところ、俺はなんの覚悟もできていなかったのだ。
オルベリアへ向かったのも、姉上に会うため。俺は父上と兄上を助けるために姉上の元へ行ったつもりだった。しかし実際は、ただ自分が助けてもらいたかったのだ。
「俺は、ただ怖くて……」
父上と兄上が知らない人間になったようで、恐ろしかった。何が起きているのか分からず、怯えていた。
――ユリウス、貴方はここに残りなさい。
――万一のことがあれば、バライザを背負うのは貴方なの。
姉上がそう言った時、俺はやっと思い出した。
俺が、ウルマー家が背負っているのは、国民なのだと。
分かっていたはずだった。物心ついた頃から何度もこの胸に刻んでいたはずだった。
俺は愚かだ。姉上が俺を守ろうとして矢面に立とうとするのは分かりきっていたのに。俺達には守らなければならないものがあるのに。
「俺はこの国の王族なのに、自分を、家族を助けることを優先してしまったんだ」
「ユリウス様……」
ここでこんな弱音を吐いたところで、ソニアを困らせてしまうだけだ。
一度だけ固く目を閉じ、忘れてくれ、と言おうとした時。
「――なるほど。大事だと思います。優先順位」
「っ?!」
沈鬱な空気に不似合いな、からりとした声。
突然聞こえたその声に、俺は椅子ごと倒れそうになったのをなんとか堪えた。
背もたれを掴んで振り返ると、少し離れたソファーに座るルカの姿が見えた。
「お前……っ、いつからそこに…!」
「?……貴方がうとうとし始めた時からです」
寝落ちする前じゃないか。なんで声をかけないんだ。そもそも、俺が認めた客人として城内にいるとはいえ、一人でうろうろしているルカを何故誰も咎めないのか。
「……案内もなく、どうやってここまで来たんだ」
「ローガンさんが場所を知ってたので」
「…………」
あとでローガンに、ここは貴方の家ではない、と釘を差すべきだろうか。
ルカは俺の視線を知ってか知らずか、読んでいた本をパタンと閉じた。
「僕はお肉が特に好きですけど、甘いものも好きです。だからお肉を食べたあとに、甘いものも食べます」
「……は?」
唐突に。本当に唐突に話し始めたルカの表情は、全くと言っていいほどいつも通りだ。
俺はまさかと思いながら、
「……夕食のリクエストか?」
ルカはわずかに首を傾げる。
「リクエストしていいんですか?」
「いいわけないだろ。食べたいものがあるなら、レストランに行け」
きっぱり言うと、ルカは残念そうに視線を落とした。こいつの言う事は冗談と本気の区別がつかないから困る。
ルカは立ち上がるとソファーの肘置きに座り直した。
「例え話です。僕はお肉も甘いものも、どちらも食べたいので諦めません」
例え話が下手くそか。
そう思ったが、口には出さなかった。
「優先順位というのは、他を切り捨てることが全てではありません。複数の事柄を整理し、限られた時間や方法の中で、最大の成果を得るための行動効率の徹底化を図るためのものです」
俺は黙って聞き続ける。
「国王であるお父さんと、王太子であるお兄さんを助けることは、国の安寧のためでもあります。そこに多少の私情があったとしても、それが悪いことだとは思いません」
そう、なのだろうか。
俺はいつでも、“王族”として行動しなければならないのではないだろうか。
「僕が守りたいのは自分の生活ですけど……、困っている友人も助けたいです」
ルカが俺の護衛をしているのは、今回の件がオルベリアにも少なからず影響が出ているからだ。だがそれだけではないのも、ここまでルカを見ていて、よく分かっていた。
「僕はメルビアの運び屋で、ベルハイトさんの同行者で、ユリウスさんの護衛で、ソニアさんの友人です。だから運び屋として仕事をして、同行者としてベルハイトさんの側にいて、護衛として貴方を、友人としてソニアさんを守ります」
なにか一つである必要はないのだろうか。
「貴方はトラヴァス様とパトリシア様の息子で、マティアス様とマリーディア様の弟で、バライザの第二王子です。息子として父親を、弟として兄を、王族として国を想い、そして守る。貴方は、そうしたいんでしょう?」
“家族”であり、“王族”であっていいのだろうか。
全部守れるなら、それが一番なのは分かっている。でもそれには、どうしたって“力”が必要だ。“守る力”が。
「俺は……、俺はお前とは違うんだ!力も、覚悟も無い!大事なもの全部なんて、俺一人で守れるわけが……」
だからせめて、“王族”として――。
「一人ではありません!」
「「っ!!」」
ソニアの声に驚いたのは、俺だけではなかった。何事にも動じなさそうなルカでさえ、わずかに肩を跳ねさせたあと固まっていた。
「私がいます!それに、ルカ様もベルハイト様も、ローガン様も!もちろんマリーディア様も、たとえ離れた場所にいても、その御心はユリウス様とともにあられます!」
ソニアは一度息をつき、少しだけ声量を抑えた。
「私が落ち込んでいた時、お友達が言ってくれたんです。自分の意志を貫け、と。だから私は、ユリウス様についていきます。正直私にできることなんて、たかが知れてますけど……それでも!私はユリウス様のお側で私にできることをいたしますから!」
「ソニア……」
「だから……、だから……っ」
ソニアは泣きそうになるのを寸でのところで堪えていた。なんと応えるべきか分からず言葉に詰まっていると、いつの間にかソニアの隣に来たルカは彼女の背を撫でてから、
「……泣かせた」
俺をじぃっと見た。無表情のままなのが逆に怖い。
ルカはソニアの背に手を添えたまま、
「同じですよ。僕も貴方も、守りたいものがある。ソニアさんが言うように、貴方一人で全てやる必要はありません」
なんでそんな風に言えるんだ。なんでそんなに――。
「お前達がこれ以上、関わる必要はないんだ。もう手を引いたほうが……」
つい零れた言葉に、ルカが目を細めた。
「む。……いいんですか、そんなこと言って」
「?……どういうことだ?」
ルカはおもむろに魔法鞄から一枚の紙を取り出した。よく見ると、ルカと交わした契約書だった。
「『途中で契約が破棄された場合、破棄を申し出た側から補償金として全財産を譲渡する』」
「は……?」
読み上げられた一文に、呆気にとられた。
なんだその無茶苦茶な内容は。そんなこと書いてあったのか?
「駄目ですよ。どこぞのティモンさんじゃないんですから、契約書はちゃんと読まないと」
誰だティモンって。
どこかで聞いた名前のような気がしたが、今はどうでもいい。
「お前……。いつもそんな契約内容で仕事してるのか?」
「これはユリウスさん専用の特別仕様です。絶対に破棄されることはないという自信ゆえです」
無表情がなんとなくドヤ顔に見えた。
「……本気か?」
「僕はやると決めたら、いつだって本気です」
こいつはどうしたって、ここで手を引く気は無いようだ。そのことに呆れつつも、安堵している自分がいる。
諦めるしかないのではと思っていた。
いつまでも父上と兄上を[無限保存庫]に入れておくわけにはいかない。国を守るための決断をしなければならない時は、すぐそこまできている。
でも、まだ……。
まだ、諦めたくない。
「……言い出したのも、契約書を作ったのもお前だからな?」
「ご心配なく。僕の全財産は死守しますから」
その自信に思わずフッと笑みが零れてしまったのは仕方ないと思う。まったく、ルカには敵う気がしない。
俺はソニアに向き直り、
「ありがとう、ソニア。……良い友人を持ったな」
「!はいっ!」
顔を輝かせるソニアの横で、ルカがそろりと視線を泳がせた。もしかしたら照れているのかもしれない。
「できることは全てやる。使えるものは全て使う。……全部、守ってみせる」
そう口にすると、言葉がすとんと胸の中に落ちた。まるで失くなっていたものが帰ってきたような感覚に、不思議と心が落ち着いた。
「ルカ。全て無事に片付いたら、なんでも好きなものをリクエストさせてやる」
そう言うと、ルカの目が心なしか輝いた気がした。
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