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1章
2歳 -水の陽月5-
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ジト目の私の前には、ふよふよと浮遊する物体が二つありました。つい先日も同じような金色の丸い物体を見ているので、考えるまでも無く正体が土の精霊だと確信できます。ただ前回の精霊の言動がアレだった為に、私の警戒心はマックス状態です。
それらは交互に上下運動をしたり、クルクルと回転したりしていたと思ったら、急にピョーーン!と私に向かって大ジャンプをしてきました。唐突な行動にビクッとして身構えた私は、思わず抱きかかえてくれている浦さんの服をギュッと掴んでしまいます。ですが結局飛び掛かっては来ず、何事も無かったかのように再び上下にポヨンポヨンと動いたりクルクル回転する二つの金の玉。
そんな事を2回繰り返したところで金さんがゴスッという音をさせて、二つの玉に同時に拳骨を落しました。
「いい加減、櫻を揶揄うのはやめんか!」
と怒られて、ポトポトッと二つの玉は着地と言えば良いのか、落下と言えば良いのか……。とにかく地面の降りてコロコロと転がりだしました。
「ごめんなさい」
「すみません」
二つの玉から同時に謝罪の言葉が飛び出ますが、どっちがどっちなのかは私には区別がつきません。というか、私は揶揄われていたの?!
「金さん……」
説明を求む!という思いを込めた視線を向けると、金さんはフゥと静かに溜息をついてから
「この者たちは、鬱金と山吹を守護している精霊だ。
我とは以前に何度か逢うた事がある」
と、地面を転がる二つの金の玉を鷲掴みにして持ち上げました。
<えっ?! 叔父上たちの守護精霊なの?!>
思わず驚きのあまり心話で金さんに返事をしてしまいました。確かに精霊と守護対象の人間の性格が似ている必要はありませんし、現に私と三太郎さんの性格も似ていません。……似ていないよね?
それでも驚かずにいられなかったのは、穏やか性格をしている叔父上たちの守護をしているとは思えないその行動に加え、金さんともイメージがかけ離れていたからです。私の中で土の精霊のスタンダードは金さんなので、その金さんの普段の言動とかけ離れている彼らに違和感を感じてしまったのです。
「守護を与えた人間に何か問題が生じたらしいという事を察し
様子を見に来た……おおかた、そんなところであろう?」
そうだったのかぁと金さんの説明に納得しかかったけど、
「でも それって2ねん いじょう まえのことじゃ……??」
と、首を傾げます。山吹なら1年前の水の極日の例の騒動の時の事を「問題が生じた」と判断されてもおかしくはありませんが、叔父上がそこまで危険な状態になったのは碧宮襲撃の時だけだと思うんですが……。
「まぁ、櫻がそう言いたくなる気持ちはわかるけどなぁ。
俺様だって櫻を守護する前なら、そいつらと同じだったろうし」
そうポリポリと頬をかきながら苦笑する桃さん。それに金さんも浦さんも同意のようで、
「以前、あなたに時計という時を告げる道具を
例の場所で見せてもらった事がありましたが、
あの一番早く回る針が真上に来るたびに
今している作業を中断して外に出ろと言われても無理じゃありませんか?
私達精霊にとっては1年や2年は誤差の範囲なのですよ」
確かに以前、精神世界の記憶フレームで時計を見せた事があります。一応この世界には線香を使った火時計があるらしいのですが、それはある程度大きな町にしか無いそうで……。何とか時計を再現できないかなぁと思って三太郎さんに見てもらったのです。ですが時計の原理が今一つ理解できていなかった私には、古い振り子時計のシステムを説明する事ができず、結局時計を作る事を諦めた経緯があります。その秒針が刻む一周と、精霊の感じる一年が同じぐらいの感覚だと三太郎さんは言うのです。時間の感覚が違いすぎます。
「この者たち第4世代の精霊ですら数千年はこの世に存在している。
我や浦のような第2世代ならば更にもう一桁上がるだろうが、
数える事をとうの昔にやめてしまっているため、正確な年は解らん。
そんな我らにとって、人の子の一生はあっという間なのだ」
そう言う金さんが少し寂しそうで……。何か声をかけたいのに、適切な言葉が思い浮かびませんでした。
「硬化の先達。色々とお聞きしたい事がございます」
そう片方の土の精霊が話し出せば、もう片方もそれに続いて
「先達の事、我らが守護する人の子の事。
それから火や水の精霊と一緒に居る事や、この地に満ちる精霊力の事。
どれもこれも興味深く、是非ともお教えいただきたい」
と金さんに猛烈アタックを開始しました。金さんとイメージが違うと思っていた叔父上たちを守護する土の精霊でしたが、好奇心が旺盛なところは一緒だったようです。金さんは大きなため息を一つ吐き出してから私に心話を飛ばしてきました。
<櫻、この者たちにそなたの事を教えても良いか?
この者たちの気性は我も知っておる。
信頼できるゆえ、下手に隠すよりもこちら側に取り入れた方が良い>
<うーん。……金さんが大丈夫だと判断したなら、構わないよ>
少し迷ってからそう伝えると、金さんは短く「感謝する」と心話を飛ばした後、両手に持った金の玉をじっと見つめて、何も言わなくなってしまいました。それと同時に叔父上たちの守護精霊も急に沈黙してしまいます。
「? 金さん、どうしたの??」
「土の精霊同士、高速で情報の交換をしているのですよ。
なので少しだけ待ってあげてください」
首を傾げた私の疑問に答えてくれたのは浦さんでした。何それ便利すぎ!!
そうやって無言のまま、3分間ほど見つめ合う金さんと金の玉2個。その3分でおおよその事を伝え終わったようで、
「その様な事が……」
「この娘、かなり特殊なのですね」
「あぁ、ゆえに目が離せぬ。色んな意味でな」
と、金さんたちがようやく通常モードに戻ってきました。色んな意味で目が離せないというところに若干の引っかかりを覚えつつも、前回の土の精霊のような事にならなくてホッと安心しました。この土の精霊たちとなら仲良くできるかな?
「えと、よろちくね」
そう言って私は握手代わりに二つの金の玉を撫でたのでした。
「はぁぁぁぁぁ……」
スポーツドリンクっぽいものを一気飲みし、これ以上ないぐらいに大きく息を吐きだした山吹に、数日前の叔父上の姿がダブって見えます。山吹も叔父上と同じように温泉に直行し、全身をこれでもかと洗ってきたようで、全身が少し赤くなっていました。実は数日前叔父上に
「石鹸の泡で撫でて洗うだけでは、綺麗になった気がしなくてなぁ」
と言われていたので、母上に経糸には硬糸を、緯糸には艶糸を使った少々特殊な布を突貫で織ってもらいました。織り目は大きくざっくりとしたモノでサイズも極小だったので、母上は即日完成させてくれました。前世で身体を洗う時に使うボディタオルの手触りに近いものが出来上がったと思います。これを使う事で石鹸の泡立ちは劇的に上がるでしょうし、洗った時のさっぱり感も増す事でしょう。でも肌への負担も上がりそうなので、そこは注意しないといけませんね。
「姫様、頼まれていた品を買って参りましたので確認して頂けますか?」
水分補給を済ませた山吹がそう言いだし、橡が幾つかの箱や袋をもってきました。今日、山吹が持ち帰った品々の中にアレと同じ箱があったように思います。
「姫様のご要望通り白い花は避け、黄色い花をあしらった着物と帯。
後、履物の木履は少し大きめのモノを買ってきてあります」
と綺麗な着物や帯を広げて並べました。木履というのは、私の知っている言葉でいえば「ぽっくり」のようです。その綺麗な着物に私も兄上も興味津々で、
「母上! これは母上が着るのですか?」
と兄上が笑顔で尋ねます。兄上よ、母上が着るには小さすぎると思いますよ。ですが逆に私が着るには大きすぎるサイズです。いったい誰用の着物なのか疑問に思って、私も兄上に倣って母上の顔を見上げました。
「これはね、槐。あなたの七五三の着物よ」
と母上がニコニコと笑顔で着物を手に取って、兄上に合わせるように掲げながら言い放ちました。
「ぼ、僕のですか??」
兄上は予想外の事にきょとんとしてしまっています。私はと言えば
(あぁ、そんな年なのかぁ)
と直ぐに事情を察しました。兄上は明日5歳になります。実はこちらの世界にも七五三を祝う習慣があるのです。ただあちらこちらに前世とは違うところがあり、例えば数え年で祝う前世に対し、この世界では満年齢で祝います。他にも細々とした所が違うのですが、一番大きな違いは男児は5歳、女児は7歳の時に異性装をして神社に参拝する事です。異性装をする事で妖の目から逃れられ、無事に成長出来ると信じられているのです。
「兄上、かぁーいーね!」
と綺麗な着物と兄上の顔を交互に見つついえば、
「僕はかわいいより、かっこうよい方が良いんだけど……」
と兄上は少し複雑そうな顔で着物を突きます。中身が女子高生だった私からすれば5歳の男の子なんて可愛いの一言に尽きるのですが、確かに男の子の兄上からすれば可愛いよりも格好良いの方が良いに決まっています。ちょっと失言でした。
ふと、一つ思い出した事がありました。
それは前世で読んだ小説のシーンでもあり、
先程叔父上たちの守護精霊から聞いた話でもあります。
私は山吹に対し思うところはもうほとんど無いのですが、それでも小さな仕返しがしたいと思う事もあるのです。1年間無視されっぱなしでしたからね。
なので爆弾を投下してみることにしました。
「叔父上はやまうきとけっこんすうの?」
そう言った瞬間、叔父上はポカンと一瞬何を言われたのか解らないという顔をしてしまいました。同じように山吹も???と疑問符を大量に頭の周りに発生させているかのような表情になります。
「櫻。叔父上は男で山吹も男だから結婚はしないよ?」
と叔父上が優しく教えてくれたのですが、そこで更なる爆弾投下です。
「でも、やまうきは叔父上に「けっこんしてください」って したんれしょ?
きいろのお花がいーーっぱいさいた おにわで。
叔父上は かぁーいーしろいお花がいっぱいさいたきものをきていたって」
一生懸命舌足らずな言葉で説明しますが、叔父上や山吹は首を傾げるばかりです。うーん、これは爆弾投下に失敗しちゃったかなと残念な気持ちになった時、
「あぁあああ!!! ありましたね!」
と橡が急に大声を出し
「私も思い出しました! 確かにそんな事がありましたね」
と母上までもが珍しく大きな声を上げます。そして二人同時にクスクスと笑い出してしまいました。あっ、母上たちは覚えていたみたい……というか、叔父上たちは5歳の頃の記憶が無かったんですね。
「姉上、あの、いったい??」
そう不思議そうに尋ねる叔父上ですが、母上はクスクス笑いが止まらないようで、代わりに橡が
「若様が御幼少のころ、今の坊ちゃまと同じ年齢の時の事です。
若様が大人しく女児の着物を纏われ、様々な装飾品を着けられたのに対し
山吹は女児の恰好を嫌がって逃げ出しまして……。
恐れ多くも一緒にお祝いをと仰って下さった当主様や奥方様に失礼にあたると
大急ぎで探したのですが、なかなか見つからず。
ようやく見つけた時、宮家の庭に一面に咲いた菊芋の花畑で、
山吹が若様に求婚したのです。若様はとてもとてもお可愛らしかったので……」
と、時々笑いを堪えるようにして橡が説明してくれました。そのシーンは小説では番外編として、小さい男の子が同じく小さな女の子の手を取って跪いているイラスト付きで書かれていました。もぅ全てが可愛いの極致で、読者投票でも評判が良かったシーンです。
「え? そんなことがあったのですか?
私は全く覚えていないのですが……」
そう言って困惑する叔父上に対し、山吹は暫く悩んだ後
「あっ!!!」
と叫んで固まってしまいました。どうやら山吹は思い出したようです。巻き添えを喰らって困惑する叔父上には本当に申し訳ないですが、してやったり感と言えば良いのか満足感がすごいです。
「でも櫻、どうしてあなたが知っているの?」
ようやく笑いが収まってきた母上が、私の顔を覗き込むようにして不思議そうに尋ねてきました。それに対し、私は此処に引っ越してきた当初に連発していた魔法の言葉の
「せいれいさんが いってたよ」
と返しました。うん、嘘は言ってない。ちゃんと叔父上たちの守護精霊たちに聞いた話だからね。
「金様! なぜお嬢様にその話をぉ!」
取り乱した山吹が盛大に狼狽えながら金さんに問いかけますが、
「話したのは我ではない」
と当然ながら金さんは否定します。その言葉に山吹たちの視線が浦さんや桃さんに向かいますが、二人は首を横に振って否定しました。
「えと、叔父上とやまうきのせいれいさんにきいたの」
流石に三太郎さんに責任を押し付けるのは申し訳ないので、本当の事をちゃんと伝えたところ
「「「「ええええええーーーっっ!!」」」」
と、叔父上や母上のカルテット絶叫が部屋に響いたのでした。
それらは交互に上下運動をしたり、クルクルと回転したりしていたと思ったら、急にピョーーン!と私に向かって大ジャンプをしてきました。唐突な行動にビクッとして身構えた私は、思わず抱きかかえてくれている浦さんの服をギュッと掴んでしまいます。ですが結局飛び掛かっては来ず、何事も無かったかのように再び上下にポヨンポヨンと動いたりクルクル回転する二つの金の玉。
そんな事を2回繰り返したところで金さんがゴスッという音をさせて、二つの玉に同時に拳骨を落しました。
「いい加減、櫻を揶揄うのはやめんか!」
と怒られて、ポトポトッと二つの玉は着地と言えば良いのか、落下と言えば良いのか……。とにかく地面の降りてコロコロと転がりだしました。
「ごめんなさい」
「すみません」
二つの玉から同時に謝罪の言葉が飛び出ますが、どっちがどっちなのかは私には区別がつきません。というか、私は揶揄われていたの?!
「金さん……」
説明を求む!という思いを込めた視線を向けると、金さんはフゥと静かに溜息をついてから
「この者たちは、鬱金と山吹を守護している精霊だ。
我とは以前に何度か逢うた事がある」
と、地面を転がる二つの金の玉を鷲掴みにして持ち上げました。
<えっ?! 叔父上たちの守護精霊なの?!>
思わず驚きのあまり心話で金さんに返事をしてしまいました。確かに精霊と守護対象の人間の性格が似ている必要はありませんし、現に私と三太郎さんの性格も似ていません。……似ていないよね?
それでも驚かずにいられなかったのは、穏やか性格をしている叔父上たちの守護をしているとは思えないその行動に加え、金さんともイメージがかけ離れていたからです。私の中で土の精霊のスタンダードは金さんなので、その金さんの普段の言動とかけ離れている彼らに違和感を感じてしまったのです。
「守護を与えた人間に何か問題が生じたらしいという事を察し
様子を見に来た……おおかた、そんなところであろう?」
そうだったのかぁと金さんの説明に納得しかかったけど、
「でも それって2ねん いじょう まえのことじゃ……??」
と、首を傾げます。山吹なら1年前の水の極日の例の騒動の時の事を「問題が生じた」と判断されてもおかしくはありませんが、叔父上がそこまで危険な状態になったのは碧宮襲撃の時だけだと思うんですが……。
「まぁ、櫻がそう言いたくなる気持ちはわかるけどなぁ。
俺様だって櫻を守護する前なら、そいつらと同じだったろうし」
そうポリポリと頬をかきながら苦笑する桃さん。それに金さんも浦さんも同意のようで、
「以前、あなたに時計という時を告げる道具を
例の場所で見せてもらった事がありましたが、
あの一番早く回る針が真上に来るたびに
今している作業を中断して外に出ろと言われても無理じゃありませんか?
私達精霊にとっては1年や2年は誤差の範囲なのですよ」
確かに以前、精神世界の記憶フレームで時計を見せた事があります。一応この世界には線香を使った火時計があるらしいのですが、それはある程度大きな町にしか無いそうで……。何とか時計を再現できないかなぁと思って三太郎さんに見てもらったのです。ですが時計の原理が今一つ理解できていなかった私には、古い振り子時計のシステムを説明する事ができず、結局時計を作る事を諦めた経緯があります。その秒針が刻む一周と、精霊の感じる一年が同じぐらいの感覚だと三太郎さんは言うのです。時間の感覚が違いすぎます。
「この者たち第4世代の精霊ですら数千年はこの世に存在している。
我や浦のような第2世代ならば更にもう一桁上がるだろうが、
数える事をとうの昔にやめてしまっているため、正確な年は解らん。
そんな我らにとって、人の子の一生はあっという間なのだ」
そう言う金さんが少し寂しそうで……。何か声をかけたいのに、適切な言葉が思い浮かびませんでした。
「硬化の先達。色々とお聞きしたい事がございます」
そう片方の土の精霊が話し出せば、もう片方もそれに続いて
「先達の事、我らが守護する人の子の事。
それから火や水の精霊と一緒に居る事や、この地に満ちる精霊力の事。
どれもこれも興味深く、是非ともお教えいただきたい」
と金さんに猛烈アタックを開始しました。金さんとイメージが違うと思っていた叔父上たちを守護する土の精霊でしたが、好奇心が旺盛なところは一緒だったようです。金さんは大きなため息を一つ吐き出してから私に心話を飛ばしてきました。
<櫻、この者たちにそなたの事を教えても良いか?
この者たちの気性は我も知っておる。
信頼できるゆえ、下手に隠すよりもこちら側に取り入れた方が良い>
<うーん。……金さんが大丈夫だと判断したなら、構わないよ>
少し迷ってからそう伝えると、金さんは短く「感謝する」と心話を飛ばした後、両手に持った金の玉をじっと見つめて、何も言わなくなってしまいました。それと同時に叔父上たちの守護精霊も急に沈黙してしまいます。
「? 金さん、どうしたの??」
「土の精霊同士、高速で情報の交換をしているのですよ。
なので少しだけ待ってあげてください」
首を傾げた私の疑問に答えてくれたのは浦さんでした。何それ便利すぎ!!
そうやって無言のまま、3分間ほど見つめ合う金さんと金の玉2個。その3分でおおよその事を伝え終わったようで、
「その様な事が……」
「この娘、かなり特殊なのですね」
「あぁ、ゆえに目が離せぬ。色んな意味でな」
と、金さんたちがようやく通常モードに戻ってきました。色んな意味で目が離せないというところに若干の引っかかりを覚えつつも、前回の土の精霊のような事にならなくてホッと安心しました。この土の精霊たちとなら仲良くできるかな?
「えと、よろちくね」
そう言って私は握手代わりに二つの金の玉を撫でたのでした。
「はぁぁぁぁぁ……」
スポーツドリンクっぽいものを一気飲みし、これ以上ないぐらいに大きく息を吐きだした山吹に、数日前の叔父上の姿がダブって見えます。山吹も叔父上と同じように温泉に直行し、全身をこれでもかと洗ってきたようで、全身が少し赤くなっていました。実は数日前叔父上に
「石鹸の泡で撫でて洗うだけでは、綺麗になった気がしなくてなぁ」
と言われていたので、母上に経糸には硬糸を、緯糸には艶糸を使った少々特殊な布を突貫で織ってもらいました。織り目は大きくざっくりとしたモノでサイズも極小だったので、母上は即日完成させてくれました。前世で身体を洗う時に使うボディタオルの手触りに近いものが出来上がったと思います。これを使う事で石鹸の泡立ちは劇的に上がるでしょうし、洗った時のさっぱり感も増す事でしょう。でも肌への負担も上がりそうなので、そこは注意しないといけませんね。
「姫様、頼まれていた品を買って参りましたので確認して頂けますか?」
水分補給を済ませた山吹がそう言いだし、橡が幾つかの箱や袋をもってきました。今日、山吹が持ち帰った品々の中にアレと同じ箱があったように思います。
「姫様のご要望通り白い花は避け、黄色い花をあしらった着物と帯。
後、履物の木履は少し大きめのモノを買ってきてあります」
と綺麗な着物や帯を広げて並べました。木履というのは、私の知っている言葉でいえば「ぽっくり」のようです。その綺麗な着物に私も兄上も興味津々で、
「母上! これは母上が着るのですか?」
と兄上が笑顔で尋ねます。兄上よ、母上が着るには小さすぎると思いますよ。ですが逆に私が着るには大きすぎるサイズです。いったい誰用の着物なのか疑問に思って、私も兄上に倣って母上の顔を見上げました。
「これはね、槐。あなたの七五三の着物よ」
と母上がニコニコと笑顔で着物を手に取って、兄上に合わせるように掲げながら言い放ちました。
「ぼ、僕のですか??」
兄上は予想外の事にきょとんとしてしまっています。私はと言えば
(あぁ、そんな年なのかぁ)
と直ぐに事情を察しました。兄上は明日5歳になります。実はこちらの世界にも七五三を祝う習慣があるのです。ただあちらこちらに前世とは違うところがあり、例えば数え年で祝う前世に対し、この世界では満年齢で祝います。他にも細々とした所が違うのですが、一番大きな違いは男児は5歳、女児は7歳の時に異性装をして神社に参拝する事です。異性装をする事で妖の目から逃れられ、無事に成長出来ると信じられているのです。
「兄上、かぁーいーね!」
と綺麗な着物と兄上の顔を交互に見つついえば、
「僕はかわいいより、かっこうよい方が良いんだけど……」
と兄上は少し複雑そうな顔で着物を突きます。中身が女子高生だった私からすれば5歳の男の子なんて可愛いの一言に尽きるのですが、確かに男の子の兄上からすれば可愛いよりも格好良いの方が良いに決まっています。ちょっと失言でした。
ふと、一つ思い出した事がありました。
それは前世で読んだ小説のシーンでもあり、
先程叔父上たちの守護精霊から聞いた話でもあります。
私は山吹に対し思うところはもうほとんど無いのですが、それでも小さな仕返しがしたいと思う事もあるのです。1年間無視されっぱなしでしたからね。
なので爆弾を投下してみることにしました。
「叔父上はやまうきとけっこんすうの?」
そう言った瞬間、叔父上はポカンと一瞬何を言われたのか解らないという顔をしてしまいました。同じように山吹も???と疑問符を大量に頭の周りに発生させているかのような表情になります。
「櫻。叔父上は男で山吹も男だから結婚はしないよ?」
と叔父上が優しく教えてくれたのですが、そこで更なる爆弾投下です。
「でも、やまうきは叔父上に「けっこんしてください」って したんれしょ?
きいろのお花がいーーっぱいさいた おにわで。
叔父上は かぁーいーしろいお花がいっぱいさいたきものをきていたって」
一生懸命舌足らずな言葉で説明しますが、叔父上や山吹は首を傾げるばかりです。うーん、これは爆弾投下に失敗しちゃったかなと残念な気持ちになった時、
「あぁあああ!!! ありましたね!」
と橡が急に大声を出し
「私も思い出しました! 確かにそんな事がありましたね」
と母上までもが珍しく大きな声を上げます。そして二人同時にクスクスと笑い出してしまいました。あっ、母上たちは覚えていたみたい……というか、叔父上たちは5歳の頃の記憶が無かったんですね。
「姉上、あの、いったい??」
そう不思議そうに尋ねる叔父上ですが、母上はクスクス笑いが止まらないようで、代わりに橡が
「若様が御幼少のころ、今の坊ちゃまと同じ年齢の時の事です。
若様が大人しく女児の着物を纏われ、様々な装飾品を着けられたのに対し
山吹は女児の恰好を嫌がって逃げ出しまして……。
恐れ多くも一緒にお祝いをと仰って下さった当主様や奥方様に失礼にあたると
大急ぎで探したのですが、なかなか見つからず。
ようやく見つけた時、宮家の庭に一面に咲いた菊芋の花畑で、
山吹が若様に求婚したのです。若様はとてもとてもお可愛らしかったので……」
と、時々笑いを堪えるようにして橡が説明してくれました。そのシーンは小説では番外編として、小さい男の子が同じく小さな女の子の手を取って跪いているイラスト付きで書かれていました。もぅ全てが可愛いの極致で、読者投票でも評判が良かったシーンです。
「え? そんなことがあったのですか?
私は全く覚えていないのですが……」
そう言って困惑する叔父上に対し、山吹は暫く悩んだ後
「あっ!!!」
と叫んで固まってしまいました。どうやら山吹は思い出したようです。巻き添えを喰らって困惑する叔父上には本当に申し訳ないですが、してやったり感と言えば良いのか満足感がすごいです。
「でも櫻、どうしてあなたが知っているの?」
ようやく笑いが収まってきた母上が、私の顔を覗き込むようにして不思議そうに尋ねてきました。それに対し、私は此処に引っ越してきた当初に連発していた魔法の言葉の
「せいれいさんが いってたよ」
と返しました。うん、嘘は言ってない。ちゃんと叔父上たちの守護精霊たちに聞いた話だからね。
「金様! なぜお嬢様にその話をぉ!」
取り乱した山吹が盛大に狼狽えながら金さんに問いかけますが、
「話したのは我ではない」
と当然ながら金さんは否定します。その言葉に山吹たちの視線が浦さんや桃さんに向かいますが、二人は首を横に振って否定しました。
「えと、叔父上とやまうきのせいれいさんにきいたの」
流石に三太郎さんに責任を押し付けるのは申し訳ないので、本当の事をちゃんと伝えたところ
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と、叔父上や母上のカルテット絶叫が部屋に響いたのでした。
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