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4章
16歳 -無の月14-
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浦さんも起きた事だし、焚き火で暖をとりながら報連相を……と思ったのですが、青藍以外の青の部族の人たちは遠くから見ているだけで誰も参加してくれません。彼らからマガツ大陸の情報を色々と聞きたいのですが、どうやら三太郎さんや龍さんに近づくことを躊躇っているようです。アマツ大陸の人たちもそうでしたが、この世界の人達は精霊に対する信仰心がとても強くて戸惑ってしまいます。精霊と対等な友達付き合いなんて無茶を望んでいるのではなく、気になるのなら下座でも良いから話し合いの席について欲しいだけなのに……。
この戸惑いは今に始まった事ではなく、母上や叔父上といった家族の言動からも常々感じていました。ですが悪いのは宗教に良くも悪くも頓着しない日本人だった前世の価値観を引きずっている私なので、この世界の人にも私のようになってほしいなんて強要は絶対にできません。それどころか、三太郎さんが許容してくれているのでそれに甘えていますが、本来なら私が直さなくてはならない点です。
ただ注意深く青の部族の人たちの表情を見ていると、精霊への畏怖と同時に炎に対する忌避感もあるようです。なので私のすぐ横に座っていた青藍も、最終的に他の青の部族の人に呼ばれて行ってしまいました。こういう時って子どものほうが柔軟なのかもしれません。青藍は普通に船の台所にも入ってきていましたし、火を避けるような事はなかっ……た?
(いや、青藍も桃さんと緋桐さんの事は避けてたわ)
思い返してみれば青藍も二人には敵意に満ちていました。ほんの数日前の事だというのに、随分と昔のような気がします。青藍と同様に青の部族の人たちも桃さんには思うところがあるようですが、流石に青藍のように直接的な行動には出ずに極力視界に入れないように顔を背け続けるだけのようです。
その時、心の中でストンと腑に落ちた感覚がありました。
(あっ、ここが一番違うんだ……)
戸惑いと同時に感じていた違和感、その理由に気づいたのです。アマツ大陸の人たちは自分を守護する精霊以外にも(序列はありますが)敬愛を示すのに対し、マガツ大陸の人達は自分を守護する精霊以外を敵視しています。
(これは身近な精霊が第2・第4世代のアマツ大陸と、
第3世代のマガツ大陸の違いなんだろうなぁ……)
まっ、何はともあれ話が進まないので浦さんにお願いして、せめて代表者だけでもここに来てもらいます。流石に水の精霊の浦さんの言葉には逆らえないようで、1人の男性が進み出てきました。
「私が長の白い貝です」
「……龍さん、通訳に失敗してない??」
長だと名乗りをあげた男性の名前がとても名前とは思えず、龍さんの作ってくれた通訳用織春金に何か問題がおきたのではと不安になってしまいます。せっかく情報が得られそうなのに、正確に訳されていないとなると情報の信憑性が落ちてしまいます。
「いや、そんなはずは無いのじゃが……」
顎に指を当てて首を傾げる龍さんですが、その反応を見た長も困惑したようで、
「私が一番最初に採った食べ物が白い貝でした。なのでソレが私の名です。
そして後ろに居るのは妻の青い小魚です」
そう言われて白い貝さんの後ろを覗き込めば、確かに女性が立っていました。青い部族の女性を初めて近くで見ましたが、基本的に男性と同じような外見でした。青黒い肌に頭髪は一切なく、男性に比べると華奢ですが同じ水の部族?のミズホ国の人達よりもずっとがっしりとした体格をしています。
そう、見ただけで体格が解ってしまうぐらいに薄着なのです。巨大な水の妖と遭遇する直前に出会った人達もそうでしたが、男性は腰から草か海藻を乾燥させたものをぐるっと腰蓑のようにして巻き付けているだけ。女性も下半身は男性と同じですが、胸には大きめの貝殻をあてて胸を隠しているだけという格好で、日常的に手足を出す格好をする前世基準でもかなり際どい格好です。ましてやこの世界では肘より下はともかく、膝下を見せる事はまずありません。しかも布ではなく動くたびに揺れる草や海藻なので、本当に万が一があったらどうしようとコチラが心配になるレベルです。
その妻だという女性の格好に気づいた緋桐さんが、慌てて顔を背けて彼女を視界から外しました。意図があっての事だとは解っていますが、緋桐さんは女性慣れしていると思っていたので意外です。
「寒くないですか? 良ければ皆さんも火にあたっては?」
長の妻の青い小魚さんに、はるか後方でじっとコチラの様子を伺っている人達も火にあたってはどうか?と提案したのですが、それに二度ゆっくりと瞼を閉じてから
「申し訳ありません。、精霊様のご提案は嬉しく思いますが、
私達にとって火は死を意味するのです」
と拒否されてしまいました。龍さんによれば彼らの言葉は文章じゃなくて単語の羅列なのだそうです。なので丁寧な言葉は表情や態度からくる補正の可能性が高いのですが、私達に対して一定の敬意をもって接してくれているのは確かです。
「でも寒さで体調不良になったりしませんか?
せめて体力の低い子供さんたちだけでも……」
「で、では……」
「そこで息絶えるのなら、その子の命はそこまでだったのです」
青い小魚さんがパッと顔を上げて何かを言いかけたのですが、それを打ち消すように白い貝さんがとんでもないことを言い出しました。
「は?」
苛立った声が思わず出てしまいます。
「そこで死ぬということは弱い子ということ。仕方ありません」
「ならば私達もあなた達を助けるべきではありませんでしたね」
思わずそう反論したら、白い貝さんがぎょっとした顔をしました。
「だってそういう事でしょう?
私達はこのまま貴方達とは関わらずに旅立つことにします」
彼らが私達に期待していることは、その眼差しからひしひしと感じていました。
彼らはあの水の大妖相手に、逃げる事すら満足にできなかったのです。今ここにはざっと30~40人ぐらいの青い部族の人がいますが、もともとは100人ほどの集団だったそうです。大昔にはもっとたくさん居たそうなのですが、徐々に減ってきたところに隠れ住んでいた地を巨大水の妖に襲われ、一気に激減してしまったのだとか。青藍はその襲撃から逃走中に親とはぐれてしまい、1人でトボトボと歩いているうちに海岸にたどり着いたんだそうです。
そんな状況下であの水の大妖を倒す者たちが現れ、しかもその者たちの中には精霊がいる。神代の昔より長い長い時を経て、再びこの地に土水風火の精霊が戻ってきたのです。期待するなという方が無理でしょう。
「お、お待ち下さい!」
「私はあなた達の嫌がる事をしたくはありません。
弱い者から死ぬのが当然だというのなら、それを尊重しましょう」
私はそう言うと立ち上がり、三太郎さんたちに出立の準備をするように促しました。「仕方ない」と言えるのは、ありとあらゆる努力をした後です。
人事を尽くして天命を待つ。
ありとあらゆる努力した上で出た結果なら、ソレは天の采配だというのは私も同感です。ですが命を守る努力もしないで、死ぬのはその人の運命だなんて口が裂けても言ってほしくありません。
(叔父上……。私は、私は間違っていますか……?)
死というものが受け入れられず、周りを巻き込んでここまでやってきました。それに「ところ変われば……」という言葉があるように、育った環境によって価値観も大きく変わるという事も理解しています。青い部族の人たちがそういう価値観になった事にも理由があるでしょうし、彼らにとってはそれが正しいことなのかもしれません。でも……でも……。
白い貝さんは明らかに狼狽え、私と浦さんを交互に見つめてきます。水の精霊である浦さんは彼にとっては神に等しく、神の一声でどうにか上手く収まらないかという期待が視線にも現れています。
「私は先程も言ったはずですよ?
己がすべき事を理解し行動する者。努力をする者が必要だと」
そう身支度を整えながら淡々と告げる浦さんに、白い貝さんの顔がまるで死刑宣告を受けたかのように絶望に染まりました。普段、私が感情任せの判断をしそうになると浦さんは注意をしてくれますし、金さんは止めてくれます。桃さんは危険性さえなければ何事も経験というスタンスですが、明確に私が間違っている場合はちゃんと止めてくれます。その三太郎さんたちが揃いも揃って、私を止めるどころか同じように立ち上がって身支度を整えはじめました。
「申し訳ございません!
精霊様方のご厚意に対し無礼な返答をしたこと、心よりお詫び申し上げます。
ですから、どうか、どうかお待ち下さい!」
そう叫んだ青い小魚さんは、その場に片膝をついて、立てた膝の上に両手を重ねて置き、その手の甲の上に額を乗せました。どうやら青の部族にとって、このポーズが謝罪、或いはお願いのポーズのようです。妻がいきなり謝罪をはじめたことで、白い貝さんも自分も謝らなくてはと思ったのか同じポーズで謝罪を口にしました。
「どう致す?」
金さんが意思決定をこちらに委ねてきました。私としては確かに苛立ちはしましたが、こうやって大人を平伏させたい訳ではありませんし、謝罪されてなお「知らない!」と言えるほど非情にもなれません。
「浦さん……つまり水の精霊だけじゃなく、
他の精霊にも同様の敬意を示すことを約束してくださるのなら……。
あなたがたにとって水以外の精霊は命を脅かすものなのかもしれませんが、
神代の頃の精霊たちは手を取り合って世界を作り、守っていたはずですよ」
私がそう言うと、青い小魚さんは即座に「はい!」と大きく返事をしてくれました。対し白い貝さんは顔を少し上げて浦さんの様子を盗み見し、浦さんが見守るように私のすぐ後ろで立っているのを見て、再び頭を下げて小さく「はい」と答えます。
「そして色々とあなたがたの常識とは違う事もあるかもしれませんが、
まずは話し合いましょう。話し合いを拒否しておきながら
自分たちの常識を押し通すのは止めてください」
「はい、申し訳ございません」
正直、私の常識からすれば今の青い小魚さんや白い貝さんの体勢もどうかと思ってしまいます。だって下半身は腰蓑なんですよ。それでそんな体勢をすれば、いろんなものが色々とギリギリなんです!
私は同じ格好で同じ体勢は絶対にしたくありませんが、彼らにとってそれがあたりまえの文化ならばソレを改めるようには言いたくありません。
「私の方こそ、きつい言葉を使ってしまってごめんなさい」
私はそう言うと、青い小魚さんの肩に手をおいて顔を上げてもらうと、手をとって立ち上がってもらいます。彼女の手はとても冷たくて、今にも私の手が凍ってしまいそうなほどです。
「なにこれ冷たすぎ!! 早く温まって!!
桃さん、焚き火をもう1つ……いや4つぐらい作って!」
「簡単に言うなよ。
火を熾すのは簡単だが燃やせるものがなきゃ維持できねぇだろ」
「あぁ、そっかぁ。どうしよう。流石にこの人数を船には連れていけないし……」
あの船の居住スペースは私と緋桐さんの2人分しかありません。食堂や廊下、倉庫なども使うのなら全員収容可能でしょうが、あの船は色々と精霊の技能が詰め込まれているので、あまりたくさんの人を一度に招きたくはありません。青藍1人ぐらいなら大丈夫ですが、人数が増えれば増えるほど目が行き届かなくなりますから。
「仕方ない。儂のとっておきじゃ。
桃、少し手を貸せ」
私が悩んでいると、龍さんはそう言って桃さんの手を取りました。
「あ? 俺様、精霊と手を握り合って喜ぶ趣味はねぇんだけど?」
「安心しろ、儂も無い」
相変わらずソリの合わない二人ですが、龍さんは問答無用とばかりに桃さんの手を握るとグッと眉間に力をいれます。すると途端に桃さんが
「ウグッ! てめぇ、霊力持って行くのなら前もって言え!」
と、うめき声と苦情を漏らします。どうやら桃さんの霊力を龍さんが問答無用で引っ張り出したようで、第一世代の精霊はそんな事もできるんだと変なところで関心してしまいます。
その状態で暫く待つと、何の前触れもなく二人から全方向に向かって一気に温かい風がブワッ!と広がりました。周囲がいきなり春のひだまりレベルの温かさです。
「うわぁ、あったかい!!」
これは羽毛入り外套を着ていたら、汗ばんでしまいそうなほどの気温です。私や緋桐さんはもちろん、青の部族の人達もこの急激な気温の変化に驚いたようで、口々に何か言っていたと思ったら、いきなり龍さんたちに向かって平伏してしまいました。まぁ、そうしたくなる気持ちは解ります。
「言うなれば温風の技能ってところじゃな。
一晩ぐらいは持つじゃろうが、逆にいえば一晩しか持たん。
幸いにも櫻が目覚めたから霊力の回復は可能じゃし、
毎晩使うこともできるじゃろうが、早々に別手段も考えんとなぁ」
龍さんはそう言いながら桃さんの手を握っていた手と反対の手を開くと、そこには織春金がキラキラと輝いていました。そこから温風が広がっているようです。風自体はそれほど強いものではなく、あくまでも温度を広げる手助けをしている感じです。だからなのか織春金に近い場所だと汗ばむほどに温かいのに対し、離れれば離れるほど温度は下がってしまいます。
なので念の為、私達のところと青の部族のところにも置くように、もう一つ同じものを作ってもらいました。これを作るのにはかなり疲れるようで、龍さんには珍しく眉が少し苦しげに歪んでしまっていました。
「龍さん、ありがとう。今度、何かお礼をするからね」
「ならば島に戻ったら、おぬしが作った薬草酒とやらを飲ませてくれ。
他にも果物をつけた酒やらが幾つもあるのじゃろう??」
「そんな事で良いの? それなら任せて!!」
龍さんが来てからというもの、ドタバタと忙しい日ばかりでお酒をゆっくり楽しむような時間は皆無でした。
(島に戻ったらたくさんのお酒とおつまみを並べて、
みんなでゆっくりとした時間を楽しみたいな。
龍さんだけじゃなく、三太郎さんに母上や兄上、叔父上、橡や山吹。
それに山さんと海さん。……それに緋桐さんもかな?)
その日に向かって頑張らなくちゃね。そう気合を入れ直します。
その後、休憩を挟みつつ青い小魚さんや白い貝さんから色んな情報を入手できました。水の妖の中で一番の強敵は私達が倒したあの巨大なべとべとさんなのですが、実はアレはまだ居るのだそうです。
「勘弁して……」
思わず天を仰いだ私に対し、緋桐さんと三太郎さんは「分割して消す」という倒し方が確立した今、恐れることはないと言います。何より青の部族の人たちと違って、私達は三太郎さん+龍さんという4精霊が全て揃っています。お互いの足りないところを補い合えるのは、日常でも戦闘でもかなりの強みです。
また青の部族の人にとって最大の敵とも言える赤の部族の人の住む、火の神座の位置も大まかに教えてもらいました。はるか昔は戦いあっていた仲ですが、今はお互いに生き残ることに精一杯で数代前から直接的な衝突は無いそうです。それでもお互いに抱く憎しみは健在のようで、穏やかな顔つきの青い小魚さんですら、赤の部族の話しをする時は顔を顰めてしまいます。
おそらくこの赤の部族というのが、以前に金さんが見かけたという赤い肌の人なんだと思います。ほぼ確実に火を崇める部族だと思いますが、青の部族の人から聞く赤の部族の話は人間を頭からバリバリ食べるとか、爪が触れただけで体が真っ二つになるなど怖いものばかりで、思わず会いたくないなぁなんて思ってしまいます。
「そういえば金さんは土の神座には行ったけど、
誰も居なかったって言ってたよね?
ねぇ、青い小魚さん。ここには土の精霊を崇める部族は居ないの?」
それは水と火の部族が居るのなら土だっているのでは?という単純な疑問でした。
ちなみに風の神はそもそも自分を崇める人間を作らなかったそうです。龍さんが言うには、自分を崇める人間は神や精霊の拠り所となるが、それは自分たちを縛るものにもなると風の神様は嫌がったんだとか。
私の疑問にキョトンとした顔をした青い小魚さんは、
「貴女とそちらの貴方。お二人こそが土の部族ではありませんか?」
と私と緋桐さんを指さして言ったのでした。
この戸惑いは今に始まった事ではなく、母上や叔父上といった家族の言動からも常々感じていました。ですが悪いのは宗教に良くも悪くも頓着しない日本人だった前世の価値観を引きずっている私なので、この世界の人にも私のようになってほしいなんて強要は絶対にできません。それどころか、三太郎さんが許容してくれているのでそれに甘えていますが、本来なら私が直さなくてはならない点です。
ただ注意深く青の部族の人たちの表情を見ていると、精霊への畏怖と同時に炎に対する忌避感もあるようです。なので私のすぐ横に座っていた青藍も、最終的に他の青の部族の人に呼ばれて行ってしまいました。こういう時って子どものほうが柔軟なのかもしれません。青藍は普通に船の台所にも入ってきていましたし、火を避けるような事はなかっ……た?
(いや、青藍も桃さんと緋桐さんの事は避けてたわ)
思い返してみれば青藍も二人には敵意に満ちていました。ほんの数日前の事だというのに、随分と昔のような気がします。青藍と同様に青の部族の人たちも桃さんには思うところがあるようですが、流石に青藍のように直接的な行動には出ずに極力視界に入れないように顔を背け続けるだけのようです。
その時、心の中でストンと腑に落ちた感覚がありました。
(あっ、ここが一番違うんだ……)
戸惑いと同時に感じていた違和感、その理由に気づいたのです。アマツ大陸の人たちは自分を守護する精霊以外にも(序列はありますが)敬愛を示すのに対し、マガツ大陸の人達は自分を守護する精霊以外を敵視しています。
(これは身近な精霊が第2・第4世代のアマツ大陸と、
第3世代のマガツ大陸の違いなんだろうなぁ……)
まっ、何はともあれ話が進まないので浦さんにお願いして、せめて代表者だけでもここに来てもらいます。流石に水の精霊の浦さんの言葉には逆らえないようで、1人の男性が進み出てきました。
「私が長の白い貝です」
「……龍さん、通訳に失敗してない??」
長だと名乗りをあげた男性の名前がとても名前とは思えず、龍さんの作ってくれた通訳用織春金に何か問題がおきたのではと不安になってしまいます。せっかく情報が得られそうなのに、正確に訳されていないとなると情報の信憑性が落ちてしまいます。
「いや、そんなはずは無いのじゃが……」
顎に指を当てて首を傾げる龍さんですが、その反応を見た長も困惑したようで、
「私が一番最初に採った食べ物が白い貝でした。なのでソレが私の名です。
そして後ろに居るのは妻の青い小魚です」
そう言われて白い貝さんの後ろを覗き込めば、確かに女性が立っていました。青い部族の女性を初めて近くで見ましたが、基本的に男性と同じような外見でした。青黒い肌に頭髪は一切なく、男性に比べると華奢ですが同じ水の部族?のミズホ国の人達よりもずっとがっしりとした体格をしています。
そう、見ただけで体格が解ってしまうぐらいに薄着なのです。巨大な水の妖と遭遇する直前に出会った人達もそうでしたが、男性は腰から草か海藻を乾燥させたものをぐるっと腰蓑のようにして巻き付けているだけ。女性も下半身は男性と同じですが、胸には大きめの貝殻をあてて胸を隠しているだけという格好で、日常的に手足を出す格好をする前世基準でもかなり際どい格好です。ましてやこの世界では肘より下はともかく、膝下を見せる事はまずありません。しかも布ではなく動くたびに揺れる草や海藻なので、本当に万が一があったらどうしようとコチラが心配になるレベルです。
その妻だという女性の格好に気づいた緋桐さんが、慌てて顔を背けて彼女を視界から外しました。意図があっての事だとは解っていますが、緋桐さんは女性慣れしていると思っていたので意外です。
「寒くないですか? 良ければ皆さんも火にあたっては?」
長の妻の青い小魚さんに、はるか後方でじっとコチラの様子を伺っている人達も火にあたってはどうか?と提案したのですが、それに二度ゆっくりと瞼を閉じてから
「申し訳ありません。、精霊様のご提案は嬉しく思いますが、
私達にとって火は死を意味するのです」
と拒否されてしまいました。龍さんによれば彼らの言葉は文章じゃなくて単語の羅列なのだそうです。なので丁寧な言葉は表情や態度からくる補正の可能性が高いのですが、私達に対して一定の敬意をもって接してくれているのは確かです。
「でも寒さで体調不良になったりしませんか?
せめて体力の低い子供さんたちだけでも……」
「で、では……」
「そこで息絶えるのなら、その子の命はそこまでだったのです」
青い小魚さんがパッと顔を上げて何かを言いかけたのですが、それを打ち消すように白い貝さんがとんでもないことを言い出しました。
「は?」
苛立った声が思わず出てしまいます。
「そこで死ぬということは弱い子ということ。仕方ありません」
「ならば私達もあなた達を助けるべきではありませんでしたね」
思わずそう反論したら、白い貝さんがぎょっとした顔をしました。
「だってそういう事でしょう?
私達はこのまま貴方達とは関わらずに旅立つことにします」
彼らが私達に期待していることは、その眼差しからひしひしと感じていました。
彼らはあの水の大妖相手に、逃げる事すら満足にできなかったのです。今ここにはざっと30~40人ぐらいの青い部族の人がいますが、もともとは100人ほどの集団だったそうです。大昔にはもっとたくさん居たそうなのですが、徐々に減ってきたところに隠れ住んでいた地を巨大水の妖に襲われ、一気に激減してしまったのだとか。青藍はその襲撃から逃走中に親とはぐれてしまい、1人でトボトボと歩いているうちに海岸にたどり着いたんだそうです。
そんな状況下であの水の大妖を倒す者たちが現れ、しかもその者たちの中には精霊がいる。神代の昔より長い長い時を経て、再びこの地に土水風火の精霊が戻ってきたのです。期待するなという方が無理でしょう。
「お、お待ち下さい!」
「私はあなた達の嫌がる事をしたくはありません。
弱い者から死ぬのが当然だというのなら、それを尊重しましょう」
私はそう言うと立ち上がり、三太郎さんたちに出立の準備をするように促しました。「仕方ない」と言えるのは、ありとあらゆる努力をした後です。
人事を尽くして天命を待つ。
ありとあらゆる努力した上で出た結果なら、ソレは天の采配だというのは私も同感です。ですが命を守る努力もしないで、死ぬのはその人の運命だなんて口が裂けても言ってほしくありません。
(叔父上……。私は、私は間違っていますか……?)
死というものが受け入れられず、周りを巻き込んでここまでやってきました。それに「ところ変われば……」という言葉があるように、育った環境によって価値観も大きく変わるという事も理解しています。青い部族の人たちがそういう価値観になった事にも理由があるでしょうし、彼らにとってはそれが正しいことなのかもしれません。でも……でも……。
白い貝さんは明らかに狼狽え、私と浦さんを交互に見つめてきます。水の精霊である浦さんは彼にとっては神に等しく、神の一声でどうにか上手く収まらないかという期待が視線にも現れています。
「私は先程も言ったはずですよ?
己がすべき事を理解し行動する者。努力をする者が必要だと」
そう身支度を整えながら淡々と告げる浦さんに、白い貝さんの顔がまるで死刑宣告を受けたかのように絶望に染まりました。普段、私が感情任せの判断をしそうになると浦さんは注意をしてくれますし、金さんは止めてくれます。桃さんは危険性さえなければ何事も経験というスタンスですが、明確に私が間違っている場合はちゃんと止めてくれます。その三太郎さんたちが揃いも揃って、私を止めるどころか同じように立ち上がって身支度を整えはじめました。
「申し訳ございません!
精霊様方のご厚意に対し無礼な返答をしたこと、心よりお詫び申し上げます。
ですから、どうか、どうかお待ち下さい!」
そう叫んだ青い小魚さんは、その場に片膝をついて、立てた膝の上に両手を重ねて置き、その手の甲の上に額を乗せました。どうやら青の部族にとって、このポーズが謝罪、或いはお願いのポーズのようです。妻がいきなり謝罪をはじめたことで、白い貝さんも自分も謝らなくてはと思ったのか同じポーズで謝罪を口にしました。
「どう致す?」
金さんが意思決定をこちらに委ねてきました。私としては確かに苛立ちはしましたが、こうやって大人を平伏させたい訳ではありませんし、謝罪されてなお「知らない!」と言えるほど非情にもなれません。
「浦さん……つまり水の精霊だけじゃなく、
他の精霊にも同様の敬意を示すことを約束してくださるのなら……。
あなたがたにとって水以外の精霊は命を脅かすものなのかもしれませんが、
神代の頃の精霊たちは手を取り合って世界を作り、守っていたはずですよ」
私がそう言うと、青い小魚さんは即座に「はい!」と大きく返事をしてくれました。対し白い貝さんは顔を少し上げて浦さんの様子を盗み見し、浦さんが見守るように私のすぐ後ろで立っているのを見て、再び頭を下げて小さく「はい」と答えます。
「そして色々とあなたがたの常識とは違う事もあるかもしれませんが、
まずは話し合いましょう。話し合いを拒否しておきながら
自分たちの常識を押し通すのは止めてください」
「はい、申し訳ございません」
正直、私の常識からすれば今の青い小魚さんや白い貝さんの体勢もどうかと思ってしまいます。だって下半身は腰蓑なんですよ。それでそんな体勢をすれば、いろんなものが色々とギリギリなんです!
私は同じ格好で同じ体勢は絶対にしたくありませんが、彼らにとってそれがあたりまえの文化ならばソレを改めるようには言いたくありません。
「私の方こそ、きつい言葉を使ってしまってごめんなさい」
私はそう言うと、青い小魚さんの肩に手をおいて顔を上げてもらうと、手をとって立ち上がってもらいます。彼女の手はとても冷たくて、今にも私の手が凍ってしまいそうなほどです。
「なにこれ冷たすぎ!! 早く温まって!!
桃さん、焚き火をもう1つ……いや4つぐらい作って!」
「簡単に言うなよ。
火を熾すのは簡単だが燃やせるものがなきゃ維持できねぇだろ」
「あぁ、そっかぁ。どうしよう。流石にこの人数を船には連れていけないし……」
あの船の居住スペースは私と緋桐さんの2人分しかありません。食堂や廊下、倉庫なども使うのなら全員収容可能でしょうが、あの船は色々と精霊の技能が詰め込まれているので、あまりたくさんの人を一度に招きたくはありません。青藍1人ぐらいなら大丈夫ですが、人数が増えれば増えるほど目が行き届かなくなりますから。
「仕方ない。儂のとっておきじゃ。
桃、少し手を貸せ」
私が悩んでいると、龍さんはそう言って桃さんの手を取りました。
「あ? 俺様、精霊と手を握り合って喜ぶ趣味はねぇんだけど?」
「安心しろ、儂も無い」
相変わらずソリの合わない二人ですが、龍さんは問答無用とばかりに桃さんの手を握るとグッと眉間に力をいれます。すると途端に桃さんが
「ウグッ! てめぇ、霊力持って行くのなら前もって言え!」
と、うめき声と苦情を漏らします。どうやら桃さんの霊力を龍さんが問答無用で引っ張り出したようで、第一世代の精霊はそんな事もできるんだと変なところで関心してしまいます。
その状態で暫く待つと、何の前触れもなく二人から全方向に向かって一気に温かい風がブワッ!と広がりました。周囲がいきなり春のひだまりレベルの温かさです。
「うわぁ、あったかい!!」
これは羽毛入り外套を着ていたら、汗ばんでしまいそうなほどの気温です。私や緋桐さんはもちろん、青の部族の人達もこの急激な気温の変化に驚いたようで、口々に何か言っていたと思ったら、いきなり龍さんたちに向かって平伏してしまいました。まぁ、そうしたくなる気持ちは解ります。
「言うなれば温風の技能ってところじゃな。
一晩ぐらいは持つじゃろうが、逆にいえば一晩しか持たん。
幸いにも櫻が目覚めたから霊力の回復は可能じゃし、
毎晩使うこともできるじゃろうが、早々に別手段も考えんとなぁ」
龍さんはそう言いながら桃さんの手を握っていた手と反対の手を開くと、そこには織春金がキラキラと輝いていました。そこから温風が広がっているようです。風自体はそれほど強いものではなく、あくまでも温度を広げる手助けをしている感じです。だからなのか織春金に近い場所だと汗ばむほどに温かいのに対し、離れれば離れるほど温度は下がってしまいます。
なので念の為、私達のところと青の部族のところにも置くように、もう一つ同じものを作ってもらいました。これを作るのにはかなり疲れるようで、龍さんには珍しく眉が少し苦しげに歪んでしまっていました。
「龍さん、ありがとう。今度、何かお礼をするからね」
「ならば島に戻ったら、おぬしが作った薬草酒とやらを飲ませてくれ。
他にも果物をつけた酒やらが幾つもあるのじゃろう??」
「そんな事で良いの? それなら任せて!!」
龍さんが来てからというもの、ドタバタと忙しい日ばかりでお酒をゆっくり楽しむような時間は皆無でした。
(島に戻ったらたくさんのお酒とおつまみを並べて、
みんなでゆっくりとした時間を楽しみたいな。
龍さんだけじゃなく、三太郎さんに母上や兄上、叔父上、橡や山吹。
それに山さんと海さん。……それに緋桐さんもかな?)
その日に向かって頑張らなくちゃね。そう気合を入れ直します。
その後、休憩を挟みつつ青い小魚さんや白い貝さんから色んな情報を入手できました。水の妖の中で一番の強敵は私達が倒したあの巨大なべとべとさんなのですが、実はアレはまだ居るのだそうです。
「勘弁して……」
思わず天を仰いだ私に対し、緋桐さんと三太郎さんは「分割して消す」という倒し方が確立した今、恐れることはないと言います。何より青の部族の人たちと違って、私達は三太郎さん+龍さんという4精霊が全て揃っています。お互いの足りないところを補い合えるのは、日常でも戦闘でもかなりの強みです。
また青の部族の人にとって最大の敵とも言える赤の部族の人の住む、火の神座の位置も大まかに教えてもらいました。はるか昔は戦いあっていた仲ですが、今はお互いに生き残ることに精一杯で数代前から直接的な衝突は無いそうです。それでもお互いに抱く憎しみは健在のようで、穏やかな顔つきの青い小魚さんですら、赤の部族の話しをする時は顔を顰めてしまいます。
おそらくこの赤の部族というのが、以前に金さんが見かけたという赤い肌の人なんだと思います。ほぼ確実に火を崇める部族だと思いますが、青の部族の人から聞く赤の部族の話は人間を頭からバリバリ食べるとか、爪が触れただけで体が真っ二つになるなど怖いものばかりで、思わず会いたくないなぁなんて思ってしまいます。
「そういえば金さんは土の神座には行ったけど、
誰も居なかったって言ってたよね?
ねぇ、青い小魚さん。ここには土の精霊を崇める部族は居ないの?」
それは水と火の部族が居るのなら土だっているのでは?という単純な疑問でした。
ちなみに風の神はそもそも自分を崇める人間を作らなかったそうです。龍さんが言うには、自分を崇める人間は神や精霊の拠り所となるが、それは自分たちを縛るものにもなると風の神様は嫌がったんだとか。
私の疑問にキョトンとした顔をした青い小魚さんは、
「貴女とそちらの貴方。お二人こそが土の部族ではありませんか?」
と私と緋桐さんを指さして言ったのでした。
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