【本編完結済】未来樹 -Mirage-

詠月初香

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4章

16歳 -無の月13-

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(さむっ)

冷たい風が頬を撫で、あまりの寒さにすぐ横にある自分を包み込むような温もりにギュッとくっつきます。そしてキンキンに冷えていた頬を、その温もりで暖めるようにスリスリとしてからギュッと押し付けました。

(えーと……、なんでこんなに寒いんだっけ??
 ……そうだ。叔父上といっしょに大和に行った帰りだった)

私が叔父上といっしょにヤマト国の首都である大和に向かうのは土の月なので、どんなに急いでも山に戻る頃には雪がちらつく季節になってしまいます。宿が取れる街道沿いを移動している間はまだ良いのですが、家に近づけば近づくほど野宿が増えてしまうのが難点で、叔父上や三太郎さんができるだけ風の当たらない場所を探してくれますし焚き火もあるのですが、それでも夜遅くになると体の芯が凍えてしまいそうなほどの冷気に襲われてしまいます。

なので初めて叔父上といっしょに夜を過ごしたあの日のように、叔父上の膝の間に
座って抱きしめてもらうようにして眠っていました。もちろん外見は子供でも中身は良い年齢なので恥ずかしさはあるのですが、この温もりには代えられません。

(あったかーい)

パチパチと音を立てて薪が燃える焚き火や、自分を包み込む羽毛入り外套も確かに温かいのですが、やはり安心感を与えてくれる叔父上が一番暖かく感じます。

「さ、櫻嬢?」

(叔父上、どうしたんだろう。まるで緋桐さんみたいな呼び方……
 えっ、いや、まって、緋桐さん?!)

私の中で瞼を開けたくない、現実を直視したくないという感情と、早々に事態の確認をしたほうが良いという理性が激闘を始めてしまいますが、流石にこの勝負で感情を勝たせる訳にはいかず、気合と根性で瞼を開けることにします。ギギギと錆びついた機械のようにぎこちなく持ち上げた瞼の向こう側には、当たってほしくなかった予想通りに困惑した顔の緋桐さんが居ました。

(や、やらかしたーーっっ)

その顔を見た途端にここはアマツ大陸じゃなくてマガツ大陸で、一緒に居るのは叔父上じゃなくて緋桐さんだって事を思い出しました。冷静になって考えれば、叔父上と緋桐さんを間違える要素なんて何処にも無いのに、なんで叔父上といっしょにいるつもりになってしまったんだろう。

「ご、ごめんなさっ、いっっっ!!……たたたたたぁ」

慌てて距離を取ろうとしたのですが、全身に激痛が走って動きが止まってしまいました。痛みといっても皮膚表面の痛みではなく、全身くまなく筋肉痛になったかのような痛みです。前世で両親を失った事故の直後、全身を強く打った所為なのか指一本動かせないぐらいの痛みに苦しんだ記憶がありますが、アレに匹敵する痛みです。同時に喉にも痛みを覚え、咳き込んでしまいました。どうやら喉がカラカラに乾いていているようで、そんな私を見た緋桐さんがマグカップに水を入れて手渡しれました。考えてみれば長時間戦闘後に倒れるように眠ってしまったので、明らかに水分補給が足りていません。

「大丈夫か?!  どこか痛むのか?
 眠っているだけで怪我は無いと精霊様方から聞いていたのだが……」

「情けない話しですが……、筋肉痛です」

マグの水を飲み干した私は、恥ずかしそうに伝えます。緋桐さんからすれば「あの程度で?!」と言いたくなるような運動量だとは思います。ただ私の体力では浦さんの助けがあったとしても、あれだけ動き回れば筋肉痛は必至です。あの時はアレを倒す事が最優先で……。

「って、そうだ! 浦さんは?! あの水の妖は?!!」

全身が悲鳴をあげていますが、そんな痛みよりも浦さんの安否の方が大事ですし、妖がしっかり消滅したのかも気になります。

そもそも倒したと思われる直後も、「やったー!!」なんて大喜びする気分には到底なれず。まだ何処かに欠片が潜んでいるじゃないか? あの巨大な妖は実は1号で、2号3号と次々に現われてくるんじゃないかという不安の方が大きく。ただそういった不安や危機感よりも最終的には疲労感が勝り、浦さんが寝るのなら直近の危険は無いのかもと気持ちが緩んでしまった結果、気絶睡眠になってしまいましたが……。

慌てて周囲を確認した私は、目の前の光景にビクッと体を大きく震わせて

「ヒッ?!」

と笛のような声を出して、反射的に側にいる緋桐さんの腕にしがみついてしまいました。マグカップが地面に落ちて音を立てますが、琺瑯ほーろーは衝撃に弱いのになんて思う余裕もありません。

焚き火の向こう側、私の視線の先には幾つもの青黒いモノが並んでいました。最初はそれが何なのかが解らずに緋桐さんにしがみついてしまいましたが、よくよく見ると青藍と同じ部族の人だと思われる人たちが、顔が地面にくっついてしまいそうなほどに頭を下げて並んで座っていました。集団土下座です。髪の毛の無い頭が幾つも地面に並んでいると、不気味なんて表現で簡単に済ませられるレベルじゃなく。

「あ、あの……??」

なんて声をかけて良いのか解らず、その先が言葉になりません。頭を上げてくださいといえば良いのでしょうが、青藍と同じ部族の人だとしたら言葉が通じない可能性が高く……。

「しゃーーーら!!!」

どうしようかと思っていたら、その青黒い集団の中から覚えのある声があがりました。

「青藍?」

「うん、せーらんだよ!」

そう言いながら焚き火を迂回して私へと駆け寄ってくる小さい姿は間違いなく青藍で、彼は背後の止めようとする腕を振り払って勢いを落とすことなくそのまま私へと突っ込んできました。その勢いは私一人で受け止めることができないほどで、背中を緋桐さんが支えてくれます。

「せ、青藍。嬉しいのは解るけれど、危ないからもう少しゆっくりと……ね?」

心底嬉しそうにニコニコ笑顔で抱きついてくる青藍を叱るのは気が引けますが、ちょっと今のは痛かったので注意はしておきます。

「ごめーしゃい。でも、しゃーら ずーーーっとねんねしてたから」

素直に謝る青藍ですが、すぐに「でも……」と続けます。空を見れば戦闘終了時には明るくなり始めていた空がすっかりと暗くなっていて、どうやら私は日中ずっと寝ていたようです。

「櫻嬢、勘違いしていそうだから先に言っておくが……。
 櫻嬢は2日半寝ていたからな?」

「……は?」




私が驚きのあまり思考停止した直後、桃さんと金さんが戻ってきました。桃さんは周囲の警戒に、金さんは周辺の大地の浄化と硬化の為に席を外していたそうです。現状では霊力の無駄遣いはできない為、極狭い範囲の大地を浄化しているそうなのですが、まだここの大地は穢れた霊力の方が強く、浄化された状態はあまり長くもたないのだそうです。仕方なく金さんはこまめに周辺の浄化をしていたのだとか。

そう、現状。

ふと見れば私の腕にはまだ浦さんの領巾ひれがあり、浦さんがまだ眠ったままであることが解りました。確か浦さんは「1日ほどで目を覚ます」と言っていたのにも関わらず、2日経った今でも目覚めていないのです。

なので金さんや桃さんは私の中に戻って霊力の回復はできず……。
正確には戻ろうと思えば戻れるのかもしれませんが、ここまで私と浦さんが同一化した状態で戻った場合、私や浦さんに万が一にも何かがあったらと思うと挑戦する踏ん切りがつかなかったと言われました。

そして龍さん。彼は少し離れた場所で座禅のように足を組んで宙に浮いて目をつぶっていました。この2日間強、ずっとその状態だったそうです。周辺の空気の浄化をしてくれているそうなのですが、同時にそれだけではない霊力が動いています。

何をしているのか……

気になって龍さんをじっと見つめていると、その目がゆっくりと開きました。

「おぉ。どうやら目覚めたようじゃな。
 周辺の悪臭はあらかじめ消しておいたぞ。
 それに暫くの間は風に乗って穢れた霊力がここに侵入することも無いじゃろう」

「それは嬉しいのだけど、ソレだけじゃないよね? 今していたのって」

「ほぅ……。何故、そう思うた??」

「空に龍さんの精霊力の道ができているから」

そうなんです、龍さんの精霊力が帯びている緑色の光の粒子はキラキラと光っていて、遠目でもすごく目立ちます。その輝く風の精霊力が、かなり複雑ではありますが一定のルートを何度も描いていました。

「霊力を見る目を得たか……」

「浦さんが中に居るおかげだと思うけど……。
 で、アレは何?」

空を指さして答えを求めると、意外にもすんなりと答えが返ってきました。

「二重紋になっておるのじゃが、おぬしにはそれが見えるじゃろうか?
 一つは外から悪い気を入れぬようにするための結界じゃ。
 もう一つは、ほれ、後ろのアレらと言葉が通じぬのは不便じゃろ?」

アレらというのは青藍の部族の方々で、今もまだ平伏したままです。なんとも居心地が悪いので何度も顔を上げてくださいと言ったのですが、全く動いてくれないのです。青藍に通訳してもらったのですが、それでも駄目で……。

「すっごく不便!」

なので思いっきりそこには同意しておきます。

「この2日間、この地に残っていた風が聞いた音、言葉……
 そういったものを集積して作り上げたのが、コレじゃ」

そういって龍さんは手のひらをコチラへと差し出しました。その手のひらの上には少し大きめの織春金が光を放って乗っていました。

「コレ……は??」

何かしらの技能が入っているのでしょうが、龍さんの場合は三太郎さんと違って紋がわからないんですよね。知らないという意味じゃなくて、表面に紋が刻まれないのです。第一世代の精霊は精霊力を技能として現さないで、ただ己の望むがままに自然現象として現すからだと龍さんは言いますが、私にはその違いが良くわかりません。

「ちょっと待っておれ」

そう言うと龍さんは私の持っていた桜型の霊石の台座から発光の霊石を外し、そこに今の織春金を乗せて宙に浮かせます。途端に台座はキラキラと光りを零しながら、私の頭上3mぐらいまで上がると停止しました。

「ほれ、あそこの者共に話しかけてみよ」

そう促されて、仕方なくもう一度同じ言葉を青の部族の人に話しかけます。

「みなさん。どうか頭をあげてください」

すぐさま青藍がそれを伝えてくれようとしたのですが、ソレよりも先に青の部族の先頭中央に居る壮年の男性が

「精霊様を直視するなど、畏れ多いことにございます」

と平伏したまま答えてきました。いきなり返答が返ってきて驚きましたが、その内容にも驚いてしまいました。三太郎さんや龍さんは精霊なのでそういう反応になるのも解りますが、私と緋桐さんは人間です。その人間組の中でも緋桐さんはヒノモト国では王族だったので立ち居振る舞いに気品がある……かもしれませんが、私は平伏されるような要素は全くありません。

「私は精霊じゃないので、せめて私には頭を下げないでください。
 っていうかいきなり言葉が通じたのって……」

「うむ、わしの力じゃな」

龍さんの説明によると、私の頭上に浮かぶあの織春金が周辺の音から言葉だけを判別して、更にその言葉を私達の知る言葉に自動的に音を入れ替えてくれているのだとか。つまり自動翻訳機です。

(凄すぎじゃない、龍さん。
 大きな声じゃ言えないけど、この世界に来た当初にソレが欲しかった……)

全く言葉が理解できなかった過去の苦労を思うと、思わずそうボヤいてしまいそうになりました。

「あちらの男性たちは精霊様ですが、
 私と緋桐さんは人間ですよ。なのでどうか顔を上げてください」

「いいえ! 私どもは貴女様があの大きな水の妖を倒し、
 浄化してくださったところを見ております。
 貴女様こそ古より伝わる水の神に違いありません!!」

「違いしかありません!!!」

勘違い甚だしい間違った断言に、相手の勢い以上の語気の強さで反論しますが全く納得してくれません。どうやら浦さんが私の中に入って妖を浄化していたところを見ていた人がいたようで……。確かに事情を知らなければ、私が浄化しているように見えたかもしれません。なのでそれを説明したのですが、

「神の器となる事ができるようなお方は、精霊様と同じぐらいに尊いのです」

と全く引いてくれません。もうやだぁ……。




「私達が必要とするのは平伏するだけの民ではなく、
 水を清める努力をし、大地を固め、……火を適切に扱える者です。
 するべきことを理解し、自ら行動することのできる者こそが必要なのです」

私がこれ以上、どう説明すれば良いのかと途方にくれ始めた時、ようやく浦さんが起きてくれました。そうして私の外に出てくると、開口一番に青の部族を叱ってくれます。火に関しては微妙に口ごもりつつも、ちゃんと言うべきことは言ってくれる浦さん。いつもどおりの浦さんです。

「遅くなってしまいましたね。
 あの妖の霊力を落ち着かせるのに少し手間取ってしまいました」

私へと向けられた穏やかな浦さんの笑みに、私はようやく一息つけそうだと安堵したのでした。

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