幽霊じゃありません!足だってありますから‼

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玉座を継ぐ者

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公爵家に移り住んでから数日が経ち、クリス様の状態は少しづつ安定したように見えた。けれど、私の姿が見えなくなると不安定になり、名を呼びながら探し回った。また、夕暮れ時になると仄暗い瞳に変わり、何かを探すように公爵家を歩き回る姿も見られた。
 イルギアス様によると、禁書にも同症状の記載があり、幾度も繰り返しアノーのテーブルを掛けていくことで安定していくと伺った。私はできる限りクリス様の傍に寄り添って過ごした。

今日は、クリス様と2人で公爵家のガゼボに来ていた。クリス様は、2回目のアノーのテーブルとカイロスの鏡を終えると、一層落ち着き今日は晴れやかな顔をしていた。

「ここは変わらないね。とても美しい」
「覚えていてくださったのですね。」
「もちろんだよ。アーリーの誕生日を祝った思い出の場所だから、忘れるわけがない。」

あの時とは季節が異なる為、アーリシア・ローズは咲いていない。それでも、季節の花々は咲き誇り美しく輝いていた。

あの日と同じようにクリス様に膝枕をして、La Vie en roseを囁くように歌いながらクリス様の髪を撫でる。
周りには風の音もなく、まるで隔絶された2人だけの世界にいるような感覚になった。

「アーリー·····私は本当に幸せだよ。」
「·····私もです。クリス様」

花の香りが優しくて包み込む空間の中、再会後初めての口付けを交わした。

アレン様の婚約者からお茶会の招待をいただいたのは、立太子式の2日前だった。

―――――――――――――――――

立太子式の前日、王宮でお茶会が催された。
当初はアレン様の婚約者と私だけの予定だったが、まだクリス様を1人にすることが出来なかった為、クリス様と私、アレン様の婚約者とアレン様の4人が集まった。

アレン様の婚約者は今まで定まっていなかった。今思えば、パスカルの影響を危惧した為だったのかもしれない。急遽、婚約者に内定した方の名を聞いて驚いた。

──アリアドネ・メシアン王女

オリヴィエ様の一番下の妹であり、メシアン国の末姫。クリス様、アレン様の従姉妹にあたる。オリヴィエ様の妹姫と知って親近感が湧き、突然お茶会に招待された戸惑いから、初めての邂逅を待ちわびる気持ちに変わった。

お茶会の席に通されると、間もなくアレン様がアリアドネ様をエスコートして現れた。
  アリアドネ様を視界に入れた時、思わず息を飲んだ。
まだ12歳だと言うのに、彼女は思わずひれ伏してしまいそうな程、威厳を放っていた。また、ほとばしるような活き活きした生命力が辺りを明るく照らすように輝いて見えた。美しいアッシュブロンドに澄んだ紫色の瞳。幼いながら凛とした佇まいと理知的な眼差しはオリヴィエ様によく似ていた。

「クリストファー殿下、アーリス様、本日はお越しいただきありがとうございます。メシアン国第3王女、アリアドネ・メシアンです。」
にこやかに微笑むと、両頬にえくぼが出来て威厳ある姿から年相応の可愛らしい少女の印象に変わった。
「アリアドネ王女、招待いただき感謝する。」
「アリアドネ王女様、お招きいただき光栄でございます。アーリス・イソラでございます。」
ペコりとカーテンシーをして挨拶すると、私の手をさっと取った。
「アーリス様!ずっとお会いしたかったです!オリヴィエお姉様のお友達なのでしょう!今日は沢山お話しましょうね!」
そのまま、茶会の席にズンズン進んで行ってしまう。そしてアレン様をチラッと見ると、目で呼んだ。アレン様は苦笑いをしながら頷いた。
(これは·····アレン様、振り回されそうだわ)
そうして、お茶会は始まった。

和やかにお茶会は進み、流れでオリヴィエ様の結婚の話になった。

「本当は、オリヴィエお姉様がこの席に座っていたかもしれなかったの。そう思うと何だか不思議ね。」
「オリヴィエ様が?」
「そうなの。アーリス様はオリヴィエお姉様がトバルズ国の王位継承権を持っていたことをご存知よね。」
「はい。オリヴィエ様に伺いました。」
「おかしな話だとは思わなかったかしら?隣国の、しかも王女に王位継承権があるだなんて」
「アリアドネ、その話は·····」
やんわりとアレン様が遮るが、アリアドネ様はふふっと笑った。
「よろしいではございませんか。もう、過去の話だもの·····私たちは4兄妹なのだけれど、男子は兄1人。たまたま長女として産まれたのがオリヴィエお姉様だった。兄はメシアン国を継ぐ身のため除外され、この国トバルズとして選ばれてしまった。」
「保険·····」
「この国には、王子が2人しかいないでしょ。トバルズ国で有事があった場合は、国外に王位継承権がある人物がいた方がいいと考えたそうよ。オリヴィエお姉様にしてみたら、迷惑でしかないけど。」
「めっ迷惑とは?」
(そっそんなこと言っちゃっていいの―!)と焦ったが、本人には気にした様子はなく、語り続けた。
「メシアン国の王女であり、トバルズ国の王位継承権も持つということは、伴侶は王配になる資質を持つ者を選ばなくてはならなかった·····乗っ取りを企みそうな野心家ではなく、トバルズ国、メシアン国に見識が深く身分も相応な人物。そんな人、滅多にいないわ。1人だけ、婚約者候補に上がったひとがいたのだけど、エカテリーナお姉様第2王女が好きになってしまい、自分の婚約者にしてしまった·····」
呆れるわ。と言ってアリアドネ様は紅茶を1口飲んだ。
「そんな頃、ダルタス国のオルディアス王子がオリヴィエお姉様を見初めて王妃にしたいと縁組の申し入れがあったの。オリヴィエお姉様もオルディアス王子を気に入られていた。でも、この国の王位継承権が邪魔をして2人は悲恋に終わるところだった·····そんな状況でも、オルディアス王子は6年間諦めず幾度も申し入れを繰り返していたわ。」
「そうでしたか·····学園でご一緒した時、オルディアス王子のことをお聞きしたことはありませんでした·····先日、婚礼予定とお聞きしましたが、良き方向に向かわれて解決されたのですか?」
「王族の婚礼は国同士の最重要事項だし、オリヴィエお姉様はオルディアス王子を諦めようとこの国へ留学したの。だから敢えてアーリス様にお話していなかったようだわ。自分の意思ではなく王位継承権を授けられた為に、愛しい人の事を諦めなくてはならない。留学前のオリヴィエお姉様はとても傷ついて見えたわ·····そんな中、学園で起きたを見て義憤に駆られたと仰っていた·····」
そう言ってクリス様をチラッと見た目線は、氷のように冷たかった。自分が見られたのではないのにゾクッとする。クリス様は、居心地がわるそうに咳き込み、アレン様がアリアドネ様をたしなめたが、ふふっと微笑んだだけで再び話し出した。

「オリヴィエお姉様は、アーリス様を救えなかったことに酷く落ち込んで、一時引きこもって仕舞われたの。そのお姉様を労り、癒したのもオルディアス王子だった。私はそれを見て、怒りを覚えたわ。何故、愛し合う2人が引き裂かれてしまうの?しかも隣国の為に!そう思って2年前、叔父様陛下に直談判したの。私が身代わりになるから、オリヴィエお姉様を解放して欲しいと。」
「あの時のことは良く覚えているよ。アリアドネは堂々と乗り込んできて、"この国に有事が起こって私に王座が回ってきたら、女王として立派に統治して見せるわ!"と言って説得していた。"オリヴィエお姉様が行かず後家になったら責任取れるのですか!"とも言っていたな。とても10歳の言葉とは思えなかった。」
「そうだね。アリアドネ王女の迫力に、陛下もびっくりされていたよ。」
アレン様とクリス様は、その頃を思い出したようにウンウン頷いた。

「結局、私が王位継承者に代わるのには1年かかったわ。オリヴィエお姉様とオルディアス王子がやっと婚約出来たのは去年の夏だった。2人ともとても幸せそうで····私はスゴくスゴく嬉しかったの!その時は、まさか私がアレン兄様の婚約者になるとは夢にも思わなかったけど·····。」
「アリアドネ·····私との婚約は嫌だったのかい?」
「いいえ!アレン兄様は、すごく素敵な方だもの。とても紳士だし、お優しくて立派な方だわ。ただ、叔父様陛下から"憂慮していた問題が解消された。国外に王位継承者を置く必要がなくなった。どうか、王位継承者としてではなく、王妃としてアレンを支えて欲しい"と言われて·····つまり、私がオリヴィエお姉様と王位継承者を代わったからアレン兄様の婚約しただけで、あのままオリヴィエお姉様が王位継承者であったならアレン兄様はオリヴィエお姉様と婚約してこの席に座っていただろうと思うと·····少し複雑な気持ちになってしまって·····。」
そう言ってアレン様を見つめた。

アレン様はそっとアリアドネ様の手を握って話し出した。
「アリアドネ、最終的に決定されたのは陛下だが、アリアドネの名前を最初に出したのは私なんだ。」
「えっ?」
意表を突かれたのか、アリアドネ様は目を見開いて驚いていた。
「陛下より、婚約者として選ぶならどの女性がいいかと打診された時、真っ先に浮かんだのはオリヴィエ王女の為に果敢に乗り込んで来た、君の顔だった。今よりもっと幼くて小さかったのに、誰よりも生気に満ちて輝いていた。将来、見たこともないくらい美しく成長するだろうとその時感じたんだ。」
「まぁ·····!」
アレン様の言葉に、アリアドネ様は頬を紅く染めて僅かに首を傾げた。
「アリアドネと話していると、元気を分け与えてもらっていると感じる····。まるで太陽に当たっているように心がポカポカ温かくなる。それに7つも歳が離れているのに、君と話しているとどちらが年上なのか、時々わからなくなることもある。例え、王位継承者がオリヴィエ王女だったままだとしても、私は君を選んでいた。」

そしてアレン様はアリアドネ様の手の甲に口付けして囁いた。
「改めてお願いするよ。どうか、私の伴侶として傍にいて欲しい。私にはアリアドネが必要なんだ。」
「·····アレン兄様!·····」
アレン様の手を握り返して、アリアドネ様は俯いた。耳まで真っ赤になって、もごもごと言葉にならないくらい小さな声で何かを呟いていた。
「アリアドネ、君の返事が聞きたいな。」
「アレン兄様、私·····私·····アレン兄様に似合う立派な王妃になってみせるわ!この国を、アレン兄様を守ってみせる!」
それを聞いて、アレン様は楽しそうに声を出して笑った。いつもの微笑みではなく、心の底から楽しそうな満面の笑顔だった。

「そうだね。アリアドネ。君に守ってもらいたい。私は君とこの国を守るよ。君はかけがえのない人だ。だから、もうは止めてアレンと呼んでくれないか。」
「アレン·····様。」
遠慮がちにアレン様の名を呼ぶと、ウットリとした顔でアリアドネ様は微笑んだ。

甘い世界に入った2人を邪魔しないように、クリス様と目を交わして微笑み、そっとお互いの手をテーブルの下で重ねた。
未来のトバルズ国を導くアレン様とアリアドネ様の姿は、愛らしく、とても逞しく見えた。

その後、お茶会は恙無く終わり、公爵家に戻った。いつものようにクリス様が眠りにつくまで見守った後、自室に戻り机に向かった。

激動の日々の中、途切れがちになっていたオリヴィエ様への手紙を書き始めた。
その手紙は生涯途切れなく続いた、2人の文通の始まりの手紙となった。



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