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「ねぇリヒター。ヴィクドリィアでのことを聞かせてちょうだいな」
「辺境領の教会には沢山の神官見習いと聖女見習いの子供達がいて……」
フィリスにここ数ヶ月での生活の報告をする。
子供達に神事を教えたこと。聖女から算術を徹底的に仕込まれていたこと。頑張って覚えようとしてくれていたこと。神紐の作り方を描いた紙を貼り出したこと。あそこでの生活が思いの外、楽しかったこと。彼らの間には家族のような温かみがあったこと。
「僕にはもう家族はいませんから、懐かしいような羨ましいような気持ちで胸がいっぱいになりました」
リヒターが最後に家族を見送ったのは十年前。
あの頃はまだ十にも満たなかった。神官見習いとして働いていた頃に祖母が亡くなった。
以前から長くはないと言われており、祖母自身も分かっていたからこそリヒターを教会に入れる決意をした。
神官なら食うに困ることはない--それが祖母の言葉だった。
王都ではない場所に行きたいと思いつつも、神官として働くこと前提で考えているのは祖母の言葉があるから。どんなに胸が痛くても、職に困って路頭に迷うようなことにだけはなりたくなかった。
それが病魔に冒されながらも「あんたは神官になりな」と背中を押してくれた祖母に気持ちに報いることだと思うから。
現実を見ているのか見ていないのか、リヒター自身にもよく分からない。
困ったものだよなと小さく笑えば、フィリスは悲しそうに顔を歪めた。
「私はあなたのこと、家族みたいに思っているわ」
「ありがとうございます」
「励ましなんかじゃなくて本心だからね?」
「はい。分かっております」
「ずっと手の届く場所にいて欲しくて、幸せになって欲しくて。あの男が教会にした寄付の分だけ私はあなたの結婚資金を貯めていた。いっぱい貯まったらその分幸せになってくれるんだって信じてたの」
「フィリス様……」
「でもダメね。肝心なあなたの気持ちを何にも見ていなかった。私もあの男も」
ごめんなさい。その言葉と共に、フィリスはポロポロと涙を溢す。けれど彼女が謝ることなど何もないのだ。きっとフィリスも少し前のリヒターと同じ勘違いをしていたのだろう。ここまで思ってもらえたのに、不甲斐ない結果しか残せなかった自分が恥ずかしい。
「違うんです」
「違うって何が?」
「アレックス様が好きだったのは僕じゃない。この教会にいる聖女の誰かなんです……」
「え? だってあの男はそんなこと一言も……。リヒターだって手を出されて」
「キス以上は何も」
こんなこと口にするのは恥ずかしい。けれど言えるのはこれだけなのだ。
フィリスもまさか子供の戯れ程度で止まっているとは思わなかったようで、目を大きく見開きながら固まっている。
「あの男がそれだけで済むはずが……。ならなぜさっきあの場所にいたの? どこからか聞いて出迎えにきていたことこそ思っているって証明。そうでしょう?」
「良い返事がもらえなかったのではないでしょうか。キス止まりとはいえ、僕とは関係があるように見えなくはありませんでしたから」
リヒターは遠くを見つめる。
そしてあの時間は全て夢だったのだと、これ以上期待しても傷つくだけだと自分に言い聞かせる。
フィリスは信じられないとばかりにフルフルと左右に頭を振る。だがそれ以上何か告げることはなかった。
二人で並んで長い廊下を歩く。久々の王都の教会は居心地の悪い静寂で包まれている。
やはりどこか別の場所に移るべきか。そんなことをぼんやりと考えながら神官長への報告を済ませるのであった。
「辺境領の教会には沢山の神官見習いと聖女見習いの子供達がいて……」
フィリスにここ数ヶ月での生活の報告をする。
子供達に神事を教えたこと。聖女から算術を徹底的に仕込まれていたこと。頑張って覚えようとしてくれていたこと。神紐の作り方を描いた紙を貼り出したこと。あそこでの生活が思いの外、楽しかったこと。彼らの間には家族のような温かみがあったこと。
「僕にはもう家族はいませんから、懐かしいような羨ましいような気持ちで胸がいっぱいになりました」
リヒターが最後に家族を見送ったのは十年前。
あの頃はまだ十にも満たなかった。神官見習いとして働いていた頃に祖母が亡くなった。
以前から長くはないと言われており、祖母自身も分かっていたからこそリヒターを教会に入れる決意をした。
神官なら食うに困ることはない--それが祖母の言葉だった。
王都ではない場所に行きたいと思いつつも、神官として働くこと前提で考えているのは祖母の言葉があるから。どんなに胸が痛くても、職に困って路頭に迷うようなことにだけはなりたくなかった。
それが病魔に冒されながらも「あんたは神官になりな」と背中を押してくれた祖母に気持ちに報いることだと思うから。
現実を見ているのか見ていないのか、リヒター自身にもよく分からない。
困ったものだよなと小さく笑えば、フィリスは悲しそうに顔を歪めた。
「私はあなたのこと、家族みたいに思っているわ」
「ありがとうございます」
「励ましなんかじゃなくて本心だからね?」
「はい。分かっております」
「ずっと手の届く場所にいて欲しくて、幸せになって欲しくて。あの男が教会にした寄付の分だけ私はあなたの結婚資金を貯めていた。いっぱい貯まったらその分幸せになってくれるんだって信じてたの」
「フィリス様……」
「でもダメね。肝心なあなたの気持ちを何にも見ていなかった。私もあの男も」
ごめんなさい。その言葉と共に、フィリスはポロポロと涙を溢す。けれど彼女が謝ることなど何もないのだ。きっとフィリスも少し前のリヒターと同じ勘違いをしていたのだろう。ここまで思ってもらえたのに、不甲斐ない結果しか残せなかった自分が恥ずかしい。
「違うんです」
「違うって何が?」
「アレックス様が好きだったのは僕じゃない。この教会にいる聖女の誰かなんです……」
「え? だってあの男はそんなこと一言も……。リヒターだって手を出されて」
「キス以上は何も」
こんなこと口にするのは恥ずかしい。けれど言えるのはこれだけなのだ。
フィリスもまさか子供の戯れ程度で止まっているとは思わなかったようで、目を大きく見開きながら固まっている。
「あの男がそれだけで済むはずが……。ならなぜさっきあの場所にいたの? どこからか聞いて出迎えにきていたことこそ思っているって証明。そうでしょう?」
「良い返事がもらえなかったのではないでしょうか。キス止まりとはいえ、僕とは関係があるように見えなくはありませんでしたから」
リヒターは遠くを見つめる。
そしてあの時間は全て夢だったのだと、これ以上期待しても傷つくだけだと自分に言い聞かせる。
フィリスは信じられないとばかりにフルフルと左右に頭を振る。だがそれ以上何か告げることはなかった。
二人で並んで長い廊下を歩く。久々の王都の教会は居心地の悪い静寂で包まれている。
やはりどこか別の場所に移るべきか。そんなことをぼんやりと考えながら神官長への報告を済ませるのであった。
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