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20.あの石
しおりを挟む「キャアァァァアア!」
「――捕らえろ!」
絹を裂くような女性の悲鳴と男性の叫び声が同時に聞こえる。
風の音が強くなり、遠い神殿からザワザワと戸惑う雰囲気が伝わってくるようだった。兵士が数人飛び出てきて階段で蹲っているエイミィへと向かう。
エイミィは怖くないのだろうか。こんなに大きな式典を台無しにして……。
フォークナー公爵夫人の怒りに満ちた眼差しを思い出し、わたしは震えが止まらなくなった。
そっと肩に置かれた手に気が付いてレイを見上げると、彼の顔が少し強張っているような気がした。
「あの石……」
レイは兵士に捕らえられているエイミィを食い入るように見つめてつぶやいた。わたしには遠すぎて見えないけれど、彼には見えているのかもしれない。
エイミィが青い石を持っているのが――
罪悪感で胸がギュッと苦しくなる。
「ごめんなさい、もらったあの青い石、取られてしまって……」
「ああ、それは昨日シェーラさんから聞いてる。予想通りだから気にしないで」
「えっ?」
責められるのを覚悟していたので、一瞬頭が真っ白になった。
「ど、どういうこと?」
エイミィに取られるとわかっていて……レイはあの石をくれたの?
いったいどうして――
「精霊石の光に似ていたわねぇ」
羽根帽子の老婦人がぽつりとつぶやくのが聞こえた。
「精霊石って、まどうぐですか? おばあさま」
「ええ、魔道具の中にも入っていますよ。昔、あんな風に光るのを見たことがあるの」
無邪気な少年と老婦人の会話を耳にして、わたしの心臓はドキドキと激しい音をたて始めた。
『私の加護と相性の悪い精霊石が反発することがあってね』
オーウェン様はそう言っていた。
まさか……。
「レイ、あの石、もしかして精霊――」
「うん。あれは我が家に伝わる精霊石なんだ」
あっさりうなずいたレイは涼しい顔をしている。
精霊石……そんな、そんなこと……。
「で、でも、河原で拾ったって……」
「ごめん、あれは嘘というか……そう言ってもジェシカは大切にしてくれると思ったんだ。エイミィは嫌がるだろうけどね」
まさにその通り、エイミィは河原で拾ったと聞いて露骨に態度を変えていた。どうしてわかるのかと驚いたり怖くなったりしたせいか、わたしは次第に気分が悪くなってきた。
レイは首を傾げて心配そうな顔をする。
「どうしたのジェシカ、真っ青になってる」
レイの青い瞳が心配そうに揺れるのが見えて――そこでわたしの意識は途切れた。
〇▲◇
目を開けるとレイのお屋敷のベッドに戻っていた。
先ほど見たエイミィのあれは夢だったのかも……と性懲りもなく期待してみたけれど、シェーラによるとレイがわたしを抱えて戻ってきたということだったので、やはり夢ではないようだ。
あの青い石のせいでオーウェン様が傷ついてしまったとしたら、どうやって詫びればいいのだろう。……その上、こんなことになってもまだあの石を返してもらいたいと思っているなんて、浅ましくて誰にも言えない。
レイやシェーラが体調を心配してくれているというのに、わたしは自分のことばかり考えて……。
後ろめたくなったわたしは、どこも具合が悪くないのにベッドに深く潜り込んで頭を抱えた。
お父様付きの執事のクロードがレイのお屋敷に駆け込んできたのは、その日の夜のことだった。
「シェリーズ家は終わりです」
衝撃的なセリフで始まったクロードの説明は、階段を上がっていくエイミィを見た時にわたしが危惧していたのとほぼ同じ内容だった。
「王宮から甲冑を着た連中がぞろぞろ来て、旦那様と奥様を連れて行きました……。使用人はみんな荷造りを始めています」
いつもの柔らかい口調ではなくどこか投げやりに話すと、クロードは眉間にシワを寄せてため息をついた。長年仕えてきたお父様たちが捕らえられたことにショックを受けているのだろう。
「そうでしょうね」
シェーラが凍り付くような冷たい声で言った。
彼女がベッドから出たばかりのわたしに出してくれたのはとても温かいハーブティーだったので、その温度差に少し驚いてしまう。
「先ほどレイモンド様からお聞きしました。隣国との式典の進行を妨げたそうですから、エイミィ様は主催者である国王陛下の顔に泥を塗ったようなものだと」
シェーラの言う通り、エイミィの身元が割れればその実家に罰が下されない理由はない。あれほどの騒動を起こしたのだからシェリーズ家が潰されるのも無理はなかった。
「……王宮の使者は、ジェシカ様も探していたようです」
「なぜその必要が?」
「ええと……精霊石? がジェシカ様のだから、とかなんとか……」
不安そうなクロードと噛みつかんばかりのシェーラの会話を聞いて、懸念していた通りエイミィが精霊石を持っていたことも問題になっているのだと思った。
これは私のじゃない、お姉様のもの、だからオーウェン様にケガをさせたのはお姉様――きっとエイミィはそんな風に答えたのではないか。
わたしが出席していたとしても同じ結果になっていたと考えると、エイミィがそう言いたくなっても不思議ではない。
「明日の午後、国王陛下の御前で裁判を行うと……それまでにジェシカ様を捜索するよう言われました」
クロードの声は震えていた。シェーラが息を呑む音がする。
「……それなら、僕が行かなくてはいけないね」
ずっと黙っていたレイがソファの背もたれから身を起こした。
「あれはラスタヒュース家に伝わる物だから、説明が必要になるだろうし」
「……だ、だめよ。わたしが、行くから」
わたしは思わずレイの袖をつかんでいた。
これはシェリーズ家のことであって、レイに迷惑をかけるわけにはいかない。もしあの公爵夫人に目を付けられでもしたら、レイのお家だってどうなるか――
「たぶん、僕が行ったほうが話が早いよ。心配なら一緒に行こう」
わたしは胃がシクシク痛むほど恐ろしいのに、レイはどこか楽しそうに微笑んでいる。
どうしたらわかってもらえるのかしら……。
「レイ、あの……公爵令息のオーウェン様は、ご自身の加護と相性の悪い精霊石とは、反発してしまうのですって……」
公爵夫人に口止めされていたことを話すのは怖かったけれど、何も知らない彼がひどい目に遭うのは見たくなくて、わたしは思わず口に出していた。
「そうなんだ。加護が強いのかな?」
レイはそれを聞いても特に顔色を変えることはなく、軽く首を傾げただけだった。なんだか心配している自分がおかしいような気さえしてくる。
「ジェシカ、あの石については気にしなくていいから。今夜はしっかり寝るんだよ」
まるで子供に言い聞かせるみたいにレイに頭を撫でられて、わたしは少し……いえ、かなりモヤモヤした。
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