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21.裁判
しおりを挟むレイと共に案内された広い部屋は全体的に薄暗く、華やかな王宮内にあるとはとても思えなかった。
部屋の中央だけ天井が高くなっていて、こちらに背を向けた三つの椅子が天窓からの光で照らされていた。前のひとつにエイミィ、後ろの二つには両親が座っているようだ。
「この服はサイズが合っていないように見受けられるが?」
部屋の奥に立っている男性騎士が、あの薄緑色のドレスを掲げる。
質素な服を着たエイミィは下を向いたままだった。
「それは私がジェシカ殿に贈ったものだ」
別の男性の低い声が響く。
尋問する騎士の後ろに長い足を組んで座っている男の人が見えた。暗くて顔がよく見えないけれど……あれはオーウェン様だろうか。
四方から大きなどよめきが聞こえてきた。思っているよりこの部屋にいる人は多いのかもしれない。
「なぜ他人の服を着ていたのか、答えろ」
男性騎士の感情を抑えた声がどよめきを凍らせた。
「お姉様はしん――」
「ジェ、ジェシカはさらわれてしまったのです! 急にいなくなって!」
エイミィの声を遮ってお母様が叫ぶ。
「だから……だからエイミィが代わりに出席しようとしたんです! この子なりの、姉を思いやっての行動だったのですわ!」
「……娘の侍女も同時に消えていましたから、あれが手引きしたとしか思えません。騎士の方々には裁判ではなく、娘を捜すことで協力していただきたかった」
泣き崩れるお母様と、苦々しく吐き捨てるお父様。
二人ともわたしがここで聞いているとは露ほども思っていないのだろう。シェーラに罪を着せるなんて許せない、と思わず前に出ようとしたらレイに腕をつかまれて止められた。
「では、なぜすぐ王宮に連絡しなかった?」
騎士の目は疑いを隠そうともしていない。
「当主である以上、長女が婚約式に招待されているのは知っていたはずだ」
「そ、それは……恥ずかしながら、気が動転していて……」
お父様は首からダラダラと汗を流し、お母様は先ほどの勢いが嘘のようにうつむいている。
「シェリーズ伯爵」
凄みと気品を感じる女性の声。あれはフォークナー公爵夫人だ。部屋全体にピリッと緊張が走った。
「あなたはこの期に及んで、まだ誤魔化しきれると思っているのかしら?」
「いえ、その……」
家ではいつも尊大なお父様が背中を丸めて小さくなっている。
「そこのあなたの娘が会場に精霊石を持ち込んだことを、どう説明するおつもり?」
「エ、エイミィがそんなものを、持っていたとは……」
「違うわ! あの首飾りはお姉様がしていたのよ! オーウェン様からいただいたのに、何がいけないの?」
お父様の小さな声を、空気を読まないエイミィの金切り声がかき消した。
公爵夫人は恐ろしい人なのだ――とエイミィが知らなかったとしても、この雰囲気でよくそんなセリフが出てくるものだと感心してしまう。
「……オーウェンからもらった? 面白い冗談だこと。あの青い石がどういうものかご存じないようね」
口調は穏やかでありながら、公爵夫人は間違いなく怒っていた。
「行方不明だという姉を捜しもしないで、姉のドレスと首飾りを身に着けて、姉の招待状を使って王宮に潜り込んだ。どう考えてもまともな人間のすることではないわ!」
公爵夫人の声には人を震え上がらせる魔法がかけてあるのかと思うほど、それは恐ろしくて迫力のある言葉だった。
けれどこの時、わたしが感じていたのは恐怖ではなかった。やはりエイミィは……わたしの妹はまともではなかったのだと、心を覆っていた何かが音を立てて剥がれていく感覚があった。
「……ッ」
エイミィは公爵夫人に反論しようとしたのか、顔を上げた後、少しうめいて再び顔を伏せる。
面と向かって罵倒された苛立ちをエイミィが我慢できるはずがない。彼女の様子に違和感を覚えた。
「あら、何か言いたそうね。……焼かれたお顔の具合はいかが?」
扇をさらりと広げて、公爵夫人は身も凍る言葉を口にする。
焼かれた、とは……まさか、エイミィは拷問を受けたのだろうか。
「……ひどい! エイミィが可哀想だわ!」
お母様が叫んで椅子から立ち上がり、エイミィをかき抱くように手を伸ばした瞬間、複数の騎士に取り押さえられた。
「放して! エイミィが何をしたというの? 子供が婚約式に行ってみたいと思うのが、そんなに悪いことなの⁉」
「やめなさい! 何を言っているんだ!」
錯乱したお母様に向かって、青い顔をしたお父様は唾を散らして怒鳴りつけた。お母様は眉を吊り上げてギラギラした目でお父様を睨み返し、拘束から逃れようと身をよじった。
周囲からヒソヒソと小さな声が聞こえてくる。
「……顔がどうしたって?」
「あの娘、捕まった時には顔が爛れていたって……」
「まあ、なぜそんなケガを……?」
「王族が精霊の加護を使ったのでは……」
人々の声は次第に大きくなっていき、収拾がつかなくなりそうだった。
捕まった時にすでにケガをしていたのなら、拷問を受けたわけではない。真偽の不明な噂であっても信じたくなってしまう。
たとえエイミィがわたしの死を望んでいたのだとしても、妹がそんな目に遭ったなどと想像するのは難しかった。
「静かに! 国王陛下の御前である!」
尋問していた騎士が踵を鳴らして一喝すると、ピタリとざわめきが止まった。いつの間にか日の光が当たる中央には鎧を着た兵士がずらりと並んでいた。
その兵士たちの中を豪華なマントを羽織った金髪の壮年男性がゆったり歩いて来ると、どこからともなく「国王陛下」というささやきが漏れた。
「――動機が何であれ、その娘の極刑は免れまい」
わたしが初めて聞いた国王陛下のお言葉はとても無慈悲だった。
「この度の事件は、公の場で我が国の体面を傷つけたに等しいのだ」
国王陛下の眼差しには上に立つ者にふさわしい威厳と、ある種の冷たさがあった。お父様がわたしに帰って来るなと言った時の目よりも、さらに冷たい何かが。
「そしてシェリーズ伯爵については、爵位の剥奪はもとより、当主としての責任も問わねばならぬ」
部屋の中はシンと静まり返った。
椅子に座ったお父様はがっくりと項垂れている。二言目には家のためと言っていたお父様にとって、こんなにつらいことはないだろう。しかも溺愛していたエイミィが起こした事件なのだから。
足が震えて座り込みそうになってしまう。
昨夜、シェリーズ家は終わりだと聞いた時は仕方がないと諦めていた。でも実際にそうなったら、こんなにショックを受けるものだとは思っていなかった。
「なんだか可哀想」
ぽつりと同情する女性のつぶやきが聞こえたけれど、
「でもあの伯爵夫人の態度、あれはちょっとなぁ」
すぐに男性の声で否定されてしまった。
ああ……あの時お母様は声を上げてはいけなかったのだ。お母様がエイミィを庇う発言をしたことで、国王陛下が「シェリーズ家は反省していない」と判断した可能性がある。
フォークナー公爵夫人はこうなることがわかっていて、わざとあんなことを言ったのだろうか。だとしたら……やはり恐ろしい人だ。
「追って、国王陛下より裁定をいただく! これにて裁判を終了する!」
騎士の号令と同時に重いドアが開け放たれて、一気に部屋が明るくなった。わたしは外の世界が眩しくて目を細めていた。
エイミィが軽装の兵士に両脇を抱えられ、身体の向きを変えた時、彼女の片頬が生々しい火傷で覆われているのが見えた。
「おお、こわいこわい」
「なんて醜いの……」
「あれは痕になるなあ」
周りからの遠慮のない言葉によって心臓がギュッと締め付けられる。
美しいエイミィの顔にあんなひどい火傷が……。まだ十二歳、これから婚約をして成人して――という将来への夢を見てもいい年頃だというのに、彼女がどれほどの苦痛を感じているのか想像もつかない。
わたしはエイミィが連れられて行く姿に釘付けになっていて、周りの人たちが次々に部屋を出て行っていることや、近づいて来る足音に気が付いていなかった。
「その白い髪……あなた、ラスタヒュースの?」
「はい、レイモンドと申します」
気が付くとレイの前にフォークナー公爵夫人の姿があった。驚いて叫ばなかった自分を褒めたい。
この人はエイミィの姉であるわたしを見て何と思うだろう……怖くて歯がカチカチ音を立てそうになる。
「そう、あなたがジェシカさんを保護してくださっていたのね」
「さすがと申し上げるべきか……お耳が早いですね」
あれ、公爵夫人の声が穏やかになっている……?
思わず顔を上げると、口元を扇で隠した公爵夫人は燃えるような翠の瞳を私に向けていた。その視線の強さに身の竦む思いがした。
怒っていないわけではない……のかもしれない。
「ほほほ、情報は多いほど良いと言うでしょ。――場所を変えましょうか」
公爵夫人の持つ独特の圧力には、レイも逆らえないようだった。
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