永遠の誓いをあなたに ~何でも欲しがる妹がすべてを失ってからわたしが溺愛されるまで~

畔本グラヤノン

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22.別れ

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 客室に案内されてお茶を出されたけれど、手が震えてカップを持つことができなかった。きっと今、わたしはひどく青白い顔をしているに違いない。

 空気がこんなに張りつめているのは、オーウェン様があの精霊石のせいでケガをしたからだろう。どうやって詫びればいいのか見当もつかない。

「あ、あの……フォークナー公爵夫人」

 わたしは我慢できなくなり、優雅にお茶を飲んでいる公爵夫人に思い切って声をかけた。

「何かしら」
「申し訳ありません、オーウェン様は……精霊石でケガをされたのでは……」

 一歩間違えば逆鱗に触れてしまいそうな雰囲気を感じたけれど、せめて謝罪だけでもしておかなければとわたしは必死だった。

「……まあ、ほほほ。勘違いをしているのね」

 少し間があった後、公爵夫人は声を上げて笑った。

「いいこと? ジェシカさん。わたくしが決めたことは絶対なの」
「……は、い」

 何を言われているのかとドギマギしながらわたしは神妙にうなずいた。

「お披露目パーティの件から、わたくしはオーウェンが出席する場に精霊石があってはならないというルールを決めたのよ。決めた以上はどんな例外も許さないわ」

 公爵夫人は赤い唇の端を上げる。

「たとえあの青い精霊石が、どの精霊とも反発しないことを知っていてもね」
「えっ?」

 反発しないって……じゃあ、あの光はいったい何だったの……?

 戸惑っているわたしを置き去りにして、公爵夫人はレイの方を向いた。

「……レイモンド殿は、いつ頃ジェシカさんにあの誓いの精霊石・・・・・・を贈ったの?」
「ご存知だったのですね。四年ほど前になります」

 レイの声が低くなったような気がする。

「そう。そんなに前から……オーウェンの方が遅かったのなら仕方がない」

 公爵夫人は扇で口元を隠し、目をそっと伏せた。

 誓いの精霊石、四年前……レイにもらったあの青い石のことだろうか。わからないことばかりで話が見えてこない。
 わかっているのは、おそらくオーウェン様はケガをしていないということと、それなのに公爵夫人の機嫌が悪いということ――

「それにしては何も教えていないのね」

 ギラリと光る翠の瞳でレイを睨みつける公爵夫人。

「あの青い精霊石は、わたくしがまだ幼い頃にアラムスの上流階級の間で流行ったのよ。想い人に贈って両想いであれば、精霊が認めたあかしが現れるという話だったわ」
「まあ」

 なんて素敵……と思った瞬間、あの首飾りを着けた時に出てきた光を思い出した。
 花びら状にヒラヒラと舞って空気に溶けていった青い光。あれは、まさか……。

 『両想い』という言葉が頭の中をグルグル回って、頬がじわじわ熱くなってくる。

 はっと我に返ると、公爵夫人がじっとりとした視線でわたしを見ていた。

「……ただ、誓いの精霊石は希少で、しかも相手と両想いとは限らない。ある貴族の息子が好みではない相手から贈られた精霊石を、別の想い人へ渡して……青い光を浴びて失明したの」

 パチンと扇を閉じて公爵夫人は眉を寄せる。
 青い光で失明……もしかしてわたしが見た青い光は、エイミィの火傷と関係があるのかしら。

「青い精霊石はラスタヒュース産のみ。当時の国王が問い合わせたけれど原因はわからず、慰謝料で大損したと聞いたわ。それからは取扱い禁止になった。……でもね、後になってその精霊石は〝嘘〟に反応することがわかったのよ」

 低く静かな公爵夫人の声に、

「ええ。正確には人の心を操る嘘を嫌います」

 レイの無機質な声が続いた。

 ……反応って、嘘をついたら石が青い光を出すということ? じゃあエイミィは嘘をついたからあんな火傷を負った……?

「よく知っているわね。さすがはラスタヒュース候と言うべきかしら」
「……」

 無表情のレイを横目に、公爵夫人は扇を開いて「ほほほ」と笑った。

「ジェシカさん」
「は、はい」

 いきなり公爵夫人から名前を呼ばれ、わたしはソファから飛び上がる勢いで返事をする。公爵夫人の目は穏やかに微笑んでいた。

「オーウェンはあなたのことを気に入っていたようだけれど、わたくしはエイミィあんな娘の血縁者を受け入れることはできないわ。それにもうじき、あなたは貴族の令嬢ではなくなるのだし……わかるでしょう?」
「……はい」

 微笑んではいても、公爵夫人の口から出てきた言葉は針のようだった。

 ――貴族ではなくなる。
 あれだけのことをして、我が家が爵位を剝奪されるだけで済むわけがないとは思っていた。命があるだけありがたいくらいなのだろう。

「式典の後、オーウェンはあなたを捜しにシェリーズ家まで行ったわ。でも地下牢を見て思うところがあったみたい」

 公爵夫人は細めた目をチラリとレイに向ける。

「シェリーズ家の馬番から話を聞いたそうよ。エイミィに命令された下男がジェシカさんを地下牢に入れたと。そしてその下男が逃亡する直前に、白い髪の貴公子が現れたとね。まるで物語の王子様のように」
「はは、私は王子様ではありませんよ」
「ほほほ、そうね」

 表情の緩んだレイに対して、公爵夫人の目は笑っていなかった。

「わたくし、ジェシカさんの素直なところは非常に好ましく思っていたの。……とても残念だわ」

 不機嫌さを隠そうともせず、公爵夫人は眉間にくっきりと皺を寄せて深いため息をつく。

 彼女はかつて『オーウェンを馬鹿にすることは、このわたくしを馬鹿にするのと同じこと』と言っていた。オーウェン様が心を砕いてくださったのにこんなことになってしまい、腹立たしく思っているのかもしれない。

「申し訳……ありません」

 思わずわたしは頭を下げていた。公爵夫人を怒らせたくないという気持ちではなく、抑えがたい寂しさがそうさせたのだと思う。

「こういう場合の謝罪は不要よ。どのみちシェリーズ家の者など許すつもりはなかったのだから。――もう下がりなさい」

 ひらりと扇を振る公爵夫人の仕草は、退室を促している合図だった。

「失礼いたします」

 これで二度とこの人に会うことはできなくなる。

 思い返せば、公爵夫人と顔を合わせる時は常に緊張感に支配されていた。けれどもエイミィのことをまともではないと言い切ってくれた時の、自分の中のモヤモヤが晴れていく感覚を忘れることができない。
 わたしにとってとても恐ろしい人だけれど、感謝もしている。

 いつもより丁寧な礼をしたわたしの視界は涙で滲んでいた。





 レイと一緒に部屋を出ると、オーウェン様がカツカツと靴音を響かせて近づいて来た。

「……オーウェン様?」
「ジェシカ、母上は何と? 酷いことを言われなかった?」
「えっ? いいえ」

 慌てて首を横に振ると、オーウェン様はため息をついて疲労感の漂う微笑みを浮かべた。

「よかった……。アラムスの――母上の姪にあたる王女が『こういう演出がこの国では流行っているのか』なんて嫌味を言ったものだから、母上の怒りがおさまらなくて、どうなることかと……。父上が怖がって部屋に引きこもるくらいだったんだ」
「も、申し訳ありません……」

 公爵様とオーウェン様が恐れるほどの怒りだったのなら、あれで我が家に対する処分は甘い方だったのかもしれない。冷や汗がダラダラとこめかみを流れていく。

「いや、謝るのは私の方だよ」

 オーウェン様は眉を下げてうつむいた。

「君の妹が、あんな……地下牢に君を閉じ込めてまで、婚約式に出たがるとは思っていなかった……」

 落ち込んでいる様子のオーウェン様を見て、わたしの心はズキズキと痛んだ。いくら式典に出たいからといって普通はあんなことはしない。エイミィの行動はわたしでさえ予測できなかったのだから、オーウェン様が悪いことなどひとつもないと思う。

「君の家も何とか助けたかったが、どうしようもなかった。私は幼い頃から母上に頼ってきたから、母上には逆らうことができないんだ。……無力で、すまない」
「いいえ、そのお気持ちだけでとても嬉しいです」

 オーウェン様の目からは今にも涙がこぼれそうだ。
 たとえ親子であってもあの公爵夫人に意見することはできない。その感覚は少しわかる。

 ドレスを贈られたのは初めてのことだったし、こんなに素敵な男性がわたしを助けたいと思ってくれたのは本当に嬉しかった。
 この思い出があれば強く生きていけそう――

「ジェシカ」

 振り返るとレイの心配そうな青い瞳がすぐ近くにあった。

「顔色が悪いよ、疲れたんだろう。もう帰って休まないと」
「え、ええ……」

 ここのところずっとシェリーズ家のことに振り回されて疲れているのは確かだけれど、わたしはそんなにひどい顔色をしているのだろうか。

「あなたは……ラスタヒュースの方ですか?」

 オーウェン様がレイに声をかけた。

「はい。レイモンドと申します」
「……ということは、あの青い精霊石はあなたが贈られて……」
「ええ、我が家に伝わる大切な物です」

 レイの言葉を聞いたオーウェン様は少し寂しそうな顔になった。

「そうですか……」

 公爵夫人によく似た翠の瞳に暗い影が落ちる。あとは無言の時間が流れていった。



「……失礼いたします、オーウェン様」

 レイに促されて廊下を歩きながら、オーウェン様にはもっときちんと謝らなければならなかったかも――と後悔して、わたしは何度も振り返っていた。
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