わたくし、残念ながらその書類にはサインしておりませんの。

朝霧心惺

文字の大きさ
7 / 12

父上ー、母上に言いつけますよー!!

しおりを挟む
 満足そうに頷くリリーシアの愛らしさに悶えたルカであるが、次の瞬間にはおちゃらけるように肩をすくめ、棒読みな言葉をルフェーブルに向かって投げた。


「父上ー、独裁政治に職権濫用を行うようなら、母上に言いつけますよー!!」


 瞬間、王妃を溺愛する国王は、借りてきた猫のようにおとなしくなる。


「えぇーっと、バカドールだっけ?私の名前は、ルカーシュ・セオドア・リオネル。リオネル王国の第2王子だよ」


 周囲から起こるどよめきは、彼がどれほどの期間この国を不在にしていたかを示すようであった。

 10年という月日は、人々が思っているよりもずっと長い。
 それが幼少のみぎりとあらば、なおのことだろう。


(………懐かしいですわね、この挨拶)


 この中で唯一、場違いにも感傷に浸っているリリーシアは、彼との初めてを思い出していた。


 ———あれは、確か8年前の出来事だったはずだ。

 商売で隣国を訪れた際、まだ当時6歳だったリリーシアは、取り引きのために招かれたお客さまの邸宅のお庭で迷子になってしまった。
 美しく咲き乱れる薔薇の迷路の中で、お供の者とも逸れてしまったリリーシアは、ひとりぐずぐずと泣きじゃくっていた。

 そんな時、彼は現れたんだ。

『うわっ、天使さまだ』

『てん、し………?』

『え、あ、ちが、その………、………君、迷子?』

 軽い口調と質の良さが窺える重厚な服のアンバランスさに首を傾げたリリーシアは、真っ赤な顔をした彼に、ルカに、一目惚れした。
 今よりも柔らかい黒髪も、丸みを帯びた深紅の瞳も、何もかもが美しくて、でも、愛らしい。
 大人になりかけの子供という微妙な立ち位置が生み出す美の至高に、リリーシアの頬は赤く染まり上がった。

『お、おーい、………あれれ?よくよく考えてみると、僕ってめっちゃ不審者じゃん。うーん、………、』

 伏し目がちに首を傾げる姿も、大変美しい。

『えぇーっと、リールー伯爵だっけ?その娘さんかな?僕の名前は、ルカーシュ・セオドア・リオネル。リオネル王国の第2王子だよ』

 この後、リリーシアはルカーシュによって無事邸宅へと送り届けられ、両親の腕の中で号泣した。


 そして、———現実を知った。

『リリーシア。ルカーシュ殿下にいくら好意を寄せられたとしても、恋をしてはいけないよ。殿下とお前では身分が違うのだから』

 父に言われた言葉に、リリーシアは必死になって反抗しようとした。

『で、でも、伯爵家の人間がお妃さまになった歴史だってありますわ!』
『それはお父君が騎士団長や宰相であるという特別な場合のみだ。お前が殿下の隣に立てたとしても、それは妃としてではない。妾としてだ』

 歳の割には大人びて賢いリリーシアには、父の言葉が痛いほどに理解できてしまった。

 でも、諦められなかった。
 諦めたくなかった。

 リリーシアは、その日から、彼に恋をした日から、学びを増やした。
 知識という知識を貪欲に吸収し、父の商談にちょこまかとついていっては、顔を繋ぎ、恩と信頼を売った。
 隣国の商談の場では、必ずと言っていいほど、何故かルカーシュがいて、リリーシアに熱い視線をくれて、甘い言葉をくれて、リリーシアはそれが堪らなく嬉しかった。

 少し年齢が上がってからは、自らも商売に携わるようになり、自らに眠っていた並外れた商才によって、一気に成り上がった。

 その頃から、有力貴族との縁談がいくつも浮上したが、リリーシアは一向に頷かない。
 何故ならリリーシアは、この期に及んでもまだ、夢を捨てきれていなかったからだ。

 両親はなんとしてでも諦めさせたかった。


 だがしかし、リリーシアはもっていた。

 自らの望みを手に入れるための強運を。


 3年前、王妃が病気を患った。

 病の治療には、半鎖国状態の国家のみで自生するとある植物を使用する薬が必要だった。
 なんとまあリリーシア、世界に数名しかいないその国との貿易許可証を持つ人間だったのである。

 この時リリーシアは、持つべきはあらゆる国の貿易許可証だと確信した。
 身も蓋もない気づきである。

 そんなこんなで、王妃の薬作りに大いに貢献したリリーシアは、もちろん国王夫妻にいたく気に入られ、とんとん拍子でルカーシュの隣を手に入れた。

 両親は唖然とし、そして、苦笑しながらも祝福した。
 この子ならばやりかねないと思っていたが、本当にやるとはなという呟きを、リリーシアは聞かなかったことにした。


「リリー?」

 愛おしい人の呼びかけに、リリーシアの意識は浮上する。
 心配そうな表情をしたルカーシュの腕の中に囚われているリリーシアは、微笑んだ。


「なんでもありませんわ」

しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

わざわざ証拠まで用意してくれたみたいなのですが、それ、私じゃないですよね?

ここあ
恋愛
「ヴァレリアン!この場をもって、宣言しようではないか!俺はお前と婚約破棄をさせていただく!」 ダンスパーティの途中、伯爵令嬢の私・ヴァレリアンは、侯爵家のオランジェレス様に婚約破棄を言い渡されてしまった。 一体どういう理由でなのかしらね? あるいは、きちんと証拠もお揃いなのかしら。 そう思っていたヴァレリアンだが…。 ※誤字脱字等あるかもしれません! ※設定はゆるふわです。 ※題名やサブタイトルの言葉がそのまま出てくるとは限りません。 ※現代の文明のようなものが混じっていますが、ファンタジーの物語なのでご了承ください。

婚約者様。現在社交界で広まっている噂について、大事なお話があります

柚木ゆず
恋愛
 婚約者様へ。  昨夜参加したリーベニア侯爵家主催の夜会で、私に関するとある噂が広まりつつあると知りました。  そちらについて、とても大事なお話がありますので――。これから伺いますね?

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

婚約者と家族に裏切られたので小さな反撃をしたら、大変なことになったみたいです

柚木ゆず
恋愛
 コストール子爵令嬢マドゥレーヌ。彼女はある日、実父、継母、腹違いの妹、そして婚約者に裏切られ、コストール家を追放されることとなってしまいました。  ですがその際にマドゥレーヌが咄嗟に口にした『ある言葉』によって、マドゥレーヌが去ったあとのコストール家では大変なことが起きるのでした――。

9年ぶりに再会した幼馴染に「幸せに暮らしています」と伝えたら、突然怒り出しました

柚木ゆず
恋愛
「あら!? もしかして貴方、アリアン!?」  かつてわたしは孤児院で暮らしていて、姉妹のように育ったソリーヌという大切な人がいました。そんなソリーヌは突然孤児院を去ってしまい行方が分からなくなっていたのですが、街に買い物に出かけた際に9年ぶりの再会を果たしたのでした。  もう会えないと思っていた人に出会えて、わたしは本当に嬉しかったのですが――。現状を聞かれたため「とても幸せに暮らしています」と伝えると、ソリーヌは激しく怒りだしてしまったのでした。

あなたの絶望のカウントダウン

nanahi
恋愛
親同士の密約によりローラン王国の王太子に嫁いだクラウディア。 王太子は密約の内容を知らされないまま、妃のクラウディアを冷遇する。 しかも男爵令嬢ダイアナをそばに置き、面倒な公務はいつもクラウディアに押しつけていた。 ついにダイアナにそそのかされた王太子は、ある日クラウディアに離縁を突きつける。 「本当にいいのですね?」 クラウディアは暗い目で王太子に告げる。 「これからあなたの絶望のカウントダウンが始まりますわ」

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

処理中です...