悪役令嬢ってもっとハイスペックだと思ってた

nionea

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アップを終えたからって、いきなり最高速度は出ないよ

58.ゆっくりと

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 数日後。
 ファランは局長室の応接セットに昼食を用意していた。
 大豆料理は色々あるので、と誘いクライフと昼食を一緒に取る事にしたのだ。
「先日お伺いした大豆の件なのですが」
「はい」
 ついに重箱が重箱らしく二段になった事を喜びながら、テーブルに並べたファランは、クライフの言葉に顔を向けた。
「マーヴェラス家の事業として展開なさる気はございませんか?」
「事業展開?」
 言葉の意味は解るが、大豆と事業展開が結びつかず首を捻る。
 だが、クライフの話はちゃんと現実的な提案だった。
 簡単に言うと、王都で料理店などを開き、大豆が美味しいという事を広め、その品種改良された大豆と農法を各領に売るというものだ。
(なるほど…現状大豆が減少傾向にあるのは、代替が可能な搾油と飼料でしか使われていないからな訳で)
 この国で油を得るために使われている植物は数多い。それぞれの土地毎に栽培に適した植物があるのだから当然だろう。
 だが、食べる、という観点から大豆を見れば、大豆の代替品は無い。もしかしたら広く世界を探せばあるのかもしれないが、現時点で解らない以上、食料として確立されている大豆が一人勝ちだろう。
(ウチの大豆は、食用に特化していて美味しいし、トーリシア産に比べればこの国の気候風土に合うよう改良もされている。他にはないからグローリア領からのみで独占販売できる)
 もし、大豆そのものや農法が販売できなくとも、グローリア領でしか取れない大豆で作る料理、あるいはお菓子、というのは、商品として優秀なのではないか。少なくとも、目の前のクライフが、大豆料理を食べて事業展開を思いつくくらいには美味しかったはずだ。
(ようは売り方なわけか…)
 たんぱく質という存在の認識が無いので、豆が肉の代替品になるという説明は難しい。
(もっと単純に、肉より安価で肉のような食感を楽しめるとか、畑産まれの新しい肉とか)
 詐欺をしたくは無いが、誇大広告を責める法律はない。だから、肉ではないが、肉みたいなモノを、畑育ちの肉として売り出しても怒られる事はないだろう。新しい物に飛び付きがちな貴族に、今までなかった新しい肉と言って売り出すのは悪くない気がする。
(んー…でもなぁ…)
 貴族は獣肉を食べる機会が多い。
 大豆、もとい豆腐が好きなファランでも、ずっと豆腐は辛いのだ。
 たまにならともかく、多くの貴族は獣肉の方が美味しいとすぐに離れるのではないだろうか。
(科学的に栄養を検証できないからなぁ…お肉の代替でヘルシーっていっても売りにならないよね。単純に舌を楽しませるだけの美味しさで売る方が人は離れないかな)
 どうせなら、トーリシア料理を提供する店を出してしまうというのはどうだろう。
 そう思い立って、ファランはクライフに聞いてみた。この国でトーリシア料理店、それも貴族向けにレストランを開業したら、どれくらいの集客が望めるのかを。
「そうですね…現状王都には、トーリシア風の料理を数品出す店はありますが。全面的にトーリシア料理を出している店はありません。貴族の中にはトーリシアの文化工芸を好む方も多いですから、そうした料理店は繁盛すると思います。ただ…」
「ただ?」
「貴族を完全にトーリシア調で持て成す場合、初期投資が大分かかるかと」
「あぁ…」
 考えが甘かった、とファランは首を落とす。
(そっか、そうだよね。全面トーリシアで押しだすなら何から何まで揃える必要があるよね。侯爵家がなんちゃって雰囲気レストランってのは、駄目だよなぁ。貴族の面子的なものが、たぶん)
 もし大豆売り出しが軌道に乗って良い感じに儲かったらレストランを出すんだ。そんな夢を設定して、もう少し初期投資の少ない方法を考え直す。
 支出もそうだが、もし失敗してもダメージが少ない事が理想だろうか。
(ハイリスクハイリターンは性に合わないから、ローリターンで良いからローリスクで…うーん)
 すっかり食べきった重箱から、最後のきな粉の練り菓子を口に放り込んだ。
(ん?)
 もぐもぐと口を動かしながら、脳裏を、これまでにない速さで思い付きが駆け巡る。
(お菓子だ! 豆乳おからスコーン。おからきな粉クッキー。豆腐チーズケーキ。おから大豆ビスコッティ。豆乳プリン。高野豆腐ラスク。おあげ最中。おあげフロランタン。湯葉ミルフィーユ)
 お菓子ならば、テイクアウトオンリーにしてしまう事も可能なはずだ。
(大仰な設備もいらないはず)
 そして、客層も、もっとも金離れが良い、貴族女性を取り込めるはずだ。
(そうよ…ヘルシーを科学的に証明できなくても、私が居る!)
 実情は、毎日の地道な運動と筋トレ、ストレッチにマッサージと適切な食事管理などなど盛り沢山な要因がある訳だが、それらを切々と語る必要はない。
(私が痩せたのは甘いものを全て大豆スイーツに代えたからだとそっと噂を流して、その大豆スイーツをウチの料理長が作って売れば! イケる気がする。始めは店舗を構えず、噂と口コミで広げて、ある程度要望が高まったら店舗を開店。特別なお客様にはレシピを料理人に指導しても良いかもしれない、ただしウチの大豆を買ってもらう前提で!)
 お菓子を口に放り込んでから、突然目を輝かせ始めたファランを、クライフが心配そうに見ている。
「クライフさん!」
「はい」
「こういうのは、どうでしょうか!」
 ファランは自分の思い付きを語り、クライフが現実的な助言をくれるのに合わせて案を修正し、結局昼休憩後も作業空間で事業計画を練り上げた。
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