悪役令嬢ってもっとハイスペックだと思ってた

nionea

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 マリアーナから三つほど見取り図を見せてもらいながら、ファランは、自分のお店、という妄想が止まらない。
(私とて一社会人だったんだから、色々とビジネス番組だのビジネスコラムだのは見てたのよ。脳科学的に女性が思わず買い物をしたくなる理論とか、知識は有るのよ。センスが無いだけで)
 これが最良である、と考えられる店舗を選び、マリアーナに頷く。
(がしかし! 今の私にはセンス抜群の頼れる仲間がいる! そう、カトレアとかマグリットとかね! あ、あと意外と空間コーディネートはミモザが上手いのよね。あれ、それそこに置くの? みたいなのが確かにしっくりする、っていう絶妙な配置をするのよ)
 ファランが選んだ見取り図をみて微笑んだマリアーナは、
「早速見に行きましょうか?」
と、訊いてきた。
「よろしいのですか?」
「ええ」
 内装には時間がかかるものだから、選定は迅速な方が良い、とマリアーナはすぐに案内をしてくれた。
(やっぱり好立地!)
 その店舗は、馬車が行き交う大きな車道と、降りて買い物を楽しむための歩道も整えてある大通りの一角。区画の端ではあるが、通りにいくつかある馬車を停留させる部分も目の前にあり、角にあるのでディスプレイスペースも二面と広い。それにすぐ側には競合店も見当たらないようだ。
「あの、中を見る前に、少し周りを確認してもよろしいですか?」
「ええ、もちろんよ。先に中の状態を見ておくから、ゆっくりいらっしゃい」
「ありがとうございます」
 カトレアと共に歩道に立ったファランは、考えてみれば初めて道を歩いていると気付いた。
(ファランの買い物って言ったら欲しい物の担当商人を呼び付ける事だもんね。持ち込まれたものを買ったり、何かお菓子とかを買うにしても侍女頼みで、あくまで馬車から出ないスタンス。ウィンドウショッピングとかありえないもんね)
 貴族の嗜みという話ではなく。ファランという少女が人目に触れる事を嫌った結果だ。もしかしたら思い出せないほど幼い頃にはあったかもしれないが、思い出せないならカウントできないのでなかったのと同じ扱いである。
 実は、貴族は令嬢であっても、意外と外を歩いていたりする。それは、王都の治安が良いという証明であり、他人の目に触れる所で買い物をする事で自身の財政状況をそれとなく周知する事でもあった。ただ、一部の財政状況を疑いようもない貴族は、さほど出歩かないのも事実だが。
「カトレアは、この辺りは来た事ある?」
「はい。ご令嬢方も多くいらっしゃる通りですから、ご主人様のお考えには相応しいかと」
「そうなのね」
「この通りの、あちらに見える青い吊り看板の店舗が、彫金士デヴェラが認めた直弟子のフィモントの店で、その向かいの星の吊り看板の店舗がレース職人のカレクの店なのです。今若いご令嬢に流行りの服飾雑貨店が向かい合っておりますから、わざわざ店舗へ買いに来る方が多いのです」
「なるほど。同業の店はあるかしら」
「喫茶店が一店ございますが、お菓子を扱う店はございません。昔から、三つ向こうの通りに集中しております」
「いままで買ってきてくれてたお店はそこに?」
「はい。こちらは、古くからあるお店ですと、書店と文具店ですね。まだ新しいレストランと二店舗お酒を出すお店がございますが、職人向けの小店舗でして反対側の端になりますし、夜しか開きません」
 書店と文具店が主、という言葉にファランは数店舗を凝視して納得する。店の中が見えない事を不思議に思っていたのだが、言われてみれば中で日除けが下りているのだ。そして、看板や窓に書店の文字が見えた。
(なるほど。若い令嬢に流行りの店がある割に通り全体が大人しいと思ったけど。むしろあの二店が異質なのね)
 カトレアに確認を取れば、青い看板の店は一昨年、星の看板の店は昨年、開店したとの事だった。
(なるほど)
 件の喫茶店というのも、令嬢向けではなく、書店で本を買った主に年齢層の高めの男性がその本を読むために利用するらしい。各テーブルに読書灯を置いている代わりに、店全体の照明は暗く、珈琲と煙草が楽しめる事もあり、若い令嬢はまず近寄らないそうだ。
(つまり、この通りは若い女性と年配の男性というちょっと妙な客層が主なのね。それにしても、カトレアがとても詳しい…)
 ここの店舗を見に来る事はつい先ほど決まったばかりだ。つまり、カトレアは大体の通りの事情に詳しいということではないだろうか。
(さすがカトレア)
 侍女であり心の姉であるカトレアに感心しつつファランはしばらくキョロキョロと周辺を確認していた。
「あちらまで歩かれますか?」
「良いわ。この店舗に決めてからの確認で問題無いし。そんなにマリアーナ様をお待たせするのもね」
「然様でございますね」
 こうしてマリアーナの待つ店舗の中へ入ったファランは、元は文具店だったというその店舗を俄然気に入ってしまった。
 文具店には必須だが、菓子店には必要の無い壁を覆う棚が、とにかく気に入ってしまった。ファランの中では、あれこれとディスプレイを並べるのにこれほど適した棚は他に無いだろう、と思われたのだ。
 ほぼ悩む事なく決めたと言ったファランに、マリアーナは書類を用意しながら問いかける。
「誰かに相談したり、持ち帰って検討しても良いのよ? 二、三ヶ月くらいなら待てるから」
「いえ、大丈夫です。マリアーナ様には本当に良い店舗をご紹介いただいて、ありがとうございます」
「構わないわ。こちらだって、利益になっているのだから…必要書類はこれで全てね。今契約内容を確認したら、それぞれが司法局へ持ち込む事になるわ。きっとすぐに回してくれるでしょうから、まぁ、来週には安生局から連絡が来るのではないかしら」
「解りました」
 マリアーナは、笑顔のファランと書類の確認を終えると、軽い調子で切り出す。
「そういえば、来月ね。貴方も迎夏祭には参加するのでしょう?」
「ええ、お店の宣伝も兼ねて」
「良い心がけね。自分をしっかり持っていれば、人は見てくれるものよ。頑張りなさい」
「はい」
 厳しさよりも優しさの勝るマリアーナの笑顔に、ファランは心底嬉しく頷き返した。
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