悪役令嬢ってもっとハイスペックだと思ってた

nionea

文字の大きさ
81 / 84
侯爵閣下の人生はまだ始まったばかり

78.プレオープン午前の部

しおりを挟む
(ふふふ、想定通りよ。私に動揺はないわ)
 いよいよカーテンを引いて全体に明るくなった店内で、最初の招待客の訪れを受けたファランは、内心で得意そうに胸を張ってみせた。
 扉から侍従付きで現れたのは、赤毛に緑の目を持つ青年だ。
(さあ、かかって来なさい! アルカディア? ユートピア? アヴァロン? どんな理想郷でもどんと来いよ!)
 カトレアが侍従から招待状を受け取っている間に、青年は、ファランと並んで立つクライフへ笑みを見せ、近付いてきた。
「祖父の代理で来た。シルベール・ユグルシアだ。晴れやかな祝いの場に出席できて、嬉しく思う」
(本家本元ぉ!)
「…ありがとうございます。頂きました祝いが幾久しく続くよう、励みます」
 ファランは、内心胸を張った状態から一変膝を着いて喚いたが、外見にはちょっとタイミングがずれただけで、挨拶を返せた。
(くそぅ…この、王家め、何でほいほいマーヴェラス家に関わってくるのよ! 王族でしょ! お城で大人しくしてなさいよ! もう!)
 内心で地団駄を踏む事で自分を落ち着け、ファランはシルベールを案内しようと動きかけた。
「いや、しかし、弟から開明的な方だとは聞いていたが、本当だな。学園での教育ももう少し柔軟さを養うようなものに変えていくべきかも知れない」
 しかし、シルベールの言葉に動きを止める。
「…弟?」
 思わず、案内も忘れて首を傾げてしまう。あのアイラックが、ファランを開明的だと言ったというのだろうか。
「ん?」
 そのファランの反応に、シルベールも首を傾げる。そして、クライフを見た。
「お前、まさか、グローリア侯に何も言っていないのか?」
「必要性を感じなかったもので」
 間を置く事もなく返された、弟の言葉に、シルベールは目を覆って溜息を吐く。
 ファランは、数度、クライフとシルベールの間を視線で行き来し、思い出していた。
(えっと確か、シルベール殿下は、第一王子で、アイラック殿下が第三…第二王子殿下は、第三后妃様譲りの金髪碧眼………)
 呆然とクライフの顔を見上げると、どうかしましたか、というような笑みが返ってくる。
『あまり自覚はないのですが、母に似ていると言われますね』
 いつぞやのクライフの言葉が、重みを変えてのしかかって来た。
「…弟」
 呟く頭の中で色々なやりとりがぐるぐると駆け巡る。
 王子殿下が弟と言うなら、それは同じく王子のはずだ。何故王子が理官になって、補佐人をやっているのだろう。いや、考えてみれば国王陛下なのに蹄鉄職人だった前例があったな。まだ、貴族な分有り得るのか。
(え、ありえるの?)
 あまり常識的な人間として生きてきたとは言えない。その自覚は有る。だが、ファランは、自分が常識だろうと思うものが、世間と大きく乖離しているとは思って来なかった。今、その信じる常識が崩壊の危機にある。
「グローリア侯」
「…はい」
 呆然とするファランが名前を呼ばれてシルベールの方を見れば、申し訳なさそうな困り顔があった。この目配せと苦笑の交換で、悟る。
(あ、この方、一番アルハルトさんに外見は似てるけど、中身は常識的な人だ)
 そして、外見は全く似ていないが、自分の傍らに立つ将来を約束した相手こそ、常識が通用しないタイプの方だったという衝撃の事実。
「弟達が、甚だしい迷惑ばかりをかけて誠に申し訳ない事だが、どうか、今後も王家を見限らず付き合いを続けてもらえると有難い」
「…いえ、そのような。こちらこそ、末永いお付き合いができれば、光栄な事と承知しております」
 互いに軽く頭を下げ合う二人を、迷惑などかけた覚えがありませんが、と書かれた顔でクライフが見ていた。
 ちなみに、この一連のやり取りを見聞きしたカトレアも、
(あの祖父にしてこの孫…)
と、主に近い感想を抱いていた。
 その後、フィリックス、グレッグ夫妻、イジェスティ夫妻もほどなく到着し、最も大きなテーブルを使用しての試食会が始まる。
「まぁ、おめでたい事が重なるのはとても良い事ですわ。事前にお伝えいただければ、お祝いをお持ちしましたのに」
「これから用意すれば良いじゃないか」
「そうですよ。どうぞ、入用の物を遠慮無く仰ってくださいね」
「本当に、嬉しい事を聞く良い日ですね」
「まったく」
 試食会というより、入籍報告会のようになっていたが。
(………ここにいる方達、ほとんどクライフさんの事知ってたの? 誰か教えてくれても良かったんじゃない?)
 しかも恐ろしいのは、クライフが産まれた時から名乗っている方の名前と立場を知っている者ばかりという事実だ。
「これは素晴らしいな!」
 唯一の救いは、その驚きをもたらす筆頭だったが今は同じ常識を持つ仲間と認定したシルベールが、実は甘い物好きで大豆スイーツにこの上なく興味を持ってくれた事、だろうか。
「こんなに風味が良いのに、本当に太り難いのですか?」
「大豆ってもっと青臭いものと記憶しておりましたのに、本当に美味しいこと」
 あと、イジェスティ夫人とグレッグ夫人にもかなり好評だ。
「グローリア領では大豆の品種改良もしておりまして、こちらに使用しているものは豆の癖が少ない物になります」
 ようやく当初の目的へ話が向かった事に気付き、ファランは大いにグローリア領の大豆を宣伝し始める。
 最終的に、イジェスティ家とグレッグ家がレシピと大豆の購入を決定。そして、ケイスが大豆の販売について話したいと言ってきた。更に、フィリックスも、大豆料理のレシピを購入してくれ、農法指導にも前向きだ。
 十分に感謝の念も伝えられ、プレオープンは大成功したと言えるだろう。
「ファラン様! おめでとうございます!」
 しかしながら、心労は如何ともし難く、午後一番でカメリアの笑顔を見た瞬間、安堵してちょっと涙ぐんでしまった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

読心令嬢が地の底で吐露する真実

リコピン
恋愛
※改題しました 旧題『【修正版】ダンジョン☆サバイバル【リメイク投稿中】』 転移魔法の暴走で、自身を裏切った元婚約者達と共に地下ダンジョンへと飛ばされてしまったレジーナ。命の危機を救ってくれたのは、訳ありの元英雄クロードだった。 元婚約者や婚約者を奪った相手、その仲間と共に地上を目指す中、それぞれが抱えていた「嘘」が徐々に明らかになり、レジーナの「秘密」も暴かれる。 生まれた関係の変化に、レジーナが選ぶ結末は―

悪役令嬢ベアトリスの仁義なき恩返し~悪女の役目は終えましたのであとは好きにやらせていただきます~

糸烏 四季乃
恋愛
「ベアトリス・ガルブレイス公爵令嬢との婚約を破棄する!」 「殿下、その言葉、七年お待ちしておりました」 第二皇子の婚約者であるベアトリスは、皇子の本気の恋を邪魔する悪女として日々蔑ろにされている。しかし皇子の護衛であるナイジェルだけは、いつもベアトリスの味方をしてくれていた。 皇子との婚約が解消され自由を手に入れたベアトリスは、いつも救いの手を差し伸べてくれたナイジェルに恩返しを始める! ただ、長年悪女を演じてきたベアトリスの物事の判断基準は、一般の令嬢のそれとかなりズレている為になかなかナイジェルに恩返しを受け入れてもらえない。それでもどうしてもナイジェルに恩返しがしたい。このドッキンコドッキンコと高鳴る胸の鼓動を必死に抑え、ベアトリスは今日もナイジェルへの恩返しの為奮闘する! 規格外で少々常識外れの令嬢と、一途な騎士との溺愛ラブコメディ(!?)

【完結】婚約破棄はいいのですが、平凡(?)な私を巻き込まないでください!

白キツネ
恋愛
実力主義であるクリスティア王国で、学園の卒業パーティーに中、突然第一王子である、アレン・クリスティアから婚約破棄を言い渡される。 婚約者ではないのに、です。 それに、いじめた記憶も一切ありません。 私にはちゃんと婚約者がいるんです。巻き込まないでください。 第一王子に何故か振られた女が、本来の婚約者と幸せになるお話。 カクヨムにも掲載しております。

【完結】愛され令嬢は、死に戻りに気付かない

かまり
恋愛
公爵令嬢エレナは、婚約者の王子と聖女に嵌められて処刑され、死に戻るが、 それを夢だと思い込んだエレナは考えなしに2度目を始めてしまう。 しかし、なぜかループ前とは違うことが起きるため、エレナはやはり夢だったと確信していたが、 結局2度目も王子と聖女に嵌められる最後を迎えてしまった。 3度目の死に戻りでエレナは聖女に勝てるのか? 聖女と婚約しようとした王子の目に、涙が見えた気がしたのはなぜなのか? そもそも、なぜ死に戻ることになったのか? そして、エレナを助けたいと思っているのは誰なのか… 色んな謎に包まれながらも、王子と幸せになるために諦めない、 そんなエレナの逆転勝利物語。

悪役令嬢に転生!?わたくし取り急ぎ王太子殿下との婚約を阻止して、婚約者探しを始めますわ

春ことのは
恋愛
深夜、高熱に魘されて目覚めると公爵令嬢エリザベス・グリサリオに転生していた。 エリザベスって…もしかしてあのベストセラー小説「悠久の麗しき薔薇に捧ぐシリーズ」に出てくる悪役令嬢!? この先、王太子殿下の婚約者に選ばれ、この身を王家に捧げるべく血の滲むような努力をしても、結局は平民出身のヒロインに殿下の心を奪われてしまうなんて… しかも婚約を破棄されて毒殺? わたくし、そんな未来はご免ですわ! 取り急ぎ殿下との婚約を阻止して、わが公爵家に縁のある殿方達から婚約者を探さなくては…。 __________ ※2023.3.21 HOTランキングで11位に入らせて頂きました。 読んでくださった皆様のお陰です! 本当にありがとうございました。 ※お気に入り登録やしおりをありがとうございます。 とても励みになっています! ※この作品は小説家になろう様にも投稿しています。

たいした苦悩じゃないのよね?

ぽんぽこ狸
恋愛
 シェリルは、朝の日課である魔力の奉納をおこなった。    潤沢に満ちていた魔力はあっという間に吸い出され、すっからかんになって体が酷く重たくなり、足元はふらつき気分も悪い。  それでもこれはとても重要な役目であり、体にどれだけ負担がかかろうとも唯一無二の人々を守ることができる仕事だった。  けれども婚約者であるアルバートは、体が自由に動かない苦痛もシェリルの気持ちも理解せずに、幼いころからやっているという事実を盾にして「たいしたことない癖に、大袈裟だ」と罵る。  彼の友人は、シェリルの仕事に理解を示してアルバートを窘めようとするが怒鳴り散らして聞く耳を持たない。その様子を見てやっとシェリルは彼の真意に気がついたのだった。

逆行転生、一度目の人生で婚姻を誓い合った王子は私を陥れた双子の妹を選んだので、二度目は最初から妹へ王子を譲りたいと思います。

みゅー
恋愛
アリエルは幼い頃に婚姻の約束をした王太子殿下に舞踏会で会えることを誰よりも待ち望んでいた。 ところが久しぶりに会った王太子殿下はなぜかアリエルを邪険に扱った挙げ句、双子の妹であるアラベルを選んだのだった。 失意のうちに過ごしているアリエルをさらに災難が襲う。思いもよらぬ人物に陥れられ国宝である『ティアドロップ・オブ・ザ・ムーン』の窃盗の罪を着せられアリエルは疑いを晴らすことができずに処刑されてしまうのだった。 ところが、気がつけば自分の部屋のベッドの上にいた。 こうして逆行転生したアリエルは、自身の処刑回避のため王太子殿下との婚約を避けることに決めたのだが、なぜか王太子殿下はアリエルに関心をよせ……。 二人が一度は失った信頼を取り戻し、心を近づけてゆく恋愛ストーリー。

地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

処理中です...