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侯爵閣下の人生はまだ始まったばかり
77.プレオープンへ
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プレオープンは二部制になっている。
貴族向けという事もあって、店内には着席スペースも有るが、とても広い訳ではない。
それに、職人と言い張るには、貴族にとっては誤魔化しようもない既視感の赤毛であるアルハルト、副大臣であると知ってしまったフィリックス、国内でも指折りの資産家である事が判明したケイス、この面々と自身の元同級生を一緒にするのが憚られた。
まだ少女をやめて一年ちょっとの女性達だ。ある意味大いに素晴らしい場ではあるのだが、女性は女性だけで集まる方が、甘い物を口に運ぶ機会を楽しめるだろう、とも考えた。できれば素直な反応を確認したいのだ。
そうした訳で、午前中に恩のある妙に社会的立場の高い人々を集中させた。
(アルハルトさんの代理って…大公家の方とかよね、きっと。以前お会いした印象だと、身分の割にフットワーク軽そうだったし。本当に、この国の王族は一体どうなっているのだか…)
ちなみに、元大公家の人間であるライナヘルも、誘っている。
(私、侯爵なのに、集まる人の半数が身分的に以上とか…すごい集まりだな。いや、ライナヘルさんは今はもう子爵位なんだけどさ)
あれこれ考えていたファランは、馬車の速度が落ちたのに気付いて頭を切り替えようと姿勢を正した。
最終的な店内の調整のために、カトレアとミモザが先んじて入っているため、今日は初めてフィエラと馬車に乗っている。自分の事をもう中年のおばさんだなどと笑う事のある彼女だが、おっとりとした穏やかな雰囲気と年相応のふっくらした容姿は纏う落ち着きのおかげか、頼もしくずっと昔からいた侍女のようだ。
入れ替わりが激しかったせいで若い侍女しか身の回りにいなかったファランにとっては、ある意味初めて母性を感じた相手でもある。
「さ、ご主人様、お手を」
「ありがとう」
直前に開ける事になっているため、残念ながらディスプレイはカーテンが掛かっているが、看板とガラス窓には店名がきらめいている。
「いよいよでございますね」
「ええ」
ちなみに店名については、ファランなりに懸命に考えたのだ。思い出せる大豆の有用成分をこねくりまわし、もうこれ以上延ばすと申請や看板の制作など問題が出るとなった段階で、徹夜をした結果。
「ソイ・フラボン!」
と、決まった。
ファランがその名を紙に書いて封筒に仕舞うと、翌日カトレアが必要書類を確認してクライフに言付け役所に届け出された。久しぶりに徹夜をしてしまった彼女が昼近くに目を覚ました時。全ては終わっていた。
(目を覚ました直後はどうしようかと思ったんけど…こうやって、看板とかロゴデザインとかが出来上がると、イイわ)
うっとりと自分の店に見蕩れているファランの背をそっと推して、フィエラが中へ促す。
照れながら、店の扉を潜れば、
「おはようございます」
「ぐっ…!」
金髪で裸眼のクライフが微笑を浮かべて挨拶をしてきた。
ファランの精神と胸部に衝撃が走る。
「ご主人様、それを今後毎日やるおつもりですか?」
扉近くにいたカトレアが呆れたように言った。
「だって、眼鏡が…」
籍を性急に入れはしたものの、未だに同居している訳ではない。そして、クライフは補佐人を辞めた訳でもない。
要するに、ファランは未だにクライフの今の状態を見慣れていなかった。
「すーはぁ」
呼吸を整えて、ついでに姿勢も正す。
「おはようございます」
まずは、クライフの挨拶に返事をして、既に甘く香ばしい匂いを漂わせている店内をキョロキョロと見回す。
ファランは、当初、客層を意識して、有名パティシエの個人店のようなものを考えていた。だが、市場調査を兼ねて同業の他店を見て回った結果。貴族向けの店の在り方が根本から自分の考えと違う事に気付く。
菓子を持ち帰りで販売する店であっても、基本的に店内飲食できる事が普通なのだ。まずは、どんな商品なのか、試し、美味しければ一つ二つではなく、基本は箱。あるいは、数十、数百の単位で買う。そのため、店内にショーケースは無い。
来店した客には、まず美しく複数の商品を味見用のサイズにした物を盛り付けたお菓子の皿を提供する。そして、来店した客にはその皿と同じ物とお茶などを提供し、気に入ってもらえたら商品が購入されるという訳だ。勿論得意客などとなれば、味見を挟まず直接購入されるが。
(まぁ、でもこれは嬉しい誤算だったのよね)
元々、ロスの事も考えて、商品は日持ちのする焼き菓子を考えていた。だが、その商品と共に味見で日持ちのしないものも出せる訳だ。味を知ってもらって、もしその商品が気に入られても、店舗では買えない。つまり、そのレシピと大豆そのものを購入して、各家で作成してもらえる、という事なのだ。
(お菓子だけでなく豆そのものの販売もできるとか、良いわ。うまくいったら領の大豆作付け面積も考えないと、ふへへ)
そんな風に夢は膨らむばかりだ。
更に、ファランは少量の菓子販売も諦めてはいない。この通りの特性を活かして、計画は進行中だ。
もっとも、今はこれから開店する店舗に夢中だが。
「本当に素敵なお店になったわ」
「ご主人様と旦那様の選んだ調度が素敵だったからですよ」
子供のように目を輝かせて感心するファランに見つめられ、ミモザが嬉しそうに照れ笑いをした。
店内は程よい間隔にテーブルと椅子を設置し、全体は見通せるのに各席同士はさりげなく隠れるように設えられている。ファランにとっては、自分の店でなかったとしてもこんな店なら毎日でも通いたいと思える程、素晴らしい店内だった。
貴族向けという事もあって、店内には着席スペースも有るが、とても広い訳ではない。
それに、職人と言い張るには、貴族にとっては誤魔化しようもない既視感の赤毛であるアルハルト、副大臣であると知ってしまったフィリックス、国内でも指折りの資産家である事が判明したケイス、この面々と自身の元同級生を一緒にするのが憚られた。
まだ少女をやめて一年ちょっとの女性達だ。ある意味大いに素晴らしい場ではあるのだが、女性は女性だけで集まる方が、甘い物を口に運ぶ機会を楽しめるだろう、とも考えた。できれば素直な反応を確認したいのだ。
そうした訳で、午前中に恩のある妙に社会的立場の高い人々を集中させた。
(アルハルトさんの代理って…大公家の方とかよね、きっと。以前お会いした印象だと、身分の割にフットワーク軽そうだったし。本当に、この国の王族は一体どうなっているのだか…)
ちなみに、元大公家の人間であるライナヘルも、誘っている。
(私、侯爵なのに、集まる人の半数が身分的に以上とか…すごい集まりだな。いや、ライナヘルさんは今はもう子爵位なんだけどさ)
あれこれ考えていたファランは、馬車の速度が落ちたのに気付いて頭を切り替えようと姿勢を正した。
最終的な店内の調整のために、カトレアとミモザが先んじて入っているため、今日は初めてフィエラと馬車に乗っている。自分の事をもう中年のおばさんだなどと笑う事のある彼女だが、おっとりとした穏やかな雰囲気と年相応のふっくらした容姿は纏う落ち着きのおかげか、頼もしくずっと昔からいた侍女のようだ。
入れ替わりが激しかったせいで若い侍女しか身の回りにいなかったファランにとっては、ある意味初めて母性を感じた相手でもある。
「さ、ご主人様、お手を」
「ありがとう」
直前に開ける事になっているため、残念ながらディスプレイはカーテンが掛かっているが、看板とガラス窓には店名がきらめいている。
「いよいよでございますね」
「ええ」
ちなみに店名については、ファランなりに懸命に考えたのだ。思い出せる大豆の有用成分をこねくりまわし、もうこれ以上延ばすと申請や看板の制作など問題が出るとなった段階で、徹夜をした結果。
「ソイ・フラボン!」
と、決まった。
ファランがその名を紙に書いて封筒に仕舞うと、翌日カトレアが必要書類を確認してクライフに言付け役所に届け出された。久しぶりに徹夜をしてしまった彼女が昼近くに目を覚ました時。全ては終わっていた。
(目を覚ました直後はどうしようかと思ったんけど…こうやって、看板とかロゴデザインとかが出来上がると、イイわ)
うっとりと自分の店に見蕩れているファランの背をそっと推して、フィエラが中へ促す。
照れながら、店の扉を潜れば、
「おはようございます」
「ぐっ…!」
金髪で裸眼のクライフが微笑を浮かべて挨拶をしてきた。
ファランの精神と胸部に衝撃が走る。
「ご主人様、それを今後毎日やるおつもりですか?」
扉近くにいたカトレアが呆れたように言った。
「だって、眼鏡が…」
籍を性急に入れはしたものの、未だに同居している訳ではない。そして、クライフは補佐人を辞めた訳でもない。
要するに、ファランは未だにクライフの今の状態を見慣れていなかった。
「すーはぁ」
呼吸を整えて、ついでに姿勢も正す。
「おはようございます」
まずは、クライフの挨拶に返事をして、既に甘く香ばしい匂いを漂わせている店内をキョロキョロと見回す。
ファランは、当初、客層を意識して、有名パティシエの個人店のようなものを考えていた。だが、市場調査を兼ねて同業の他店を見て回った結果。貴族向けの店の在り方が根本から自分の考えと違う事に気付く。
菓子を持ち帰りで販売する店であっても、基本的に店内飲食できる事が普通なのだ。まずは、どんな商品なのか、試し、美味しければ一つ二つではなく、基本は箱。あるいは、数十、数百の単位で買う。そのため、店内にショーケースは無い。
来店した客には、まず美しく複数の商品を味見用のサイズにした物を盛り付けたお菓子の皿を提供する。そして、来店した客にはその皿と同じ物とお茶などを提供し、気に入ってもらえたら商品が購入されるという訳だ。勿論得意客などとなれば、味見を挟まず直接購入されるが。
(まぁ、でもこれは嬉しい誤算だったのよね)
元々、ロスの事も考えて、商品は日持ちのする焼き菓子を考えていた。だが、その商品と共に味見で日持ちのしないものも出せる訳だ。味を知ってもらって、もしその商品が気に入られても、店舗では買えない。つまり、そのレシピと大豆そのものを購入して、各家で作成してもらえる、という事なのだ。
(お菓子だけでなく豆そのものの販売もできるとか、良いわ。うまくいったら領の大豆作付け面積も考えないと、ふへへ)
そんな風に夢は膨らむばかりだ。
更に、ファランは少量の菓子販売も諦めてはいない。この通りの特性を活かして、計画は進行中だ。
もっとも、今はこれから開店する店舗に夢中だが。
「本当に素敵なお店になったわ」
「ご主人様と旦那様の選んだ調度が素敵だったからですよ」
子供のように目を輝かせて感心するファランに見つめられ、ミモザが嬉しそうに照れ笑いをした。
店内は程よい間隔にテーブルと椅子を設置し、全体は見通せるのに各席同士はさりげなく隠れるように設えられている。ファランにとっては、自分の店でなかったとしてもこんな店なら毎日でも通いたいと思える程、素晴らしい店内だった。
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