なんでも思い通りにしないと気が済まない妹から逃げ出したい

木崎優

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6.師匠

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 塔の上階にあるジルの研究室で項垂れる。研究室というのは名ばかりで、長椅子やら寝台だけでなく遊技台まで置いてある。
 研究室よりもジルの娯楽室といったほうが適切かもしれない。

「おや、私の可愛い弟子はどうしたのかな? 今日はずいぶんと元気がないね」

 机に伏している私を見て、ジルがゆったりとした動作で首を傾げた。
 それに合わせて濃紺の髪が揺れる。ジルの金色の瞳を見ると、その奥に好奇心が垣間見えた。

「師匠……彼女は、その……」

 何も喋らない私に気を遣ったのか、アンリ殿下がもごもごと言いにくそうに口を挟んだ。

「アンリは何か知っているのかい?」
「まあ……実は先日、彼女の婚約者が――」

 こそこそっと私の婚約者が妹に心変わりした話をしている。声をひそめているのは、落ち込んでいるように見える私に配慮したからだろう。
 落ちこんでいるのはそれが理由ではないが、ノエルに流された事の発端はクロードにあるので、完全に間違っているとも言い難い。

「妹に? それはそれは、また不憫な」
「本気でそう思ってます?」

 ちょっとだけ顔を上げて、我が師に胡乱な目を向ける。ジルはだいぶ性格が破綻している。誰かに同情するといった情緒を持ち合わせているとは思えない。
 もし持っていたら、書類を全部弟子に押しつけたりしないだろう。

「もちろん。可愛い弟子が虚仮にされたのだから、黙っていられないよ。とりあえずどうすればいいかな。その……なんだっけ? クロなんとかとか言うのに呪いでもかければいいかな?」
「苦情が回ってくるのは私たちなのでやめてください」

 ジルは攻撃もさることながら呪術にも精通しているので手に負えない。道端でちょっと難癖つけられただけですぐ呪うから、被害報告が絶えない。
 もちろんその事後処理をするのは、弟子である私とアンリ殿下の役目だ。

「ならどうしたものかな。弟子に元気がないと私まで落ちこみそうだよ。今日中にやらないといけない仕事がいくつもあるのに、手につきそうにない」

 私の横に腰を下ろし、同じように机に伏すジル。この人はいつだってサボる理由を探しているので、これで通常運転だ。
 ああ本当に、手のかかる師匠を持つと傷心に浸る暇もない。

「大丈夫です。元気いっぱいなので。ジルも元気よく仕事してください」
「ああ、困ったな。私はもう動く気力すら失ってしまったよ。そうだな……これを君たちに任せよう。私の自慢の弟子ならきっと、私以上にうまくやれるはずだよ」

 棚に置かれた書類箱から紙が舞う。そのうちの二枚が躍り出て、私とアンリ殿下の前に落ちた。

「フロラン様のお手伝い?」
「魔物の目撃情報の事実確認?」

 おおよそジルが請け負うにふさわしくない内容だ。ジルはいわば最終兵器のようなもので、絶対にそこに魔物がいると確定していない限り、助けを求められることはない。理由は言うまでもなく、性格のせいだ。

 しかもアンリ殿下の目撃情報ならまだしも、フロラン様のお手伝いはただの雑務。ジルがまっとうできるとは思えない。

「またフロランのところの弟子がやめたそうでね。ああまったく、頼まれたからとすぐ請け負うのがフロランのよくないところだよ。それでいつもすぐやめるんだから……ああ、そうそう。それで私に対する被害届が多いから、自分で処理して行いを見直せと言われたんだよ」
「いやそれ、ジルがやらないと意味がないのでは」
「君は私の自慢の弟子だからね。私がやるのも君がやるのも同じことだよ」

 絶対違う。
 そう思うものの、ジルは一度言い出せばてこでも動かない。ここはひとまず請け負って、また後日書類を提出してもらおう。
 それにフロランのお手伝いなら、ノエルと話すきっかけにもなる。
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