6 / 47
6.師匠
しおりを挟む
塔の上階にあるジルの研究室で項垂れる。研究室というのは名ばかりで、長椅子やら寝台だけでなく遊技台まで置いてある。
研究室よりもジルの娯楽室といったほうが適切かもしれない。
「おや、私の可愛い弟子はどうしたのかな? 今日はずいぶんと元気がないね」
机に伏している私を見て、ジルがゆったりとした動作で首を傾げた。
それに合わせて濃紺の髪が揺れる。ジルの金色の瞳を見ると、その奥に好奇心が垣間見えた。
「師匠……彼女は、その……」
何も喋らない私に気を遣ったのか、アンリ殿下がもごもごと言いにくそうに口を挟んだ。
「アンリは何か知っているのかい?」
「まあ……実は先日、彼女の婚約者が――」
こそこそっと私の婚約者が妹に心変わりした話をしている。声をひそめているのは、落ち込んでいるように見える私に配慮したからだろう。
落ちこんでいるのはそれが理由ではないが、ノエルに流された事の発端はクロードにあるので、完全に間違っているとも言い難い。
「妹に? それはそれは、また不憫な」
「本気でそう思ってます?」
ちょっとだけ顔を上げて、我が師に胡乱な目を向ける。ジルはだいぶ性格が破綻している。誰かに同情するといった情緒を持ち合わせているとは思えない。
もし持っていたら、書類を全部弟子に押しつけたりしないだろう。
「もちろん。可愛い弟子が虚仮にされたのだから、黙っていられないよ。とりあえずどうすればいいかな。その……なんだっけ? クロなんとかとか言うのに呪いでもかければいいかな?」
「苦情が回ってくるのは私たちなのでやめてください」
ジルは攻撃もさることながら呪術にも精通しているので手に負えない。道端でちょっと難癖つけられただけですぐ呪うから、被害報告が絶えない。
もちろんその事後処理をするのは、弟子である私とアンリ殿下の役目だ。
「ならどうしたものかな。弟子に元気がないと私まで落ちこみそうだよ。今日中にやらないといけない仕事がいくつもあるのに、手につきそうにない」
私の横に腰を下ろし、同じように机に伏すジル。この人はいつだってサボる理由を探しているので、これで通常運転だ。
ああ本当に、手のかかる師匠を持つと傷心に浸る暇もない。
「大丈夫です。元気いっぱいなので。ジルも元気よく仕事してください」
「ああ、困ったな。私はもう動く気力すら失ってしまったよ。そうだな……これを君たちに任せよう。私の自慢の弟子ならきっと、私以上にうまくやれるはずだよ」
棚に置かれた書類箱から紙が舞う。そのうちの二枚が躍り出て、私とアンリ殿下の前に落ちた。
「フロラン様のお手伝い?」
「魔物の目撃情報の事実確認?」
おおよそジルが請け負うにふさわしくない内容だ。ジルはいわば最終兵器のようなもので、絶対にそこに魔物がいると確定していない限り、助けを求められることはない。理由は言うまでもなく、性格のせいだ。
しかもアンリ殿下の目撃情報ならまだしも、フロラン様のお手伝いはただの雑務。ジルがまっとうできるとは思えない。
「またフロランのところの弟子がやめたそうでね。ああまったく、頼まれたからとすぐ請け負うのがフロランのよくないところだよ。それでいつもすぐやめるんだから……ああ、そうそう。それで私に対する被害届が多いから、自分で処理して行いを見直せと言われたんだよ」
「いやそれ、ジルがやらないと意味がないのでは」
「君は私の自慢の弟子だからね。私がやるのも君がやるのも同じことだよ」
絶対違う。
そう思うものの、ジルは一度言い出せばてこでも動かない。ここはひとまず請け負って、また後日書類を提出してもらおう。
それにフロランのお手伝いなら、ノエルと話すきっかけにもなる。
研究室よりもジルの娯楽室といったほうが適切かもしれない。
「おや、私の可愛い弟子はどうしたのかな? 今日はずいぶんと元気がないね」
机に伏している私を見て、ジルがゆったりとした動作で首を傾げた。
それに合わせて濃紺の髪が揺れる。ジルの金色の瞳を見ると、その奥に好奇心が垣間見えた。
「師匠……彼女は、その……」
何も喋らない私に気を遣ったのか、アンリ殿下がもごもごと言いにくそうに口を挟んだ。
「アンリは何か知っているのかい?」
「まあ……実は先日、彼女の婚約者が――」
こそこそっと私の婚約者が妹に心変わりした話をしている。声をひそめているのは、落ち込んでいるように見える私に配慮したからだろう。
落ちこんでいるのはそれが理由ではないが、ノエルに流された事の発端はクロードにあるので、完全に間違っているとも言い難い。
「妹に? それはそれは、また不憫な」
「本気でそう思ってます?」
ちょっとだけ顔を上げて、我が師に胡乱な目を向ける。ジルはだいぶ性格が破綻している。誰かに同情するといった情緒を持ち合わせているとは思えない。
もし持っていたら、書類を全部弟子に押しつけたりしないだろう。
「もちろん。可愛い弟子が虚仮にされたのだから、黙っていられないよ。とりあえずどうすればいいかな。その……なんだっけ? クロなんとかとか言うのに呪いでもかければいいかな?」
「苦情が回ってくるのは私たちなのでやめてください」
ジルは攻撃もさることながら呪術にも精通しているので手に負えない。道端でちょっと難癖つけられただけですぐ呪うから、被害報告が絶えない。
もちろんその事後処理をするのは、弟子である私とアンリ殿下の役目だ。
「ならどうしたものかな。弟子に元気がないと私まで落ちこみそうだよ。今日中にやらないといけない仕事がいくつもあるのに、手につきそうにない」
私の横に腰を下ろし、同じように机に伏すジル。この人はいつだってサボる理由を探しているので、これで通常運転だ。
ああ本当に、手のかかる師匠を持つと傷心に浸る暇もない。
「大丈夫です。元気いっぱいなので。ジルも元気よく仕事してください」
「ああ、困ったな。私はもう動く気力すら失ってしまったよ。そうだな……これを君たちに任せよう。私の自慢の弟子ならきっと、私以上にうまくやれるはずだよ」
棚に置かれた書類箱から紙が舞う。そのうちの二枚が躍り出て、私とアンリ殿下の前に落ちた。
「フロラン様のお手伝い?」
「魔物の目撃情報の事実確認?」
おおよそジルが請け負うにふさわしくない内容だ。ジルはいわば最終兵器のようなもので、絶対にそこに魔物がいると確定していない限り、助けを求められることはない。理由は言うまでもなく、性格のせいだ。
しかもアンリ殿下の目撃情報ならまだしも、フロラン様のお手伝いはただの雑務。ジルがまっとうできるとは思えない。
「またフロランのところの弟子がやめたそうでね。ああまったく、頼まれたからとすぐ請け負うのがフロランのよくないところだよ。それでいつもすぐやめるんだから……ああ、そうそう。それで私に対する被害届が多いから、自分で処理して行いを見直せと言われたんだよ」
「いやそれ、ジルがやらないと意味がないのでは」
「君は私の自慢の弟子だからね。私がやるのも君がやるのも同じことだよ」
絶対違う。
そう思うものの、ジルは一度言い出せばてこでも動かない。ここはひとまず請け負って、また後日書類を提出してもらおう。
それにフロランのお手伝いなら、ノエルと話すきっかけにもなる。
66
あなたにおすすめの小説
婚約破棄を突き付けてきた貴方なんか助けたくないのですが
夢呼
恋愛
エリーゼ・ミレー侯爵令嬢はこの国の第三王子レオナルドと婚約関係にあったが、当の二人は犬猿の仲。
ある日、とうとうエリーゼはレオナルドから婚約破棄を突き付けられる。
「婚約破棄上等!」
エリーゼは喜んで受け入れるが、その翌日、レオナルドは行方をくらました!
殿下は一体どこに?!
・・・どういうわけか、レオナルドはエリーゼのもとにいた。なぜか二歳児の姿で。
王宮の権力争いに巻き込まれ、謎の薬を飲まされてしまい、幼児になってしまったレオナルドを、既に他人になったはずのエリーゼが保護する羽目になってしまった。
殿下、どうして私があなたなんか助けなきゃいけないんですか?
本当に迷惑なんですけど。
拗らせ王子と毒舌令嬢のお話です。
※世界観は非常×2にゆるいです。
文字数が多くなりましたので、短編から長編へ変更しました。申し訳ありません。
カクヨム様にも投稿しております。
レオナルド目線の回は*を付けました。
いくら政略結婚だからって、そこまで嫌わなくてもいいんじゃないですか?いい加減、腹が立ってきたんですけど!
夢呼
恋愛
伯爵令嬢のローゼは大好きな婚約者アーサー・レイモンド侯爵令息との結婚式を今か今かと待ち望んでいた。
しかし、結婚式の僅か10日前、その大好きなアーサーから「私から愛されたいという思いがあったら捨ててくれ。それに応えることは出来ない」と告げられる。
ローゼはその言葉にショックを受け、熱を出し寝込んでしまう。数日間うなされ続け、やっと目を覚ました。前世の記憶と共に・・・。
愛されることは無いと分かっていても、覆すことが出来ないのが貴族間の政略結婚。日本で生きたアラサー女子の「私」が八割心を占めているローゼが、この政略結婚に臨むことになる。
いくら政略結婚といえども、親に孫を見せてあげて親孝行をしたいという願いを持つローゼは、何とかアーサーに振り向いてもらおうと頑張るが、鉄壁のアーサーには敵わず。それどころか益々嫌われる始末。
一体私の何が気に入らないんだか。そこまで嫌わなくてもいいんじゃないんですかね!いい加減腹立つわっ!
世界観はゆるいです!
カクヨム様にも投稿しております。
※10万文字を超えたので長編に変更しました。
異母妹にすべてを奪われ追い出されるように嫁いだ相手は変人の王太子殿下でした。
あとさん♪
恋愛
リラジェンマは第一王女。王位継承権一位の王太女であったが、停戦の証として隣国へ連行された。名目は『花嫁として』。
だが実際は、実父に疎まれたうえに異母妹がリラジェンマの許婚(いいなずけ)と恋仲になったからだ。
要するに、リラジェンマは厄介払いに隣国へ行くはめになったのだ。
ところで隣国の王太子って、何者だろう? 初対面のはずなのに『良かった。間に合ったね』とは? 彼は母国の事情を、承知していたのだろうか。明るい笑顔に惹かれ始めるリラジェンマであったが、彼はなにか裏がありそうで信じきれない。
しかも『弟みたいな女の子を生んで欲しい』とはどういうこと⁈¿?
言葉の違い、習慣の違いに戸惑いつつも距離を縮めていくふたり。
一方、王太女を失った母国ではじわじわと異変が起こり始め、ついに異母妹がリラジェンマと立場を交換してくれと押しかける。
※設定はゆるんゆるん
※R15は保険
※現実世界に似たような状況がありますが、拙作の中では忠実な再現はしていません。なんちゃって異世界だとご了承ください。
※拙作『王子殿下がその婚約破棄を裁定しますが、ご自分の恋模様には四苦八苦しているようです』と同じ世界観です。
※このお話は小説家になろうにも投稿してます。
※このお話のスピンオフ『結婚さえすれば問題解決!…って思った過去がわたしにもあって』もよろしくお願いします。
ベリンダ王女がグランデヌエベ滞在中にしでかしたアレコレに振り回された侍女(ルチア)のお話です。
<(_ _)>
乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!
ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。
相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。
結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。
現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう…
その時に前世の記憶を取り戻すのだった…
「悪役令嬢の兄の婚約者って…」
なんとも微妙なポジション。
しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。
希望通り婚約破棄したのになぜか元婚約者が言い寄って来ます
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢ルーナは、婚約者で公爵令息エヴァンから、一方的に婚約破棄を告げられる。この1年、エヴァンに無視され続けていたルーナは、そんなエヴァンの申し出を素直に受け入れた。
傷つき疲れ果てたルーナだが、家族の支えで何とか気持ちを立て直し、エヴァンへの想いを断ち切り、親友エマの支えを受けながら、少しずつ前へと進もうとしていた。
そんな中、あれほどまでに冷たく一方的に婚約破棄を言い渡したはずのエヴァンが、復縁を迫って来たのだ。聞けばルーナを嫌っている公爵令嬢で王太子の婚約者、ナタリーに騙されたとの事。
自分を嫌い、暴言を吐くナタリーのいう事を鵜呑みにした事、さらに1年ものあいだ冷遇されていた事が、どうしても許せないルーナは、エヴァンを拒み続ける。
絶対にエヴァンとやり直すなんて無理だと思っていたルーナだったが、異常なまでにルーナに憎しみを抱くナタリーの毒牙が彼女を襲う。
次々にルーナに攻撃を仕掛けるナタリーに、エヴァンは…
【完結】私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜
くろねこ
恋愛
王太子の婚約者として尽くしてきた公爵令嬢エリシアは、ある日突然、身に覚えのない罪で断罪され婚約破棄を言い渡される。
味方だと思っていた家族も友人も、誰一人として彼女を庇わなかった。
――けれど、彼らは知らなかった。
彼女こそが国を支えていた“本当の功労者”だったことを。
すべてを失ったはずの令嬢が選んだのは、
復讐ではなく「関わらない」という選択。
だがその選択こそが、彼らにとって最も残酷な“ざまぁ”の始まりだった。
【完結済】王女に夢中な婚約者様、さようなら 〜自分を取り戻したあとの学園生活は幸せです! 〜
鳴宮野々花@書籍4作品発売中
恋愛
王立学園への入学をきっかけに、領地の屋敷から王都のタウンハウスへと引っ越した、ハートリー伯爵家の令嬢ロザリンド。婚約者ルパートとともに始まるはずの学園生活を楽しみにしていた。
けれど現実は、王女殿下のご機嫌を取るための、ルパートからの理不尽な命令の連続。
「かつらと黒縁眼鏡の着用必須」「王女殿下より目立つな」「見目の良い男性、高位貴族の子息らと会話をするな」……。
ルパートから渡された「禁止事項一覧表」に縛られ、ロザリンドは期待とは真逆の、暗黒の学園生活を送ることに。
そんな日々の中での唯一の救いとなったのは、友人となってくれた冷静で聡明な公爵令嬢、ノエリスの存在だった。
学期末、ロザリンドはついにルパートの怒りを買い、婚約破棄を言い渡される。
けれど、深く傷つきながら長期休暇を迎えたロザリンドのもとに届いたのは、兄の友人であり王国騎士団に属する公爵令息クライヴからの婚約の申し出だった。
暗黒の一学期が嘘のように、幸せな長期休暇を過ごしたロザリンド。けれど新学期を迎えると、エメライン王女が接触してきて……。
※10万文字超えそうなので長編に変更します。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
王女殿下のモラトリアム
あとさん♪
恋愛
「君は彼の気持ちを弄んで、どういうつもりなんだ?!この悪女が!」
突然、怒鳴られたの。
見知らぬ男子生徒から。
それが余りにも突然で反応できなかったの。
この方、まさかと思うけど、わたくしに言ってるの?
わたくし、アンネローゼ・フォン・ローリンゲン。花も恥じらう16歳。この国の王女よ。
先日、学園内で突然無礼者に絡まれたの。
お義姉様が仰るに、学園には色んな人が来るから、何が起こるか分からないんですって!
婚約者も居ない、この先どうなるのか未定の王女などつまらないと思っていたけれど、それ以来、俄然楽しみが増したわ♪
お義姉様が仰るにはピンクブロンドのライバルが現れるそうなのだけど。
え? 違うの?
ライバルって縦ロールなの?
世間というものは、なかなか複雑で一筋縄ではいかない物なのですね。
わたくしの婚約者も学園で捕まえる事が出来るかしら?
この話は、自分は平凡な人間だと思っている王女が、自分のしたい事や好きな人を見つける迄のお話。
※設定はゆるんゆるん
※ざまぁは無いけど、水戸○門的なモノはある。
※明るいラブコメが書きたくて。
※シャティエル王国シリーズ3作目!
※過去拙作『相互理解は難しい(略)』の12年後、
『王宮勤めにも色々ありまして』の10年後の話になります。
上記未読でも話は分かるとは思いますが、お読みいただくともっと面白いかも。
※ちょいちょい修正が入ると思います。誤字撲滅!
※小説家になろうにも投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる