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12.夜会に向けて1
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魔術師の弟子には、師が認めさえすればなれる。だが誰も彼もが一癖も二癖もある魔術師ばかり。その弟子となれば苦労は目に見えていて、長続きする者はあまり多くない。
だがそれでも弟子になろうとするのは、それだけ魔術師が重宝されているからである。
魔物の討伐から自然災害、日々の営みに至るまで、大なり小なり魔術師の技術が使われている。
魔術師本人でなければ成せないこともあるけど、魔道具という――魔力をあまり持たない者にも扱える道具に変換することで、活用できるようになる。
生活に欠かせない存在ある魔術師は当然、敬われ、慕われている。だからその栄光を手にしたいと思う人がいるわけだけど、魔術師として国に認められるのは一握り。
何かしらの功績を残して初めて、魔術師としての活動が許される。
「すごいじゃないですか。もしかして最年少で魔術師になったのではありませんか?」
魔術師は外見から年齢を判別できる人は少ない。でも二十を超えているのは確実だ。
だけどノエルはまだ十九歳。若くして魔術師と認められたのなら、それはすごいことだと思う。
「そんな大それたものではありませんよ。フロランの弟子をやめていたことがあると、お話しましたよね。その際に自分探しというものをしていたのですが……偶然にも湖に生息する古代魚を見つけまして……討伐したら認められただけです」
「古代魚……もしかして、ミュラトール領の?」
六、七年前。我が屋が所有しているミュラトール領に古代魚がいたという報告が上がってきたことがある。
古代から生息している生物は総じて狂暴で、凶悪だ。自然の中での生存闘争を潜り抜けてきた猛者なのだから、その実力は言うまでもない。
もしもそれが湖から出てきたり、湖の中で暴れれば、被害は甚大だっただろう。
だけどその古代魚は、誰かの目に留まる前に討伐され、報告だけで終わった。
「どこの地域だったかはあまり意識してはいませんでしたか……恐らくは」
「その節はお世話になりました。おかげで、被害を被ることなく我が領地は健在しております」
頭を下げて謝辞を述べると、ノエルは小さなため息を落とした。
「安穏としている隙をついただけですから、感謝されるほどのものでもありません。それに……最年少ということでしたら、最も若くして魔術師に上り詰めたのはジル――あなたの師匠ですよ」
「……そうなんですか?」
「はい。彼は齢五つにして、魔術師と認められましたから」
ジルは私が物心ついた頃にはすでに、魔術師として活動していた。
随一の実力と、性格の難の悪さがあることは知っていたが、まさかそこまでとは思ってもいなかった。
五歳でいったいどんな功績を上げたというのか、今さらながらに師匠に興味が湧く。
「……何をしたかまでは、僕が語ることではありません。興味があるのなら、彼本人に聞いてみてください」
「素直に教えてくれるといいですけど」
「可愛い弟子の言うことでしたら無下にはされないでしょう」
「だといいですけど……」
ジルは口では自慢だのなんだのと言ってはいるが、ただ面倒事を押しつけているか、面白がっているだけだ。
私が彼の弟子になれたのは、魔力を見込まれてのものではない。その経緯が、彼の興味をひいたからに他ならない。
ジルに認められて弟子となったアンリ殿下と私には、雲泥の差がある。
「……話は戻りますが、僕は魔術師として登録されているので、大きな催しには招待されています。明日行われる夜会もそのひとつですね。おそらくあなたも招待されていたと思うのですが……僕のパートナーとして出席するつもりはありますか?」
王城で開かれる夜会には、私にも招待状が届いていた。出席すると決めたのは、クロードがまだ私の婚約者だった頃。
だから昨日の舞踏会同様、明日クロードの横に並ぶのはアニエスで、私は一人で赴くことにになるのだろう。
「はい。むしろ、こちらからお願いしたいぐらいです」
大勢の貴族が集まる場に、パートナーを連れず参席するのは勇気がいる。昨日は時間がなくてどうしようもなかったけど。
明日の夜会に誰と赴くか考えなくて済むのなら、断る理由はない。
いや、それでなくても将来を誓い合った付き合いをはじめたのだから、パートナーとして出席するべきだろう。
「ですが……ノエルはよろしいのですか?」
ただしそれは、私の事情でしかない。
六、七年前に古代魚を討伐したのなら、魔術師として認められたのもその頃だということだ。だけどノエルを社交界で見たことはない。
招待されても断っていたのだろう。他の魔術師と同じく。
それなのに、ここに来て出席するということは、私とのことが少なからず関係しているはず。
「縁談が来るのが面倒なのでしょう? 僕も、愛ある恋人のあなたに縁談が持ち込まれては示しがつきません。僕とあなたの関係を知らしめるにはうってつけの場だと判断したまでです」
「……なるほど」
言葉だけ聞けば、自分の恋人に他の男がちょっかいをかけるのを阻止したいという、嫉妬が混じってそうな意味に取れる。というか、そうとしか言っていない。
だけど淡々とした口調と揺れることのない水面の瞳は、効率性と合理性を求めているだけにしか見えず、態度と言葉のちぐはぐさに混乱してしまいそうだ。
「まあ、話して回るよりは早いですよね」
だけど混乱したのは一瞬。ノエルの考えが後者であることは間違いない。
愛ある恋人は演じるもので、そのものになったわけではないのだから、効率性を求めるのは当然だ。
だがそれでも弟子になろうとするのは、それだけ魔術師が重宝されているからである。
魔物の討伐から自然災害、日々の営みに至るまで、大なり小なり魔術師の技術が使われている。
魔術師本人でなければ成せないこともあるけど、魔道具という――魔力をあまり持たない者にも扱える道具に変換することで、活用できるようになる。
生活に欠かせない存在ある魔術師は当然、敬われ、慕われている。だからその栄光を手にしたいと思う人がいるわけだけど、魔術師として国に認められるのは一握り。
何かしらの功績を残して初めて、魔術師としての活動が許される。
「すごいじゃないですか。もしかして最年少で魔術師になったのではありませんか?」
魔術師は外見から年齢を判別できる人は少ない。でも二十を超えているのは確実だ。
だけどノエルはまだ十九歳。若くして魔術師と認められたのなら、それはすごいことだと思う。
「そんな大それたものではありませんよ。フロランの弟子をやめていたことがあると、お話しましたよね。その際に自分探しというものをしていたのですが……偶然にも湖に生息する古代魚を見つけまして……討伐したら認められただけです」
「古代魚……もしかして、ミュラトール領の?」
六、七年前。我が屋が所有しているミュラトール領に古代魚がいたという報告が上がってきたことがある。
古代から生息している生物は総じて狂暴で、凶悪だ。自然の中での生存闘争を潜り抜けてきた猛者なのだから、その実力は言うまでもない。
もしもそれが湖から出てきたり、湖の中で暴れれば、被害は甚大だっただろう。
だけどその古代魚は、誰かの目に留まる前に討伐され、報告だけで終わった。
「どこの地域だったかはあまり意識してはいませんでしたか……恐らくは」
「その節はお世話になりました。おかげで、被害を被ることなく我が領地は健在しております」
頭を下げて謝辞を述べると、ノエルは小さなため息を落とした。
「安穏としている隙をついただけですから、感謝されるほどのものでもありません。それに……最年少ということでしたら、最も若くして魔術師に上り詰めたのはジル――あなたの師匠ですよ」
「……そうなんですか?」
「はい。彼は齢五つにして、魔術師と認められましたから」
ジルは私が物心ついた頃にはすでに、魔術師として活動していた。
随一の実力と、性格の難の悪さがあることは知っていたが、まさかそこまでとは思ってもいなかった。
五歳でいったいどんな功績を上げたというのか、今さらながらに師匠に興味が湧く。
「……何をしたかまでは、僕が語ることではありません。興味があるのなら、彼本人に聞いてみてください」
「素直に教えてくれるといいですけど」
「可愛い弟子の言うことでしたら無下にはされないでしょう」
「だといいですけど……」
ジルは口では自慢だのなんだのと言ってはいるが、ただ面倒事を押しつけているか、面白がっているだけだ。
私が彼の弟子になれたのは、魔力を見込まれてのものではない。その経緯が、彼の興味をひいたからに他ならない。
ジルに認められて弟子となったアンリ殿下と私には、雲泥の差がある。
「……話は戻りますが、僕は魔術師として登録されているので、大きな催しには招待されています。明日行われる夜会もそのひとつですね。おそらくあなたも招待されていたと思うのですが……僕のパートナーとして出席するつもりはありますか?」
王城で開かれる夜会には、私にも招待状が届いていた。出席すると決めたのは、クロードがまだ私の婚約者だった頃。
だから昨日の舞踏会同様、明日クロードの横に並ぶのはアニエスで、私は一人で赴くことにになるのだろう。
「はい。むしろ、こちらからお願いしたいぐらいです」
大勢の貴族が集まる場に、パートナーを連れず参席するのは勇気がいる。昨日は時間がなくてどうしようもなかったけど。
明日の夜会に誰と赴くか考えなくて済むのなら、断る理由はない。
いや、それでなくても将来を誓い合った付き合いをはじめたのだから、パートナーとして出席するべきだろう。
「ですが……ノエルはよろしいのですか?」
ただしそれは、私の事情でしかない。
六、七年前に古代魚を討伐したのなら、魔術師として認められたのもその頃だということだ。だけどノエルを社交界で見たことはない。
招待されても断っていたのだろう。他の魔術師と同じく。
それなのに、ここに来て出席するということは、私とのことが少なからず関係しているはず。
「縁談が来るのが面倒なのでしょう? 僕も、愛ある恋人のあなたに縁談が持ち込まれては示しがつきません。僕とあなたの関係を知らしめるにはうってつけの場だと判断したまでです」
「……なるほど」
言葉だけ聞けば、自分の恋人に他の男がちょっかいをかけるのを阻止したいという、嫉妬が混じってそうな意味に取れる。というか、そうとしか言っていない。
だけど淡々とした口調と揺れることのない水面の瞳は、効率性と合理性を求めているだけにしか見えず、態度と言葉のちぐはぐさに混乱してしまいそうだ。
「まあ、話して回るよりは早いですよね」
だけど混乱したのは一瞬。ノエルの考えが後者であることは間違いない。
愛ある恋人は演じるもので、そのものになったわけではないのだから、効率性を求めるのは当然だ。
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