小石だと思っていた妻が、実は宝石だった。〜ある伯爵夫の自滅

みこと。

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4.秘められた真意

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「あちらに送られた収支と、この屋敷の家計簿。そして旦那様の動向。いろいろをすり合わせた結果……。驚きました。湯水のように使われた巨額のすべてが、旦那様の交友関係に当てられていたのですから」

 自身の豪遊が親に知られたことを、アーノルドは悟った。
 ただでさえ、うるさい親たちなのに、また何を言われることか。

「っつ。執事! 俺に報告もなく、よくも!」

「申し訳ありません、ご主人様。私は先代伯爵様に仕える身。大旦那様のご命令こそが、最優先でございます」

「ちっ。これだから、執事を替えたかったんだ!」
(こいつを留任させなければ、あとは取らせぬなどと、父上に脅されたせいで)

「とんだ裏切り行為だ。父上が何と言おうと、信頼できぬ家人をそばには置けぬ。貴様は今日限り解雇クビだ!」

「いいえ。兄上」

 横合いから、カールが兄を見据えた。

「兄上にはもう、その権限はありません。兄上には伯爵位を退しりぞいていただきます。父上が国王陛下に申し出、すでにご承認が下りました。私が王都に来たのは、父上の付き添いと爵位引き継ぎの手続きのため、です」

「はああ? 何を突然、馬鹿なことを──!」

「馬鹿なこと、ではありません、兄上。
 そもそも今回の縁談がロッキム家に回ってきたのは、国王陛下のご提案だったのです。陛下が見て、マーレ子爵家の新規事業は、大きな利を生むものでした。それゆえ陛下が親友である父上に、話しを回された。
 新事業に対する優位をロッキム家に持たせることで、他家を抑え、のちに国に貢献した功績として伯爵家を格上げする……。
 ゆくゆくはロッキム伯爵家を、王家の強力な味方に育てるための布石だったのです。けれど兄上は、子爵家の事業を無視なされた。つまり、陛下と父上のご意志に反したことになります。王意に背くは、家門の危機」

「そんな話、俺は聞いていない。一言父上が、俺を呼んで下されば……」

「父上が兄上を呼び出さなかったのは、兄上の態度を見極めるためです。父上とて、いつまでもご存命ではない。ロッキム伯爵家を安心して任せられるかどうか。兄上は試されていたのです」


 前伯爵の思惑はこうだ。

 長子だからと優遇して育てたアーノルドは、奔放に育ち過ぎた。
 代替わりすれば家長としての責任が芽生えるかと思いきや、タガが外れたように好き放題。
 このままロッキム家の舵取りを任せていたら、遠からず暗礁に乗り上げてしまいそうだ。
 忠告したところで、その場しのぎの返事で終わらせるに違いない。

 伯爵家の息子はふたり。
 幼い頃から独り立ちを目指していた次男は、自ら商団を設立するほど、しっかりしている。
 家督を譲る相手を間違えたのでは。

 家は、次男に任せた方が良いのではないか。
 長男を当主にしたままで大丈夫か。

 兄弟の父親は、引退後、そんな思いにられながら、息子たちの動向を見ていたらしい。
 

「カール貴様! そこまで知っていて、なぜ教えなかった! 家督を得るために、わざと俺を陥れたな!」

義姉あね上が何度も、兄上の外泊先に使者を送ったはずです。父上の手前、僕からはご連絡を控え、義姉あね上にお願いした時もあったのに」

「スザンナからのくだらない連絡など、俺が取りあうはずがなかろう!」

「なぜ、くだらないとご判断を? そこが根底から間違っていると思われませんか? 経緯や事情はどうあれ、義姉あね上は兄上の正式な奥方なのに、会話はおろか、お姿まで知らなかったなんて……」

「くっ、お前からの説教などらん!」

 スザンナのドレス姿を見て、"勿体ないことをしていた"と思っているのはアーノルド自身だ。
 痛いところを突かれ、粗末に言い返すアーノルドに対し、カールの目がそっと伏せられた。

「それに母上も──」

 郷里に残る母親、ロッキム前伯爵夫人。

「母上こそ、父上の目を盗んで、兄上におしらせしようとしていましたよ?」

 "手ずから育てた果実が、立派に実ったから"。
 "上手く刺繍が刺せたから。歌を作ったから"。

 母からは折に触れ、便りが届いていた。まさかその中に、何か忍ばせてあった?
 父が動向を見ているという、その旨を?

 届く品々をうっとおしいと鼻で笑い、捨て置いたのは自分だ。
 執事が敵に回っていた以上、そこにこそ起死回生の手段があったのに。
「……」

 無言になった兄を見て、切り替えるようにカールが声を張った。
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