小石だと思っていた妻が、実は宝石だった。〜ある伯爵夫の自滅

みこと。

文字の大きさ
5 / 7

5.当主交代

しおりを挟む
「ご安心ください、兄上。僕が留学中に立ち上げた商団を通じて、マーレ子爵家への支援は完了しています。僕が伯爵家に戻れば、陛下との密約も守られたことになるでしょう。速やかに引退くだされば、兄上にはこの先も、穏やかな生活を保障します」

 アーノルドの当主就任に先駆け、父親はロッキム家が持つ複数の爵位をひとつ分け、弟に男爵位を与えていた。
 分家というカタチで独立させていたが、今後はその弟を本家当主として呼び戻すわけだ。

「もっとも、子爵家の信頼を失った以上、義姉あね上との婚姻が続くことはありませんが」

 はっとしたように、アーノルドが顔をあげる。

「そうだ。そのアバズレは浮気をしていた。慰謝料を──」
「浮気ではありません。ともに行動していた相手の男とは、僕のことです」
「何?」
「様々な手続きのため、義姉あね上に同伴いただいていたのを、口さがない連中が勘違いしたのでしょう。僕の顔は、王都でまだ知られてませんから」
「お前……っ、いつから王都に来ていたんだ」
「数週間ほど前、でしょうか。父上とともに、王宮に滞在しておりました。にしても、何度ご連絡してもお帰りにならなかったのに、噂が耳に入るほうが早かったとは」

 "兄上、本当に今まで何をされていたのです"。


 ため息交じりのカールの声。
 厳しいまなざしのスザンナ。
 そして気の毒そうな執事の表情かお

 孤立したアーノルドは、事態の展開に追いつけず、無様に放心したのだった。




 ◇




 ロッキム伯爵家の当主が、兄から弟に代わったと、発表された。
 兄は病気により引退、とされているが、様々な憶測が社交界を巡る。

 妻スザンナがアーノルドと離婚した後、彼の弟と結ばれたからだ。

 アーノルド・ロッキムには遊びが派手なことで知られていたため、病気とは子孫に関する下の問題がアーノルドに起こったのでは、という推測。
 また、アーノルドが公の場に一度も妻を伴わなかったことから、スザンナとの不仲説や虐待説。結果、揉め事に発展したのではという推測。
 弟が兄嫁に横恋慕して、下剋上を成功させたという推測。

 真相を的中させた噂があったかどうかは、誰にもわからない。

 確かなのは、ロッキム伯爵家の新当主カールが、大商団を率いるり手であり、マーレ子爵家の新事業を発展させて、市場が大いに賑わったこと。
 その新事業の根幹──、食品の長期保存と携帯を可能にした"缶詰"を開発したのが、スザンナだったという事実。

 人々には、その結果だけで十分だった。

 ロッキム伯爵家は昇爵し、カールとスザンナは仲睦まじい夫婦として王国史に名を残すことになる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「婚約破棄だ」と笑った元婚約者、今さら跪いても遅いですわ

ゆっこ
恋愛
 その日、私は王宮の大広間で、堂々たる声で婚約破棄を宣言された。 「リディア=フォルステイル。お前との婚約は――今日をもって破棄する!」  声の主は、よりにもよって私の婚約者であるはずの王太子・エルネスト。  いつもは威厳ある声音の彼が、今日に限って妙に勝ち誇った笑みを浮かべている。  けれど――。 (……ふふ。そう来ましたのね)  私は笑みすら浮かべず、王太子をただ静かに見つめ返した。  大広間の視線が一斉に私へと向けられる。  王族、貴族、外交客……さまざまな人々が、まるで処刑でも始まるかのように期待の眼差しを向けている。

侯爵様と婚約したと自慢する幼馴染にうんざりしていたら、幸せが舞い込んできた。

和泉鷹央
恋愛
「私、ロアン侯爵様と婚約したのよ。貴方のような無能で下賤な女にはこんな良縁来ないわよね、残念ー!」  同じ十七歳。もう、結婚をしていい年齢だった。  幼馴染のユーリアはそう言ってアグネスのことを蔑み、憐れみを込めた目で見下して自分の婚約を報告してきた。  外見の良さにプロポーションの対比も、それぞれの実家の爵位も天と地ほどの差があってユーリアには、いくつもの高得点が挙げられる。  しかし、中身の汚さ、性格の悪さときたらそれは正反対になるかもしれない。  人間、似た物同士が夫婦になるという。   その通り、ユーリアとオランは似た物同士だった。その家族や親せきも。  ただ一つ違うところといえば、彼の従兄弟になるレスターは外見よりも中身を愛する人だったということだ。  そして、外見にばかりこだわるユーリアたちは転落人生を迎えることになる。  一方、アグネスにはレスターとの婚約という幸せが舞い込んでくるのだった。  他の投稿サイトにも掲載しています。

「仕方ないから君で妥協する」なんて言う婚約者は、こちらの方から願い下げです。

木山楽斗
恋愛
子爵令嬢であるマルティアは、父親同士が懇意にしている伯爵令息バルクルと婚約することになった。 幼少期の頃から二人には付き合いがあったが、マルティアは彼のことを快く思っていなかった。ある時からバルクルは高慢な性格になり、自身のことを見下す発言をするようになったからだ。 「まあ色々と思う所はあるが、仕方ないから君で妥協するとしよう」 「……はい?」 「僕に相応しい相手とは言い難いが、及第点くらいはあげても構わない。光栄に思うのだな」 婚約者となったバルクルからかけられた言葉に、マルティアは自身の婚約が良いものではないことを確信することになった。 彼女は婚約の破談を進言するとバルクルに啖呵を切り、彼の前から立ち去ることにした。 しばらくして、社交界にはある噂が流れ始める。それはマルティアが身勝手な理由で、バルクルとの婚約を破棄したというものだった。 父親と破談の話を進めようとしていたマルティアにとって、それは予想外のものであった。その噂の発端がバルクルであることを知り、彼女はさらに驚くことになる。 そんなマルティアに手を差し伸べたのは、ひょんなことから知り合った公爵家の令息ラウエルであった。 彼の介入により、マルティアの立場は逆転することになる。バルクルが行っていたことが、白日の元に晒されることになったのだ。

「婚約破棄だ」と叫ぶ殿下、国の実務は私ですが大丈夫ですか?〜私は冷徹宰相補佐と幸せになります〜

万里戸千波
恋愛
公爵令嬢リリエンは卒業パーティーの最中、突然婚約者のジェラルド王子から婚約破棄を申し渡された

この離婚は契約違反です【一話完結】

鏑木 うりこ
恋愛
突然離婚を言い渡されたディーネは静かに消えるのでした。

「本当の自分になりたい」って婚約破棄しましたよね?今さら婚約し直すと思っているんですか?

水垣するめ
恋愛
「本当の自分を見て欲しい」と言って、ジョン王子はシャロンとの婚約を解消した。 王族としての務めを果たさずにそんなことを言い放ったジョン王子にシャロンは失望し、婚約解消を受け入れる。 しかし、ジョン王子はすぐに後悔することになる。 王妃教育を受けてきたシャロンは非の打ち所がない完璧な人物だったのだ。 ジョン王子はすぐに後悔して「婚約し直してくれ!」と頼むが、当然シャロンは受け入れるはずがなく……。

悪役令嬢に相応しいエンディング

無色
恋愛
 月の光のように美しく気高い、公爵令嬢ルナティア=ミューラー。  ある日彼女は卒業パーティーで、王子アイベックに国外追放を告げられる。  さらには平民上がりの令嬢ナージャと婚約を宣言した。  ナージャはルナティアの悪い評判をアイベックに吹聴し、彼女を貶めたのだ。  だが彼らは愚かにも知らなかった。  ルナティアには、ミューラー家には、貴族の令嬢たちしか知らない裏の顔があるということを。  そして、待ち受けるエンディングを。

【完結】よりを戻したいですって?  ごめんなさい、そんなつもりはありません

ノエル
恋愛
ある日、サイラス宛に同級生より手紙が届く。中には、婚約破棄の原因となった事件の驚くべき真相が書かれていた。 かつて侯爵令嬢アナスタシアは、誠実に婚約者サイラスを愛していた。だが、サイラスは男爵令嬢ユリアに心を移していた、 卒業パーティーの夜、ユリアに無実の罪を着せられてしまったアナスタシア。怒ったサイラスに婚約破棄されてしまう。 ユリアの主張を疑いもせず受け入れ、アナスタシアを糾弾したサイラス。 後で真実を知ったからと言って、今さら現れて「結婚しよう」と言われても、答えは一つ。 「 ごめんなさい、そんなつもりはありません」 アナスタシアは失った名誉も、未来も、自分の手で取り戻す。一方サイラスは……。

処理中です...