私に価値がないと言ったこと、後悔しませんね? 〜不実な婚約者を見限って。冷え性令嬢は、熱愛を希望します

みこと。

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1."宝石姫"と"鉱石姫"

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(何なのあいつ、ランバート! あり得ないわ。婚約破棄してやりたいっっ)

 憤慨しながら、クローディアは王宮の廊下を歩く。

 相手が格上の侯爵家でさえなければ。
 あんな男とは、さっさと縁を切っていただろう。

 現代日本にはなかった身分の壁が立ちはだかり、異世界転生の弊害をつくづくと思い知る。

 そう、クローディア・アルドリットは転生者だ。
 気が付くとフレーベル王国の伯爵家の次女として生まれ育ち、親に結婚相手を決められていた。
 政略目的のため、恋も愛も加味されない。
 それでも相手がまともな人間ならきっと我慢は出来たし、そこからはぐくむ友愛だってあったはずだ。

(不実が服着て呼吸いきしてる)

 婚約相手のランバート・ズワースを端的に表すと、そうなる。とんでもない浮気者なのだ。

 抜群の容姿と、侯爵家嫡男という立場から、ランバートに群がる令嬢は引きも切らない。そしてランバートもそれを"当然"と享受している。自分の意思こそが絶対で、クローディアが我慢することも。

 先ほども彼に接触した令嬢を優先され、クローディアは追い払われた。
 彼に言わせると、クローディアの淡い青灰ブルーグレイの瞳と髪は、鉛を思い起こさせ、見ているだけで重く寒々しいらしい。

 "冬色の女より、陽光の如く金髪と芽吹く緑の瞳を持つ、春女神の方が好ましい"。
 そう言ってランバートは、金髪の令嬢タバサを抱き寄せた。

「今日はタバサをエスコートする。お前はどこへなりと消えろ」

 タバサは、クローディアに対し何かと対抗してくる同世代の令嬢だ。

 ともに伯爵家で同等の身分だが、"宝石姫"と呼ばれているタバサは、その自尊心からか、クローディアへのマウントがすごい。

(いくら私が"鉱石姫"と呼ばれてるからって、いちいち絡んで来なくていいのに。どうせ私は、鉱石いしみたいにお固い愛想無しよ)

 誰呼ぶともなく呼ばれ始めた"鉱石姫"という渾名は、クローデイアのことだ。

 ならばさぞかし"宝石姫"は人気だろうと思いきや、会場入り口で出会ったタバサは単身だった。

「パートナーにすっぽかされてしまったみたいで……。ひとりでは恥ずかしくて会場にも入れないの」
「なら俺が一緒に入場しよう」

 悲しそうに目を伏せるタバサに対し、ランバートがそく申し出る。
「でも……」と遠慮がちな声を出しつつ、タバサはチラリと笑みを見せた。
「クローディア様に、悪いわ」

(なんっっにも、"悪い"と思ってないでしょ。そもそも偶然じゃなく、待ち伏せでしょうに)

 タバサがクローディアたちの前に現れるのは、一度や二度ではなかった。その都度決まって、彼女のパートナーは不在である。毎回ランバートと連れ立って行くのだ。
(すっぽかされたと言ったけど、そのパートナーって架空よね?)

 あまりにも見えいている。
 で、あるのに、今回もランバートはタバサの手を取り、「クローディアはひとりで入ることに慣れているから、平気だ」と、彼女の肩を抱いた。

(慣れてるって……。誰の所為せいよ!)

 クローディアが単身入場に慣れたのは、パーティーのたびにランバートが別の女性に付き添うせいである。うち七割はタバサな気がするが。

「クローディアは色気がなさすぎるよ。首までおおうドレスなんて、男がえるに決まっている。もっと女を勉強してこい。俺のエスコートは安くないんだぞ?」
 そう言ってランバートは、タバサと行ってしまった。
 タバサのドレスが背中が腰までぱっくり開いた肩出しドレスだからだとしても、あまりの言い草だった。

(腹立つ~! 王家主催の新年祭でパートナーを放り出すなんて、そんなことある? 大体ドレスだって、"他の男に肌を見せるな"と言ったのはそっちでしょーが! タバサみたいに布少ないと下品だし風邪ひくわよ)

 言い返したいが 、以前ランバートと揉めて、父にひどく怒られた。
 アルドリット伯爵は身分至上主義。
 "侯爵家との縁を壊すなら、もっと上位の結婚相手を連れてこい"と言われている。

(イイ身分の良い男なんて、とっくに売り切れてるわ。それにしてもダンスはどうする気よ)

 新年祭。
 冬が過酷なフレーベル王国では、春を呼ぶこの行事を大切にしていた。
 国中の貴族が集まり、貴賓も招いて、"素晴らしい春が訪れるように"と願うのである。

 その一環である一斉ダンスは、貴婦人の舞い広がるドレスを花に見立てて春を乞う、メインイベントだ。

 伴侶や婚約者で踊り、家門の繁栄を他家にアピールする意味もあるので、参加しておかねば貴族としてはさわりがある。

(まあ、さすがに一斉ダンスは踊ってくれるでしょう……。たぶん)

 これを放棄するのは、婚約破棄も同然だ。いくらランバートでも、そこまで考え無しだとは思いたくない。

(ダンスまで自由時間が出来たと思えば……。底冷えする大ホールで寒い思いをするより、休憩室で休んでた方が楽だし)

 休憩室には暖炉もある。いそいそと歩く足を、クローディアは止めた。
(何?)

 休憩室へと繋がる廊下に、誰かがうずくまっている。
 床に広がるドレス。令嬢だ。なんだか苦しそうである。

「大丈夫ですか?」

 クローディアは足早に相手に近づいた。

(うわぁ、美人……!)

 相手は、同い年くらいに見えた。小さな顔は品良く整い、切れ長の綺麗な瞳に、形の良い鼻。可憐な唇は、だが、紫色に染まって震えている。
 介抱のため声かけながら背中に手を添えると、消え入るような声で令嬢が言う。
「ありがとうございます……。ですが、大丈夫ですので……」

 どこにも"大丈夫"要素がない。
 が、令嬢は気丈に微笑んだ。

「少し体を冷やしすぎてしまったようです。こちらの気温をはかり損ねて……」

 見かけない令嬢だった。
 それに言葉尻から、新年祭に招かれた異国からの客では、と推測する。

(珍しい黒髪黒目だもんね)

 前世では馴染み深い黒髪も、フレーベル王国ではめったに見かけないし、この国の冷え込みに体調を崩す訪問客は多い。

「休憩室まで付き添います。歩けますか?」

 いくつかある休憩室まで送れば、そこで医者を呼べるだろう。
 人手は会場に出払っていて、人の通りも少ない回廊だ。とても放置は出来ない。

 クローディアの問いかけに、令嬢は小さく頷いた。
 助け起こして肩を貸し、令嬢に合わせて休み休み、ゆっくりと歩を進める。
 一番近い休憩室に近づき、ホッとした時だった。中から聞き慣れた声がした。

「クローディアは本当に使えないな」

(ランバートの声……?)

 とっさに扉の前で息を潜め、続きを聞く。

「ふふっ、いつも宴の席ではひとりにして差し上げてるのに、壁の花で終わっちゃうのよね」

 応じる声はタバサのものだ。
 ランバートとタバサが会話をしている。

「まったくだ。誰か他の男といたら、難癖つけて伯爵家有責で婚約を破棄してやるのに、"ぼっち"とはな。あいつの魅力がなさすぎるせいだ」

(…………!)
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